第41話 禁令
皇帝セイミンも大臣たちも、声を上げることすらできずにその光景を見つめていた。
もちろんメイコンも私もね。
王宮から少しばかり離れたところにある刑場である。
処刑を待つばかりだった罪人に、魔薬が投与されたのだ。
市販のものよりはるかに濃度の濃い、ラティーファいわく一発で壊れるレベルのものを。
酒杯に入ったそれを飲み干した罪人は、しばしの後に壊れた。
奇声をあげて陰部をいじり始め、最後は男性器を自分で引きちぎり、それを振り回しながら刑場の壁に何度も頭を打ち付けて息絶えたのである。
「ちなみに、最後まであの男は痛みを感じていませんよ。こうしたら気持ちが良いに違いないって思い、それを実行しただけ。死すらも快感になるのです」
息をのむ一同に解説役のラティーファが説明してくれる。
なんか大臣の中には、顔面蒼白になって震えてる人もいた。ちょっとおびえ方が異常じゃない? 確かに恐ろしい光景だったけど。
「ラティーファとやら……魔薬を使い続けると皆こうなるのか……?」
「大臣閣下、一年二年でああはなりません。ですが、交合の際に薬を使わないと物足りないなと感じているなら、すでに中毒になっておりますよ」
にっこりと笑うラティーファ。なるほど、この大臣は使っているのか。そりゃ怖くなるよね。
精力剤だとか言われて買っちゃったのかな。
たしかに、ちょっとすごいことにはなっていたものね。あの罪人のあそこも。
おっとお下品。失礼。
「すぐに服用をおやめください。中和剤を処方しますので飲んでください。それで体内に残っている成分を押し出します」
ただ、欲求そのものがなくなるわけではないので、使いたいなーと思っても我慢するという精神力が、最後には必要になるらしい。
一時の快感を得た代価として受け入れるしかないんだろうけどね。
「中和できるものなのか? ラティ」
愛称で呼んで皇帝が尋ねる。
私とメイコンが昵懇にしているときいて、皇帝セイミンも親睦を深めたのだ。その結果、大臣たちにも実験を公開しようという運びになったりである。
「兵器ですからね。作られたときに対処法も考えられています。ただ」
と、ラティーファは一呼吸置く。
「霊薬が実戦に投入されることはありませんでした。痛みも恐怖も感じず命尽きるまで戦う死霊兵。もし彼らが政府のコントロールを脱したらどうなるか、と考えられたためです」
「さもあろうな。快感にだけ特化した魔薬でも常軌を逸しておる」
ふうと出てもいない額の汗を拭う陛下。
衝撃的すぎる光景だったからね。
「彼はまだ常識的な死に方でしたけどね」
運び出されていく死体にちらりと視線を投げ、ラティーファが肩をすくめた。
あれで常識的って、意味不明すぎるよ。
文献によれば、自分で目玉をえぐり出したりとか、自分で乳首をちぎったりとか、自分の腕や足に噛みついて食べちゃったりとか、そういうのすらあったらしい。
うん。
世に出なくて良かった。
本当に良かった。
とはいえ、どういう手段か製法の一部が流出したってことなんだよね。
「魔薬は全面的に禁止とする。製造、所持、取引、使用、これらすべてに厳罰を科す。最高刑は死罪、法務大臣は省内にはかり、半月以内に法案を策定せよ」
凜とした命令に、大臣たちが一斉に低頭した。
所持している魔薬に関しては、一月の猶予をもうけて役所に提出すれば罪には問われないことになった。
使用も、遡及して罪を問うようなことはしないので今日を限りにやめること、という高札が立った。
取引も同様である。
問題は製造で、ここには厳しい罰が科せられる。
最高で三親等まで死罪となるから、ぶっちゃけ族滅だね。
怖い怖い。
その一方で、製造者の情報を提供した者には賞金を出すということだから、見事な飴と鞭だ。
「けれどセイミン伯父様、ずいぶんと思い切った施策ですね」
ここまで厳しいと、反感を持つ貴族たちもいるだろう。
たとえば魔薬の製造に一枚噛んで利益を得ていた人たちとかね。
「それでも国中に蔓延するよりはマシだ。ラキスタとその周辺だけで食い止めねば」
決然とした表情の皇帝陛下だ。
あ、ちなみに私、ちょくちょく皇宮に呼び出されています。
若い女を頻繁に呼ぶのはどうかと思うんですよ。メイコンのお兄さんなわけだからけっこう年齢はいってますけど、若い愛人を持たないと言い切れるほど枯れてもないしね。
噂になったらどうするんですかと訊いたら、噂に乗じて後宮に入れるのもありかとか言いだしたんで、この人はだめな王様です。
「科学というのは、使い方次第で毒にも薬にもなる。しかも世界を変える規模でだ。俺はつくづく痛感したよ」
だから、魔薬に関してはとにかくいったんゼロまで引き戻すしかないって考えたんだってさ。
頭の機能に作用して痛みを感じなくなるってのは、上手に使えば医療分野ですごく役に立つかもしれないけどね。
それをやるにも、まずは魔薬をなんとかしないと。
「私はラティと出会って科学を知り、便利さと同時に恐ろしさを感じました」
「俺もだよ。揚水ポンプやジーアポットなどは間違いなく世界を一変させる。そして同時に、ラティの言う弱い人々を作り出していってしまうだろう」
便利さに慣れ、生物としての原初の魂を見失ってしまった人々だ。
だからこそ滅び去ったんだろうって、ラティーファが言っていたね。
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