第2話 就職面接
モルト公爵という御仁は、大変に気さくで驕らない為人だった。
それが災いしたのか、館にはニセモノの壺だの箪笥だのが散見されたのである。
ようするに騙されたのだ。
人の善意につけ込む輩ってのは、いつの時代にもいるものだから。
一般人なら「騙されちゃったい。あっはっはっ」で済むかもしれないけど、貴族の場合はそういうわけにはいかない。
モルト公爵が贋作を掴まされたらしいぜ、なんて噂が宮廷に流れたら、面目丸つぶれである。
たとえ買ったのが公爵夫人でも執事でも同じ。
家人の恥は当主の恥なのだ。
「行儀見習いに行った当日、応接間に誇らしく敷かれた絨毯を見たとき、血の気が引く思いだったわ」
マコロン家の居間。ソファに腰掛けた私は、あのときの顛末を説明している。
ていうか、させられている。
公爵夫人との挨拶もそこそこに、がばっと床にひざまづいた私は、詳細な鑑定をおこなったのである。
かなり精巧に作られてるけど真っ赤なニセモノ。
使われてる絹糸は我が国のもので、たぶん職人も我が国の人間だろうって結論に達した。
もちろん、大変な騒ぎになった。
そりゃそうだろう。
夫人は卒倒しちゃうし、執事さんは責任とるとかいって自殺しそうになるし。
「私はモルト公爵と相談して、ニセモノを処分することにしたの」
調べてみると、十七点ものニセモノが公爵家には存在した。
これを一度に捨てたりしたら、あきらかに怪しい。
倉庫にしまっておくとかも危険。いつか誰かが気づかないで使っちゃうかもしれないからね。
なので、私が
この方法なら、恥を掻くのは私一人で済むから。
ドジっ娘ぶりを発揮して破壊しまくるのに十日かかった、というのが、破壊姫の真相である。
「けど、それじゃ義姉さんが損をするだけじゃないか」
なぜかオリバーが憤慨した。
鼻のあたりのそばかすが純朴そうな印象である。
粗末な服装に身を包んだら下働きの少年にしか見えないだろう。
じっさい私も騙されたわけだし。
「一方的に損をかぶったわけじゃないわ。取引だもの」
かるく笑って見せる。
ものすごく高額な調度品を壊しまくったわけだが、公爵家から我が家に対して損害賠償の請求はされていない。
それこそ、一デーナル(フィルスバート王国における最小の通貨単位)も。
それどころか、行儀見習い期間の最後まで面倒を見ることができず申し訳ないと、謝罪金が渡されたくらいである。
「そっちが五百シーリンね」
「意外と安い? いや、大金だとは思うけどよ」
うーむとオリバーが腕を組む。
一シーリンは千二百デーナル。平民の四人家族なら三シーリンもあれば一月を問題なく暮らすことができるだろう。
つまり一年を生きるなら三十六シーリンくらいあれば良くて、老後とか子供の結婚の支度金とかを考えた場合、年に五十シーリンもあるとだいぶ余裕のある生活を送れる。
その十倍の額を、私はもらったわけだ。
謝罪金という名目の報酬である。
もちろん大金ではあるけれど、我が身に貼られるレッテルや、公爵家が守られた名誉の額だと考えたら、かなり安いだろう。
オリバーが難しい顔をするのも当然である。
もらったお金だって、アズラル伯爵家の借金返済に消えちゃったわけだしね。
「ふっかけようと思えば、いくらでもふっかけられたけど」
「でもアリアはそうしなかった。なにかそれに代わる条件を引き出したのかな?」
マルコの顔も興味津々だ。
けど、平民の彼にしてみれば、たぶんそんなに価値のあるものではないと思う。
「セディアスティンの後ろ盾になってもらうことよ。お義父さま」
「ふむ?」
案の定、小首をかしげる。
弟のセディは、あと二年で成人して宮廷に出仕するわけだが、そのとき大貴族の後見があるかないかで、スタート地点がまったく違うのだ。
「アズラルは伯爵家だから、普通なら
「充分に上の位だと思うけどね」
「平民出身の兵士から見たらそうでしょうけど」
私は肩をすくめてみせた。
どのみち貴族の士官なんて戦場に出ないし、出たところで役に立たない。
体力もないし、軍学校で専門的な軍略を学んだ指揮官候補ってわけでもないから。
「ぶっちゃけ、権威付けのためのお飾りのポジションなのよ」
むろん、そんな地位に甘んじることなく自らを鍛え上げ、有能な将帥になった貴族はたくさんいる。
ただ、姉である私の見るところセディにそんな才能はない。
人が良いだけの貴族のバカ息子、という評価でほぼあってるだろう。
ゆえに、名前だけのお飾り士官として宮廷で事務仕事をして、父が引退するときには伯爵位を継ぐって流れになる。
「それまで十年と考えた場合、三等帥からスタートしたら一等帥が関の山。
「将軍位て。雲の上じゃないか。アリア」
「平民から見たら以下略」
「ふむ。続けてくれ」
苦笑を浮かべた。
私の言い回しを気に入ってくれたみたい。
「ところが、モルト公爵の後ろ盾で出仕したら、低く見積もっても一等帥からのスタートよ。退官するときに元帥号をもらう感じね。王家から下賜される年金の額だってぜんぜん違うわ」
「……あきれたな。軍ってのは実力社会じゃないのかよ」
「実戦部隊は当然のように実力主義よ。オリバー。でも戦争にも行かず、手柄を立てる機会もない貴族たちにとっては、コネ社会ね」
「コネっていうか、人事をもてあそんでるだけにしかみえないな」
ふんすと義弟が鼻息を荒くする。
まったくその通りだ。
私も同意見である。
「この国が、他の国からなんて言われてるか知ってる?」
「フィルスバートは斜陽である、だな」
答えたのは、マルコだった。
国を主導する立場の貴族たちが人事をもてあそび、実力のないものを高い地位に就けている。
軍関係だけでなく、もちろん内政方面でも。
もし戦争が起こったら、軍だってまともに機能するか判らない。
これを斜陽っていわないとしたら、この世に斜陽なんて言葉は必要ないだろう。
「それが判っていても、アリアは弟御を高い地位に就けようとしたのかい?」
「国ってのはけっこうしぶとい生き物だからね。潰れるにしても滅びるにしても、五年先十年先って話じゃないわ」
平民たちが力を付け、その力をもって国をひっくり返すか。
それとも他国の侵攻によって滅び去るか。
それは私には判らない。
しかし、まだ何十年か先の話だろう。
「ようするに私は、その何十年か分の伯爵家の安寧を買ったわけよ」
「なるほどな」
に、と、マルコが笑った。
とても邪悪そうに見える笑みだけど、べつに他意はないんだってことは先ほどからの会話で判っている。
「これで満足ですか? お義父さま。就職面談の答えとしては」
私もまた邪悪な笑みを浮かべた。
「人が悪いな。いつ気がついたんだい?」
「最初からではないわ。私が壊した公爵家の宝物がニセモノだってお義父さまが知ってたから、もしかしてって思っただけ」
商人らしく格安物件を買い叩いただけ、と、最初は思っていた。
けど、そうじゃない。
「僕はね、アリア。お前の目利きの才を伯爵家で腐らせておくのは惜しいと思ったんだ。そして話してみて判った。ものだけでなく人を見る目も持っている娘なのだと」
そう言って右手を差し出してくる。
商人たちがよくやる、取引が成立したときの儀式みたいなものだ。
つまり、彼が私をアズラル伯爵家から引き取ったのは、権威付けのためでもなんでもなく、スカウトだったというわけである。
これから一緒に仕事をする仲間として。
いいだろう。望むところだ。
「よろしくお願いします。お義父さま」
商人にしてはゴツゴツした手を、私は握り返した。
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