捨てられ姫のなりあがり! ~めざせ、世界一の大商人~

南野 雪花

第1話 平民になりました!


 私は捨てられた。


 アズラル伯爵家の令嬢である私は、今日、平民のもとへと養子に出される。

 養子なんていえば聞こえは良いが、ぶっちゃけ身売りだ。

 私がもらわれる先の家からは、伯爵家に対してかなりの額の資金が援助されることになっているのだから。


 お金と引き換えに売られた伯爵令嬢。

 なかなかにひどい身の上である。


 もっとも、今までだってなかなかひどかった。

 なにしろ貧乏だったから。


 フィルスバート王国の貴族なんてたいてい貧乏で、裕福な生活を送ってる人たちなんてごくごく一部。

 領地からの収入なんて限られているのに、名誉や格式とか守らないといけないものがたくさんある。

 出費ばかりかさんで台所事情は火の車って家がほとんどだ。


 私の家もご多分に漏れず。

 使用人たちの給料まで借金して払っているのだから、まるで笑い話だ。

 だったら使用人なんか雇うなって話なのだが、伯爵家として格式を守るために、つねに最低限は雇用していないといけない。


 で、そんな我が家に援助を申し出てくれたのが、領地に住む豪商であるマルコ・マコロンという男だった。


 伯爵の三女であるアリアニール・アズラルが、彼の養女となることが条件である。


 最近では珍しい話でもなかったりする。

 家の格が違いすぎるため、平民が伯爵家の娘を嫁にもらえるわけがない。なので、養子とか養女にするのだ。

 そうやって平民たちは爵位へのきざはしへとにじり寄っていくのである。


「姉様たちみたいに政略結婚ってのよりはマシかもだけどね」


 実家から離れていく馬車の中でぽつりと呟く。

 結局、女なんて家にとっては道具。肖像画でしか知らない他の貴族に嫁がされるのも、平民の養女になるのも、たいして違いはない。


 それでも姉たちみたいに十も年の離れた相手と結婚するよりはマシかなーと思ってしまう。じっさい向こうの家も貧乏だろうし。

 私の家と格が釣り合うんだから。


 お金持ちだと判ってる家の養女の方がまだいいかな、と。

 たとえ相手が平民でもね。


「セディ。元気でね」


 アズラル家に唯一残った子供、弟の愛称を口にして振り返れば、大きいばかりで住み心地の良くない城館が、遠ざかっていくのが見えた。





 貧乏くさいところはないけれど、かといってものすごくお金がかかっているようにも見えない実用一点張り。

 それが、はじめて目にしたマコロン邸の印象だ。


 質実剛健とでもいえば良いのか、飾り気がまったくない。

 門構えといい前庭といい。


「軍事要塞にでも連れてこられた気分ね」


 使用人の少年の手を借りて馬車を降りる。

 予想どおり、立派だけど味も素っ気もない玄関ポーチが見えた。


「ようこそ。アリアニールさま。マルコ・マコロンにございます」


 玄関側から進み出た男性がこの要塞の司令官……じゃなかった、豪商のマルコだ。

 これから私の養父になる人物である。


「はじめまして。お義父さま。私のことはアリアとお呼びください」


 優雅に一礼すると、マルコは人好きする笑みを浮かべた。


「では僕のことは、マルちゃんと呼んでくれ」

「……マルちゃんはどうかと……」


 笑いをこらえるためににぶるぶる震えてしまう。

 おそらく実父と同年代の人に、マルちゃんはないかなー。

 それならまだ、司令とか呼んだ方がマシってゆーか。


「つれないなあ。それなら司令でいいよ。アリア」

「なんでやねん!」


 おもわず突っ込んじゃったよ!


 一拍の沈黙。

 そして、マルコが大爆笑をはじめた。


 彼だけでなく、使用人の少年も。


 いやいや、ちょっとそれは失礼すぎないかい?

 この家では、客人を笑い飛ばしても良いって教育してるのか?


 たしかに私は今日から客じゃなくて家人だけどさ。主人の娘って立場じゃん。笑ったらダメじゃん。


義姉ねえさん。声、声。内心が声に出ちゃってる」


 息も絶え絶えになりながら少年が指摘してくれた。


 しまった。

 せっかく猫をかぶってたのに。


 ていうか義姉さん?


「そいつは僕の倅だよ。アリア。次男のオリバーだ」


 私の視線を受け、ひーひー笑いながらマルコが説明する。


 えー?

 なにそれー?


「ちょっと理解が追いつかないんだけど」

「ごめんごめん。これから家族になるんだからどうしても自分が迎えに行くって、オリバーがきかなくてね」


 やっと笑いを収めたマルコが、私の肩に手を置く。

 商人っていうより武人みたいにゴツゴツした手だった。


「立ち話もなんだから。中に入ろうじゃないか」


 そう言って、マルコがぐいぐいと私を引っ張っていく。

 そして玄関ホールでは、十人近い人間が拍手で出迎えてくれた。


 謎すぎ!

 なんなのこの状況!






「行儀見習いに行った先で、初日にミルニー王国で作られた壺を割り」

「すごく高い」


「二日目に東方グレン帝国から渡ってきた箪笥の足を折り」

「むっちゃくちゃ高い」


「三日目に西方ペールジャー公国の絨毯に燭台をひっくり返して焼け焦げを作り」

「そりゃもう、ものすげー高い」


「ついたあだ名がアズラルの破壊姫」


 歌うように指折り数えるマルコ。

 あとオリバー、へんな合いの手を入れるのはやめたまえ。


「堪忍袋の緒が切れた公爵家から家に帰され、噂を聞いた貴族たちは、だれもアリアを嫁にもらおうとは思わなくなった」

「ぐぬぬぬぬ……」


 よく調べてるじゃねーか。

 マルコのいうとおり、行儀見習いに行ったモルト公爵家でいろいろやらかしちゃった私は、なんと十日で追い出されたのである。


 そしてその評判を聞きつけた政略結婚の相手は、あっさり婚約を破棄してきた。

 以来、縁談を申し込んでくる家はひとつもなくなってしまった。


「一般的な労働者の何千年かの稼ぎに相当するくらいの宝物を、たったの十日で壊すような嫁はもらえないべや。そりゃあ」


 げらげらとオリバーが笑う。

 うっせうっせ。


「で、嫁のもらい手がなくなって行かず後家が確定だった私を、お義父さまが拾ってくださったわけですか。酔狂なことですね」


 肩をすくめてみせる。

 平民であるマルコにとってみれば、かなりお買い得な物件だろう。

 痩せても枯れても伯爵令嬢だもの。


「でも、この家でも私はいろんなものを壊しまくるかもしれませんよ」


 思いっきり邪悪そうに笑ってやった。

 破壊姫だもの。

 それに対して、マルコはなんと笑みを返す。


「壊されるのはたしかに困る」


 一度、言葉を切った。


「ただし、本物だったらね」


 こいつ……。


「アリアが壊したものは、全部ニセモノだった。おそらくモルト公爵は騙されていたんだろうねぇ」

「…………」

「公爵閣下ともあろうお人が、家にニセモノを飾っていたなんて洒落にならない。だから人に知られる前に破壊した。違うかな?」


 マルコが笑う。

 すっかりお見通しというわけだ。


 私は、降参だとでもいうように両手を挙げてみせた。

 

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