第12話 女傭兵
「サラディナサとアウィデニア」
「姉妹なのね。名前の感じからして貴族っぽいけど」
「さあ? そいつは俺にはわからねえな」
妙に芝居がかった仕種で肩をすくめてみせる。
過去を問わないってのは、傭兵ならではの発想だろう。
商人だと前歴ってものすごく大事だ。
たとえば、泥棒とかして牢獄に繋がれた経験のある者を積極的に雇う商人はいない。改心しましたよっていわれても、そう簡単には信用できないのである。
ともあれ、私の直感はこの姉妹傭兵をアタリだと告げている。
「よし、この二人にするわ。紹介してくれる?」
「物好きだな。参考までに判断の基準を聞いて良いか?」
「女の勘よ」
「そいつは俺たちには備わってねえもんだな」
優男が大笑し、一両日中に女傭兵たちをマコロン商会に行かせると約束した。
この段階では紹介しただけで、まだ契約したわけではない。
私たちが本人に会い、双方の条件をすりあわせて合意に達したら、そこで晴れて契約ってことになる。
そして契約成立後に、仲介手数料を私たちと傭兵の両方がギルドに支払うという流れだ。
人を紹介するだけでお金が入るんだから、ギルドというのはずいぶんと良い商売だが、こればっかりは仕方がない。
買いたいって人と売りたいって人を繋ぐ役割は絶対に必要になるし、それを無償でやれってのも虫の良い話だから。
「マコロン商会とはこれからも良い関係でいたいもんだな。ギルドマスターのニコルだ」
そういって彼はようやく名乗ったのだった。
名乗るってのは信用したよって意味になるんだそうである。だから最初に名乗ったりは絶対にしない。
まずは名乗る商人とは貴逆だよね。
そして次の日、朝からマコロン商会に女傭兵がやってきた。
「お初にお目にかかる」
紹介状を手渡して軽く頭をざける二人組。
身体の線が出ないローブをまとい、目深にかぶったフードで顔を隠している。
声も押し殺した低いもので、あきらかに性別を判らなくするための演出だろう。
「商談室で話しましょう。こっちこっち」
たまたま応対した私は二人を別室に誘い、近くにいたトムスに義兄と義弟を呼んでくるよう伝えておく。
「ちょうど私がいたときで良かったわ」
「あなたが店に出るのを待っていた」
「あ、やっぱり」
フードを外し小麦色の髪とやや浅黒い顔を晒した傭兵が言った。やや年長に見えるから、こっちが姉のサラディナサなのだろう。
屈強という印象はなく、髪と同じ色の瞳はどちらかといえば優しげだ。
「ほう? 我々が商会を見ていたことに気づいていたのか」
「まさか。偶然にしてはできすぎだよねって思っただけ」
私は微笑し、さっそく条件を提示する。
片道十二日なので往復して二十四日。王都での滞在を十日と想定して三十四日間の契約で、基本的には常に張り付いてもらう。
「報酬なんだけど、百シーリンでどうかな」
「一人頭五十か。悪くない」
「違う違う。一人百シーリンよ」
私が提示した金額にサラディナサとアウィデニアが顔を見合わせる。
高すぎると思ったのだろう。
そして、あまりに高すぎる報酬というのは警戒を誘うものだ。
「……その価格の理由を教えてもらいたい」
「ひとつにはこの商売にマコロン商会の浮沈がかかってるってこと。絶対に失敗できないの」
頷き、私は説明する。
負けても大丈夫な戦い、などではないのである。
もし遅れたり、いかなかったりしたら、マコロン商会はその程度の存在なのだと国中に喧伝するようなもの。
国王陛下との商談に遅れるなんて、大恥なんて言葉じゃ済まない。
さすがに不敬罪とか、そういう話にはならないだろうけど、マコロン商会の評判は地に落ちる。
「だから私たちは、絶対に期日までに王都に到着しないといけないの」
「なるほど。行きで妨害が予想されるわけか」
「帰りもよ。王様からいただいたデザイン案を持ってるんだから」
奪われたりしたら大変だ。
いくつも写しは作るけど、最低一人はニュアンスを口頭でフダンテ親方に伝える必要がある。
「正直にいうとね。ここまで手間と時間と人手をかけるんだから、採算は取れないわ。だからこそ成功させないと意味がないの」
モルト公爵だけでなく王様も認めたマコロン織物。この看板を手に入れるための投資といっても良い商売だ。
採算を度外視しても完璧な布陣で臨みたい。
「それがひとつめの理由か」
「そ。もうひとつは顔つなぎよ。これからもあなたたちには仕事を頼みたいからね」
「ほう?」
「私も女だからね。男の傭兵は怖いし」
冗談めかして笑ってみせるが、けっこう本心だ。
護衛していたはずの令嬢を傭兵が犯して殺した、なんて話も聞いたことがある。
そんな無道を働く傭兵なんて、ごくごく一部だとは思うんだけど、たとえ一部でもいるってのが怖い。
「そういうことであれば報酬は八十で良い。こちらも顔つなぎがしたいからな」
ふ、とサラディナサが唇の端を持ち上げた。
彼女たちも質の良い依頼主を求めているってことかな。
「契約成立ね。ここで名乗るのが傭兵流なんだっけ。アリアニールよ」
ソファから立ち上がり、私は右手を差し出す。
ちょっとだけ戸惑ったサラディナサも席を立ち、右手を出した。
「姉上!」
アウィデニアが鋭く制止する。
「良い。アウィ、依頼主殿は傭兵流に合わせてくれた。今度はこちらが商人流に合わせようではないか」
笑ったサラディナサが握手に応じてくれた。
「サラディナサだ。よろしく頼む。アリアニールどの」
「アリアで良いわ。けど、さっきのは?」
「では私のことはサラと呼んでくれ。傭兵に限らないが、戦士というのは利き腕を他人に触らせないものなんだ」
なんと。
そういう流儀もあったのか。
「あらら。ごめんなさい不勉強で」
「知らなくて当然の人間が、こちらのやり方を知らなかったからといって目くじらを立てるのは筋が違うからな」
鷹揚に笑い、サラが妹に場所を譲る。
「アウィデニアです。アウィでいいよ」
そういってアウィも私の右手を握ってくれた。
いい人たちである。
サラは背が高く、小麦色の髪と瞳を持つ歴然たる美女だ。
アウィは私と同じくらいの背丈で濃い茶色の目と髪。歳も私と同じだという。
ていうか、私と同い年でこれだけの戦歴があるってことは、成人前から戦場に出ていたってことだよね。
なんだか尊敬してしまう。
「すごいなぁ」
「女には女の戦い方があるんだよ。アリア」
にっと笑ったアウィがローブをはだける。
そこにあったのは裸身だった。いや、完全に裸ってわけじゃなくて、胸と腰回りだけを金属鎧でガードしているのだ。
おへそとか、美しい腹筋とか、胸の谷間なんて丸見え。
「あわわわ……」
同性とはいえ、目のやり場に困った私は、真っ赤になって両手で顔を覆っちゃった。
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