第14話 襲撃
「じゃあ、いってきます。お義父さま」
「気をつけてな。成功を祈ってるぞ」
御者台から手を振った私にマルコが応えた。
気持ちの良い秋晴れの日、私たちは王都フィルソニアへと向かって出発する。
ジュリアンが手綱を操り、一頭立ての馬車が動き出した。
慣れ親しんだいつもの荷馬車なんだけど、今回は長旅になるってことで幌をかけた。
御者は、私以外の五人が交代で務める。
私が除外されたのは特別な理由があるわけではなく、ただ単にできないからだ。
伯爵家の姫君には、乗馬スキルも御者スキルも不要って名目で習わなかったのである。
本音の部分は、習うお金がないからね。
「けど、元貴族のアリアが馬を操れないのは仕方ないとしても、サラやアウィは達者に操るよな」
「爵位持ちの大貴族と、王国騎士じゃあぜんぜん違うよ。ジュリアン」
荷台からひょこっとアウィが顔を出した。
姉妹は爵位も領地も持たない王国騎士の家系出身で、食うために傭兵になったんだってさ。
騎士の俸給なんかたかが知れてたものなのに、名誉とか格式がついて回るから生活が大変。これは貴族と一緒だ。
幼少期から武芸百般を叩き込まれた彼女らは、騎士ではなく傭兵の道を選んだのである。
「女じゃせいぜい準騎士。出世したって
一回の仕事で八十シーリンも手に入る傭兵の方がずっと実入りが大きい、と、今回の報酬を論ってアウィが笑う。
準騎士ってのは一代限りの騎士のことで、子供がその地位を相続することはない。代々続く騎士というのは正騎士なんだけど、庶民から見たら全部一緒だ。
でもって一等尉は軍の階級で、実戦部隊を率いる人のトップだね。王宮にいるごてごてきらびやかな階級を持った人たちとは違って、お飾りの地位じゃない。
なのに俸給としては、そのお飾りたちもよりずっと低いのだ。
ちょっとやってられないな、とアウィが思うのも無理はない。
上にはろくな軍事知識もないような貴族のボンボンがいて、えっらそうにああしろこうしろと命令しているとなればなおさらだ。
うん。
つくづく斜陽だよね。我が愛する祖国フィルスバート王国は。
五日目のことである。
順調に旅を続ける私たちは、メールギの森にさしかかった。
難所のひとつだ。
平地と違って、道の両側は鬱蒼とした森だから見通しは悪いし、身を隠す場所にも事欠かない。
もし襲撃があるとしたらここだろう、と、サラたちも予想していた。
「きたぞ。数は六……いや、八だな」
御者台のサラが呟き、馬の足を緩める。
すっかり囲まれているらしい。
強引に突破しようと馬を走らせた場合、足元に張られたたった一本のロープですら命取りになってしまう。
だからあえてゆっくり進むのだという。
このあたりは私には判らないので、専門家の判断を信頼するしかない。
「その馬車。止まってもらおうか」
やがて、粗末な革鎧と長剣で武装した男たちが立ち塞がった。
四人。
サラの読んだ数よりも少ない。
「姿を見せたのは、怖がらせて馬を走らせるのが狙いよ。この先にワイヤートラップを仕掛けてあるのね」
荷台から固唾を呑んで見守る私の耳元で、アウィがささやいた。
同い年は思えない冷静さである。
踏んできた場数が違うってことだろうか。
サラが手綱を引いて馬車を停める。
「何のようだ?」
「決まってるだろ。金目のものを出してもらおうか」
押し殺した問いかけに、下卑た笑いがかえってきた。
山賊そのものって感じである。
他の商会が雇った殺し屋なのか、それとも普通に盗賊団と遭遇しちゃっただけなのか、私には判断がつかない。
「おとなしく言うことをきけば、命までは取らねえでおいてやる」
「山賊ごときが大きく出たものだな」
抜き身の剣を片手に、じりじりと男たちがにじり寄ってくる。
サラはせせら笑っているけど、怖い。
横を見れば、ジュリアンも顔をこわばられている。
が、右手は腰の短剣に添えられていた。最年長者として私たちを守ってくれるつもりなのだ。
「アリアたちは荷台から出ないでね」
「大丈夫なの? アウィ。八人もいるってサラが」
「八人全部を戦わせたりしないよ。相手が山賊風情だと思って舐めている、とあいつらは思ってるからね」
にこっと笑うアウィだった。
次の瞬間、山賊たちが襲いかかってくる。
速い。
ついさっきまでのだらしない様子がまったくなくなり、獲物を狙う猛獣みたいに鋭い動きだ。
もしもサラが、本当に山賊風情って油断していたなら、一瞬でやられちゃっただろう。
けど、そうはならなかった。
彼女は最初から油断なんかしていなかったし、襲いかかってくるその瞬間を待ってさえいたのである。
御者台からサラとアウィが跳ぶ。
予想外の動きに山賊が戸惑った。それは砂時計から落ちる砂粒が数えられるくらいの時間でしかなかったが、二人にはそれで充分だった。
下から上に攻撃するのと、上から下へと襲いかかるのでは、後者が圧倒的に有利である。
落下の勢いを利用することができるから。
抜く手を見せずに振るわれたサラの長剣が一人の頭を割り、アウィの左右の手に握られた二本の短剣が、別の山賊の両腕を落とす。
なにが起きたのか判らずに蹈鞴を踏む残った山賊が二人。
彼らが動揺から立ち直る時間は、ついに与えられなかった。
くん、と踏み込んだサラの長剣が一閃し、目と口で三つの丸を作ったままの首が宙を舞う。
アウィが独楽みたいに回転すると、なますのように切り刻まれた男が、どちゃりと地面に倒れた。
瞬く間もないほどの早業である。
そのままアウィは森へと走り、サラは馬車を守る。
襲撃者たちは判断に迷ったかもしれない。
一瞬のうちに半数の戦力を失ってしまったから。しかし護衛は二手に分かれた。各個に撃破するチャンスだ、と。
森の中から四人の男が飛び出してくる。
まずはアウィを片付けるために。
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