第44話 女剣士サクラ

「……なんのつもり?」


 腰の左右に添えていた手を外し、アウィが前方を睨み付ける。


「失礼。あまりにも手練れに見えたので、つい悪戯心が騒いでしまいました」


 返ってきたのは凜とした声。アウィの肩越しにのぞき込めば、黒髪黒瞳の美人さんがたたずんでいた。

 ホウニの民族衣装がすっごくエキゾチックで、なんというか、お人形さんみたい。


「サクラと申します」


 楚々とした感じで頭を下げる。

 私もならったけど、彼女ほど決まらない。


「アリアニール・マコロン、西の方フィルスバート王国の商人です」

「フィルスバート! 実在していたのですね!」

「してますしてます。まあ、私も初めて御国のことを聞いたときには、同様に思ったものですが」


 セルリカですら書物で読んだことがある程度だったのである。

 さらに海を渡った東のホウニ国など、おとぎ話の世界だった。


「ぜひ、フィルスバートのことを伺いたいのですが」

「ええ。私もホウニのことを知りたいです」


 サクラに招かれ、私は商談のための部屋へと移動する。


 なんと彼女はこの商船を仕切るリーダーサムライの娘らしい。あ、サムライってのは私たちでいう騎士みたいなもの。領地を持たない貴族だね。


 親にくっついてセルリカにきたのはいいけれど、仕事があるわけでもなく退屈していた彼女は、ものすごい手練れを見かける。

 それがアウィ。


 戯れに殺気を向けたら、案の定気づかれて、あわや抜刀ってことになった。


 うん。

 けっこう考えなしですね。この人。


 和気藹々と自分の国の話をする。

 同年配のホウニ人というのはずいぶんと新鮮だ。お互い様だろうけど。


「もし良かったら、うちのお抱え商人を紹介しましょうか? アリア」

「良いんですか?」

「これも何かの縁ですから」


 そういって連れてきたのは、恰幅の良い中年男性で、タンメ屋って屋号の商人である。

 私もオリバーを呼んできてもらい、互いに紹介する。


 そして結果からいうと、この人との間に、私たちはいくつかの商談を成立させることができた。

 ホウニの民芸品や独特の織物、そしてもちろんカタナなど。

 フィルスバートから持ってきた特産品などを売る話もまとまり、お互いにほくほくである。


 そこまでは良い。

 問題は、


「わたくしも、フィルスバートに行ってみたいですね」


 そして突如としておかしな発言をするサクラである。


 すっげー遠いから。

 ほいほいっていける場所でもないから。

 何考えてんだ。このサムライガールは。


 そんなん、親が絶対に認めるわけないだろうって思ったんだけど、なんとサクラの親御さんは簡単に認めちゃった。

 見聞を広めてこい、みたいな感じで。

 あっさりしたものである。


「妾腹でしかも末子。お家に取ってみればいてもいなくても一緒のお荷物ですからね。わたくしは」

「なるほど、私と一緒ってことですね」


 せつなげなサクラに私は笑いかける。

 ようするに、彼女もまたすてられ姫ということだ。


 政略結婚にも使えない妾腹の娘など、たんなる金食い虫に過ぎない。何か仕事をさせようと親は船に乗せたのかもしれないが、それはそれで周囲が気を遣う。

 サクラとしては、身の置き所がないのだろう。


「そういうことであれば一緒に行くのに吝かではないけど、お客さん扱いはできないわよ」


 私は言葉を崩す。

 事実として、隊商にお客さんはいないのである。

 いるのはともに旅をする仲間だけだ。


「こうみえて武芸の心得がありますわ。アリアを守って差し上げます」


 どんと胸を叩いてみせるサクラ。

 アウィがいるから補佐でもしてもらえば良いかなと思っていたんだけど、どちらかというと、オリバーの専属護衛になりそう。

 

 なにしろオリバーったら、見ていて笑っちゃうような勢いで真っ赤っかになるんだもん。

 好みにジャストミートだったのね。


 楚々とした美人で、つややかな黒い髪に黒曜石みたいな深い瞳。ほっそりとした身体に絹みたいにしっとりすべすべの肌。

 我が義弟ながら、審美眼がたしかですなぁ。


 出会ったときには愛していたって感じ。

 すごく積極的に話しかけてるし、サクラの方もまんざらでもなさそうだった。

 こういうのって、相性が大事だから。





 そして毎朝の鍛錬に、サクラが鍛錬に精を出す声が聞こえるようになった。

 フィルスバート王国、セルリカ皇国、ホウニ国の女戦士たちが互いに技を高め合っているっぽい。

 流派はみんな違うだろうに、達人は達人を知るってことだろうか。


「サクラはきれいだなぁ。三人の中で一番太刀筋も格好いいよなあ」


 窓から鍛錬を眺めては、オリバーがうっとりしている。

 すっごくうざい。

 見てないで混ざってくればいいのに。


「あの中に? やめてくれよ義姉さん。手を三回拍つ間に死んじまうぜ」

「そりゃそうだ」

「ていうか、二人とも基礎トレーニングくらいは参加しなさいって」


 アウィが手招きする。

 本格的な鍛錬とまではいかなくても、軽く身体を動かしておくことは大切だ。


 私たちに必要なのは戦うことではなく、いざとなったら全力で逃げること。

 そのときに足を捻ったとか、バランスを崩して転んじゃったとか、そういうことがないようにする。


「オリバー、身体が固いですわよ」

「いててて」


 サクラと背中合わせになって、ぐーいと身体を伸ばされている義弟だ。

 微笑ましいもんである。


「ところでアリア。いつライールに戻るの?」

「そう遠い話じゃないわ。ホウニ商船の入港で充分な仕入れができただろうし」


 芝生に座った私の背中を押すアウィの質問に、笑いながら答えた。

ホウニ国からの船を待っていたのである。

 メイコンも、私もね。

 やっと目的が果たせたわけだ。

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