第20話 街角アサシン


 翌日、約束通り私とジュリアンが王城に参内した。

 献上品の青磁の壺を持って。


 オリバーとトムスが買ったやつね。ライールまで持って帰っても良いんだけど、せっかくなので王様に献上することにしたのだ。


 調度品として考えたら、カタナよりも向いてるだろうし。

 応接間で向かい合った国王ご夫妻に、そっと押し出す。


「本日は珍しいものを持参しましたので、どうぞお収めください」

「ふむ? 無地の土器にしか見えぬが。マコロンがただの土器を持ってくるわけもないか」


「東の果てのまた東、セルリカ皇国より一年以上の旅をして渡って参りました、青磁という焼き物でございます」

「なんと! 文献で見たことはあったが!」


 王様も王妃様も目を丸くしている。

 そりゃそうさ。

 私だって一昨日はじめて現物を見たんだもの。


「先日、当商会のものがセルリカ商人から買い付けたものでございます。なんとそのものは、のみの市に潜み、二束三文で売りさばいていたよし


 かいつまんで購入までの状況を説明する。


 王国人の審美眼を確かめるため、わざとそんな真似をしていたこと。

 私がそれに気づいて買い付けに走ったときには、めぼしい商品は売れてしまっていたこと。

 それでもなんとかセルリカ商人との交渉を持つことができ、今後の取引に望みを繋ぐことができたことなどを。


「そうか。苦労であった、よくやったくれたな。マコロン」


 鷹揚に王様が褒めてくれる。

 もしセルリカ人が、「ダメだこりゃ、フィルスバートの人間にはものを見る目がないね」って思ったら、もうこの国に立ち寄ることはないからね。

 私たちは、ぎりぎりでそれを食い止めたってことなんだ。


「今後も良きモノが手に入ったなら持参するが良い。次は高値で買い取らせてもらおうぞ」

「ありがたき幸せでございます」


 ちょっと迂遠な感じだけど、これは仕方がない。他国の商人をほいほいと王城に入れるわけにはいかないから、直接買い付けることはできないんだ。


 王様としては、セルリカとの繋がりができた私たちをいち早く囲い込みたいってわけ。

 他の貴族と商売を始める前にね。





 そして本題だ。

 王妃様から手渡されたデザイン案を、私とジュリアンで細密に検討する。

 安請け合いはできない。

 やっぱり無理でした、なんてのは許されないから。


 王様も交えて、細部に至るまでここはできるとか、こう変更することはできないかとか、かなり熱の入った議論が展開された。


 フルオーダーのマコロン織物は八百シーリン。王家にとって高い買い物じゃないけど、ことはプライドの問題なので王様も王妃様も妥協はできない。

 完成品は貴族たちに自慢するし、他の国からきた使節にも見せびらかすからね。


 そこでセンスなーい、なんて思われたら、悔しくて悔しくて夜も眠れないレベルだもの。


「では、このプランで持ち帰り、さっそく製作に取りかからせます」


 そういって私が最終的なデザインが描かれた紙を受け取ったのは、そろそろ日も落ちようって時刻だった。

 私たちが王城を訪ねたのは沖天に日がある頃合いだったから、半日も使っちゃったよ。


 さすがに疲れた。

 あとは何枚も写しを作る作業が残ってるけど、さすがにそれは明日で良いだろう。


「頼んだぞ。マコロン」

「はい。全力を尽くします」


 一礼し、私とジュリアンは王城を後にする。

 先日は侍従さんだったけど、今日は侍従長の案内で。

 青磁の壺の献上が効いたね。これは。

 王家にとって、もうマコロンの名前は道ばたの雑草じゃなくなった。






 夜道。


「二人とも止まれ」


 影のように付き従っていたサラが警告を発した。

 私はおもわずビクッと身をすくめちゃった。


 次の瞬間、路地から影が飛び出してくる。

 いや、影じゃなくて黒装束だ。ほとんど鞘鳴りも立てずに抜き放たれた長剣がぬらりと黒く輝いた。


 一挙動で私たちに迫る。

 速い。


 そして私は足がすくんで動けない。

 ジュリアンが覆い被さるように私を抱きしめる。自分の身体を鎧として使ってくれようというのだ。


 サラが迎撃に動く。

 抜き放たれた鬼切が黒装束に迫った。


 回避できるような速度じゃなかった。けど、なんと襲撃者は左腕で受ける。

 たぶん手甲を装着してるんだろう。


 相手の剣を左腕で受け、ぐっと間合いに入り込むってのがこいつの戦法なんだ。きっとね。

 仮定形なのは、襲撃者は踏み込めなかったから。


 受けた瞬間に左腕を切り飛ばされて。


「昨日までの私であれば、その戦法で倒せたかもしれぬがな」


 片腕を切り落とされたのに悲鳴ひとつあげず、黒装束が後退する。

 しかしそれを許すほどサラは甘くもぬるくもなかった。

 くんと加速して、一刀のもとに斬り捨てちゃう。


 そして懐から出した布切れて、ほとんど付着してない血脂を拭う。


「骨ごと腕を断ち切っても刃こぼれひとつしない。素晴らしいを通り越して怖ろしくすらあるな。カタナというのは」


 呟くとサラは鞘に鬼切を収めた。

 あまりの見事な手際に、私とジュリアンは拍手を送ってしまう。


「お見事。サラ」

「私の腕以上に、すごいのは鬼切の切れ味だな」


 手甲ごと腕を切り飛ばしちゃうような切れ味の剣なんて、さすがの暗殺者も想像の外側だったろう。


「さっさと宿に戻るとしよう」


 油断せずに周囲に視線を飛ばしながらサラが私たちを促した。

 襲撃者の死体はそのまま放置である。


 懐を探ったところで正体が露見するようなものは持っていないだろうし、埋葬してやるってほどお人好しにもなれないし。

 朝になったら、衛兵にでもことの顛末を話せば問題ないだろう。


 もっとも、それまでに死体が片付けられちゃう可能性だって低くないけどね。

 人目のまったくないような場所での襲撃じゃない。どこからか成果を観察している人物がいるかもしれないのだ。


 やがて明るい市街部に入り、泊まっている宿の灯りが見えてきた。

 私とジュリアンは、どちらからともなくほっと息を吐く


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