第18話 鬼切

 旅をするときに大量の金貨を持ち歩いたりしない。

 重いしかさばるし、じゃらじゃら音を立てていたら狙われる原因にもなるしで、良いことなんかひとつもないからである。


 けど、旅先で急にお金が必要になるときってのはあるものだ。

 私たちみたいな商売人ならなおのこと。

 そういうときに備えて、すぐに換金が可能な宝石類を身体の各所に隠しておくのである。


 いくつかの宝石商や両替商をまわって、少しずつお金に換えた。

 八十シーリンほど。


 さすがにそこまで大口の商売は出てこないとは思うんだけど、なにしろ相手ははるか東方からきた商人である。どんな隠し技があるか判らない。

 お金が足りなくて買えないよ、なんていう間の抜けた事態は避けたいのである。


「おかえり、アリア。俺の方では五十シーリンほど用意しておいたぞ」


 開口一番、ジュリアンが言った。

 トムスが伝えた断片的な情報から、早急に現金が必要だと読み取ったらしい。青磁の壺を見たってのもあるだろうしね。


 情報と現物があって、のほほんと宿で待っているような人物が正規商会員になれるほど、マコロン商会は甘くもぬるくもない。


「助かるわ。義兄さん」

「金を出す以上は俺もいくからな。そのセルリカ人の露店に」

「もちろん大歓迎よ。一緒に勉強しましょ」


 二人で笑い合う。

 もちろん、オリバーやトムスも。

 私も含めて全員がセルリカの商人との初取引なのだから、これほどの勉強の機会をみすみす逃す手はないのである。


 もちろんオリバーたちが昼間やらかしちゃったやつはノーカウント。

 あれは商談でもなんでもなく試験のようなようなものだ。


「けど、ずいぶんと意地悪な話ではあるよな。そのメイコンとやらの試験は」


 前後の事情を知ったジュリアンが腕を組む。

 青磁なんて、一般的な王国人はおろか商人だって知ってる人は限られる。

 私だってヒントがなければわからなかった。


「その通りよ。義兄さん。意地悪なんてレベルじゃないわ」


 肩をすくめる。

 だが、だからこそメイコンは景品・・として青磁を用意したんじゃないかな。

 意地悪をすることになってしまう王国人へのお詫びの品、といえば語弊があるだろうか。


「メイコンは、目でることができるがどうかを見たかったんじゃないかと思うの。知識で鑑定するんじゃなくてね」

「うへぇ……きっついなぁ」


 ジュリアンが組んでいた両手を広げてみせた。


 たとえば、私たちが扱っているマコロン織物。


 あれを知識で鑑定するなら、ペルージャー織りの技術に学んだ職人たちが立ち上げた新しいブランド、ということになる。

 評価としては、技術的には光るモノがあるが伝統と格式のあるペルージャー織りには遠く及ばない、というところか。


 これが目で鑑ると、ペルージャー織りに勝ると見劣らない品質、デザイン性、価格が半分以下な理由がわからない、という感じ。


 つまり一定以上の知識と鑑定眼がなくては、目で鑑るなんてできない。

 値札に並んだゼロの数でものの価値をはかる、なんて人は、はなっから論外ね。


「メイコンが求めたのは、現物を見て、そこに使われている技術とか作品そのものの美しさとかが判るかどうかって部分なのよ。きっと」

「義姉さんは判ったのか?」

「私は知識で鑑定しただけ。合格ラインには届いてないわ」


 オリバーの質問に首を振る。

 あの壺を見た瞬間に、せめて美しさには気づかなくてはいけなかった。技術云々までは判らなかったとしても。


 呪いの壺なんじゃない? なんて反応はもってのほかだったわけです。

 反省反省。


「そんなわけで、明日は私も勉強よ」





 約束通りに残りの十シーリンを手渡し、もう一度握手を交わす。

 まずはこれで壺の話はおしまい。


「それでは、こちらの品お目にかけます」


 ぱんぱんとメイコンが手を拍つと、露店の奥から屈強な男性があらわれた。やはり東方オリエントの人なのだろう。黒い髪と黒い目だ。


 それにしても、昨日はこんな人はいなかった。

 つまり、メイコンって商人は、個人で商いをしている人じゃなくて、使用人とかもちゃんと雇っている大店おおだなってことだよね。


 そりゃそうか。

 でなかったら、十七シーリンもするような壺を露店の店頭になんか置けないよね。

 かえすがえすも意地悪な御仁である。


「剣……ですか?」


 目の前に置かれた品物に、私は首をかしげる。


 難題がきた。

 刀剣類の鑑定というのには非常に難しい。実用品としての価値と美術品としての価値が、ほぼ正反対といっても良いくらいに違うから。


 絨毯でも壺でも、造形の美しいモノは使ったって心地良いのである。


 ところが刀剣となると話が異なる。

 家に飾っておいて映える剣と、戦場で振るってこそ輝く剣は、まったくベツモノなのだ。


 そして私に、実戦的な剣の善し悪しはわからない。

 美術品としてなら、美しさとかそういうので判断できるかもしれないけど。


「カタナいいます。セルリカよりもっと東、ホウニ国で作られたです」


 しゃらりとメイコンがカタナを鞘から抜く。

 陽光を受け、刀身が青白く輝いた。


「きれい……」


 思わず呟いてしまい、私は慌てて自分の口を押さえる。

 商人が商品に目を奪われるなど、恥ずかしいなんてレベルじゃない。ましてそれを顔に出しちゃうなんて。


 あうう。

 メイコンのしてやったりって顔がはらたつー。


 振り返れば、頼みの綱のジュリアンもカタナとやらに魅入られてるし。

 彼だけでなくサラとアウィまで、護衛なんて仕事は知らないよって勢いで妖しく輝く刀身を見つめていた。


「このカタナの名前は鬼切。邪悪を打ち払う聖剣ね」


 笑いながらメイコンが説明してくれる。


 くっそう。

 完全に主導権を握られた。


 まさに機先を制された格好で、この状態だとどんな値段を告げられても、それが過大なのか過小なのかとっさに判断できないだろう。

 立て直せるのか? 私。


「オニ?」

「大陸公用語ならオーガなります。オーガキラーいう意味ね」

「いさましい名前の剣ですね」


 雑談で時間を稼ぎつつ、味方の回復を待つしかない。

 たのむぅ。

 はやく正気に戻ってくれぇ。


「私が買う! 主人、いくらだ!」


 突然声をあげてぐぐっと身を乗り出したサラが、つかみかからんばかりにメイコンに接近した。

 常は冷静な人なのに。交渉中の依頼主を差し置いて。


 うん。

 ぜんぜん正気じゃないね。

 ダメだこりゃ。

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