〜エピローグ・一年ぶりの反省会〜

〜エピローグ・一年ぶりの反省会〜

 

 九尾狐ネフクルナルドは落とし穴の底に敷き詰められた爆薬で大爆発した。

 辺り一帯を振動させるほどの大爆発だ、さすがの九尾狐も散らばった肉片は再生しなかった。

 散らばっていた肉片も黒焦げになっていたほどだ、下にいたメル先輩たちはドン引きしていた。


 もはや素材としては使えないが、一応肉片は集めてもらい研究することにした。 宴会が始まるまでの空いた時間を使い、九尾狐の肉質を研究して時間を潰す。

 あの再生能力や完全耐性は武具や防具にできれば便利かと思い、わずかに残っていた肉片をダガーで切り裂いてみたり、炎を近づけてみたり、毒を垂らしたりしてみたが、残念なことに目立った反応はなかった。

 死亡しているため能力が発動しないのか、それとも倒し方が良くなかっただろうか? また目撃情報があったらもっといい討伐方法を考えよう。

 そう思って後片付けをしていると、レミスさんが私を呼びに来る。


 「魔力切れを起こしてたぬらぬらたちが目を覚ましたから、今から宴会始めるみたいですよ? 、行かなくて………」

 「え? なんちゃって〜」


 私はいつも通りレミスさんをからかいながらみんなの元に向かう。 宴会に向かう途中、後ろについてきたレミスさんは頬を膨らませながら私の背中をポコポコ叩いていた。 可愛い。

 宴会はもちろん盛り上がった。 みんな私の作戦をたたえてくれる。

 しかし私は今回、重大なミスを犯している。 私は騒がしい宴会場を横切って虞離瀬凛グリセリンさんの隣に向かう。


 「虞離瀬凛さん、お怪我は大丈夫ですか?」

 「ん? ああ、ほぼ全身の骨をやられたようですが、しっかり栄養を摂ればすぐ治ります。 気にかけてくれているのですね、相変わらずお優しい」


 岩石の弾丸から私たちを守ってくれた虞離瀬凛さんは、全身包帯まみれだ。

 にも関わらずにっこりと笑いながら、これでもかという量のブロッコリーを皿に乗せる。

 まっちょはなぜブロッコリーが似合うのだろうか?


 「今日の九尾狐戦………ぴりからさんの毒入り銃弾が当たった瞬間、私は油断してしまいました。 あなたがいなかったらきっと今頃大岩にペシャンコにされていたでしょうね。 助けていただき、本当にありがとうございます」


 失態をカバーしてくれたことに対し、素直にお礼を言いながらペコリと頭を下げる。

 すると虞離瀬凛さんはキョトンとした顔で私を凝視した後、豪快に笑い出す。


 「本当にセリナさん、あなたは素晴らしいお方だ!」


 なんで私は誉められたのだろう? 意図がわからず首を傾げた。


 「いやいや、あなたが私に謝罪をしようものなら、格好良く『これで貸し借りなしですよ?』とでも言おうとしていたのに、ふふっ、一本取られてしまいましたな! お礼を言われてしまうとは!」

 「いや、命を救われたんですから、感謝して当然じゃないですか?」

 「いやぁ、メルさんが、あなたの事をいつもひいきしていた理由がよくわかりました、あなたは本当に素晴らしいお方だ」


 ………ん? よくわからないが、メル先輩が私をひいきしていてくれた事を知って嬉しくなる。

 ものすごく誉めてくれるのが少しむず痒くなり、虞離瀬凛さんに再度お礼を言ってその場を離れた。


 「おいこら双子! 俺の唐揚げに手ェ出すんじゃねぇ!」

 「はい残念!」「早速ピョンって言い忘れてる!」「罰として唐揚げは」「没収だぜ!」


 シュプリムさんが双子さんと口喧嘩をし始めたのを横目に見ながら、外の空気を吸おうとしてバルコニーに出る。

 するとぬらぬらさんやぴりからさんと話していたメル先輩が、慌てて立ち上がったのが横目に見えた。


 「セリナ? 少しお話ししてもいいかな?」


 私がバルコニーに出ると、メル先輩が後ろから声をかけてくる。


 「メル先輩? ぜひ! 久しぶりにたくさん語りましょう!」

 「ふふ、確かに。 こういうプライベートの時間に仕事の話をするのは………一年ぶりかしら?」


 少し切なげな表情でメル先輩はつぶやいた。 私たちは今回のクエストの反省会を始める。

 途中で油断してしまったせいで虞離瀬凛さんに迷惑をかけたこと、途中で諦めそうになったこと、視野が狭くなっていたことをレミスさんにさとされた事………。


 反省点ばかりだった。

 私が自分の反省点を一通り言い終わると、メル先輩はバルコニーの柵に寄りかかりながら夜空を仰ぐ。


 「ぶっちゃけ今回、私の方が酷いと思う。 だって戦闘中、展開が早すぎて何の指示も出せなかった。 あなたは次から次へと指示を出してどんどん九尾狐を追い込んでいたのに、私は何が起きてるか全然わかんなかった………。 先輩なのに情けないよね? 唯一私が少し関わった落とし穴までの誘導作戦、あれだって冒険者さんの実力頼みで無理やりな作戦だったなって今になって思うの。 私はあなたみたいな画期的な作戦を思いつかなかったから。 


 そんなことはないとは思ったが、私はメル先輩の横顔を見ながら言葉を押し殺す。

 夜空を仰ぎながら悔しそうな顔をしていたメル先輩は、ゆっくりと私に視線を戻した。


 「でもみんなで意見を出し合って作戦を考えるのは、昔を思い出して楽しかったな」

 「………よかったら、その時のことを聞いてもいいですか?」


 その時のことを恐る恐る聞いてみると、メル先輩は嬉しそうに作戦会議の様子を話してくれた。

 

 

 

 九尾狐の討伐に成功する数分前。

 涙目で作業を続けていたシュプリムはまたも口を開いた。


 「なぁ、真面目な話するからしゃべっていいか?」


 双子とメルは無言で爆薬を落とし穴の下部に敷き詰める作業を続ける。

 すでに爆薬は合計三十リットル敷き詰められている、残り二十リットルの瓶が残っているため手を休められないのだ。


 「これから俺らは九尾狐をここまで誘導するんだろ? 作戦立てなくていいのか?」


 シュプリムの以外すぎる言葉に三人は一瞬だけ手を止める。


 「シュプリムって………」「真面目な話できたんだな!」

 「お前ら! 俺を何だと思ってんだよ!」


 シュプリムが大声を出すと、双子は再度手を動かし始める。


 「空気読めない大バカ。」「あとお前、結局語尾はぴょんにしないのな!」

 「いや、そんな気持ち悪い語尾つけなくていいですから普通に喋って下さいよ。 ………で? どんな作戦考えたんです?」


 双子がシュプリムを茶化し始めたタイミングで、メルが口を開く。

 さっきみたいなバカっぽい会話にならないようにしたいらしい。


 「俺、ここで作業しながらずっと考えてたんだ………ぴょん」


 しれっと皆の顔色を伺いながら小声で語尾をつける。 しかし三人は全く語尾には触れず、手を動かしながらシュプリムの話を聞いている。


 「あいつを俺らで誘導する手段、セリナさんの知恵を借りずに俺自身の思考で考えたんだぴょん。」


 三人は同じ気持ちを持って次の言葉を待つ。

 

 (こいつ………実は、頭がキレるやつなのかもしれない?)

 

 「………全く何も思いつかなかったぴょん」

 「なめんなぁ!」「ふざけんなぁ!」


 思わず爆薬を投げそうになっている閻魔鴉をメルが慌てて羽交締めする。


 「ちょっ! 待て待て! 最後までちゃんと聞け。 俺一人で考えても全くいい策が思いつかねえ、でも戦ってて気づいた事はあるんだ! あ、ぴょん!」

 「それなら俺たちも………」「いくつか気がついたことがある!」

 「私もあります、ならばみんなで意見をまとめましょう!」


 全員が座り直し、真面目な表情で意見を交換し合った。


 「まず、あいつの再生力だぴょん。 再生する速度が徐々に落ちてる気がするんだぴょん。」

 「それは俺も感じた!」「俺は動きも少しずつ鈍くなってる気がする!」


 彼らが気づいたのは九尾狐の再生速度の低下や動きが遅くなっていることだった。

 しかしメルは別の意見をあげた。


 「私が気づいたのは、再生する順番ですね。 それと切断された傷の再生方法。」

 「「「………というと?」」」


 三人の声がハモる、メルは続けて意見を述べていった。


 「まず再生する順番は、頭に近い部位から再生しています。 何度も見ているから間違いありません。 もう一つ、シュプリムさんが九尾狐の皮膚をぱっくり切った時気づきました。 ぱっくり切った断面を糸状に変形した血液が、傷口同士を繋ぎ合わせるみたいにして切断面をくっつけたんです。」


 メルはずっと後衛から戦いを観察していた。

 実際接近して戦っていた冒険者たちは、いちいち自分が傷つけたところを確認する余裕がない。 そのため遠距離から指揮をとっていたメルだけが、その異変に気がついたのだ。


 「なぁ、だったらさ。 切断した尻尾とか足とかを遠くに投げたり燃やし尽くしたら、どう再生するんだ? ………ぴょん」


 シュプリムの言葉に、メルが目を見開く。


 「それだ! それですよ!」


 興奮したメルは、たまたま手に持っていた爆薬瓶をシュプリムに向ける!


 「いやぁぁぁぁぁ! そんな物騒なもん向けないでくださいよぉぉぉ!」


 震え上がるシュプリムを見て、慌てて爆薬を詰める作業に戻ったメルは、コホンと一つ咳払いをして話を続ける。


 「ええ、失礼しました。 ここに誘導する方法ですが、こんなのはどうですか?」


 メルが伝えた作戦はこうだった………

 まず、隙を作って九尾狐の四肢を切断。 その後、足を遠くに投げて、胴体だけになった九尾狐を落とし穴まで引きずる。


 「それならいっそのこと」「切断した足を」「焼き尽くしたほうが」「確実なんじゃないか?」


 メルの作戦を聞いた双子が答える。

 セリナの担当である二人は、常に確実な手段を取るよう言い聞かせれているのだ。


 「確かにそれなら確実です! お二人は九尾狐の足を一瞬で焼き尽くすことは可能ですか?」

 「戦闘中に」「魔力を温存できれば!」

 「だったらお前らは温存しろよ、だとしても問題はもう一つあるだろ? ひきづってって突き落とすのはいいけどよ、引きずってったやつは爆発に巻き込まれるぜ?」


 シュプリムの言葉で一同沈黙する。

 ちなみに彼は、すでに語尾の事を忘れているが、だれもツッコもうとはしなかった。


 「ならば、投げればいい!」


 急にその場に現れたのは、目を覚ました虞離瀬凛だった。


 「虞離瀬凛さん! 体は大丈夫ですか?」

 「もちろん、全身かなり痛いぞ? とりあえずは起き上がるだけの魔力は回復したから手伝いにきたのだ。」


 虞離瀬凛は全身打撲に、体のところどころに骨折やヒビ。 さらには魔力を使い果たしたことによる疲労で倒れていた。

 しかし、しばらく安静にしていられたのと、メルの処置が的確だったため、ギリギリ起き上がれるまで回復したらしい。


 「化け物級の」「回復力だな!」

 「ああ、毎日タンパク質を欠かさず八十グラム接種しているからな。」

 「お前、脳みそまで筋肉だろ?」


 シュプリムの一言を聞いた虞離瀬凛は顔をしかめる。


 「そんな事より虞離瀬凛さん! 投げるってどういう意味ですか?」

 「ああ、その事ですが、まず足を切って動きを封じるなら、頭も切断できるだろう? 再生能力的に頭を切断した後、頭を燃やせば早いかとも思ったが、体が勝手に動く可能性や、再生し始める部位を変更できる可能性もある。 ならばいっそのこと、頭以外全て焼き尽くして頭を落とし穴に放り投げればいい。 これが一番確実だ」


 しかしシュプリムは首をかしげる。


 「なぁ双子、足と体両方焼き尽くすほどの火力出せるか?」

 「足だけなら」「可能だと思う。」

 「そうなると、胴体は誰かに押さえてもらうしかないですね?」


 メルは諦めたように妥協案を上げる、しかし虞離瀬凛はニヤリと笑った。


 「何を言っている、胴体は俺が燃やせばいいだろう。 代わりに絶好の好機が訪れる瞬間まで体を休めさせてもらう、魔力を少しでも回復させたい。」

 「でしたら今バックに入っている回復薬と増魔剤、ありったけ使って下さい!」


 メルはバックの中から治癒力を高める回復薬と、魔力の自然回復力を短縮する増魔剤をありったけ取り出した。

 そして虞離瀬凛は渡された薬を持って、足を引きずりながらセリナの元に戻って行った。

 

 

 

 メル先輩は楽しそうに作戦を立てるまでの事を語ってくれた。


 「だからあんなに仲良くなってたんですね? それに、頭から再生していたのか………。 全然気づきませんでした」

 「嘘! セリナが気づいてなかったの? もしかして私って本当はすごいのかしら?」


 にっこりと嬉しそうに笑うメル先輩。

 ああ、こうして話しているのは懐かしい………………

 そうだ、この人は思った事は何でも言ってしまう、天然系毒舌美少女だった。


 「私、途中諦めそうになった時メル先輩の言葉で立ち直れました、あなたにはいつも助けられてばかりです」

 「何言ってるのよ、今回助けられたのは私の方なのよ?」


 この人はこういうことを素で言ってしまう人なのだ、真っ直ぐすぎるからこそみんなから慕われる。 優しすぎるからこそ、自分の事を後回しにしてしまう。 そんなメル先輩だから、これからもついていきたいと思っている。

 ………この人の背中を追い続けていたい、心から認めてもらいたい!


 「これから、もっといろんなことを教えてください! 私はまだまだ未熟ですから!」

 「ってことは、私はあなたの恩師ってことで周りに言いふらしちゃっていいのね?」

 「もちろんです! これからもお慕いしてますから! だから今度は私にお茶を注がせてくださいね?」

 「ふふ、それは私があなたの成績を追い抜いたらね? その日までは私がお茶係よ!」


 私たちは堪えきれずに声を上げて笑う。


 「負けないからね? セリナ! 私をこんなにもやる気にさせた事、後で後悔するかもしれないよ?」

 「望むところです、あなたに教わったことを存分に生かします! 逆にメル先輩が、私にいろいろ教えてしまったことを後悔するかもしれないですよ?」


 私は瞳に闘志をみなぎらせながらメル先輩と向き合う。 するとメル先輩はそんな私を見ておかしそうに笑う。


 「後悔なんてするわけないでしょ? あなたに仕事を教えた事を、誇りに思う事は………あるかもしれないけどね?」


 メル先輩は、悪戯な笑みを浮かべて宴会場に戻っていった。

 そんな先輩の背中を見送った後、バルコニーの柵に寄りかかりながら夜空を仰ぐ。


 『誇りに思うことは………あるかもしれないけどね?』

 

 その一言を頭の中でこだまさせ、私は心の底から力技みなぎってくるような気がしていた。


 「うおっしゃぁぁぁ! やる気漲ってきたぁぁぁ!」


 ついつい天高くガッツポーズを掲げながらはしゃいでしまう。

 そして私は、軽い足取りで宴会場に戻り、カッコつけてオレンジジュースを飲んでいたぴりからさんにだる絡みを始めた。

 

 メル先輩には、私のことを誇りだと、堂々と言ってもらいたい。

 これからは憧れの人たちと、全力で競い会える!

 きっとこれからの仕事は、もっと楽しくなる!

 そして私は必ず、ナンバーワン受付嬢になる!

 一年ぶりの反省会、憧れの先輩との心躍る時間。

 これからもこの時間が何度も訪れるのだ。

 気持ちが昂り、大はしゃぎしてしまった私は、翌日二日酔いに悩まされることになった。

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