〜金ランククエスト・猛毒怪鳥討伐〜
〜金ランククエスト・猛毒怪鳥討伐〜
この国には冒険者協会は五つある。
私が所属する王都の冒険者協会は今年で創立五年目。
一番歴史は浅いが、冒険者育成学校で上位十位以内の成績を収めた冒険者が三十日周期で配属される。
つまり王都の冒険者と受付嬢は全員選りすぐりの精鋭なのだ。
他にも国境沿いの関所、港町、中央都市、商業都市とあるが、一番歴史が古いのは港町にある冒険者協会だ。
この港町にもまあまあ手練れがいるらしい。
私が受付嬢として少しずつ成績を上げ始めた頃、キャリーム先輩がこの港町出身の冒険者をスカウトして宝石ランクにした。
当時、このことで王都の冒険者たちは、騒ぎ立てていた。
三人目の宝石ランクが登場したのだ、それは盛り上がるだろう。
しかしその盛り上がりの中、一人の冒険者が浮かない顔で私の元にやってきた。
「あなたが噂の新しい受付嬢のセリナさんでしょうか? 担当した冒険者が面白いくらいに成績を上げていると伺いました」
これが私と
「えっと〜。 韻星巫流さんでしたっけ? 私に何かご用でしょうか?」
この時、韻星巫流さんはキャリーム先輩が担当する銅ランク冒険者だった。
あった時から顔のそこら中に
今思うと、昔から大変な苦労をしていたのだろう。
「私の名前を存じていただけていたとは、恐縮です。 自己紹介が遅れて申し訳ない。 私が、
今こんな事を言っても誰も信じてくれないが、当時の彼は長々と自己紹介をするような人ではなかった。
「ご丁寧にありがとうございます、キャリーム先輩は受付嬢なら誰もが憧れるナンバーワン受付嬢ですから、担当する冒険者の名前くらい覚えて当然です」
私は丁寧に挨拶されたため、普通にそう返したのだが……
彼からすると、その言葉が気に入らなかったらしい。
「ふふ、あなたはキャリーム殿が一体何人の冒険者を担当しているかご存知ですか? 成り上がりを目的とする冒険者は誰もが彼女を担当にしようとする。 しかし数が多すぎるのだ。 そして彼女は優しすぎる。 担当冒険者一人一人を親身になって対応するが、数が多すぎて対応しきれていないのです」
韻星巫流さんは、早口にそう告げてきた。 思わず私は口をつぐんでしまったが、それでもなお苦悩の言葉はやまない。
「無論、私も成り上がりを目的として半年前に彼女を担当に指名させていただきましたが、いまだに私は銅ランク。 この事実が優しい彼女をさらに傷心させてしまうのなら、いっそ担当替えをしてランクアップすることだけを考えたい。 そう思ってあなたに声をかけました」
早口言葉のようにボソボソと告げてきた韻星巫流さん。 彼の目は本気だと、嫌でもわかるほど迫力があった。
彼は成り上がるためならなんでもするということらしい、一体何が彼をそこまで動かすのか……
その理由は彼の戦闘スタイルにあった。
彼は地、水、火、風、雷全ての属性を使うことができる。
しかしこの世界の魔法は全属性使えるよりも一つの魔法を極めた方が圧倒的に強い。
なぜなら威力が分割されてしまうからだ。
火属性単体しか使えない冒険者で有名なのは星ランクの
超高温の炎で敵を切るのではなく溶かす上に、火を一点に集中して噴射することで空を飛んだり高速で移動することもできる。
しかし全属性が使える韻星巫流さんは、炎を使えたとしても焚き火程度の火力しか出せない。
このように適正属性が多ければ多いほど魔法の強さは劣化する。
それが常識であるこの世界では全属性持ちはハズレと呼ばれるのだ。
しかしそんなハズレの中にもただ一人、輝かしい成績を収めた冒険者がいる。
宝石ランクの
彼は自分より格下の冒険者が使った魔法を、見ただけでコピーできる。
威力は使っている本人にはかなり劣ってしまうが、彼の恐ろしいところは見ただけで魔法の仕組みを理解してしまうということ。
仕組みを理解できるのだから、封じる方法も理解して実行できる。
凪燕さんに指を刺された者は、魔法を完全に封じ込められてしまうのだ。
人間もモンスターも関係なく魔法を封じられてしまう、現段階で宝石ランク最強と謳われる凪燕さん。
必然的に韻星巫流さんは彼に憧れた。 そして奇跡的に彼と共に戦う機会があったらしい。
それは私と韻星巫流さんが出会った数日前のことだったとか。
☆
韻星巫流さんは一人で沼地の
彼は全属性持ちというだけでパーティー参加は拒否される、その上行く先々で不名誉なあだ名をつけられてバカにされる。
しかし優しい彼はそんな悪口を笑いながら受け入れていた。
「せっかく冒険者に憧れたのだ、やれるだけやって見るのも悪くはないだろう?」
おちょくってくる冒険者たちに毎回そう答えていた。
たった一人の力で銅ランクになったにもかかわらず、その後もずっと一人で冒険を続けているのだ。
そんな彼は当時受けたクエストも一人で向かっていた。
沼地行きの乗合馬車に乗り、同乗した鉄ランク冒険者たちに野次を飛ばされながら目的地に向かっている最中、馬車の操作をしていた岩ランク冒険者が悲鳴を上げながら逃げ出した。
慌てて外に出る冒険者たちはとんでもないモンスターを目撃することとなる。
不運にも
馬車に同乗していた鉄ランク冒険者が数名いたため、韻星巫流さんは赤い狼煙で緊急事態を知らせると同時に足止めのためにその場に一人残った。
猛毒怪鳥が出る直前までは、同乗していた鉄ランク冒険者たちからハズレ冒険者の韻星巫流、残念すぎる韻星巫流などとバカにされていたにも関わらず。
猛毒怪鳥は二種類の毒を使う。
体の周りにまとう霧状の毒は、触れただけで金属以外すべて溶かしてしまう。
口から吐くガスは神経毒、吸い込めばひどい頭痛や嘔吐に見舞われ平衡感覚を失い、吸い続ければ容易に死に至るほどの猛毒。
基本的に近距離戦主体の冒険者は近づけない。
故に中距離から戦える韻星巫流は誰に頼まれるわけでもなくその場に残ったのだ。
自分を全属性持ちのハズレ冒険者とバカにしてきた冒険者たちを守るために、迷わず命を張ろうとしたのだ。
鉄ランク冒険者たちは礼も言わず、脱兎の如く逃げ惑う中、自慢の縦琴を片手に、ゆっくりと猛毒怪鳥に視線を向ける。
「損な役回りだ、だが……有名な冒険譚に名を残す勇者のようではないか! 面白い! 笑うなら笑うが良い、ハズレで残念な冒険者であるこの私が、貴様を討伐して名を上げてやろうではないか!」
韻星巫流は自分自身に言い聞かせるように喝を入れた。
足は震え、冷や汗は滝のように出ている。 しかし口角だけを無理に攣り上げて、不器用に笑って見せた。
しかし現実はそう甘くはない。
戦闘が始まってから五分強が立ったが、顔面蒼白で膝をつく韻星巫流。
沼地に漂う水蒸気を操り猛毒怪鳥の毒の霧は防ぐことはできた、しかし思った以上に早い動きに対処ができず、神経毒の方をまともに食らってしまったのだ。
胃の中のものがなくなるまで嘔吐が続き、視界も定まらない。
だが倒れることはなかった、視界が定まらなくても自分の武器である、縦琴の弦がどこにあるのかは分かっている。
弾くべき弦の位置は体に染み込んでいるのだ。
猛毒怪鳥を自分に近づけないよう炎で牽制したり、岩の壁を出したりするが、満身創痍の彼が作り出す魔法は、どれも子供騙し程度にしかならなかった。
韻星巫流の最後の足掻きに危険性がないと判断した猛毒怪鳥は、ダメ押しとばかりに毒のガスを吐いた。
否、正確には吐こうとした。
しかし、猛毒怪鳥は毒のガスを吐けなくなった。
戸惑いながら韻星巫流から距離を取る猛毒怪鳥。
すると韻星巫流の近くに一人の冒険者がゆっくりと歩み寄ってきた。
「おいおい、銅ランクが一人で無茶してるっつーのに、みんな揃って逃げ出しやがって。 恥を知れってんだよ。 なぁ?……って、立ちながら気絶とか、こいつまじでカッケーじゃん」
黒髪の青年は、虚な瞳で立ち尽くす韻星巫流の肩に優しく手を置いた。
「確か〜回復魔法はこんな感じか? よーし応急処置完了。 ちょっとそこの腰抜け鉄ランクたち! こいつを拠点まで運んでくんない! こいつは将来金ランクくらいなら余裕でなれるほどの大物だよぉ〜!」
「……こいつ……で、は……ない。 インポッシブル……。 ——————無限の可能性を秘めた男だ」
血を吐きながら、無意識に言葉を発した韻星巫流を見て、黒髪の青年は目を見張った。
「嘘でしょ? この量の毒吸ってまだ意識保ってたのかい! はは、こりゃ、俺もカッケーとこ見せたくなるわ!」
意識が朦朧としているにも関わらず、それでも戦おうとする韻星巫流を見た青年は、三日月のように口角を歪めた。
「インポッシブル君? だっけ。 俺の名前は凪燕。 俺は負けず嫌いだからね、君みたいなすごいやつを見ると、対抗心……燃やしちゃうんだよなぁ」
【凪燕】前述した通り相手の能力を封じ、宝石ランク最強と言われている全属性持ち冒険者。
三人しかいないと言われる宝石ランクの中でも最強と言われる凪燕が、ハズレで残念だと言われ続けた冒険者の勇姿を見て感化されたのだ。
凪燕は溢れんばかりの禍々しい魔力を湧き上がらせ、猛毒怪鳥を不気味な瞳で睨みつける。
臨戦体制に入る凪燕を見た猛毒怪鳥は、すぐさま紫色の霧を纏った。
触れた物質を溶かす毒を纏い、凪燕に突進する。
凪燕は満身創痍の韻星巫流を、一度逃げた鉄ランク冒険者たちに託すと猛毒怪鳥に人差し指を向ける。
「お前、もうそれ禁止だ」
猛毒怪鳥が纏った紫色の霧が霧散する。
突然霧が霧散したことに動揺したが、猛毒怪鳥は逃げもせずに生身のまま突進した。
しかし凪燕は、猛毒怪鳥の突進を指一本で止めて見せた。
鼻先に人差し指を当てられ、ピクリとも動けない猛毒怪鳥。
「知ってるかい? 猛毒怪鳥は毒さえなければ中級モンスター並に弱いんだ。 ま、毒を無効化できんのは俺くらいだけどね?」
軽い口調でそう呟きながら、鼻先に当てていた指先から虹色の光線を出す凪燕。
ありとあらゆる魔法を再現できる凪燕が、彼独自の技法で作り出した異色の力を凝縮した光線。
その虹色の光に触れた猛毒怪鳥は、今まで生きていたのが嘘のようにパタリと地に伏した。
どこにも外傷はないにもかかわらず、ピクリとも動かない猛毒怪鳥。
「ははー! ちょっと張り切りすぎちゃったかな! けど死体はほぼ無傷の状態だ! これは買い取り単価に期待できるねぇ!」
凪燕は笑いながら素材回収を要請する狼煙をあげた。
☆
拠点内の救護所で目を覚ます韻星巫流。
回復士の魔法を早めにかけることができたららしく、毒による後遺症は残らないらしい。
目を覚ました韻星巫流の周りには、馬車の中で野次を飛ばしていた鉄ランク冒険者たちが気まずそうな顔で立っていた。
韻星巫流はその冒険者たちの顔を見て、開口一番こうつぶやいた。
「大怪我を負ったのは私だけだったか、それは良かった……ははは、本当に私は、ハズレで残念な冒険者だな!」
笑いながらそんなことを呟く、韻星巫流の皮肉な笑みを見た鉄ランク冒険者たちは、赤子のように泣きながら謝り続けたらしい。
その様子を部屋の端で静かに見守っていた凪燕は、何も言わずに部屋を出て行こうとしたが韻星巫流が慌てて声をかけた。
「宝石ランクの凪燕さんですよね、私はあなたのように強くなりたい。 どうすればあなたのようになれますか?」
その一言に、控えめに笑いながら振り向く凪燕。
「君、まじめすぎるんじゃない? もっとリラックスしなよ。 そもそも俺の真似なんかしなくていいだろ? 君は自分の信じた方法で成り上がりなよ。 ま、君が宝石ランクになったら、俺たちは全属性持ちの無敵冒険者二人組! だなんて言われるかもしれないね? 考えただけでテンション上がるじゃん」
半分笑いながらも返事をする凪燕。 そして、背を見せ扉に手をかける。
「楽しみに待っててあげるからさ、早くランク上げてくれよ?
そう言い残して、背中越しに手を振りながら凪燕は去っていった。
☆
「と、いうことがあったので、私は宝石ランクになるために、あなたを指名させていただきたいです。 それに、あんなにも心優しいキャリームさんに、悲しい顔をさせるのはもう嫌なので」
韻星巫流さんから長々と担当替えに思い至った経緯を聞いた私の目は、ギンギラギンになっていた。
「なんですかそれ! くっそカッコ良すぎる! しかも私が本当にあなたを宝石ランクにしたら、そのクソかっこいい話に私の名前も刻まれるんですよね! 全力でサポートしますよ! ついてきてくださいね韻星巫流さん!」
「是非ともお願いします! 無限の可能性を秘めた男の道を、共に切り開いていただきたい!」
そして当時の私はその自己紹介に違和感を持ってしまった。
「韻星巫流さん、まずその自己紹介から変えてみません?」
私の急な提案に首をかしげる韻星巫流さん。
「無限の可能性は秘めた、ってフレーズは少しネガティブに感じます。 もしかして本名をもじってるんですか? でも冒険者ならニックネームの方を押していくべきだと思いますよ?」
「いえ、私のニックネームの名付けはレイトさんです。 彼女は言ってましたよ? 『インポッシブルは無限大って意味なんだよ! 君の本名ともマッチしている♩ 素晴らしいニックネームだと思わないかい!♫』とおっしゃってました」
あんのばかたれ、とんでもない間違いをしてやがったか……
そう思った私は咳払いをしてから、ゆっくりと小声で彼に伝えてあげた。
「韻星巫流さん、その〜。 無限大はインフィニティって言うんです。 それ、レイトさんの勘違いです。 インポッシブルの意味は不可能とかあり得ないって意味です」
「なんですってぇぇぇ!」
韻星巫流さんは目が飛び出そうなほど見開いて、大声で叫ぶ。
私は気まずい顔をしながら、どうにか彼を励まそうとしたのだが……
一つの言葉を思い出した。
「確か韻星巫流さんは凪燕さんにこう言われたんですよね? 『不可能を可能にしてみろよ』って。 インポッシブルの意味と奇跡的にマッチしてるじゃないですか! これはもう自己紹介で名乗るフレーズは決まったような物でしょう!」
私の言葉を聞いて、頭を抱えて唸っていた韻星巫流さんは勢いよく顔を上げる。
「インポッシブル……不可能を——————可能に変える?」
「そうです! 今日からこう名乗りましょう! 不可能を可能に変える男、韻星巫流って!」
テンションが上がった私の顔を見て、口角を上げた韻星巫流さん。
「最高の言葉ですね、不可能を可能に変える男……私は不可能を可能に変える韻星巫流! 宝石ランクまで成り上がり、凪燕さんと共に伝説に名を残す男。 そして今までしてきた苦労の冒険譚を、伝説へと変えて行く! ふっふっふっふっふ、あーっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃぁ!」
韻星巫流さんの高笑いは冒険者協会にしばらく響き続けた。
その日から小難しい顔をしていた韻星巫流さんはよく笑うようになり、なぜか自己紹介のたびに自分の冒険譚を長々と語るようになってしまったのだった。
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