〜鋼ランククエスト・海岸エリアの調査〜
〜鋼ランククエスト・海岸エリアの調査〜
私の担当冒険者は鋼ランクが非常に多い。
理由は明白で、彼らはランクアップにあまり積極的ではないのだ。
気の向くままに冒険していたら鋼ランクになっていた。 そういう冒険者が多い。
そのため、私が受付嬢になる前は野良冒険者だったという人がほとんど。
特に銀ランクのレミスさんなんかは絶対担当を決めないとまで言われるほど扱いが難しかったと聞く。
なんせあの人は中級モンスター程度の相手ならふらっと狩りに行って半日もせずに戻ってきてしまう。
狩りに行ったモンスターはほぼ全てが狙撃で一撃と言う生粋の狩人だったとか。
そんな凄腕冒険者はどの受付嬢も欲しがるが、彼女を担当にしようとした受付嬢はみんな同じことを言われたらしい。
「私に担当受付嬢が必要だと思う?」
無論、この問いかけに対して誰も答えることができなかったらしい。
私が受付嬢デビューして初めて担当になったパイナポからそう聞いていた。
元々エルフという種族……正確には森林精は気に入った人間にしか心を許さないという話だ。
だから私もデビュー当時はこの人を誘うのは無理だと思っていた。
デビュー当時、私の担当は銅ランクだったパイナポだけだったので腕利きの担当が何人か欲しいなと思って冒険者リストとよく睨めっこをしていた。
そんな私の元に、当時まだ若草色のボブヘアーだったレミスさんがやってきてしまったのだ。
「中級モンスターの討伐クエストを斡旋してちょうだい」
「あなたはレミスさんでしたね、狙撃が得意なら目がいいはずです。 調査クエストの方が楽しそうじゃないですか? もしかしたら上級モンスターと遭遇するかもしれないですよ?」
いかにも人を見下したような口調のこのエルフっ子。 初対面にも関わらず高飛車な態度を取られれば、誰でもイラッと来るのは当然だ。
私は少し意地悪をしようとしてそう言ったつもりだったのだが……
「上級モンスターなんてそうホイホイ出ないでしょ? いいから中級のモンスター討伐を紹介して」
「いやいや、決めつけはよくありません! それともあれですか? かの有名なレミスさんはぁ〜、上級モンスターにビビってるから調査クエストは受けず、中級モンスターを瞬殺して私強いでしょうってみんなにアピールしてるんですかぁ〜?」
レミスさんの鋭い瞳が私を捉える。 めちゃめちゃ怖かった。
少しおちょくり過ぎたかなと思った私は素直に謝って中級モンスターの討伐依頼を出そうとした。
「あなた、面白いこと言うわね。 上等じゃない。 調査クエストを斡旋しなさい。 私の実力を見せてあげるから」
意外にもレミスさんは私の意地悪を真正面から受け止めてきたのだ。
なので私は興味本位でさらに意地悪なことを言ってみる。
「レミスさんの主なスタイルは狙撃でしたね? 予想通り海岸エリアは苦手みたいですねぇ。 だって、海に潜られたら狙撃なんてできないですもんねぇ? クエスト達成報告書に海岸エリアのクエストが全然ないですねぇ〜。 それだったら調査クエストは海岸エリア以外にしないと達成できないですかねぇ〜?」
私の煽りを聞いて、レミスさんは口角を上げた。
「あなた、本当に受付嬢なの? 今まで私にそんな舐めた口聞いた受付嬢いなかったんだけど?」
「この制服と青いリボンが何よりの証拠ですよ? まだ担当は一人しかいない新米なので、確かに受付嬢の常識なんてこれっぽっちも知らないですけどね!」
数舜の間、無言で睨み合う。
「あなた、気に入ったわ? 私の担当になりなさい。 それと海岸の調査クエストを受けてあげるからあなたは私を使ってみせなさい。 特別に、指示通り動いてあげる」
レミスさんは突拍子もなくそんなことを言い出した。
口を間抜けに開く私。
「聞こえなかったの? 新米受付嬢さん? もしあなたがこの調査クエストで私にふさわしい受付嬢だと証明してみせたなら、そのまま担当として契約してあげるって言ってるのよ?」
「つまりあなたが私の担当冒険者になるということですね?」
レミスさんの強気な発言を聞き、しめたとばかりに私は言質を取りに行く。
「あなたが私を驚かせることができたらの話だけどね?」
やれるものならやってみろとでも言わんばかりに薄ら笑いを浮かべるレミスさん。
この私を誰だと思っているのだろうか、度肝を抜かせてやろうじゃないか。
「クルルちゃ〜ん! 私レミスさんと調査クエスト行ってきます!」
「はぁ? ダメに決まってるじゃない! 受付嬢が指揮を取るのは蹂躙戦だけよ?」
私はクルルちゃんに許可を取ろうとしてその場で大声を上げたが、二つ返事で断られる。
「じゃあ、名目上は蹂躙戦ってことにして下さい! 行ってきます!」
「あっ! ちょっ! こらぁ! 何勝手に話進めてんのよ!」
颯爽と歩き出す私とレミスさんを後ろから追いかけるクルルちゃんは、必死に止めようとしていたが、レミスさんに言いくるめられて渋々諦めていた。
☆
海岸エリアはその名の通り海に面したエリアだ。
海上にいるモンスター討伐の時もあれば、岩場や砂浜のモンスター討伐など色々なところにモンスターがいる。
しかし今回は海上には向かわない。
私とレミスさんは複雑に入り組んだ迷路のような岩場を並んで歩いていた。
高い岩が連なったその場所は見通しが悪く、レミスさんは不安そうな顔で辺りをキョロキョロしている。
「ねぇ、私が狙撃手だってこと分かってる? なんでこんな岩場歩いてんのよ?」
「あなたが優秀な狙撃手だと思っているからこの岩場を選びました。 あなたの腕が確かならここほど適したところはないでしょう?」
私の問いかけに首をかしげるレミスさん。
「あなた本当はバカなの? 明らかにあっちの高台が絶好の狙撃スポットよ? そんなこともわからないの? もしかして救いようのないバカだったの?」
レミスさんが指差したのは、高さ数十メーターはある高台だ。
誰がみても絶好の狙撃地点、なんせその高台からはここら一帯を見通せるし、下からの狙撃はまず当たらないだろう。
分かりやすいほど狙撃に適している。
「レミスさんって、意外と何も考えてない脳筋タイプの冒険者でしたか」
レミスさんは私の一言を聞いて、顔を真っ赤にして怒りをあらわにする。
しかし私はそんなことお構いなしに言葉を続けた。
「確かに狙撃するならあの高台は絶好のポイントですよ? 誰がみても分かりますよ。 素人だろうとお猿さんだろうとわかるでしょうねぇ。 けど私たちは狙撃しにここに来たんじゃなくて、モンスターの群れを無理やりみつけて蹂躙するために来てるんですよ?」
調査クエストなのに私が指揮を取ったなんてことになったらとてもめんどくさいことになるのだろう。
クルルちゃんからは口を酸っぱく「これは蹂躙戦ってことにしてあげるから、最低でもモンスター二桁は狩ってきなさい!」と言われている。
私の言葉を聞いていたレミスさんは、顔を真っ赤にするほど怒っていたにもかかわらず、意外と素直に私の言葉を受け止め納得したように頷く。
「つまり、あの高台を陣取ろうとするモンスターを根こそぎ狩るのね?」
「うーん二割くらいは正解ですかね? まあ今から準備するのであの高台見張りながら待っててくださいよ」
私は早速狩りの準備を始めた。
☆
この岩場は道が入り乱れていて迷路のようになっている。 私は至る所に鈴をつけたワイヤーを設置。
一番奥の部分は一本道になっていて、最終地点は大きな岩があって行き止まり。
まあまあ開けているところだが、接近戦が得意な冒険者でもここで戦うのは嫌がるだろう。
とりあえず落とし穴を掘る用の穴掘杭で岩に横穴を掘る。 レミスさんはその作業中に私に声をかけてきた。
彼女はかなり視力がいい。 肉眼で五キロ先の文字も見えるほどだとか。
その脅威的な視力が超遠距離狙撃を可能にしている。
そんなレミスさんに高台の監視をお願いしていたのだが、複数のモンスターを目視したらしい。
「
冷や汗をかいているレミスさん。
しかし私はその吉報を聞いてニヤリと笑う。
「レミスさん、私が今から言うところを撃って欲しいんですけど、余裕ですよね? それとも動かない的は退屈ですか?」
絶好の狙撃地点と言われた高台を、深海魔鬼の群れが見張っている。
深海魔鬼【オルフォンドゥール】中級モンスターで魚のような顔をした人形の魔物だ。
耳には棘のあるヒレ、首にはエラがついており、全身を青い鱗で覆っている。
戦闘時には耳をつんざく超高音を発して平衡感覚を狂わせ、さらに水滴を弾丸のような威力で飛ばしてくる。
近距離戦も得意としていて、鋼ランク冒険者も顔負けなほど匠みに武器であるモリを振り回す。
深海魔鬼は主に単独行動する魔物なのだが、時折群れを作ったりする。
単体でもかなり強力なため、深海魔鬼が群れを作ってしまうと蹂躙戦は難易度が高いのだ。
踏み込めば地獄と化してしまいそうな高台の頂上で、息をひそめて獲物を待つ深海魔鬼たち。
恐らく狙撃手の冒険者が高台に陣取ろうとしたところを襲うつもりなのだろう。
海岸エリアの魔物は待ち伏せして獲物を待つタイプが多いため、素人の冒険者が大怪我を負っている件数がかなり多いエリアだ。
しかしその高台に急に何かが爆発したような音が響く。
そして大地震を思わせるような勢いで地面が揺れ出した。
混乱する深海魔鬼たちは急いで辺りの様子を伺うが、冒険者らしき影は一つも見当たらない。
しかし間髪入れずにもう一度爆発音が響く。
すると、高台は大きく傾き始めた。
そり立つ壁にあわててモリを刺し、落下しないように必死にしがみつく深海魔鬼。
しかしそんな無抵抗の深海魔鬼たちに追い打ちをかけるように何処かからものすごい速さで弓矢が飛んでくる。
落ちないように必死にモリにぶら下がる深海魔鬼たちが一体、また一体と一撃で急所を射抜かれていく。
五体が射抜かれ、その死骸が無惨な姿で落下していくが、深海魔鬼たちは多大な犠牲を払いながらようやく狙撃地点を発見する。
残った八体が互いに手を伸ばして助け合いながら傾いた高台から脱出する。
そして一直線にセリナたちが待つ岩場に向けて駆け出していった。
「残り八体ですか〜。 意外と残りましたね〜」
遠見の水晶版を除きながら緊張感のない声でつぶやくセリナ。
「まさか、高台ごと爆発させるとは思わなかった。 だから爆散矢をもってきたのね?」
呆れ顔で隣に座るレミス。
レミスが打ったのはセリナがあらかじめ用意していた爆散矢。
矢に爆薬が入った筒がついているだけと言う非常にシンプルな構造だが、矢そのものが炎の魔石を練り込んであるため、少ない爆薬でもかなり大きな爆発を起こすのだ。
その矢を高台の脆そうな部分に打ち込んで高台を崩落させたのだ。
十三体のうち八体が崩落する前に脱出し、こちらの岩場に向かってきている。
セリナはニヤリと笑いながら血眼で向かってくる深海魔鬼たちに向けて呟いた。
「狩場へようこそ? 哀れな魚人さんたち」
☆
セリナたちの待つ岩場は、それはもう無慈悲なトラップがわんさか仕込まれていた。
迷路のような地形のため、深海魔鬼の群れは手分けして奥に進んだのだが。
ワイヤーに引っかかったと思ったら大岩が降ってきたり。
落とし穴に落ちたらそこには油が塗りたくられていて、慌てて出ようとする深海魔鬼だが滑って出られず、必死に逃げようとしたせいで不自然に伸びた紐をなんの疑いもなくひいてしまい、そこから火がついて丸焦げにされたり。
しまいには道のそこらじゅうに巻きびしが敷き詰められていて、たまらず岩場を登って上から攻略しようとした深海魔鬼が、上に頭を出した瞬間レミスに狙撃されて即死してしまう。
結局ボロボロになりながら一番奥まで辿り着いたのはたった二体しかいなかった。
行き止まりだった部分に横穴がある。 残った二体の深海魔鬼は確信する。
——その横穴に、この迷路を作った悪魔がいる。
深海魔鬼たちはかなり警戒していて、一歩踏み出すだけでもかなりビクビクしている。
まるで熱湯風呂に足をつけて温度を測ろうとしているかのような姿勢で一歩、また一歩と少しずつ歩いて行く。
すると案の定、横穴の中からセリナが平然とした顔で出てくる。
「深海魔鬼さんたち。 罠を警戒してゆっくり歩くのはいいですけど、そんな亀みたいな足取りじゃあ狙撃手のいい的ですよ?」
横穴から出てきたセリナに水滴の弾丸を飛ばそうとした深海魔鬼の腕が一瞬で射抜かれ宙を舞う。
驚愕する深海魔鬼は臨戦体制を取ろうとするが、罠が怖くて思うように動けない。
「ねえ受付嬢さん、こいつら本当に深海魔鬼なのかしら? 弱すぎて話にならないんだけど」
レミスは呆れた顔で呟きながら同時に二発の矢を撃った。
罠を掻い潜って生き残った深海魔鬼二体は、最後の最後でも罠を警戒したせいでレミスの弓へ対応ができなくなっていた。
レミスほどの狙撃手が、そんな動きの鈍ったモンスターを取り逃すはずもなく、深海魔鬼十三体はあっけなく討伐されてしまった。
☆
冒険者協会が騒然とする。
深海魔鬼十三体を討伐するなど、銀ランクの蹂躙クエストだ。
推奨パーティーは銀ランクと鋼ランク合わせて八名は必要だと言われるほどの難易度のはず。
それにもかかわらず、セリナとレミス無傷な上に半日で帰ってきてしまった。
セリナから軽い口調で報告され、白目を剥いて立ち尽くすクルルと、唖然とする野次馬たち。
「新米受付嬢さん。 私は改めてあなたを指名するわ。 あなたほどの受付嬢、もっと有名になっていろんな冒険者がついた方がいいもの!」
レミスさんは初めて会った時の態度から豹変していた。
「レミスさんほどの冒険者が担当になってくれればすぐ有名になれますよ?」
とりあえず社交辞令でそう言っておく。
「それがね、私は第三世代だからこれと言って特徴がない平凡なキャラなのよ。 みんなにすぐ名前忘れられちゃうの。 レミスって名前はなんか響きは可愛いけど、どこにでもいそうな名前だものね。 何か変わったキャラ演じた方がいいかしら? セリナさんなんかいいアイディアない?」
エルフって時点でめっちゃ特徴あるじゃん、とか思いながらも面倒なので適当に返事をしておくことにした。
いつの間にか名前で呼ばれてるし、こいつデレるの早いな〜なんて思いながら……
「じゃあダジャレでも言っとけばいいんじゃないですか〜?」
「ダジャレって何ですか?」
レミスさんは首を傾げながら私の顔を覗き込んでくる。
「同じような言葉とか、同じ単語で違う意味の言葉をさりげなく言えばいいだけですよ? 例えば〜………」
私は何か適当なダジャレを言おうと考え、辺りを見回すとお説教ムードのクルルちゃんがずかずかとこっちに歩み寄ってくるのが見えた。
「こんな感じですよ、
「セリナ、あんたいい度胸してるじゃない! その噂のなが〜いお説教してあげるからとっととこっちきなさい! 調査クエストに勝手に行ったと思ったらとんでもない結果残して帰ってくるし、私の悪口まで言うとは……覚悟はできてるわね?」
殺し屋のような目つきで睨まれ、ほっぺを引っ張られながら無理やり連行される私。
「あっ! くるるちゃん! 誤解! 誤解なんです! 今のはレミスさんにダジャレを教えようとしてただけで……」
「問答無用! 反省室にこもって悔い改めろ!」
「ぎゃあぁ! 助けてぇ! 慈悲をぉ! お慈悲をぉー!」
私の叫びが冒険者協会内に響いているにもかかわらず、レミスさんは必死にメモをとりながらぶつぶつ呟いていた。
「ふむふむ、同じ言葉をさりげなく………布団が吹っ飛んだ。 白菜食べると歯、臭い。 ナスが嫌いだけど食べなきゃやばい、なすすべなし。 ふむふむなるほどこんな感じか」
ものすごい勢いでペンを走らせているレミスさんをみながら私は思った。
——もしかして、余計なこと言っちゃったのかな?
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