〜両断蟷螂蹂躙戦・狙撃手の神業〜

〜両断蟷螂蹂躙戦・狙撃手の神業〜

 

 「いいぞベイル! 奴ら全員私たちの方に向かっている、周囲の警戒は私とリックに任せておけ!」

 

 結局、よりどりどり〜みんの指示で香芳美若こうほうびわかのパーティー三人が、左頬に仲良く真っ赤な手形マークをつけて両断蟷螂コプマットの群れに見つかるように駆け出した。

 

 三人が先導して拠点の方に逃げる。

 

 逃げ道に両断蟷螂が現れないよう香芳美若とリックが周囲を警戒しながら最前列を走り、一人分離れた位置を維持してベイルが走る。

 

 ベイルは鉄ランクだが持久力があるため囮には最適なのだ。

 

 動きがさほど早くない両断蟷螂はひたすら追い続けるが、無論三人には追いつけない。

 

 群れの後方からは目立たぬように左右に展開した、遠距離攻撃組が見つからないように追従する。

 

 左頬に手形マーク付きのガルシアパーティー四人と、レミスが走りながら弓を射抜き両断蟷螂の数を少しずつ減らして行く。

 

 走りながらの狙撃のため、頭を打ち抜けずに標的にされてしまった場合はぺんぺんたち三人の鋼ランクが対応する。

 

 ちなみにパイナポは左頬の手形マークだけでなく、たんこぶができている。

 

 走り続ける香芳美若たちは他の場所にいた両断蟷螂にも捕捉され、彼らを追う両断蟷螂は三十近くまで膨れ上がってしまった。

 

 「香芳美若さん! これ、こけたらやばいですよね?」

 

 「恐ろしいことを言うのではない! 本当にこけてしまったらどうするつもりだ!」

 

 不安そうなリックの問いかけを、慌てて止めさせる香芳美若。

 

 次の瞬間、香芳美若は視界の端に映った小さな人影に気がついた。

 

 その小さな人影は次々と両断蟷螂の首を削ぎ落として行くが、両断蟷螂は倒れて行く同族に一切不信感を抱かずに香芳美若たちを追う。

 

 香芳美若だけは唯一その人影をたまたま目で追っていたため………

 

 「何者だ卑怯者め! たとえ相手がモンスターだからと言って、名乗りを上げずに首を刈るなど言語道断だ! 男なら、正々堂々正面から対峙せよ!」

 

 走りながら抗議の声を上げる香芳美若。

 

 だが、その直後に彼の耳元で声が聞こえてくる。

 

 「モンスター相手に背中見せて逃げる男に、卑怯者呼ばわりなんて心外でやんす」

 

 急に現れ、隣を並走する鬼羅姫螺星きらきらぼしに「んなぁっ!」と間抜けな声を上げる香芳美若。

 

 「同じ第二世代でやんすし、仲良くしましょうぜ? 旦那」

 

 「あ、ああ、貴殿も第二世代であったか。 そ、そうだな。 仲良くできれば私も嬉しいが……卑怯な手はあまり感心せんぞ?」

 

 その語尾からは考えられないような顔つきで、可愛らしく微笑む鬼羅姫螺星。

 

 未だ動揺を隠せない香芳美若は時折声を裏返しながらも説教を続けたが、鬼羅姫螺星は落ち着いた声音で語りだす。

 

 「卑怯なんかじゃありやせん、俺の職業は暗殺者でやんす。 相手に見つかる前に命を刈り取ることこそが本業。 旦那が盾役として正面から突撃することを美学だと言うのなら、俺のこの戦法も美学なんでやんす」

 

 鬼羅姫螺星は、その幼い容姿から想像できないような、大人びた口調で語りかけていた。

 

 並走しながらも少しの間、何かを思案する香芳美若。

 

 「確かに……貴殿の言う通り、なのか? つまり貴殿が言いたいのは暗殺は卑怯でないという事か? ならば奇襲も卑怯ではないと?」

 

 「ええもちろん、奇襲も暗殺も……立派な戦術でやんす。 俺たちは遊びでモンスター退治をしている訳ではないでやんす。 仲間を無事に返すために取る戦術は卑怯じゃありやせん」

 

 鬼羅姫螺星のその言葉に、香芳美若は顔をしかめて何かを考えながら走り続けた。

 

 

 ☆

 拠点まで残り三キロを切った地点で香芳美若たちは足を緩め始めた。

 

 両断蟷螂の群れを拠点まで連れて行くわけにはいかない。

 

 すでに数は五十を超えている。

 

 後方からの射撃や、途中で合流した鬼羅姫螺星のせんびきがなければもっと数は増えていただろう。

 

 香芳美若たちは追ってくる両断蟷螂をしっかり引きつけつつ、拠点に入らないように気をつけて遠回りする。

 

 数もこれ以上増やさぬよう、拠点周辺をクネクネと走り回らなければならない。

 

 持久力との勝負になる、そう長くは持たないだろう。

 

 一方後方から射撃を続ける遠距離攻撃組は定位置に陣取り、確実に、かつ迅速に数を減らしていかなければならない。

 

 相手は五十を超えている。

 

 ぺんぺんのような中距離攻撃ができるのならともかく、接近戦特化の冒険者は近づいてくる両断蟷螂から遠距離攻撃組を守りつつ周囲を警戒することしかできない。

 

 かなりジリ貧な策ではあった。

 

 だが現状はこれ以上の戦法は思いつかなかったため、よりどりどり〜みんの策に全員が賛同した。

 

 しかしレミスのサポートをしていたよりどりどり〜みんは、戦う皆を見て俯いていた。

 

 (この人たちは格下の私が考えた策をこころよく受け入れてくれた……なのに戦いにおいて私にできることなんて支援魔法だけ。 少しでも戦う力があれば、この恩に報いることができたかもしれないのに……)

 

 自分自身が戦いに参加できないことに歯痒さを感じ、悔しさのあまり目頭に涙を溜めるよりどりどり〜みん。

 

 そんな彼女を横目でチラリと確認したレミスは、背負っていた矢筒から弓矢を十本以上取り出し、長弓につがえた。

 

 「ねぇ、よりどりどり〜みんちゃんって言ったかしら?」

 

 「……はい」

 

 レミスは長弓につがえた十本以上の矢を、力強く引き絞りながら彼女に声をかける。

 

 「あなた、本当に鉄ランクなの? あなたの立てた作戦、画期的すぎるわ! 冒険者が考えた作戦でこんなに戦いやすいのなんて、私が冒険者になって以来初めてかもしれない!」

 

 そう呟きながら放った大量の矢は、その全てが空気を切り裂くように飛んでいく。

 

 そして全ての矢が見事に両断蟷螂頭部を撃ち抜いた。

 

 「……うそ、でしょ?」

 

 驚愕。

 

 よりどりどり〜みんは目をまん丸に開いて、レミスの神技を目の当たりにして言葉を失う。

 

 「こんなことできるのも、あなたの作戦が画期的なおかげなのよ? なのになんであなた、落ち込んだ表情していたの?」

 

 頭部を撃ち抜かれた、計十八体もの両断蟷螂が同時に力なく地に伏せた。

 

 離れて攻撃していたガルシアたちも、目を見開いて絶句している。

 

 「……私は、皆さんに負担を強いる作戦を立てておきながら、戦いに参加もできない役立たずです。 なのに皆さん、こんな私の作戦をを信じて優しくしてくれて。 恩返しがしたいのに……私が弱いせいで……なにも、何もできないのが悔しいんです」

 

 嗚咽混じりの懺悔、自分への怒り。

 

 さまざまな負の感情に心が耐えきれなくなったよりどりどり〜みんは、頬を濡らし鼻を啜りながら血が出んばかりに拳を握り締める。

 

 すると、優しく微笑んだレミスがそっと彼女の頭を撫でた。

 

 「私、すっごく強いのよ? そんな強い私の、全力以上の力を引き出してるの。 あなたの作戦が。 そんなあなたの考えた作戦だもの、みんなあなたを尊敬して当然じゃない? もちろん私もあなたを尊敬している。 だからこそ……」

 

 再び両断蟷螂の群れに視線を戻すレミス。

 

 今度は矢筒から一本だけ矢を取り、全体重をかけ力いっぱい引き絞る。

 

 「今のあなたがするべき事は、自分の力の無さを悔いる事じゃない。 私たちの力を信じて任せる事! ……でしょ?」

 

 レミスが引き絞った矢から手を離す。

 

 矢が放たれた瞬間、空気が揺れ、衝撃波が辺りに広がった。

 

 放たれた矢は両断蟷螂の頭部目掛けて閃光のように飛んでいく。

 

 そして、両断蟷螂の頭部に触れた瞬間、両断蟷螂の上半身は大きく円形に抉れた。

 

 両断蟷螂の上半身を丸ごと抉った矢は、その後も勢いを殺す事なく群れを一直線に突き進む。

 

 「ねぇ、もう一回聞いてもいい? 、すごく強いでしょ?」

 

 振り返りながら微笑んだレミスの背後には……上半身が抉れた両断蟷螂が、一直線上に並んでいた。

 

 その一言を聞いた他の冒険者たちも勢いに乗り始める。

 

 次々と両断蟷螂の頭部が、弓矢や魔法で撃ち抜かれていく。

 

 接近戦組も好機とばかりに前へ出始めた。

 

 たった二回の攻撃で戦局を変えたレミスの強さ。

 

 それを目の当たりにしたよりどりどり〜みんからは、すでに不安な表情はなくなっていた。

 

 よりどりどり〜みんの表情を確認したレミスは、再度矢をつがえる。

 

 「さて、それじゃあ私の神技……もう、打って?」

 

 「……」

 

 たった一言で、さっきまでの雰囲気が台無しになった。

 

 

 ☆

 「私がいない隙に、ものすごい乱戦になっているな」

 

 両断蟷螂の群れとの決戦に、しれっと合流した銀河ギャラクシーはぼそりと呟く。

 

 「おいぎんが! ぼさっとしてないでこっち手伝えや!」

 

 「夢時雨か、何度も言わせるな…… 俺の名前はぎんがではな……」

 

 「うるっせぇ! 今はんな事どうでもいいからとっとと手ぇかせや!」

 

 しれっと現れいつものお約束をしている銀河に、夢時雨は共闘を要請する。

 

 レミスが渾身の一撃を放った後、両断蟷螂の群れは香芳美若の追撃をやめ、一気にレミスの元に雪崩れ込んできた。

 

 数はかなり減ったが、それでもかなりの数が一気に迫ってきたため、ぺんぺんたちが全員がかりでレミスの護衛に回る。

 

 しかしレミスの攻撃により群れの大半は蹴散らされていたため戦況は冒険者側が圧倒的有利になっていた。

 

 香芳美若パーティーはとーてむすっぽーんと合流して群れを撹乱。

 

 乱戦に紛れて鬼羅姫螺星も確実に両断蟷螂を狩って回る。

 

 初めは五十体以上いた両断蟷螂も半数以上討伐し、今ではパッと見で数えられる程度まで減った。

 

 最後の足掻きとばかりに両断蟷螂は散らばり始めているため戦闘が激化している。

 

 決め手になるひと押しがほしいぺんぺんたちにとっては、銀河が合流したのは絶妙なタイミングであった。

 

 「おい貴様ら! レミスにいいところ持って行かれたまま引き下がるつもりか! 少しでもカマキリ共を間引いてどり〜みん先生に恩返しをするのだ! 死ぬ気で殺せ!」

 

 レミスを守るために戦っているぺんぺんたちに注意が向いている今、最も奮戦していたのはガルシアのパーティーだった。

 

 先程、レミスが放った渾身の一撃を目にして萎縮するどころか闘争心に火がついたらしい。

 

 よりどりどり〜みんにいいところを見せるため必死なだけだが、そんなガルシアたちのパーティーに向かって、隙を見て駆け寄って行くよりどりどり〜みん。

 

 「支援魔法をかけ直します! 目の前の群れはもう一息で殲滅できそうです! 私にできることがあればなんでも協力します!」

 

 「先生が堂々と立っているだけで結構!」

 

 「どり〜みん先生の支援魔法はそこらの支援術師の魔法より力が漲ってきますとも!」

 

 よりどりどり〜みんの支援を受け、ガルシアたちの攻撃はさらに激しさを増す。

 

 そうして両断蟷螂の群れがとうとう一桁になりそうになった時、それはやってきた。

 

 最初に気がついたのはとーてむすっぽーん。

 

 「皆さん! 後ろから……何か来てます」

 

 とーてむすっぽーんの言葉にレミスは慌てて背後を確認する。

 

 そこに見えたのは……

 

 「月光熊リュヌウルス! もうこんなところまで?」

 

 月光熊がいる周辺には、両断蟷螂だったと思われる肉片散らばっている。

 

 大量の両断蟷螂を連れて走り回っていたせいで、獲物の気配を感じ取った月光熊が背後から近づいていたのであろう。

 

 「まさか……私の作戦のせい?」

 

 光を失ったような瞳で、よりどりどり〜みんはギリギリ目視できる距離にまで接近した月光熊を見て呟く。

 

 「どり〜みん先生! あなたの策はあの時点での最適解! これは結果論でしかないのです! だから気を落とさないで下さい! また俺たちに策を、伝えて下さい」

 

 ガルシアは絶望しそうなよりどりどり〜みんに必死に声をかけ続ける。

 

 「おい何してんだ! お前らは早く拠点に逃げろよ! ここは俺たちが……最後まで、できる範囲の事をして———時間、稼いどくからよ」

 

 夢時雨が挙げた声は、徐々に力を失っていった。

 

 「最後まで、か。 上等じゃねえか! もうひと暴れしようぜぇ! 時雨!」

 

 パイナポも自らを奮い立たせるように声を上げた。

 

 幸い月光熊はまだ冒険者たちに気づいている様子はない。

 

 対策を練る時間はわずかに残されている。

 

 しかし冷静さを失った彼らは、という話し合いを始めてしまっていた。

 

 そんな彼らの様子を見ていた男が静かに月光熊に向かって歩いていく。

 

 「ぺんぺん、残りのカマキリ共は任せて構わんな?」

 

 「ぎっ、ぎんが! なんのつもりだ?」

 

 ぺんぺんは突然かけられた言葉に狼狽する。

 

 「何度も言わせるな、私はぎんがではない。 ギャラクシーだと言っているだろう?」

 

 銀河はため息をつきながら辺りを見渡し、誰かを探している。

 

 そしてよりどりどり〜みんを見つけた銀河は得意げな表情で呼びかけた。

 

 「おい、小娘」

 

 「はっ、はい?」

 

 突然声をかけられたよりどりどり〜みんは少々間抜けな声で返事をする。

 

 「今回の策を講じたのは貴様だな? あの熊に対し何か策はないのか?」

 

 銀河は足を止め、じっとよりどりどり〜みんに視線を向ける。

 

 まだ距離があるため、月光熊はこちらには気づいていない。

 

 するとその様子を横目にチラチラ見ていたぺんぺんは、月光熊の足止めに行こうとしていたパイナポと夢時雨を呼び戻した。

 

 銀河の行動で冷静さを取り戻す冒険者たち、その全員が期待を帯びた瞳でよりどりどり〜みんの次の言葉を待つ。

 

 「策は、あります………ですが!」

 

 「なら聞こう、お前の策なら間違いあるまい、そうだろう? レミス」

 

 「え? わたわたっ、私? え、ええもちろん! どり〜みんちゃんの策なら間違いないわ!」

 

 突然話を振られ、レミスもたどたどしい返事をする。

 

 「だそうだ小娘、教えろ。 遠慮するな、別に失敗しようと文句は言うまい」

 

 冷静な口調で言い放ち、よりどりどり〜みんをじっと睨む銀河。

 

 ゆっくりと頷くよりどりどり〜みんを確認した瞬間、銀河はわずかに口角をあげた。

 

 そして月光熊に注意を払いつつ、全員に聞こえるように語りかけた。

 

 「さて、ようやく私の見せ場がやってきた、絶望するな勇敢な冒険者ども。

 私は知っている、貴様らが結構強いらしいことを

 私は知っている、貴様らが結構な数のカマキリどもを倒していたことを

 私は知っている、 ………ええと、まあおまえらならなんとかするであろうことを!」

 

 銀河は饒舌じょうぜつに語り出したが、死んだ魚のような視線を集められ……

 

 「ぎんが……よりにもよってキャリームさんの真似すんのはマジでやめろよ」

 

 ガルシアの悲痛な呟きが聞こえてきた。

 

 

 ☆

 銀河が後方から来ていた両断蟷螂にわざと致命傷にならないように攻撃を仕掛け、注意を自分に向けさせる。

 

 当然銀河を標的にした両断蟷螂は新たな標的に向かって走り出す。

 

 銀河はそれを確認すると月光熊の方に両断蟷螂を誘導し始める。

 

 途中発見した両断蟷螂にも同じように攻撃を仕掛け、月光熊の位置を確認しながら移動する。

 

 銀河を追う両断蟷螂が八体になった辺りで、体の周りを浮遊していた武器を一箇所に集めた。

 

 金属でできた七つの宝珠を粘土のように合体変形させ、自分が乗れる程度の大きさの板状にする。

 

 炎、雷、地属性を操る銀河が操作する宝珠は特殊な金属でできている。

 

 電流を流せば鋼よりも硬くなり、特定の温度で熱すると液体のように柔らかくなる。

 

 そして、地属性魔法で金属の形を整え自在に変形させる事ができる。

 

 それゆえ彼の戦闘は近距離、中距離、あるいは空中戦。

 

 あらゆるスタイルに変更できる。

 

 銀河がよりどりどり〜みんから言われた策はこうだ。

 

 『おそらく月光熊は、まだ両断蟷螂を標的にしています。 なので蟷螂たちを連れて移動すれば月光熊も追っていくはずです、ぎん…… ギャラクシーさんの能力ならまだその辺に孤立してる蟷螂たちを集めながら移動できると思うのですが……』

 

 『小娘、何度も言わせるな、私はギャラクシーではな……失敬、つまりは私の能力でカマキリの群れを作りつつ、それを餌に月光熊を森の奥に誘導して頃合いを見て離脱する。 それでいいのだな?』

 

 数十秒前の会話を思い出し、銀河はポツリ、つぶやいた。

 

 「いやはや本当に大した娘だ。 鉄ランクなどにしているのは勿体無いほどに……」

 

 呟きながら集めた両断蟷螂の群れ後方で、両断蟷螂の金切り声と共に空気を振動させるような衝撃を感じとる。

 

 (さて、どの位置に誘導しようか……)

 

 銀河が月光熊の誘導に成功してから数分後、恐ろしい速さで両断蟷螂を蹂躙する月光熊は、とうとう数メートル後ろまで近づいて来ていた。

 

 (もはやこの位置が限界か……ならばここからは時間稼ぎしかできん)

 

 そう決意した銀河は、開けた場所に出た瞬間板状に変えた武器から飛び降りる。

 

 すぐさま反転し、再度七つの宝珠に形を変え、そして残り数体になっている両断蟷螂の頭を一瞬で吹き飛ばした。

 

 すると月光熊は、頭が消し飛びぐったりと倒れる両断蟷螂を見つつ足を止める。

 

 「さて、今の私がどこまで戦えるか、力試しとさせてもらう」

 

 銀河の背後には大きな湖が広がっている、誘導し始めた際に理想としていた決戦の場。

 

 月光熊は空を飛べるわけではない、しかし銀河の場合、手数は減ってしまうが武器で足の裏を覆えば空に逃れることができる。

 

 攻撃に宝珠五つ分、飛行に宝珠二つ分。

 

 高く飛べなくはなるが、湖の中心まで逃げられればそれで時間が稼げる。

 

 湖の中心、月光熊の重力操作が及ばない位置まで離れて安全な場所から攻撃。

 

 ……そう思っていた。

 

 七つの内二つを足の裏にくっつけて宙に浮く。

 

 銀河が宙に浮いた状態で五つの宝珠を構えた時、体に異常が発生した。

 

 (これは……引力による引き寄せか!)

 

 強力な引力で体が月光熊の方に引き寄せられる。

 

 たまらず銀河は五つの宝珠を集め、槍のような形状にして地面に刺す。

 

 しかし引力は近づくほどに増していく。

 

 (まずい、離れなければ!)

 

 そう思った瞬間、すでに月光熊は銀河に肉薄していた。

 

 振り上げられた太い丸太のような腕を見て、攻撃の軌道を予測。

 

 槍状に変えた武器の柄をさらに変形、直角に曲げて無理やり体を反らせる。

 

 「ヌぐぅ!」

 

 引力で体が思うように動かないせいで月光熊の攻撃が脇腹をかすり、激痛が走る。

 

 ほぼ同時に、今度は体全体を押しつぶすような力に襲われる。

 

 (今度は重力! 身動きが取れん……)

 

 脇腹に走った激痛に脂汗を浮かべながら、体が押しつぶされないように槍の柄にしがみつく。

 

 気力を振り絞り顔を上げると、腕を振り上げた月光熊が目に映る。

 

 (このままやられるくらいなら……)

 

 銀河は先ほど浮遊するために変形させた残り二つの宝珠の方に視線を向け、二つを合わせてダガーに変形させる。

 

 そしてそれを渾身の力で月光熊に射出した。

 

 予想外の攻撃に驚いた月光熊はすぐさま銀河から距離を取った。

 

 (思ったよりも臆病なのだな……)

 

 そして射出した武器をチラリと確認する。

 

 鋭利なダガーのような形状にしていたにもかかわらず、刃先には一滴も血液がついていない。

 

 (あの勢いで放ったというのに……無傷とはな)

 

 銀河は身動きが取れない事が分かると、すぐさましがみついている武器も変形させ、最初のものと合わせて四つのダガーに変形させた。

 

 (今の私が、最高威力を保ったまま攻撃できるのは四つが限界、近づかれたら即死が確定とは、なんとも武が悪い)

 

 そう思いながらも銀河はダガーを操作し月光熊を攻撃した。

 

 重力に逆らえず、本人は指先一本うごかすことができない。

 

 魔力を操作して、何とか月光熊を近づけないように必死に抵抗する。

 

 ぐったりと地に横たわり、体が少しづつ地面にめり込んでいく。

 

 それでも銀河は根性で顔だけを上げ、月光熊に攻撃を集中させ続けていた。

 

 しかし内蔵ごと押し潰す重力の力に、体が悲鳴を上げ始め、意識が朦朧とし始める。

 

 ダガーの操作も徐々におろそかになり、四つのダガーがポトリと地面に落ちてしてしまう。

 

 それを確認した月光熊は、とうとう銀河に歩み寄ってきた。

 

 (魔力も枯渇寸前、体の方もすでに限界だったが、よくぞここまで持ったものだ。 約三十分と言ったところか。 私もまだまだと、言う事……か)

 

 銀河の意識は目の前に接近してくる月光熊を確認したところで、プツリと途絶えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る