ナンパなんてしてないでクエスト行ってこい!

直哉 酒虎

森林エリアの蹂躙クエスト

〜チュートリアル〜

 〜プロローグ〜

 

 朝、差し込む朝日が眩しくて目を細める。


 勤務開始まであと三分………


 私はカウンターの下の棚に置いていた手鏡で自分の容姿を確認する、前髪も化粧も完璧。


 真っ白なブラウスにはシワ一つ無い。


 木製の受付カウンターからかすかに香る木材の匂いが、私の心を落ち着ける。


「セリナ! 今日も張り切っていくよ!」


 隣でにっこり微笑んでいるのは、この世界でできた友人であり先輩でもあるクルルちゃん。


「今日も討伐依頼が多いですからね、冒険者の皆さんが無事に帰って来れるように精一杯サポートします!」


 異世界転生して早三年、この王都で受付嬢の仕事も慣れてきた。


 受付嬢の仕事は意外に多い、国や村から依頼されるクエストの管理に、冒険者へのアドバイスやサポートなどエトセトラ。


 大規模なクエストには同行して指揮を取ることもある。


 他にも色々あるが、私は元の世界で得たオタク知識を活かして日々奮闘中。


 自分で言うのもなんだが、成績もなかなかいい。


「七時で〜す! 入り口開けまーす!」


 号令を聞いて、私たちは笑顔で入り口へ視線を送る。


「「「「「おはようございます、冒険者の皆様! 冒険者協会へようこそ!」」」」」


 いつも通りの朝。


 入り口から入って来る冒険者たちに、受付に並んでいた私たちは元気に挨拶をする。


 さて、今日も元気に勤務開始だ! 

 

 

 〜鉄ランククエスト・黒狼十体討伐〜

 

「よりどりどり〜みんさん、とーてむすっぽーんさん! おはようございます、本日の依頼はどのようなものをご希望ですか?」


 私のカウンターにやってきた冒険者二人組は、約三ヶ月前に冒険者登録した駆け出し冒険者。


 革の小手に胸当てなど簡易的な装備しか用意できていない。


 二人がふざけた名前なのは冒険者一人一人につけられた活動ネーム、いわゆるニックネームである。


 ちなみに命名は私。 ネーミングセンスがないわけではない。


 ちょっとした悪戯心が原因で、今になってこの惨状を生んでいるのだ。


「きょ、今日は討伐任務に挑戦したいんです! 僕たち昨日の依頼でようやく武器を買うお金が貯まったので!」


 緊張した声音で話すのはとーてむすっぽーんさん。


 本名はトッテムさん。 黒っぽい緑の髪を短く切り揃えた平均的で中世的な顔立ちの少年。


 体つきも平均的で、たまに少し無茶をしてしまう危なっかしい子だ。


 とーてむすっぽーんさんが腰につけていた片手剣をカウンターの上に置く。


 刀身はおよそ八十センチと言ったところだろうか、私は彼が置いた片手剣を手に取ってみる。


 持ち上げてみると、思ったよりもずっしりとしている。


「なるほど、ようやく武器を買うことができたのですね! ふむふむ、なかなかの武器ですね」


「はい! 以前セリナさんに伺った通り最初は片手剣にしてみました、昨日軽く素振りもしてみましたが、使い勝手もいいですし! せっかく武器を買うことができたので討伐依頼に挑戦してみたいんです!」


 とーてむすっぽーんさんはキラキラした瞳で私と片手剣を交互に見る。


 この世界の冒険者のランクは八段階、この二人は下から二番目の鉄ランク。


 鉄ランクになったばかりの冒険者たちは、冒険者協会から支給されるダガーしか所持していない。


 冒険者協会から斡旋あっせんする討伐任務は主に鉄ランクからで、その下の岩ランク冒険者は採取任務や荷運び、拠点でモンスターの監視や先輩冒険者が討伐したモンスターを回収しに行ったりする。 いわゆる雑用だ。


「そうですね! とーてむすっぽーんさんもよりどりどり〜みんさんも、もう鉄ランクになってしばらく経ちますからね、討伐任務に挑戦されるのは賛成です」


「ありがとうございます! それで、何から何まで相談してしまい申し訳ないのですが、今日は僕たちにおすすめの討伐依頼はありますか?」


「もちろんありますよ! 鉄ランクの討伐依頼は一番多いですからね。 では、この黒狼【ルノワル】十体の討伐なんていかがでしょうか?」


 鉄ランクの討伐依頼は、危険度の低い小型モンスターの討伐しかない。


 小型モンスターは数が多く、群れを作ったりして辺りの小さな村をおびやかすのだ。


 追い払うだけなら村人でもできないことはないが、群れの規模が拡大すると手がつけられない。


 その前に駆除の必要があり、村人がこうして依頼を持ってくるのだ。


 冒険者は言ってしまえばモンスター討伐のプロだ。 こういう危険な仕事は冒険者に任せるのが手っ取り早い。


 報酬に関しては国から支援も出るのだが、村人たちのなけなしのお金や、村の特産物や鉱物などの物々交換になる。 冒険者たちは村の特産や報酬の物品を見て依頼を選び、必要な食糧や鉱物を求めて依頼を受けるという流れだ。


 基本的に低ランク冒険者が受ける依頼は食料が報酬になっているものが多い。


「黒狼ですか、確かに駆け出しの私たちにはぴったりですね」


 隣で私たちのやりとりを見ていたよりどりどり〜みんさんが賛同してくれる。


 この子はとーてむすっぽーんさんと一緒に冒険者登録した幼馴染の女の子。


 本名はヨリさん。 気が強そうな吊り目に、青みがかったグレーの髪を頭頂部で一つに括っている。


 いわゆる吊り目のポニーテール。 無茶をするとーてむすっぽーんさんをいつもサポートしている支援魔法使い。


 軽装で魔力アップのためのローブと杖を装備している。 さっきは何も言ってなかったが、どうやら杖も購入できたらしい。


 私は斡旋する予定のクエスト用紙に目を向ける。


「依頼を出しているのも平原のタウル村で、見渡しもいいですからイレギュラーも起こりづらいですし、タウル村なので報酬には豚肉が五百グラムのおまけつきです」


 とーてむすっぽーんさんは豚肉と聞いた瞬間私と目が合い、ニヤリと笑う。


 私も釣られて口角が上がってしまった。 なんだか私までお腹が空いてしまった。

 

 

 ☆

 タウル村は王都の冒険者協会から歩いて二時間程で着く。


 資金に余裕がない鉄ランクの冒険者たちは、馬車が使えないので移動は歩きなのだ。


 セリナから黒狼十体討伐の依頼を受けたとーてむすっぽーんとよりどりどり〜みんは、依頼者であるタウル村の村長に黒狼の出現場所を聞いてから現場に向かう。


「それにしてもタウル村の依頼なんてラッキーだったなヨリちゃん!」


「ちょっと、依頼中は本名で呼ぶのはやめてよ! せっかくセリナさんにご利益あるニックネームつけてもらったのに……意味ないじゃない!」


 討伐用に用意していた荷物をあさっていたよりどりどり〜みんが、予備として用意していた弓を調整しながら答える。


「いやぁ、ヨリちゃんのニックネームって少し呼びずらくない?」


「あんたねぇ、セリナさんがつけたニックネームに文句つけるとバチが当たるわよ?」


「フラグになりそうなこと言わないでよ、ほんとにバチが当たったらどうするのさ」


 とーてむすっぽーんはそう言いつつ何気なく明後日の方向に視線を送った。 しかし彼は視線を送った先に見つけた影を見て息を詰まらせる。


「急に黙ってどうしたのよ?」


 護身用に用意した弓の調整が終わったよりどりどり〜みんは、急に固まってしまったとーてむすっぽーんを見上げると………冷や汗をかいていることに気づく。


 そして、恐る恐る同じ方向に視線をやる。


 すると真っ赤な皮膚をした大男の、邪悪に光る黄色の瞳とバッチリ目が合う。


「ばっ! ちょっ! えっ?」


 目があった瞬間、彼女は涙目で狼狽しながらかばんに手を突っ込んだ。


「な、なんで、よりにもよって初の討伐依頼で! 鬼人ガルユーマなんかがうろついてんのよぉぉぉぉぉ!」


 鬼人【ガルユーマ】、体長二・五〜三メーターの人型モンスター。


 体全体が硬い筋肉に覆われていて、皮膚は血のように真赤だ。


 額には皮膚が隆起したような角が生えている。


 たまに武器を持つ個体もいて、かなりパワーがあるため危険度は中級。


 討伐に向かう冒険者は、最低でも二人より一つ上の銅ランクだ。


「こっ! こういう時は黒よね! 狼煙のろしは黒でいいのよね!」


 よりどりどり〜みんが咄嗟に黒の狼煙を上げる。


 冒険者たちはパーティーメンバー以外の冒険者とも連絡を取れるよう、五色の狼煙を持ち歩き、いつでも異常事態や命の危機を知らせることができるようになっている。


 クエストの受注現場の近くには冒険者協会の出張拠点もあり、クエスト達成の連絡や討伐したモンスターの回収依頼も狼煙で伝えるのだ。


 冒険者になるためには必ず五色の狼煙の意味を覚えなければならない。


 黒の狼煙は異常事態発生を知らせる狼煙、これを見た周辺の冒険者は迅速に現場に急行。


 出張拠点で監視任務をしている岩ランク冒険者も、急ぎ本部に連絡して拠点内の冒険者を現場に向かわせる手筈になっている。


「こここここ! こっち見てるぞぉ!」


 涙目のとーてむすっぽーんは荷物をほおり、片手剣だけを持って逃げる体制に入る。


「幸い、ここは拠点から近いわ! 最悪十五分くらいで助けが来てくれるはず! むしろ来てください!」


 二人は武器だけ掴み、荷物を捨てて全力で逃げ出した。

 

 

 ☆

 鬼人の走る速さは時速約三十キロ程度、五十メートル走で言えば六秒台。


 つまり、かなり早い。


「弓で適当に牽制して!」


「違うわ! この前セリナさんが言ってたじゃない! こういう時は攻撃よりも支援魔法で足を早くするの!」


 よりどりどり〜みんは全力で走りながら、腰に刺していた杖を抜き取り呪文を唱える。


 淡い水色の光が二人の周りに纏わり付き、走る速度が若干上がる。


「くそぉ! 確かに早くはなったけど、あいつもかなり早いぞ!」


 逃げ出した際は五百メーターくらいあった差も半分程度になってしまっている。


 買ったばかりの片手剣をぎゅっと握りしめたとーてむすっぽーんは、追ってきている鬼人を肩越しにちらりと睨む。


「どり〜みんちゃん! 僕が囮になるからどうにかして強そうな冒険者さんを連れてきてくれ!」


 長いニックネームを省略したのは、おそらくさっきバチが当たると言っていた矢先に鬼人に遭遇したから気にしているのだろう。


「は? 何言ってんのよ! 相手は中級モンスターよ? 討伐クエストに挑むのが始めての私たちに、相手できるわけ無いでしょ?」


 よりどりどり〜みんは、必死に走りながらも泣きそうな顔で怒鳴り散らす。


「別に戦おうとなんてしてない! 囮だ、時間稼ぎだよ! 僕だって伊達にセリナさんから戦いの知恵を聞かせてもらってるわけじゃない」


 受付嬢の仕事には、冒険者からモンスター討伐の相談もある。


 セリナはその討伐相談において冒険者協会でもかなり優秀とされているのだ。


 転生前に身につけた彼女のオタク知識は、すでに何人もの冒険者たちから頼りにされている。


 大規模な討伐クエストでは指揮官として、その力を存分に発しているし、彼女の功績で弱体化されたモンスターも多々いるのだ。


 とーてむすっぽーんは冒険者登録した日から、毎日のようにセリナからモンスターとの立ち回りや特性を聞いている。


 そしてずっと討伐任務に行くのを楽しみにしていたのだ。


「じ、実践と知識は違うのよ? あんた、それ分かってる?」


「分かってるからこそ、倒すんじゃなくて時間を稼ぐって言ってるんだよ?」


 とーてむすっぽーんは真剣な眼差しでよりどりどり〜みんを見つめた。


 よりどりどり〜みんはちらりと後ろから追いかけてくる鬼人に視線を送り、呪文を唱え始めた。


 すると彼女の杖先から淡い緑色の光が漏れ出て、とーてむすっぽーんの周囲に漂い始める


「防御支援よ! 時間稼ぎなら攻撃支援はいらないでしょ?」


「もちろんだよ! 早く助けを呼んで来てね!」


 そう言うと、とーてむすっぽーんは勢いよく振り返り、震えながら剣を構えた。

 

 

 ☆

 格上相手の立ち回り、とーてむすっぽーんはセリナに聞いていた戦法を脳内で振り返る。


『相手が人型で、武器を持っているなら間合いに気をつけて武器を持つ手と逆回りに回る。 武器を持ってるなら攻撃してくるのは武器ですからね』


 その言葉通り突進してくくる鬼人の武器を確認し、逆手側に半歩移動する。


 武器は丸太のような棍棒だ。


 鬼人は棍棒を振りかぶり、勢いよく振り下ろす。


 それをとーてむすっぽーんは横っ飛びでかわす。


 振り下ろされた鬼人の棍棒は破壊音を響かせながら地面にめり込んだ。


(ひいっ! ものすごいパワーだ、今の装備で一撃でも喰らえばタダじゃ済まないな! けど、足は速かったけどあの棍棒が重いせいか攻撃はそんなに早くない!)


 鬼人はすかさず地面にめり込んだ棍棒を離し、蹴りを繰り出してくる。


 とーてむすっぽーんはそれを予測していたかのようにバックステップでかわす。


(すごい、セリナさんが言った通りだ!)


 少し感動しながら開いている手で地面の土を無造作に握る。


(鬼人とか知能の低い人型モンスターは、初撃をかわされたら武器を使わずに単調な攻撃をしてくることが多い。 あいつらも馬鹿じゃないから、武器での攻撃を警戒されてる事くらいは分かってるんだろ。 あんなわかりやすい蹴りでも騙し討ちしたつもりなんだろうな! とは言っても、正面からじゃ勝ち目はないから……次の一手はこれだ!)


 とーてむすっぽーんは握った砂を鬼人の顔面に投げる。


 すると目に砂が入った鬼人が唸り声をあげ、地面にめり込んだ棍棒を力任せに引き抜いて適当に振り回す。


 とーてむすっぽーんは適当に振り回している武器の軌道を見ながら背後に回り込み、両膝の裏を力任せに切り裂く。


 真っ青な血飛沫を上げながら鬼人は地面に膝をつく、空いた手で目を擦りながらも背後に棍棒を横薙ぎにふるう。


 とーてむすっぽーんは間一髪、地面に伏せてかわす。


 そして油断せずに距離をとり、様子を伺う。


(これですぐには立てないはず! っていうか、も、もしかして……このまま倒せるんじゃないか?)


 冷や汗を垂らしながら片手剣を力強く握りしめた……


 その時だった、視界が戻りかけた鬼人がとーてむすっぽーんに向けて棍棒を投げた。


(あ、ヤバい!)


 とーてむすっぽーんは反射的に、投げられた棍棒を剣で防ごうとした。


 が、恐らく力の差がありすぎる、防ぐことは出来ずに体の半分を潰されるだろう。


 防御支援をされているため、ギリギリ生き残るのを祈るしかない。


 覚悟を決め、痛みに備えて全身に力を込めた瞬間、とーてむすっぽーんの目の前に人影が割り込んで来た。


 そして重い金属音が辺りに響く。


「駆け出し冒険者が鬼人の投げた武器を防げる訳ねぇえだろ? 足切ったんなら早く逃げろよばかたれが」


 そう言って目の前に割り込んだ男が振り返る。


 短く切られた髪は蜜柑色でツンツンしている。


 彼は大きな両手剣を地面に刺すと、腰を抜かして尻餅をついていたとーてむすっぽーんに手を差し出した。


「俺様の名前はパイナポだ、よろしくな!」


「あ、あの、僕はとーてむすっぽーんです」


「とーてむすっぽーんか、第五世代か? セリ嬢からニックネームを着けて貰ったんだな、カッケー名前じゃねえか」


 急に現れたパイナポという冒険者は、笑顔でとーてむすっぽーんを立たせる。


 しかし彼の後ろで、切られた膝裏を押さえながらゆっくりと立ち上がる鬼人が目に入る。


「なっ! ちょっ! パイナポさん! 後ろ後ろ!」


「ああ。 でもお前、さっきは油断しちまったみたいだけどあと一歩であいつ倒せそうだったじゃねえか。 もう一人が俺を呼びに来たりしねえで二人で戦ってれば普通に倒せたと思うぜ? と、言うわけでヤバかったら助けっからお前あいつぶち転がしてみろよ?」


「え?」


 とーてむすっぽーんはポカンと口を開ける。


「だから。 お前ら二人であいつと戦ってみろよ、助けに来てやったんだから俺様の言うことくらい聞いてくれよ」


 ニヤリと笑ったパイナポは、とーてむすっぽーんの肩をバシバシ叩く。


 そして次の瞬間、パイナポは一瞬で鬼人の後ろに回り込み、頑張って立とうとしている鬼人の膝裏を思いっきり蹴り飛ばした。


 傷口を蹴られた鬼人は、再度苦しそうに叫ぶ。


「とーてむくん! 大丈夫?」


 駆け寄ってきたよりどりどり〜みんは、息を切らしながらとーてむすっぽーんの全身を一通り確認し、怪我がない事を確認する。


「よーし二人とも! さっきの状況に戻してやったから頑張って倒してみろ! これはパイナポ様発注の緊急クエストだ!」


 二人は困ったように顔を見合わせてから、不安な顔のまま頷きあう。


 よりどりどり〜みんは詠唱を始め、攻撃支援の淡い赤光をとーてむすっぽーんに纏わせた。

 

 

 ☆

「え、ええっと………。 黒狼十体と鬼人一体ですね、素材の買取合計が一万五百ゼニとクエストの報酬が四千ゼニ、それと豚肉五百グラムですね〜」


 私は頬を引きらせながらとーてむすっぽーんさんにクエストの報酬を渡していた。


「あ、あの〜、セリナさん、なんで怒ってるんですか?」


「あなたたちには怒ってないですよ? いきなり鬼人と戦わせる無茶振りをふっかけた蜜柑頭さんにこの上ない不満はありますが、あなた方が無事で本当によかったです」


 先ほど鬼人出現の報告を受けてヒヤヒヤしてしまった、初めての討伐クエストで鬼人と遭遇なんて……。 私並みに運が悪い。


 私も転生したばかりの時に冒険者に憧れて、約半年かけて冒険者育成学校を卒業し、冒険者になった。


 そして岩ランクになって初めて向かった採取クエストで、とんでもないモンスターに遭遇してしまったのだ。


 私の時はたまたま近くに化物級に強い冒険者がいて助かったが、一歩間違えれば命を落としかねなかった。


「ですが! 私、何度も言っていたはずですよ! 見通しがいい平原エリアでも油断せずに一人は必ず周囲の様子を遠視の水晶板で見ているようにって」


 そう、予定外の危険モンスターに出くわす可能性は低いわけではないのだ。


 一位番低い岩ランク冒険者の仕事として各地に建設された出張拠点から、超遠視用巨大水晶板でモンスターの発見をしているはずなのだが、奇跡的に発見を逃れた危険モンスターにたまに出会ってしまう事がある。


 こう言う時のために冒険者たちは狼煙を用意しているが、鉄ランク冒険者は極力発見漏れが少ない拠点近くのクエストに行ってもらうようにしている。


「まあ、大怪我せずに済んでよかったです。 本当に、生きて帰ってきてくれてよかった」


「あ、あはは、セリナさんのアドバイスのおかげでどうにかなりましたよ……」


 少し顔を赤くしたとーてむすっぽーんさんは、なぜかもじもじしている。


「あ! あの! 今回生き残れたのはセリナさんの助言のおかげだったんです!」


 急にとーてむすっぽーんさんは大きな声を出してきた。


 そのお礼ならさっきから何回も聞いているのに……


 私は首を傾げながらとーてむすっぽーんさんの次の言葉を待つ。 が、これは愚策だった。


「ですからその、お礼に……ごっごごごごご、ご飯を奢らせてください! 美味しいお店! 知ってるんです! 一緒に行ってください!」


 頭を勢いよく下げてカウンター越しに手を差し出してくるとーてむすっぽーんさん。


 ああ、この子は真面目で努力家だと思ってたのに……


 こんな事にはならないと思っていたのに。


「すいません、今ダイエット中なので」


 私はいつものように笑顔で断る。


 ちなみにダイエットなどしていない。


 ダイエットはするものではないのだ、普段から健康的な食事を心がけてベストな体重をキープすることこそが……

 

 と、今はそれどころではない。


「でっ、でも……お礼を」


「でしたらこちらのクエストを達成して頂けると、私すごく嬉しいです!」


 私は黒狼十体討伐依頼より少しだけ難しいクエスト紙をすっと目の前に差し出した。


 ナンパしてる暇があったら、クエスト行ってこい! ってね。

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