〜九尾狐討伐戦・ホールインワン作戦〜
〜九尾狐討伐戦・ホールインワン作戦〜
激闘を繰り広げるぴりから、ぬらぬらから五百メートルほど離れた地点……
「なぁ、ひとつ言っていいか?」
急に言葉を発したシュプリム。
「いきなり声を」「かけないでくれよ!」
ビクんと肩を揺らした閻魔鴉と極楽鳶は、真剣な顔つきでそんなことを言う。
「あぁ、わりぃな。 でもさ、俺思うんよ。 この作業、少しでも手元狂ったら俺ら四人、仲良くお陀仏だぜ?」
「そんな事分かっとるわ! いきなりなに言い出すかと思えばなんなんだお前は!」
「こんな時にバカか! お前は空気読めないと思ってたけど大バカだったとはな!」
いつもは交互に話す双子の閻魔鴉と極楽鳶。 しかし今の一瞬は二人同時に口を開いた。
そしてお互いが、お互いの顔を見合って固まっている。
「おい弟よ、今のは流石にセリフが長すぎるんじゃないか?」
「兄……違うんだ。 今のは流石に仕方がないと思うんだ。 今は命の危険が迫っている」
「だとしてもだ。 弟よ、俺たちは数少ない双子キャラ。 この特徴を活かしたこの喋り方は、俺たちの影が薄くならないための大事な儀式のようなものなのだよ。 またセリナさんに忘れられるのは嫌だろう?」
お互い睨み合って火花を散らす。
「お前らって普通に喋れたのかよ? だったら普通に喋れよな?」
そんな兄弟喧嘩を呆れながら見ているシュプリム。
「ちょっと! いい加減にして下さい! それでなくてもさっきから神経すり減らしながら作業してるんです! あなた達の下らない兄弟喧嘩のせいで手元が狂ったらどうするんですか!」
突然甲高い声を上げるメル。
「おお! あのメルさんが!」「金切り声を上げてらっしゃる!」
「あ、戻っちまったな……」
いつものように交互に話す双子を見て、ぼそりと呟くシュプリム。
「弟よ、そうだ、それで良いのだ。」
「さっきはすまなかった兄……やはり俺たちはこうでなくっちゃ!」
双子は満面の笑みで向かい合う。
「今日は無事に帰れたら練習時間を増やそう。 どんな危険な状況下でもちゃんと交互に話せるように、コップに溢れんばかりの水を注ぎ、二人でそれを持ちながら小走りして練習だ!」
「流石だよ兄! その練習法なら、こんなふうに爆薬を並べる危険な作業中でも平常心を保てると思う!」
どうやら二人は家で交互に話す練習をしていたらしい。 この状況下でそんな相談を始めた。
そう、彼らは今大量の爆薬を並べた箱を、落とさないように気をつけ穴の下に配置している。
「お、おまえら……その喋り方するためにいちいち練習してんのかよ」
「一日二時間!」「毎日の日課だ!」
呆れるシュプリムにグッと親指を立てる二人。
「あぁ! もう! いい加減静かにして下さい! あと、前々から思ってましたけどその喋り方、少しどころかかなりうざいと思います! キャラ作りのためにわざわざ練習するくらいなら、その練習時間を勉強や修行に使った方がいいと思いますよ」
メルは、言いづらい事をド直球で言ってしまう。
ちなみにセリナは『いつもくだらない練習してるんだったら素振りでもしてろ』と心の中で思っていいたが、二人に直接言ったことはない。
しかしメルは初対面にもかかわらず、ズバッと本音を言ってしまった。 その言葉にあからさまに動揺する双子たち。
二人は悲しそうな顔で手をぷるぷると震わせ始める。
「あ、あにぃ〜、俺たちの喋り方……うざいってぇ〜」
「おっ、おおおおお落ち着くのだ弟よ、なに! 帰ったら他の冒険者にアンケートを取ろう! きっとみんなうざいなどとは言わないはずだ!」
「ちょっ! お前ら手元見ろ手元! こぼしたらマジで死ぬぞ!」
動揺する双子たちの手がぷるぷると震え出したのを見たシュプリムは、顔を青ざめさせて指摘する。
その後数十秒、しばらく皆が静かに作業を続けていたが、シュプリムは急に口を開く。
「なぁ、俺もなんか変わった喋り方した方がいいと思うか? 俺の名前はシュプリムだぴょん、今日は九尾狐を討伐に来ているぴょん! とかさ?」
「「「お前、(シュプリムさん)! マジで空気読め(読んで下さい)!」」」
三人が同時に怒鳴り出す。 怒られたシュプリムは、涙目で作業を進めた。
☆
まるでマシンガンのように二丁の銃を乱射するぴりからさんに合わせ、ぬらぬらさんは二本の槍を踊るように振り抜く。
九尾狐の再生は間に合わず、全身から流血したままぬらぬらさんたちと対峙していた。 純白の毛皮は真紅に染まっていく。
この調子なら、メル先輩達の仕込みは無駄になってしまうのかも知れない。 そう思い始めていた時だった。
ぴりからさんの連射速度が徐々に穏やかになっていく。 心なしか二人の顔から余裕がなくなり始めたのだ。
ぬらぬらさんたちが九尾狐を圧倒し始めてから十分以上経とうとしていた頃、異変は起こった。 ぴりからさんの銃弾が九尾狐に弾かれ始めたのだ。
何らかの問題が発生して彼女たちの連携が乱れたのだろう。
九尾狐も彼女たちの動きに慣れてきたのか、戦況は少しずつ押し返され始めている。
戦況が押し返され始めた今では、私でもぬらぬらさんの動きが見えるようになってきている気がする。 目が慣れたからだろうか?
そうは思ったが、虞離瀬凛さんや私を守るために、隣で周囲を警戒していたレミスさんが額から汗を垂らした。
「不味いんじゃないかしら、ぬらぬらの動き、明らかに悪くなってきてる……」
「え? やっぱり少し遅くなってますか?」
「少しどころじゃないわよ、例えるなら、時速三百くらいから、一気に時速百二十くらいまで落ちたくらいかしら?」
半分以下に? 特にダメージとかを負っているふうには見えなかった、まさか九尾狐の能力は他にもあったのだろうか……
眉根を寄せる私に、レミスさんが戦況を詳しく解説してくれる。
「今はぴりからのサポートでなんとか戦線を互角にしているような状況かな? でもこのままだとまずい。 ごめんねセリナさん前線に出て彼女たちを援護するね! 周りの警戒は任せていい?」
「はい! むしろ守っていただけてありがたいくらいなので!」
レミスさんはペコリと頭を下げてから走り出す。 彼女の解説を聞いた私は、ぬらぬらさんの動きが鈍い理由を九尾狐のなんらかの能力かと想定している。
しかしその考えを予測したかのように、ぴりからさんがこっちに向かって呼びかけてくる。
「時間切れだお嬢さん! ぬらぬらはもう魔力切れ寸前だ! 今離脱しないと全く動けなくなるぞ!」
九尾狐の能力ではなく、ぬらぬらさんの魔力切れ? しかし言われてみれば納得だ。
彼女は接近戦において右に出るものはいないと言われているほどのスピードと戦闘センスがある。
しかし無敵に勘違いされやすいが、彼女は硬いモンスターの相手が苦手だったり持久戦が苦手だったりと弱点も多い。
そんな彼女が数分の間、あんなに人間離れした動きをしていたのだ。 当然と言えば当然だが、そうなってしまうと誰かを呼び戻すしか助ける方法がない!
手数が足りなくなってしまう事に焦りを感じ、額から汗が滲み出る。 この場にはぬらぬらさん以外前衛を担当できる冒険者はいない。
中距離主体のぴりからさんと遠距離攻撃しかできないレミスさんでは動きの速い九尾狐には満足に対応ができない。
その上少しでも隙を与えればまた厄介なモンスターに変化されるだろう。 切羽詰まった私は、ギリと奥歯を鳴らす。
その瞬間だった、突然背後から声をかけられる。
「セリナ! 遅くなってごめん!」
絶妙なタイミングでメル先輩たちが戻ってくる。
メル先輩の声が聞こえたと言うことは、前衛の三人が戻ってきてくれたと言う事だ。
最悪の事態を免れたことにほっと胸を撫で下ろす。
「ぬらぬら! 戻ったぞ!」「バテバテじゃないか! 遅くなって悪い!」
双子さんの呼びかけと同時に黒炎の斬撃と蒼炎の斬撃が飛び、同時に九尾狐を切り裂いた。
二人の斬撃は、同時攻撃だったため耐性はついていない。 機動力が優れる彼らなら、九尾狐に遅れは取らないだろう。
その上双子さんたちの息ぴったりな攻撃は、満身創痍の九尾狐にとってはかなり痛手になるはず。 後衛や中衛がしっかり揃っている今なら後のことを気にせず戦ってもらえる。
同時撃破のリスクが伴わなくなった以上、此処から先は前衛を双子さんに丸投げして、レミスさんやぴりからさんにサポートしてもらえれば抜かり無い。
なにせ双子さんはこの中で唯一、武器での攻撃と魔力を帯びた攻撃を両方使える。 この二人は九尾狐にとって天敵とも言えるだろう。
双子さんたちが九尾狐に切り掛かったのとすれ違うように、ぴりからさんがヘトヘトになっているぬらぬらさんに駆け寄る。
「不甲斐ない姿をお見せしてしまいました、力及ばず申し訳ありません!」
「ぴりからさん! ぬらぬらさんをこちらへ!」
私は急ぎぬらぬらさんを休ませようと声を荒げた。
「お嬢さん! ボクたちの足止めが不甲斐なくて申し訳ない! あとは頼むよ双子の美男子君たち!」
そう言い残すとぴりからさんはぬらぬらさんを小脇に抱えてこちらに駆ける。 ぴりからさんたちは悔しそうな顔をしているが、不甲斐ないだなんて謙虚すぎる。
あの二人は九尾狐を圧倒していた、もう少しぬらぬらさんの魔力が持てば倒せていてもおかしくなかったのだ。
私は前線に駆けて行ったレミスさんに視線を送ると、レミスさんは無言で頷いた。
「ぴりから! 虞離瀬凛たちをお願い!」
「任せたまえ子猫ちゃん! 不甲斐ない戦いを見せた汚名は結果ではらそう! 筋肉坊主君たちは全力で守って見せるさ!」
ニッと口角を上げながらレミスさんとハイタッチして戻ってくるぴりからさん。
「兄! あの二人、ハイタッチの達人だ!」「俺も横目で見たぞ弟よ! 帰ったら喋る練習より先にハイタッチの練習だ!」
「なにを馬鹿な事言ってるんです! さっきからあなたたち! 緊張感ないですよ! どうしてセリナの担当冒険者は頭の悪い人が多いのかしら!」
……え?
なんか双子さんとメル先輩が異常に仲良くなってるし、私たち軽くディスられたよね? キョトンとしながら少しお怒り気味のメル先輩を呆然と見てしまった。
そんな私の背後には、遅れてやってきたシュプリムさんが仁王立ちしていた。
「待たせてすまなかったな! あ、ぴょん! こっからは俺と双子があいつを倒すぴょん!」
「「「………」」」
冷めた目でシュプリムさんを見る双子さんとメル先輩。 いったいこの四人……この数分で何があったのだろうか?
て言うか、今の語尾はなに事?
一瞬でこの人たちに聞きたいことがたくさんできたが、今はそれよりも九尾狐を一気に畳み掛けたい。 そのために戻って来たぴりからさんには確認しなければならないことがある。
魔力弾を使える彼女にしか頼めない。
「ぴりからさん! あなたは狙い撃ちとか得意ですか?」
「狙い撃ち? 早撃ちならお手のものだが、狙って確実に当てるなら五メーターくらいが限度かな?」
オーマイゴッド!
それなら別の手を取るまでだ!
「それなら魔力を固めて銃弾じゃなくて弓矢を作れたりしますか!」
「こんな感じでよければ作れるけど、僕は弓矢なんか打てないよ?」
さすがぴりからさんだ。
彼女は魔力の扱いが非常に上手い、この完成度の弓矢ならきっと問題ない!
「その魔力の弓矢! どのくらい持ちますか?」
「残念だが三十秒が限界だろうね、でもお嬢さん、なんで弓矢なんだい?」
ちっくしょう!三十秒じゃダメだ!
こうなったら狙い撃ちはレミスさんにお願いするしかないのだが、レミスさんは魔力の弓矢を作れるのだろうか?
「そんな怖い顔しないでくれよお嬢さん? 狙撃ならエルフの子猫ちゃんほど適任はいないじゃないか。」
「しかしレミスさんは魔力で矢を撃ってるわけではないですからね。 あくまで
私は左手で右肘を押さえなながら、こめかみを人差し指でコツコツとこづく。
考え事をするときの癖なのだが、そんな私の顔を呆れたような顔で見ているぴりからさん。 何か言いたそうな顔をしている。
「もしかしてお嬢さん。 エルフの子猫ちゃんは魔力で弓矢を作れないと思っているのかい?」
本人に聞いたことは無いが、クエストの度に本物の矢をわざわざ買い足してるし、魔力の矢は使えないんだとばかり思っていたが……
「エルフの子猫ちゃんはねぇ、いつも狙撃で呆気なくクエスト達成するから勘違いされがちだが、接近してきたモンスターに対しては魔力矢を使うことが結構あるんだよ? なんせ射撃速度が倍以上速くなるから咄嗟の攻撃に向いているからねぇ。 もっとも、魔力矢を撃つときは威力が段違いに下がるから、威嚇程度の役割にしかならないらしいよ?」
ぴりからさんは周囲を警戒しながらも、淡々と説明を続けてくれた。
「でも射撃精度は相変わらず抜群のはずだ。 なんせ林から急に飛び掛かってきた
いいことを聞いた、つまりレミスさんは魔力で作った矢でも狙撃ができるはず!
そうと決まればすぐに隊列の入れ替えだ!
「ぴりからさん! チェーンジ!」
「……あれえぇ?」
私は高らかにチェンジコールをしながらレミスさんを指差す。
そんな私の姿を見て、意味がわからないとでもいいたそうな顔をするぴりからさん。 そして気まずそうな顔でこちらに視線を送るレミスさん。
それもそうだ、レミスさんとぴりからさんは、さっきかっこよくハイタッチしてポジションを変えたばかりなのだから。
私のチェンジコールで、赤面したレミスさんが渋々と言った足取りで戻ってくる。
「兄! あいつら、カッコ良くハイタッチしながら場所チェンジしたのに……ぷっ」「弟よ! 言ってやるな、だが俺らはあんなカッコ悪いハイタッチはしないようにしよう!」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にしたレミスさんとぴりからさんは、お互い目を合わせないようにそそくさとすれ違おうとしていたのだが……
九尾狐と戦闘中にもかかわらず、双子さんはすれ違う二人を指差してケタケタと笑い出す。
すると二人はキッと目つきを鋭くしながら双子さんを同時に指差した。
「あなたたちのハイタッチの方がいつもカッコ悪いわ!」
「美男子君たちにだけは言われたくないぞ!」
耳まで真っ赤にしたぴりからさんとレミスさんは、息ピッタリに叫んでいた。
☆
「……で? 私を戻した理由はなんなんです?」
蜻蛉返りしてきたレミスさんは、バツが悪そうな顔で私に質問してきた。
「決まってるじゃないですか! トドメを刺すんですよ。 あなたが九尾狐を狙撃してくれれば間違いなく倒せますからね!」
私のその答えに、レミスさんは頬に汗を垂らす。
「あの……この前みたいなのはもういやですよ?」
おそらく
「安心して下さい、簡易電磁砲は使わないって最初に言ったじゃないですか」
すばしっこい九尾狐にあれを当てるのは困難だし、あの動きを見る限り落とし穴に落とせたとしてもすぐに這い上がってくるだろう。
ぬらぬらさんの攻撃もかろうじで急所は外していた、あの速さに反応できるほどの身体能力だ。 何の捻りもない狙撃など当たるわけがない。
動きの遅いモンスターに変化するのを待つ手もあるが、そんな確実性の低い方法に命を賭けたくなどない。
理想的な策はさっきメル先輩達が仕込んだ落とし穴にうまく誘導し、落ちた瞬間に仕掛けた爆薬が作動する事だ。 一人思案にふける私を疑り深く凝視するレミスさん。
「その簡易電磁法とやらを使わなくても、セリナさんの考える作戦はえげつないんですけどね〜! えげつない
こんな時にふざけないでほしい、ちなみに今回のダジャレは二点だ。
だが今はそんなつまらないダジャレにツッコミを入れている場合ではない。 私はレミスさんのダジャレに特に反応を示さずに作戦の概要を伝えた。
落とし穴への誘導部隊の指揮をメル先輩たちに任せ、高台にすぐさま駆け出す。 レミスさんは作戦に納得はしていたが、少し浮かない顔で私の後を追ってきていた。
どちらかというとあの表情は、ダジャレにツッコミを入れなかった事に対する不満ではなく……
思い詰めた仲間を、心配する時の表情に似ていた気がした。
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