〜九尾狐討伐戦・初めて笑った記念日〜

〜九尾狐討伐戦・初めて笑った記念日〜

 

 「兄! 右から行くよ!」「承知した! シュプリム、俺を援護しろ!」


 「任せとけや! あ、ぴょん!」


 ぬらぬらたちが猛攻を仕掛けてから、九尾狐は変化しなくなっていた。 九本の尾と鋭い爪を駆使して三人を相手に立ち回る。


 しかし、与えられたダメージのせいか、動きは鈍り再生速度も徐々に遅くなっていく。


 「ふふ、ぬらぬらから受けたダメージが効いているのかな? 可愛いお腹がガラ空きだよ?」


 レミスとポジション替えをしたぴりからが中衛から前衛の三人を援護している。


 ぴりからの魔力弾が腹部に突き刺さり、それに合わせて極楽鳶は片手剣で右腕を切りつける。


 「それにしても美男子君たち! どうしてさっきから炎を纏わないんだい? 九尾狐ネフクルナルド相手に手を抜いて勝てるとでも?」


 先ほどから閻魔鴉も極楽鳶も炎の斬撃を飛ばしていない、そのことを指摘された双子とシュプリムはニヤリと笑う。


 「ぴりから! お前にはまだ言っていなかったな!」「これは手を抜いている訳ではない!」


 「あいつを誘導するために、俺たちとメルさんが考えた作戦なんだよ!」


 九尾狐の鋭い爪をバックステップでかわしながら、シュプリムは嬉しそうに声を上げる。


 三人の言葉を聞き、ぴりからは一瞬周囲に目配せする。


 「なるほど、よくわからないがボクは指示通り動こう。 どう動けばいいのかな?」


 「簡単だ! 絶好のタイミングで俺が合図する! そしたらお前の魔力弾を当てりゃあいい!」


 シュプリムはぴりからに指示を出しながら薙刀を踊るように振り回す。


 「シュプリム!」「語尾!」


 「……あっ、ぴょん!」


 シュプリムのとってつけたような語尾のせいで戦場が一瞬沈黙する。


 「忘れるくらいならやめればいいじゃないですか!」


 静まり返った戦場に、後方から罵声を飛ばすメルの声は、驚くほど響き渡った。

 

 

☆ 

 「まず確認です、レミスさん魔力で矢は作れます?」


 高台に登り切り、息を切らした私はレミスさんに最終確認を取る。


 ぴりからさんから言質げんちを取っていたが、ここで改めて不可能だと言われて仕舞えば元も子もない。


 この作戦において最も大事なことなのだから。


 「一応作れますけど……威力はそんなに出ないですし、たまに超接近してきた小型モンスターとかに威嚇する時ぐらいしか使わないんですよ。 する前にう? ……なんちって!」


 可愛いしく舌を見せるレミスさん、彼女的には結構自信あるらしい。 だが、これから最後の締めをしなければいけない、私にはプレッシャーがかかっているのだ。


 「威嚇程度でもかまいませんよ、当ててくれればそれでいいのです。」


 「い……イカ、食う?」


 寂しそうな顔のレミスさんをスルーして真剣な顔で戦場を見下ろす。


 「今のうちにさっき落とし穴掘った地点に照準を合わせてください、くれぐれも魔力の矢で打ってくださいね」


 「……はい」


 しょんぼりしながら左手に魔力の矢を作り出すレミスさん。 私は、再度戦場を見下ろし、異変に気づく。


 「妙ですね」


 「閻魔鴉と極楽鳶ですか? 魔力の斬撃を意図的に撃たないようにしてますね」


 そう、あの二人は近距離、中距離戦を自在に使い分け、身軽さを活かして相手を翻弄する。 相手は間合いを掴めなくなるため、斬撃を飛ばせるのはかなり有効な手なのだ。


 単純だからこそ対策が困難。


 パワーがあまりないあの二人が、鋼ランクの前衛の中でもパイナポや夢時雨さんに並ぶほどの実力なのはその器用さと身軽さ、間合いの広さがあるからだ。 その大きな武器である斬撃を飛ばす能力を意図的に使ってない。


 考えられるのは三つ。


 温存しているか、九尾狐が持つ完全耐性の対策なのか。


 ……それともなんらかの理由で出せなくなってしまったか。


 温存しているとしたら、何か策があってのことだろう。


 完全耐性の対策なら、攻撃が当たる寸前に魔力耐性か物理耐性かを判断して、剣から炎を消せばいい。


 しかし、出せなくなってしまっていたらかなり問題だ。


 九尾狐にまだ知らない能力があるのか、もしくは変化能力を獲得した他のモンスターの能力なのか。


 わからない以上、これから決定打を打つのなら、まだ不明な能力のせいで足元を救われかねない。


 さっきと同じてつは、もう絶対に踏むわけにはいかない。


 「あの〜、セリナさん? 難しい顔してますけど、もしかしてまたなにか気がかりなことでもあるのですか?」


 寂しそうな顔で声をかけてくるレミスさん。 私は顎を撫でながら考えていたことを説明する。


 「……双子さんが斬撃を飛ばさない理由を考えてました。 温存か、完全耐性の対策か、それとも出せないのか。 この三つで悩んでます」


 私の答えを聞いて、レミスさんは呆れたようにクスリと笑った。


 「あれは、温存で間違い無いですよ?」


 レミスさんは自信満々に答える。


 「……根拠を、聞いてもいいですか?」


 私とレミスさんは、数舜の間無言で見つめ合う。


 レミスさんとは長い付き合いだ、今の一言が真剣なのは顔を見ればわかる。 けれど油断して足元を掬われるくらいなら、彼女の意見に根拠があるのかを聞かなければならない。


 無言に耐えられなくなった私は根負けして先に口を開いた。


 「別に、レミスさんを疑っているわけではありません。 ……私たちはこれから、トドメの一撃を刺そうとしています。 もし、九尾狐のなんらかの能力のせいで双子さんが能力を発動できていなかったら? もし、そのわずかな異変に気づいていないせいで、また皆さんの命を危険にさらしてしまったとしたら? そう考えてしまうと怖いんです。 私の判断一つ一つには皆さんの命がかかっていますから」


 さっきは私の油断のせいで、虞離瀬凛グリセリンさんに大怪我を負わせた。 無茶をさせた。


 クエスト中の失敗は、結果を出して挽回しなければいけないのだ。


 私の考えを真剣に聞いていたレミスさんは、ため息をつきながら肩をすぼめた。


 「……セリナさんらしくありません!」


 レミスさんは眉を歪めながらそう答えた。


 思いもよらない一言に、驚いて口をあんぐり開ける。


 「……え?」


 「今のセリナさん、真面目すぎて面白くありません! 『威嚇する前にイカ食う? ってなんですか! 無理矢理すぎでしょ!』とか言ってくれるって思ってウキウキしながら待ってたのに、何にも言ってくれないですし! 一人で難しそうな顔してますし!」


 この子は、こんな時に何を……?


 駄々をこねる子供のように頬を膨らませたレミスさんは、ここぞとばかりに不満を漏らす。


 「閻魔鴉と極楽鳶が温存してる根拠ですって? だってあの二人、すごく楽しそうに戦ってますもん! 見ればわかるでしょ! それに、もし本当に新しい能力が発覚しても、セリナさんはまたすぐに対策してくれるでしょ? トドメの一撃が失敗しても、すぐにまた次の一手を思いつくんでしょ? 何日和ってるんですか! っちゃうなんですか? ……コホン!」


 レミスさんの言葉は、とても優しくて暖かく感じた。


 最後の一言がなければ泣いてしまったかもしれない。


 「私はこんなにセリナさんを信じているんです。 私だけではなく……みんなあなたを信じてます。 もちろん、この場にいない冒険者たちもね! だから私はいつも、プレッシャーのかかるタイミングでもリラックスしながら狙撃できます。 まあ私、どんなにプレッシャーがかかってても……狙いは外しませんけどね?」


 私は、どうやら考えすぎて視野が狭まっていたらしい。 レミスさんのおかげでまた間違いを犯さずに済んだ。


 目を閉じ、深く深呼吸をして心を落ち着かせる。 ゆっくりと目を開くと、嬉しそうな顔のレミスさんと視線を交わす。


 「ようやく、いつもの顔に戻りましたね! では魔力の矢を作って狙撃の準備しますね! 私の魔力のは、きっと外れないで!」


 「矢……アローって。 ぷっ! マジでつまんな!」


 私は肩の荷が降りたせいか、ついつい吹き出してしまった。


 吹き出してしまった私を見て、レミスさんが急に騒ぎ出す。


 「あぁ! セリナさんが初めて私のギャグで笑った! このダジャレは殿堂入り! 今日はセリナさんが初めて笑った記念日だぁ! いやっほーぅ!」


 満面の笑みで小躍りし始めるレミスさん。


 私は少し恥ずかしくなってついついダメ出しをしてしまう。


 「なんなんですか! 今のはつまんなすぎて呆れただけですから! 全くあなたって人は! ……ていうか私のツッコミをウキウキしながら待つとか! あんたドMか!」


 「はっはーん! さては照れてますね? 照れ隠しですね! かっわいーなーもー! ツンデレセリナさんいただきました! 帰ったらパイナポとぺんぺんに自慢しちゃおっと!」


 なぜそこでパイナポとぺんぺんさんが出るのだ?


 「もぉ、おふざけはここまでですよ! あんなつまんないダジャレで笑うとか、黒歴史作っちゃったじゃ無いですか! ……念のため聞いておきますけど、ここから落とし穴までかなりの距離ありますけど、魔力の矢でも当てられますよね?」


 レミスさんのおかげで、思考がクリアになった。


 おそらくトドメは後数秒だと分かる。


 「……黒歴史はさすがにひどすぎですよ。 まぁ戦いを見た感じ、九尾狐の動きも遅くなってますし〜。 問題ないと思いますよ〜」


 黒歴史発言に頬を膨らませ、不機嫌そうな顔をしていたが、質問にはちゃんと応えてくれる優しいレミスさん。


 頬を膨らませてるレミスさんはかなり可愛い。 いじめたくなってしまう。


 「では、私が合図したら当ててくださいね?」


 「一つ! いいでしょうか!」


 合図というワードを聞いた瞬間、ころっと真剣な顔に変わったレミスさん。

 一体なんだろうか?


 「合図の言葉、先に教えてもらっていいですか!」


 沈黙。


 「……左肩を叩いたら、打って下さい」


 「今の沈黙! やっぱり! またふざけようとしてましたね? こんな時に何考えてるんですか! 合図の言葉は普通にお願いしますね! 手元が狂ったらどうするんですか!」


 さっきは真面目すぎてつまんないとか言ってたくせに文句を言い出すレミスさん。


 「さっきはレミスさんのおかげで、、リラックスする大切さを学びました。 なので! 左肩を、叩いたら、何があろうと……打って下さい」


 「セリナさん! ふざけていいところとダメなところは流石にわきまえてくださいよ!」


 くだらない交渉は、この後もしばらく続いた。

 

 

 極楽鳶の脇腹を九尾狐の爪がかすった。 九尾狐との戦いは、先ほどから少し押され気味になってきている。


 しかし、前線の三人は笑顔のまま戦い続ける。


 「弟よ! 俺はもういいぞ!」「兄! 僕も準備万端!」


 シュプリムは双子の声を聞き、九尾狐から距離を取った。


 「皆さん! 打ちますよぉ!」


 メルの声が響く。 肩には拘束砲を担いでいる。


 「拘束砲? 子猫ちゃん! 一体何をするつもりだい?」


 ぴりからは首を傾げていたが、ところ構わずメルは九尾狐に拘束砲を放った。


 一息で拘束砲に装填されていた三発分の残弾を打ち尽くす。 放たれた三発分の捕獲網が勢いよく九尾狐に飛んだ。


 極楽鳶と閻魔鴉はそれを確認すると、左右から黒炎と白炎の斬撃を飛ばす。


 正面からは捕獲網が三発分、左右からは双子が放った炎の斬撃。 九尾狐は大きく後ろに飛んで三方向からの攻撃をかわす。


 回避のために、四本の足が地面から離れた瞬間だった。 横一線、鋭い斬撃が九尾狐を襲った。


 「はい! こっからは俺の見せ場だ!」


 九尾狐の四本の足を薙刀で切断したシュプリムは、ぴりからに視線を送る

 

 「ぴりから! 魔力弾を当てるぴょん!」


 指示を受けたぴりからが魔力弾を放ち、足を切断された九尾狐に直撃する。


 それを確認し、シュプリムが間髪入れずに九尾狐の首を刈る。


 「やっぱりな、切断された場合は、切断面を繋いで再生しようとするのか!」


 九尾狐の切断された四本の足と体、首から噴出した血液が糸のように形を変え、切断面を繋ごうとする。


 「そこで今度は!」「俺たちと!」


 双子は期待を帯びた眼差しをメルの方に向ける。


 「待たせて悪かった! さっきは魔力切れで寝てしまったが、すでに三分の一は回復している! 憎きモンスターを燃やし尽くすには十分すぎる程に!」


 いつの間にか目を覚ましていた虞離瀬凛がバラバラになった九尾狐に向けて駆け出す。


 三人の動きを確認したシュプリムは、切断した首をがっちりと掴んだ。


 「……なるほど! そういうことかい?」


 一人だけ作戦を聞かされていなかったぴりからは全員の動きを見て意図を察し、思わずつぶやく。


 虞離瀬凛が走り出したと同時に閻魔鴉と極楽鳶、二人が放つ異なる色の炎は切断された四本の足を焼き尽くす。


 双子が放った炎の熱は、周囲の空気を歪ませる。


 「この時のために、動けなくなった九尾狐を一瞬で燃やし尽くすために温存していたのかい! やるじゃないか美男子君たち!」


 四肢が燃えたのを確認し、首をがっちりと掴んだシュプリムは切断面をつなげようと引き寄せられてくる胴体部分を薙刀で切り刻む。


 「さすがに片手で薙刀はきっちーわ! けどこれで! また物理耐性になったはずだ! 双子みたいに最大火力で燃やし尽くせよ!」


 「無論だ! あとは任せておけ!」


 虞離瀬凛が体から灼熱の炎をたぎらせ、切り刻まれた胴体を一瞬で焼き尽くす。


 すると胴体を焼き尽くされた九尾狐は、唸りながら変形する。 首が不自然な形で膨張し、体部分をまた作り出そうとしていた。


 「予想通り、切断面がなくなったら頭から再生を始めるんだな、でもまあ、首から下がちゃんと再生するまでは、しばらく動けないよな?」


 首から下を失った九尾狐の邪悪な形を視認し、口元を歪めるシュプリム。


 「はい、予定通りだ!」「放り投げろ! シュプリム!」


 シュプリムは双子の掛け声に小さく頷き、落とし穴の真上に再生中の九尾狐を投げ飛ばした。


 消失した動体を再生するために異形な形となった九尾狐は身動きが取れないため、抵抗できないまま落とし穴に落ちて行く。


 ようやく体を再生し切ったと思われた瞬間、落とし穴の下では、大量の瓶が割れた音が響く。


 「ぴりから! 九尾狐を撃て!」


 「九尾君に魔力耐性を与えて、爆薬による物理攻撃を通すってことかな? でもそれだと爆薬の起爆は誰が?」


 「バカかお前! こんな近くで起爆したら俺らまで木っ端微塵だぴょん! 起爆はおそらくレミスの仕事だ! お前はとりあえず九尾狐に適当に魔力弾打ち付けとけ! そんでとっとと逃げるぞ!」


 納得したように頷いたぴりからが数発の弾丸を放ち、すぐ近くにいた虞離瀬凛を担ぐ。 必死の形相で双子を両脇に抱えてダッシュするシュプリム。


 双子も虞離瀬凛どうやら魔力切れで動けなくなったらしい。


 ぴりからとシュプリムは顔を青ざめさせながらメルの元へ必死に走る。


 「岩影に! 早く!」


 メルが必死に呼びかけ、ダッシュしてきた二人を招き入れた。


 「耳を塞いで!」


 間一髪で岩陰に滑り込むぴりからたちを確認したメルはすぐに身を縮こまらせた。 全員で岩影に隠れ、身をちじこまらせながら耳を塞ぐ。


 魔力切れでぐったりする虞離瀬凛、閻魔鴉、極楽鳶、ぬらぬらもなんとか手を動かして耳を塞いでいた。


 すると高台の上からセリナの叫びが響き渡る。


 「とぅーた撃てぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!」


 「やっぱりそれですかぁぁぁぁぁ!」


 九尾狐が落とし穴に落ち切った瞬間、二人の愉快な叫びが聞こえてくる。


 次の瞬間、落とし穴内で大爆発が発生する。 鼓膜を刺すような爆撃音、衝撃波と共に熱風がメルたちを襲う。


 物凄い爆風で、岩影に隠れていた全員が吹き飛ばされる。


 黙々と黒煙が立ち上る中、落とし穴から巨大なクレーターへと変貌した大地がうっすらと現れてくる。


 爆心地の近くにいた冒険者やメルたちが白目を剥いて唸っている中、高台の上からはセリナとレミスの言い争う声だけが響いていた。

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