〜銅ランククエスト・黒狼帝討伐〜

〜銅ランククエスト・黒狼帝討伐〜

 

 夕暮れ前に出立した両断蟷螂コプマット蹂躙戦の先遣隊は、街道上にいるモンスターを薙ぎ倒しながら進軍し、ほぼ中間にある北の沼地エリアに設置された拠点で夜を明かした。

 そして翌日、日の出前に拠点を出て再度森林エリアへ出発する。

 

 冒険者協会が設置する拠点は王都中心に等間隔に配置されていて、拠点周辺の環境に応じて呼び方が異なる。

 平原エリアや森林エリアの他に、沼地、山間、海辺、火山と別れている。

 

 中でも森林エリアと火山エリアは特別で、森林エリアは見通しが悪いため鋼ランク以上の冒険者同伴でないと入れない決まりになっている。

 他にも危険モンスターが多い火山エリアも、鋼ランク以上の冒険者が同伴でないと入れない。

 

 森林エリアへと向かう道すがら、日の出前でまだ薄暗い道を銅ランク以下の冒険者たちが、馬車を囲うように陣形を作って歩く。

 警戒しながら馬車のすぐ隣を歩く鉄ランクのとーてむすっぽーんに、馬車の中から声をかける者がいた。

 

 「おいお前! この前鬼人   ガルユーマ狩ってたお前だ!」

 「僕ですか?」

 突然声をかけられたとーてむすっぽーんは、首を傾げながら馬車を覗き込む。

 

 「お前………あれから何討伐したんだよ?」

 声をかけたのは、以前鬼人に襲われていたとーてむすっぽーんを助けたパイナポだった。

 

 「ええっと………角兎ラピコルヌ数体に、小鬼ルガティットも数体倒しました! あとは昨日の午前中に鉱石亀ミネルトルシュとかですかね?」

 討伐したモンスターの名前を聞いて、パイナポは何かを考えるように顎に手を添える。

 

 「おい! ガルシアとか言ったな! こいつら二人を前線の香芳美若こうほうびわかの野郎に合流させろ!」

 「え? ちょ! ちょっと待って下さい! 僕たちはまだ鉄ランクでして………」

 「お前は確か鬼人殺 き じんごろしだったな、援護してやるから前に出ろ」

 

 パイナポに声をかけられたガルシアは素直に要求を受け入れる。

 突然の展開にとーてむすっぽーんと、よりどりどり〜みんの二人はすっとぼけた顔でパイナポ、ガルシアの顔を交互に見る。

 

 「なんだ? 日和ひよってんのか? 怖えなら俺もついてってやるよ!」

 「おいパイナポ! お前は両断蟷螂コプマット戦に向けて温存するように言われていたはずだ! 俺がこの弓で援護するから貴様は馬車で大人しくしていろ!」

 ガルシアとパイナポが睨み合う。

 

 「わっ! わかりましたので喧嘩はやめて下さい! ほら! 行くよとーてむ君!」

 不穏な空気を感じ取ったよりどりどり〜みんが、とーてむすっぽーんの襟首を掴みそそくさと前線に出た。

 

 前線の構成は香芳美若率いるの三人パーティーと、とーてむすっぽーん達の計五人になり、その後ろに遠距離攻撃主体のガルシア達四人が陣取っている。

 順調に街道の敵を倒していく一行は、森林まで後数分の辺りに到着した。

 

 「おい! 止まれ香芳美若! 少し厄介な奴がいる」

 遠身の筒を覗いていたガルシアの一言で一行は足を止めた。

 ガルシアの視線の先には黒狼ルノワルの中規模な群れ、恐らく三十匹以上いる。

 この規模だと中心部には………

 

 「ありゃ黒狼帝アプルノワルがいるな、俺も出ようか?」

 「パイナポ、座るんだ! ここは脳筋の君より僕が行った方がいい!」

 「いや時雨、お前が前線に出たら人格変わっちゃうじゃん、お前が出ていくと扱いが俺より厄介だと思うぞ? って言うかもしかしてお前戦いたくてうずうずして来たのか?」

 馬車の中ではパイナポと夢時雨が言い争っているが、前線に出ていた香芳美若が作戦を立てるためにガルシアの元に走り寄ってくる。

 

 「これは正面突破しかないであろうな!」

 「馬鹿か貴様は、相手はこちらにまだ気づいていない。 今のうちに罠を仕掛け、奇襲を仕掛けよう」

 ガルシアの提案を聞いた香芳美若は目の色を変えて詰め寄っていく。

 

 「貴殿は何を言っているんだ! 相手がたとえモンスターでも、奇襲だなんて卑怯な手を使っていいわけないだろう!」

 奇襲案に怒り出した香芳美若に対し、ガルシアは驚いたように口をポカーンと開いて固まっていた。

 

 「あ、すみませんガルシアさん、この人少し変わり者で………」

 ガルシアの表情を見て仲間である鉄ランクのベイルが慌てて仲裁に入る。

 しかしガルシアの顔はみるみる真っ赤になっていき………

 

 「お前こそ一体何を言っている! 俺たちは遊びに来ているのではないぞ! 馬鹿なのか! 大馬鹿なのか! 奇襲という有意を捨ててあの群れに突進するなど愚の骨頂! 笑止千万! これから両断蟷螂の群れとも戦うのだぞ? 少しは周りの迷惑も考えんかこの残念第二世代めが!」

 「きっ! ききききき貴様! この私に言ってはいけないことを言ったな! 貴様なんか特に何も特徴がない第三世代のくせに! 影が薄いだけが取り柄の第三世代のくせに!」

 前線に残って二人の様子を遠目に見ていたとーてむすっぽーんは、会話が聞こえていないのか首を傾げて二人を見ている。

 

 「おのれ! このポンコツ第二世代め! 貴様の馬鹿なわがままは我々がいないところでやれ! 今は仮だが俺たちは共に戦っているのだぞ! さっきから援護射撃してやっているというのに俺をいたわる気はないのか!」

 「貴様のサポートなど頼んでいない! 私はたとえ相手がモンスターであろうと、正々堂々戦うのが心情! 罠を仕掛けるのは正面から突撃して乱戦になってからなら認めてやってもいいが、不意打ちなどは我が美学に反するのだ!」

 

 怒鳴り始めた二人を見て、ぺんぺんが馬車から慌てて出てくる。

 そして必死にとーてむすっぽーんたちを手招きし、それを見てとーてむすっぽーんたちは慌てて駆けよってきた。

 

 やがてガルシアと香芳美若は両手を組合い、歯を軋らせながらお互い顔を近づけ睨み合う。

 パイナポは馬車内で腹を抱えて笑い出し、ガルシアと香芳美若のパーティーメンバーが二人を止めようと押さえつけ始めた辺りでよりどりどり〜みんがおずおずと歩み寄ってくる。

 

 「あの〜、事情はぺんぺんさんから伺いました。 それならこういう策はどうでしょうか?」

 恐る恐る手を上げたよりどりどり〜みんの言葉に全員が鎮まり、視線を集めて聞き耳を立てた。

 

 

 

 黒狼帝【アプルノワル】黒狼の群れを率いている巨大な黒い狼で、普通の黒狼より二回りくらい大きい。

 遠吠えで近くの黒狼を呼び寄せる上に動きも少し早い、爪や牙は鉄製の鎧にも傷をつけるほどの鋭さだ。

 よりどりどり〜みんの策を聞いた一向は、そんな黒狼帝が率いる黒狼約三十匹の群れと戦闘を始めていた。

 

 「なんということだ! こんな画期的な戦い方があったとは! この香芳美若! もはや何者にも止めることはできない!」

 声高らかに上げながら、正面から黒狼の群れに突撃していく香芳美若。

 前線の黒狼は他の二人は目もくれず、香芳美若ばかりに集まっていく。

 彼はなぜかモンスターの目を釘付けにするのだ。

 

 おそらく本人の気づいていないが、無意識に魔力を扱っているのだろう。

 かなり可能性は低いが、そういう体質という説もある。

 乱戦になっている黒狼の群れの背後には草むらがあり、その草むらからも歓喜の声が上がっている。

 

 「お手柄だぞよりどりどり〜みん! いや、どり〜みん隊長! 俺の弓が面白いほど当たる! おい見たか! ヘッドショット三連続だ!」

 「あの〜、流石に隊長はやめて下さい、私まだ下っ端ですし、この作戦はセリナさんの入れ知恵ですので………」

 草むらの中から遠距離攻撃を続けるガルシアに、モジモジしながらよりどりどり〜みんは抗議していた。

 

 よりどりどり〜みんが提案した作戦は、寄せ集めパーティーでの蹂躙戦でセリナがよく使う作戦だ。

 『方針が違う冒険者同士が一緒に戦うのはほぼ不可能です、ならば彼らは連携させずに好きにやらせたほうが効率いいです! それぞれのパーティーが勝手に戦っていいエリアを分担するんです! 同じ敵を倒すのですから競争にもなってより討伐率上がりますし、何より勝手に戦っていいエリアを決めた方が冒険者さん達も気持ちよく戦えます!』

 

 いつもクエストから帰ったとーてむすっぽーんがセリナに熱心に聞いている冒険の知恵を、隣で聞いているよりどりどり〜みんの方が見事に活用していた。

 黒狼の群れに突進する香芳美若のパーティに気を取られている内に、後ろの草むらに回り込んだガルシアのパーティーが群れの後方を遠距離攻撃で奇襲。

 見事に香芳美若たちに気を取られている黒狼の群れは混乱、とーてむすっぽーんは後方から狙撃するガルシアたちと黒狼の群れの間にワイヤートラップを仕掛けて離脱。

 

 よりどりどり〜みんはガルシアのパーティーに攻撃の支援を集中させ、香芳美若のパーティーには防御の支援を集中、とーてむすっぽーんに敏捷の支援を集中させ、効率よくそれぞれが役割を果たしている。

 後方からの攻撃に気づいた黒狼の群れも、草むらに突撃しようとするがワイヤートラップで面白いほどに次々と転ぶ。

 転んでいる黒狼は、ガルシアたちに狙撃され確実に数が減っていく。

 ようやく黒狼帝が事態に気づいて前方の香芳美若を突破するために、前方に戦力を集中させようとしていたが。

 

 「ふはははは! 残り十体をきったな。 黒狼帝はこの私が相手をしよう、取り巻きの黒狼は君らに任せる」

 香芳美若は槍を踊るように振り回した後、黒狼帝に矛先を向ける。

 

 「我が名は香芳美若! 貴様が群れの長と見える………いざ! 尋常に勝———」

 香芳美若が声高らかに名乗っている最中に、黒狼帝は香芳美若の上半身を覆うようににすっぽりと噛み付いた。

 

 「貴様はこんな時になぁーーーにをしとるんじゃーーーーー!」

 後方の草むらから、怒ったガルシアが叫びながら飛び出してきた。

 

 

 

 「ふはははははは! ガルシア殿、貴殿なかなかに腕が立つなぁ、今回の功労者は間違いなく貴殿だ! 先ほどは助けていただき感謝致す」

 「ふっ、そう褒めるな、貴様の囮がなければ俺たちの遠距離攻撃があそこまで通用することはなかったのだ、それもこれも………どり〜みん先生のおかげです、ありがとうございます!」

 

 黒狼帝に頭からすっぽりと噛みつかれた香芳美若はガルシアに救出された。

 幸い、鋼鉄の鎧に歯型がくっきりとついた程度で大きな怪我はなかった。

 あのあとガルシアが草むらから飛び出し、すかさず放った矢は香芳美若に噛み付いているせいで動けない黒狼帝の心臓を一撃で貫いた。

 

 動きが早い黒狼帝に弓を当てるのは非常に困難なため、結果的に香芳美若の行動はファインプレーとなったのだ。

 ガルシアがすぐに仕留めたおかげで香芳美若も軽傷だ、黒狼の群れを討伐した後森林の拠点に到着した一行は、互いを称え合いながら食事休憩をとっていた。

 

 香芳美若とガルシアはあの戦いの後、異常に仲良くなっていた。

 今では肩を組み、満面の笑みで一緒にご飯を食べている。

 非常に食べずらそうだが二人は片手で器用にご飯を食べていた。

 

 「結局俺らは何もしないで終わったな〜」

 「消化不良のようだな夢時雨、だが安心しろ! 俺たちの仕事はこれからだ! これから一緒に頑張ろうね、キャステリーゼちゃん!」

 

 消化不良の鋼ランク組と、銀ランク冒険者の銀河ギャラクシーは端の方でちまちまと食事を摂っている。

 すると拠点に二人組の冒険者が入ってくる。

 

 「お? ぺんぺん? もう戻って来たのでやんすか?」

 「戻ってくるのがよりも早かったね! いや、無駄な勘ぐりは! ………あっ、ごめんなさい」

 

 謎の語尾を発しているのは第二世代で銀ランク冒険者の鬼羅姫螺星きらきらぼし。 本名リウス。

 ちなみに身長は百二十センチほどの小人族だ。

 その身長とニックネームに相応しいほど可愛らしい容姿のなのだが、語尾がじじくさいのと腰にぶら下げている禍々しい形のダガーが非常に残念なギャップだ。

 

 小人族は見た目が幼く舐められやすいため、背伸びした話し方の人物が多い。

 禍々しいダガーを装備しているのは、彼の潜伏能力の高さを生かした暗殺者だからだ。

 彼は風魔法で自分周辺の気流を操り、姿や気配を消してモンスターに発見される前に首を刈り取る。

 

 もう一人、急にダジャレを言ってすぐ恥ずかしそうに小声で謝ったのが、エルフであるレミス。

 第三世代で同じく銀ランク冒険者。 本名はスミレ。

 エルフには珍しい黒髪で長い髪はかなりサラサラだ、目元ギリギリで綺麗に切り揃えられた前髪が目力を強調する。

 

 彼女はかなり視力がいいため武器は巨大な長弓、見通しが良ければ十キロ先のモンスターを目視できる。

 長弓の照準部分に二本の磁石板がセットされていて、これに雷魔法を込めることで威力と狙撃距離を大幅に上昇させる。

 最長狙撃記録は五キロというかなり腕利きの狙撃手だ。

 この二名が森林に残り、卵を破壊し続けていた二人の銀ランク冒険者。

 

 「レミス………まじさっみいわ」

 「ご、ごめんなさい」

 「第三世代は特に特徴なし! って馬鹿にされるからって変なキャラ作んなくてもいいんだぜ?」

 パイナポに指摘され、顔を真っ赤にするレミス。

 

 「おい! 誰だ! 今、第三世代は特徴がないとか言いやがった大馬鹿は!」

 「そうだぞ! 我が友、ガルシアをさげすんだ発言はよしてもらおう!」

 遠くの方で肩を組んで食事を続けるガルシアと香芳美若が、第三世代の悪口に耳ざとく抗議の声を張り上げる。

 

 「あいつら、地獄耳かよ………」

 パイナポは軽く呆れながらもため息をついた。

 しかしモジモジしていたレミスが、意を結したかのような表情でパイナポに視線を向けた。

 

 「そ! そうだそうだ! 第三世代の誹謗中傷はよくないぞぉ! していただきます! おいパイナポさん! 聞い! ………あ。 ほんと、ごめんなさい」

 シーンとなってしまう拠点内で、流石のパイナポも今回のダジャレには絶句していた。

 

 一瞬で寒くなった空気を切り裂くように、鬼羅姫螺星は咳払いをしてから、声変わり前の男の子のような可愛らしい声を上げる。

 

 「全員聞いてくれでやんす、俺たちはこの森林に残り両断蟷螂の卵を破壊し続けていた鬼羅姫螺星とレミスでやんす。 王都からすぐに来てくれて助かったでやんす」

 全員の視線を集める鬼羅姫螺星、一方レミスは両手で顔を覆って物陰に隠れている。

 しかしそんなレミスの行動は慣れているのか、放置されたまま鬼羅姫螺星は言葉を続けた。

 

 「非常に言いにくいのでやんすが、すでに両断蟷螂の群れは大規模なものになってしまってるでやんす、この拠点の岩ランク冒険者の見立てでは三百を超えるとの話でやんした」

 身長や見た目の可愛さを台無しにする語尾で話を続ける鬼羅姫螺星。

 食事をしていた冒険者たちは鬼羅姫螺星の言葉を聞き、ほぼ全員が顔を青ざめさせて動きをピタリと止めた。

 中にはショックで食器を落とす者すらいるほど、絶望的な雰囲気が場を支配する。

 

 「なので少し休んだら俺たちもすぐに数を減らしに向かうでやんす。 一緒に来てくれる冒険者は俺たちと一緒に来て欲しいでやんす」

 鬼羅姫螺星の呼びかけを聞いた銅ランク以下の冒険者たちは、青ざめた顔で互いの視線を交わらせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る