〜冒険者協会本部の陰謀〜

〜冒険者協会本部の陰謀〜

 

 ぺろぺろめろんさんの傷は、回復士の治癒があったとしても全治二週間という大怪我だった。

 同じくべりっちょべりーさんも脳に障害が出ている可能性があり、五日間は絶対安静。

 冒険者協会の隣に併設された提携病院に入院する二人を、毎日のようにお見舞いに行く私とすいかくろみどさん。


 しかし驚くことにぺろぺろめろんさんはたった三日でケロッとした顔で歩き回っていた。

 病院の回復士の人たちはあたふたしていたが、ぺろぺろめろんさんは「ぼーっと寝てるのはつまらな〜い!」などと言ってすいかくろみどさんと冒険者協会内にあるカフェエリアでだべっていた。

 どんな体してんだあの子は?


 クエスト達成した冒険者が戻ってくるまで暇な私は仲良くおしゃべりしてる二人を遠目に見ながらいつもの窓際で日向ぼっこをしていたのだが、クルルちゃんが手紙を持って近づいてきた。

 あの手紙には見覚えがある。 冒険者のランクアップが認められた時に本部から届く手紙!

 私はすぐにぺろぺろめろんさんたちのことだと察して目を輝かせた。


 「セリナ〜! 協会本部から通達が届いてるわよ?」

 「分かってますよ! ランクアップの通達ですね! 早く下さい!」


 思ったより大きな声が出てしまったようだ、協会内にいた冒険者たちが私の方に視線を集めていた。

 無論ぺろぺろめろんさんとすいかくろみどさんも興味深そうな顔で近づいてきた。

 私は集められた視線など気にせず、手紙の封筒を慌ただしく破り捨て中身を確認する。


 「セリナ興奮しすぎよ? ほらほら、ゴミをその辺に捨てないで」


 クルルちゃんは私が破り捨てた封筒を肩をすくめながら拾う。

 しかし私は通達の内容を見て、冷静さを欠いた。

 憤懣ふんまん憤怒ふんど憤激ふんげき———その程度の表現では足りない。

 通達の手紙を握りつぶし、机に叩きつけた。

 叩きつけられた机は真っ二つになる。 そして私は怒りのままに駆け出した。

 

 

 

 「ちょっ、えっ? ど、どしたのセリナちゃん?」


 剣幕な表情で冒険者協会の入り口を蹴破って駆け出したセリナに、驚きを隠せず戸惑うぺろぺろめろん。

 セリナはよく仲がいい担当冒険者たちに意地悪をしたり、嫌味を言ったりすることがあるが、激怒げきどした彼女を見るのはこの場にいる全員が初めて見たのだ。

 真っ二つに割れたテーブルがセリナの怒りを如実にょじつに表している。


 驚いて固まっているクルルの隣で、呆然としてしまうぺろぺろめろんとすいかくろみど。

 しかしぺろぺろめろんは机の残骸に埋もれたくしゃくしゃの手紙を丁寧に取り出し、中に目を通した。

 手紙に目を通したぺろぺろめろんは、驚いた顔でその手紙をクルルに突き出す。


 「ねぇそこの受付嬢さん! 確か………クロロさん?」

 「え? いや、いい加減セリナ以外の受付嬢の名前も覚えて下さい! 私はクルルです!」


 突然声をかけられ、間抜けな声を上げてから応じるクルル。

 ぺろぺろめろんが真剣な表情でくしゃくしゃの手紙を押し付けているのでいぶかしみながらも目を通してみる。

 そして手紙に目を通した瞬間、クルルは驚いて目を見開いた。

 

 通達

 ぺろぺろめろん、すいかくろみどの二名は角雷馬 コルシュトネール討伐の功績を讃え、特別に金ランク冒険者の称号を与える。

 

 

 

 冒険者協会本部の扉が勢いよく開かれた。


 「あの通達、どう言う意味か説明してもらいましょうか?」


 開口一番激怒したセリナが協会本部の上層部に怒鳴りかける。

 円卓を囲むように座っていた五人の男性は気だるそうに書類から目を離し、怒鳴り込んできたセリナに視線を向ける。


 「おやおや、受付嬢のセリナさんじゃないか? まだ就業中のはずだよ? 何か意見があるなら書類をまとめてから出直しなさい」


 三十代後半くらいの男が、椅子にどっしりと座ったまま悠々と受け答えする。


 「んなこと知ったこっちゃない。 もう一度言いますがあのふざけた通達の意味を教えてもらいましょうか? なんでべりっちょべりーさんだけランクアップを認めないのか私にわかるように説明しろ!」


 目が血走っているセリナの口調はかなり荒れていた。

 にも関わらず平然とした表情の上層部五人。


 「通達に記した通りだ。 回復士のべりっちょべりーは金ランクにする事は認めない。 銅ランクのままだ」


 流暢りゅうちょうに話しながら上層部の男は再度書類に目を通し始める。

 男の行為に、怒りの沸点をとうに超えているセリナはずかずかと歩み寄る。


 「その理由を教えろっつってんだよ! 頭こったんねぇのかテメェは!」


 胸ぐらを掴み、その男を掴み上げるセリナ。

 上層部の男は不機嫌な顔でセリナを睨む。


 「君は今している行動がどういうことか分かっているのか? この私を誰だと………」


 言葉の途中に拳を振り上げたセリナの腕が、後ろから掴まれる。


 「セリナちゃん、ストップ!」


 腕を掴んだのはぺろぺろめろんだった。

 駆け出したセリナを追ってきたらしい、冷静な表情でセリナを見つめるぺろぺろめろんの顔を見てセリナは掴み上げた男を乱暴に突き落とした。


 「ぺろぺろめろんさん、あなたは許せるんですか?」


 ぺろぺろめろんに声をかけられて少し冷静になったのだろう。

 少し尖った口調は抜け切っていないが、ぺろぺろめろんに視線を向けるセリナ。


 「セリナちゃんがべりちょんのために怒ってくれて、あたしはすごい嬉しい! けどそのせいでセリナちゃんが酷い目に会うのは見たくない」

 「友達をコケにされたようなもんです。 このくそったれどもを一発殴ってやらないと気が済まないです」


 セリナの受け答えに、ぺろぺろめろんは嬉しそうに口角を上げた。


 「そういうわけでおじさんたち! うちら二人だけが金ランクになるとか、全員納得してないんで! そんな事するくらいならランクアップは拒否りま〜す! べりちょんも金ランクになるなら話は別ですけどね〜」


 軽い口調で上層部の男たちに声をかけるぺろぺろめろん。


 「拒否は認めん、お前達二人が金ランクになる事は決定事項だ。 それと私はまだ三十代、おじさんではない」


 その一言にぺろぺろめろんは眉をぐしゃりと歪ませる。


 「あ? あたしはベリちょんも金にならないと認めないって言ったはずだけど?」

 「そんな自分勝手な意見は認めないと言っているのだ、これは決定事項だ。 大人しく従いなさい。 それと私はおじさんじゃ………」


 上層部の男の受け答えに対して、またもや怒ったのはセリナだった。


 「あんた自分で矛盾したこと言ってんの分かってんのかよ! テメェらの方が自分勝手な意見言ってんだろうが! 本人が認めねぇっつってんだろ! 頭悪すぎかよ!」


 怒号を飛ばすセリナ。

 とうとう上層部の五人のうち、二人目の男が書類から目を逸らす。

 こちらはメガネをかけた二十代後半に見える男性だった。


 「騒々しいぞ、僕たちも暇じゃないんだ。 君たちの相手をしている時間はない! 強い冒険者を評価するのは当然のことだ、大人しく従って早く帰りなさい」


 男はため息混じりに声をかけてくる。


 「おかしいでしょ? 強い冒険者を評価するって、べりちょんが評価されてないじゃん。 あの子がいなかったら角雷馬討伐なんてできなかったんだけど? それなのに銅ランクのままなの? 矛盾してんじゃん!」

 「では問おう、べりっちょべりーは単騎で中級モンスターを討伐できるのか?」


 悔しそうな顔で口をつぐんでしまうぺろぺろめろん。


 「金ランク冒険者ともあろうものが、単騎で中級モンスターも倒せない。 それで他の冒険者は納得するのか? 冒険者だけではない、一般人も認めてくれるのか?」


 セリナは悔しそうに下唇を噛んだ。

 ぺろぺろめろんも何も言い返せずに下を向く。


 「これで理解しただろう。 大人しく金ランクになることを認めて帰りなさい」


 勝ち誇った顔でぺろぺろめろんを睨むメガネの男。

 しかしぺろぺろめろんはゆっくりと顔を上げた。


 「何であんたらは、強さだけで冒険者を評価するのさ」


 言葉の意味がわかっていないのだろうか、メガネの男は首を傾げた。


 「冒険者は生き残ってなんぼの職業っしょ? 強いモンスターをどれだけ倒したか評価するんじゃなくて、仲間をどれだけ守れたかを評価した方がいいに決まってんじゃん!」


 悔しそうに声を上げるぺろぺろめろん。

 その言葉を聞いてため息をついたのは、胸ぐらを掴まれてた男。


 「そんなものは君の考えだろう? 世論はその意見を認めたりしない」

 「ならあたし、冒険者なんてやめっから」


 初めて顔を引き攣らせる上層部の五人。

 ぺろぺろめろんの一言でセリナは先ほどまでの怒りは治ったのか、涼しげな表情に変わり、悪巧みしているかのような笑みを浮かべながらぺろぺろめろんを横目に見た。


 「ぺろぺろめろんさんがやめるなら、私もやめたいです。 やめてぺろぺろめろんさんたちと自由に冒険します。 弱い私は戦闘中は足を引っ張るかもしれない、けどぺろぺろめろんさんたちのサポートはできます。 お金も無くなるし苦しい生活になるとは思いますが、こんなふざけた評価しかできない冒険者協会で働くなんてまっぴらごめんですから」


 セリナの言葉を聞いてうれしそうな顔をするぺろぺろめろん。


 「セリナちゃん最高! 一緒にいろんな街をまわりながらたくさん冒険しよう! きっと私たち四人なら、お金がなくても毎日楽しいよ!」


 ぺろぺろめろんがウキウキした表情でセリナの手を握る。

 突然手を取られて少し恥ずかしげな表情のまま、セリナはぺろぺろめろんから目を逸らした。


 「ちょっ! ちょっと待て二人とも! 考え直せ、せっかく金ランクになれるのだぞ? それにセリナ、君もせっかく担当する金ランクの冒険者が増えるのだ、給料も弾むはずだ! 無論ランキングでも上位を狙える!」


 慌てふためき出す五人の上層部。

 胸ぐらを掴まれてた男が必死に声を荒げるが、ぺろぺろめろんもセリナも全く動じた様子がない。


 「お金なんかより楽しく冒険したいし、仲間と楽しく過ごすのがあたしらのポリシーなの」

 「私もぺろぺろめろんさんのそのポリシーすごく好きです。 ですから私たちは自由にやらせてもらいます」


 背を向けて歩き出す二人に対し、苦虫を噛み潰したような顔をする上層部の五人。

 しかしそのタイミングですいかくろみどと共に猛ダッシュしてきたクルルが、息を切らしながら入ってくる。


 「ぜぇ、ぜぇ、セリナ! あなたが怒る理由は分かるけど、感情のまま動いたら上層部に処罰されて………ってあれ? セリナが怒ってない」


 肩で息をしながらキョトンとした顔でセリナを凝視するクルル。

 すいかくろみども、不思議そうな顔で首を傾げる。


 「えっ? なにこれ? どういう状況?」


 動揺したすいかくろみどは声を裏返らせた。


 「あたしらもう協会抜けるから、くろみっちとべりちょんとセリナちゃんの四人で冒険することになったからそう言う事でよろ!」


 無言でセリナ、ぺろぺろめろん、上層部の五人を目で追っていくすいかくろみど。

 そして何テンポか遅れて目をまん丸に見開き声を上げる。


 「えっ? はっ? ちょっ! えっ? 意味不明! 摩訶不思議! 奇想天外奇奇怪怪!」


 目をぐるぐる回しているすいかくろみど、同時にクルルも慌て出す。


 「セリナ! やめちゃうの? ちょっと待って考え直してよ!」


 クルルは焦りながらセリナの腰に飛びつく。


 「上層部のクソおじさんたちと話が合わなかったので! 意見の食い違いってやつですね。 私は担当の皆さんとと楽しく働く毎日も好きでしたが、こんな人たちの言うことを聞いて、いやイヤ働きたくないですから!」


 何かスッキリしたような顔で飛びついてきたクルルをじっと見つめるセリナ。


 「ちょっと待ちなさい! 分かった! 君たちの要求を認める! それに回復士がもっと認められるよう私たちも尽力しよう! 二人がその気になればすぐにでも金ランクにする! だからやめるのは少し考え直してくれ! それと私はまだ三十代だからおじさんじゃない!」


 手のひらを返して慌てふためく胸ぐらを掴まれてた男。


 「今更何言ってんですか? 友達を侮辱されたんですから許すわけないでしょ?」


 冷たい視線を上層部の五人を睨むセリナ。


 「ま、まってくれ! 僕たちはべりっちょべりーを一言も侮辱してはない! むしろランクアップさせられないような苦情を言ってきてるのは冒険者たちの方じゃないか! まぁでも君たちにやめられてしまうくらいなら、なんとかそいつらも説得して彼女も鋼ランクに上げる! 納得しない冒険者たちは責任を持って説得しよう! ここまでの私たちへの非礼も無かったことに! だから考え直してくれ!」


 メガネの男が必死に二人を説得し始めた。

 上層部の五人が慌てるのも当たり前だった。

 今までセリナが指揮した戦闘で、例え相手が超危険な上級モンスターだったとしても、発見したモンスターを討伐せずに帰ったことがない。

 脅威の討伐成功率十割。

 それとぺろぺろめろん、すいかくろみどの脅威的な戦闘力が一気に無くなってしまえば、冒険者協会は痛手ではすまない。

 依頼する王城や近隣の村々からの苦情はとんでもないことになるだろう。

 それに比べれば、べりっちょべりーを鋼ランクに上げることに対しての苦情を処理する方が容易だ。

 しかし、セリナとぺろぺろめろんは戸惑った顔のすいかくろみどを連れて、ウキウキした顔のまま協会を出て行こうとする。

 下唇を噛む上層部の男。

 万事急須、冒険者協会は多大な損失を生むことになると覚悟した瞬間、意外な人物が彼女たちを止めた。


 「セリナ! お願い、まだやめないで!」


 涙目のクルルが三人の前に立ちはだかる。


 「べりっちょべりーさんを金ランクに上げるために私も協力する! 無論上層部の方々も反対する冒険者たちを説得してくれますよね!」


 助けを求めるような顔で上層部五人に視線を向けるクルル。

 するとメガネの男がヘドバンするかのような勢いで何度も頷く。


 「む! 無論だ! 今は鋼ランクで我慢してもらうしかないが、いつか必ず冒険者たちを納得させよう! ランクアップの定義に、仲間を救出した貢献値もプラスしてこれからは評価を改める!」


 クルルはその一言を聞き、勢いよくセリナに頭を下げた。


 「お願いセリナ! ぺろぺろめろんさんたちも考え直して下さい!」


 必死になっているクルルを見て、少し眉をしかめるセリナ。


 「クルルちゃん………なにか、理由があるんですか?」


 セリナのその問いかけに、静かに頷いたクルル。

 ぺろぺろめろんはため息をつきながら上層部の五人の方に振り向いた。


 「はぁ〜。 まぁ、ここまで言われても無理矢理やめるなんて、ちょっとクロルさんに申し訳ないから考え直そっかな〜」

 「あ、ぺろぺろめろんさん。 私クルルです。 さっきも言いました」


 クルルは困った顔で頭を上げた。

 ぺろぺろめろんの一言に、安堵してお互い顔を見合わせる上層部五人。

 しかし安堵する上層部の男たちをぺろぺろめろんが睨みつけた瞬間、暖まり始めた空気が凍ったかのように緊迫する。


 「ただし、これだけは忘れないで欲しいんだよね。 あたしたち、ズッ友だから! べりちょんが金に上がんないとあたしらも金にはならないし! これ、決定事項だから! そう言うことでよろ!」


 ぺろぺろめろんはそう言い捨てると、協会本部の扉を蹴り壊して外に出ていった。

 

 

 

 病院に戻っていくぺろぺろめろんさんとすいかくろみどさんを見送りながら、私とクルルちゃんは冒険者協会の前に立ち尽くしていた。

 さっきは怒りが湧き上がったせいで自分が何したか、よく覚えていない。 なんかものすごい背徳感にさいなまれているが、後悔はしていない。


 私はどうやら、この一件でぺろぺろめろんさんにかなり好かれたらしい。

 協会本部から帰っている道すがら、ぺろぺろめろんさんは私にベタベタくっついてきて少しうざったいくらいだった。 まぁ、あの子はとてもいい子だし見た目も可愛いから嫌な気はしない。

 そんなことを考えながら立ち尽くしていると、クルルちゃんはチラリと横目で私の表情を確認してきた。


 「ブチギレたセリナ………めっちゃ怖かったわよ? 机叩き割っちゃうし、あなた一応冒険者育成学校卒業してるんだから、力の加減は気おつけてね? 一般人があなたに本気で殴られたら打ちどころによっては即死しちゃうわよ? 冒険者は戦いのプロだから、岩ランクですらその辺の一般人五人がかりでも勝てないくらい強いんだからね?」

 「はい、ごめんなさい」


 クルルちゃんのお説教は、毎回シュンとさせられてしまう。

 怒りのあまり上層部の人をぶん殴ろうとしていたことを思い出し、肝を冷やしてしまう。

 私は思い出し笑いならぬ、思い出しひやりをして焦っていると、深呼吸したクルルちゃんが私の顔を真剣な表情で見つめてきた。


 「ねぇセリナ。 あなたは天才だし、冒険者思いの最高の受付嬢だと私は思っているの」

 「いやぁ〜! そぉ〜んなことありませんよぉ〜!」


 今の一言、無論社交辞令だ。

 まじ嬉しいし、まじその通りだと心の中では激しく同意しているが、ナルシストだと思われるから速攻で肯定はしない!


 「セリナ………顔は正直ね。 まぁでも、あなたのそういうところ本当にいいと思うわ?」


 呆れた表情で私を見ているクルルちゃん。

 私はかなり間抜けな表情をしていたらしい。


 「そんなセリナに提案があるの。 あなたがナンバーワン受付嬢を一年間継続できるくらいの大物になったら………私と一緒に冒険者協会を新しく作って、今の冒険者協会を乗っ取らない?」

 「………………ほへ?」


 え? 聞き間違いかな?

 クルルちゃんが何やら物騒な事を言い出した気が………


「協会上層部はね、利益のことしか考えてない。 私たち受付嬢や冒険者の事を、金を稼ぐためのコマだとしか思ってないわ。 だからあいつらが困った顔で慌てふためく様を見てやりたいのよ。 さっきあなたがやめるって言った瞬間、あいつらすごい慌て出したんでしょ?」


 クルルちゃんの表情に影が差し込んでいる。

 表情がかなり怖い。


 「だったらあなたがナンバーワンになった時やめるって言ったら、もっと絶望的な顔をするでしょうね。 今まで冒険者たちをコマみたいな扱いしていたあいつらに

 ………後悔させてやりたいじゃない。」


 クルルちゃんは、遠くの方に視線を向けながら、さらに話を続けた。


 「私が担当する冒険者が、大怪我を負ってね。 ものすごく優しいヤツで、私もあいつをすごく頼りにしてたんだ。 だけど二年前、念力猿  プシコキネージュ討伐戦で大怪我負ってね、結局討伐もできなかった上に、頭を強く打った後遺症で下半身が動かなくなっちゃったの。 今まで冒険者として稼いでた彼は職を失って、今後の生活が危ぶまれたわ。 だから私は本部にお願いしに行ったの、『大怪我を負った彼のために補償金はもらえないか?』ってね。 そしたらあいつら、なんて言ったと思う?」


 急に話を振られてあたふたしてしまう私。

 そんな私の顔を見てクルルちゃんはクスリと鼻を鳴らした後、ものすごい殺意のこもった低い声で続きを語り出した。


 「あいつらは必死に頭を下げた私に『冒険者は命を落とす覚悟をして冒険しているのだろう、だったらそいつの怪我はそいつの責任だ。 私たちが補償金を払う義理はない』って言われた。 今でも一言一句忘れたりしない。 だから私は新しく冒険者たちが気軽に、楽しく冒険できる新しい協会を作り出したいの。 怪我の補償とか、怪我をさせないための教育とか、そういうのをしっかりして冒険者たちが楽しく安心して冒険できる施設を作りたい。 けど、私一人じゃそんな大層な事できないわ? だからセリナの力を借りたい。 私の才能じゃあナンバーワンになんてなれないし、冒険者たちから信用されるカリスマ受付嬢になんてなれない。 私の夢はこんなに大層なくせに、受付嬢の才能は平凡以下なの………だけどもう二度とあいつみたいに不幸な思いをする冒険者は出したくない!」


 悔しそうに拳を握り締めるクルルちゃん。

 なんだよこの人、めっちゃ腹黒いかと思ってたけど………こんな話聞いたらこの人と一緒に新しい協会作りたくなっちゃうじゃん。

 そんで私もあのクソ上層部の絶望的な顔を見たくなっちゃうじゃん!


 「いいですよクルルちゃん! 一緒に新しい冒険者協会作りましょう! 私の担当冒険者はみんな仲間思いです! きっとあなたの話を聞いたら協力してくれます。 私は安定したナンバーワンになるために、これからもっと張り切っちゃいますよ!」


 私は二つ返事でクルルちゃんの話に乗る事にした。

 ものすごく安堵した表情で、嬉しそうに微笑むクルルちゃん。

 この人は才能はないとか自分で言ってたけど、私は人間に才能なんてものは必要ないと思っている。


 だって才能はなくても頑張って目標を達成した人の方がかっこいいと思うし、自分の本当にやりたい事を本気で追っかけている人は輝いている。 そういう人は頑張ってる人の気持ちを誰よりも理解できる優しい人間になれるんだ。

 きっと才能があってすぐに成功するような人は、頑張っている人の気持ちなんてわかっちゃいないだろう。

 これから私はクルルちゃんの野望のために、もっと気合を入れて働かなくちゃ!

 そう思いながら私たちは冒険者協会に戻って行った。

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