〜緊急クエスト・角雷馬討伐〜

〜緊急クエスト・角雷馬討伐〜

 

 血飛沫を上げながら宙を舞っていたぺろぺろめろんを救出するため、すいかくろみどが弾かれるように飛び込んだ。 地面に衝突する前に丁寧に抱えて着地する。

 着地したすいかくろみどが優しくぺろぺろめろんを横にすると、ふるふると肩が震え出す。 次の瞬間、皮膚を刺すような禍々しい殺気が放たれた。

 岩ランク冒険者やべりっちょべりーはすぐさま直感する。


 ———今のすいかくろみどに近づけば、確実に殺される。


 角雷馬コルシュトネールはすいかくろみどが放出した禍々しい殺気を感じ取り、距離をとって威嚇する。

 すいかくろみどの瞳は、普段藤色の綺麗な色とはうってかわり黄金色に輝いていた。


 「——————ぶっ殺す」


 たった一言、そう呟いたすいかくろみどが二本の剣をその場で振り抜く。

 すいかくろみどの持つ剣の長さでは、距離的に当たるはずがない。

 しかしバックステップした角雷馬の足元の大地がみじん切りとなる。


 「え? 一体どういう仕組みなの!」


 女の子の方の岩ランク冒険者が唖然とした顔で呟く。


 「くろみっちの剣はね、魔法で形を変えられるんだし」


 額の汗を拭いながら、べりっちょべりーが代わりに解説する。

 横になっているぺろぺろめろんの元に駆け寄ったべりっちょべりーが岩ランクの二人に視線を向けた。


 「んなことより岩ランクの二人は今の内に逃げろし。 うちらで時間稼ぐし」


 べりっちょべりーが杖を掲げると、彼女の周りを緑色のもやが漂い始める。

 そのもやはぺろぺろめろんを覆い込んだ。


 「うちの全魔力を使って二人をサポートするし! うちらならあんなモンスター倒せるはずだし!」


 岩ランク冒険者たちは、銅ランクのはずの彼女が発した言葉を疑おうとしなかった。 なぜなら今、目の前では理解するのが困難なほどの激しい攻防が行われているのだ。

 すいかくろみどが剣を振ると、角雷馬の周囲が紙のようにスパスパと切り裂かれる。 攻撃の軌道など全く見えないはずの角雷馬は、彼女の攻撃をたくみにかわしている。 それだけではない、隙を見て反撃まで仕掛けているのだ。


 すいかくろみども角雷馬の反撃を軽々とかわす。 角雷馬の攻撃はかわすこと自体が困難なはずなのだ。

 なぜなら不規則なステップで移動する角雷馬は、モンスター討伐に慣れた冒険者ですら翻弄される。 緩急のつけ方で翻弄してきたり、殺気で攻撃を予測させない。

 その上モンスターの中でもトップクラスのスピードで突進してくる。 タイミングを読んでいないとまずかわせない。

 額には大木の枝のような太い角が生えており、それを振れば落雷が発射される。 この落雷に関しては避雷針がなければまず避けられないはずなのだ。


 しかしすいかくろみどは並外れた身体能力を駆使し、上位冒険者ですら回避が難しいと言われている角雷馬の攻撃を避け続けている。 隙を見て反撃すらできるほど軽々と。

 上下左右、重力を感じさせないような動きで攻撃をかわす。 まるでワイヤーに引かれているかのような不規則な軌道で移動しつつ、刀身がなくなった剣を振る。

 すると、角雷馬周辺の大地が切り裂かれ、捲れ上がる。


 そんな人間離れした立ち回りを繰り広げるすいかくろみどの攻撃も当たることはなかった。 今の彼女は怒りのあまり冷静さを欠いている。

 何も考えずに本能のまま動き回り、力任せに全力で剣を振り続けているだけなのだ。 相手はトップクラスのスピードを持つ角雷馬。


 無策の攻撃が当たるほど弱い敵ではない。 その上角雷馬は全身に高圧な電流を纏っているため、武器で触れれば体が痺れて動けなくなる。

 痺れて身動きが取れないところに一撃必殺に近い突進を受けて仕舞えば、どんなに硬い鎧を装備していても無事ではすまない。

 それを分かっているべりっちょべりーは岩ランク冒険者二人が逃げたことを確認し、ゴクリと息を飲む。 激情のままに暴れるすいかくろみどを落ち着かせなければ、これがもし勝てる戦いだったとしても勝機はなくなる。


 べりっちょべりーは目を閉じ、ゆっくりと深呼吸した。 すいかくろみどにかけるべき言葉を間違えれば、おそらく全員角雷馬に殺される。

 だが意外にも、極限状態のべりっちょべりーの頭の中には、声をかけるべき言葉がすらすらと思い浮かんだ。

 自分でも驚きを隠せなかったのだろう。 べりっちょべりーはニヤリと口角を上げ、大きく息を吸い込む。


 「くろみっちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! あたしを見ろしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 突然発された大声に驚き、角雷馬とすいかくろみどはお互いに最大限の警戒を向けながらべりっちょべりーに視線を集めた。


 「くろみっちの背中には、うちが………最強の回復士がいるし! ぺろりんの怪我だって余裕で治せちゃうんだし! うちがどんな怪我だって治すから、ぺろりんに怪我させたそのクソウマぶっ倒すために

………………存分に無茶しちゃえしぃぃぃぃぃ!」


 顔を真っ赤にして、大声で叫ぶべりっちょべりー。 彼女の言葉を受け、すいかくろみどは構えていた武器をゆっくり下げ、鞘に収めた。

 ゆっくりと、かつ大胆に深呼吸をする。 そして、自らの両頬に思い切り張り手する。

 両頬に真っ赤な紅葉マークをつけたすいかくろみどは、べりっちょべりーに向けて真っ直ぐに腕を伸ばし、親指を立てた。

 彼女の瞳は禍々しい黄金色から、息を呑むほど美しい藤の花のように変色していた。


 「べりちょん! 大怪我するかもしんないけど、よろしく!」

 「息してる限り、どんな怪我しても死なせねえし!」


 二人が視線を交差させ、同時にニヤリと笑う。

 角雷馬は隙だらけのすいかくろみどに、無慈悲に肉薄する。

 しかし次の瞬間、角雷馬の腹がパックリと裂けた。


 ………理解不能。


 混乱した角雷馬は、すいかくろみどから大きく離れた。

 角雷馬の腹は鋭利な刃物で切り付けられていて、どくどくと血を滴らせている。

 すいかくろみどにあと一歩近づいていたら、おそらく腹を串刺しにされていたほどの傷。


 「逃げんなよ、あんまちょーしこいでっと馬刺しにすんぞ?」


 すいかくろみどは笑いながら肩をすくめる。 攻撃を当てたはずのすいかくろみどは、感電したような様子を全く見せていない。

 それどころか、腰の鞘に収めた武器には指一本触れていない。

 否、腰にあったはずの武器が、鞘ごときれいさっぱり無くなっている。 不可解な現象が続き、警戒心が最高潮となった角雷馬は後退りながら威嚇するように角を振った。

 すると角から高圧の電流が発射され、すいかくろみどを追尾する。 だがすいかくろみどは電流に視線を向けると、地面から大きなの刃が一瞬で生えてくる。

 地面から生えた大きな刃は、角雷馬が放った電流を吸収して地面へと逃がす。


 「うちの魔法は地属性、火属性を使って鉄の形を自由自在に変形させる。 うちが持ってる鉄が、この二本の刀だけだなんていつ言ったのさ?」

 

 

 

 すいかくろみどは、身につけた鉄の形を自由自在に変形させる。

 腰に下げた二本の刀と鞘、帯に仕込んだ鉄製のワイヤーや鎖かたびらなど………

 身につけた全ての鉄を変形させれば、彼女の間合いは最長八メーターに及ぶ。


 しかし彼女の能力の中で最も恐ろしいのは間合いの長さではない。

 変形速度だ。

 一秒にも満たない速さで鉄を変形させる。 彼女は基本的に総魔力が多くはないため、刀だけを鞭のように伸縮させて戦闘する。


 魔力を大量に消費すれば全身に仕込んだ全ての鉄を、ノーモーションかつ高速で変形できる。 彼女自身が動かなくても超高速の攻撃ができるのだ。

 角雷馬の足元から無数の鉄針が生えてくる。 地面を通して鉄を変形させているため、角雷馬に攻撃が命中してもすいかくろみどに通電しない。


 それどころか、すいかくろみどは後先考えずに膨大な魔力を消費しての猛攻撃にでているため、角雷馬は回避する事しかできていない。

 しかし、さすがの上級モンスター。 べりっちょべりーの一言で目を覚まし、冷静になったすいかくろみどは角雷馬の重心、体制、視線などあらゆる状況を見て回避不可能な位置に攻撃を集中させているはずだった。

 しかし角雷馬は、腹部に重傷を負っているにもかかわらず全ての攻撃に対応している。


 流石に無傷とまではいかないが、決定的なダメージはいまだに与えられていない。

 腹部を切り裂いた後、およそ五分間に及ぶ攻防の中、すいかくろみどは角雷馬の身のこなしを見て冷や汗をかく。


 「うち、さっきあいつと立ち回ってたっしょ? それってかなり凄かったりしない?」


 苦笑いしながら角雷馬を凝視する。

 角雷馬は踊るようなステップを踏み、予想不可能な動きですいかくろみどの猛攻をギリギリでかわしている。 急所へ強力な一撃を当てなければ、すいかくろみどの魔力はすぐに尽きてしまう。

 そう判断したすいかくろみどは攻撃の手を止め、変形させていた鉄を元に戻す。


 「べりちょん! ぺろりんの容体は!」

 「うちの全魔力を使って治癒してるんだし! それでも峠を越えるまでは後十五分はかかるし!」


 息切れしながらも必死に応えるべりっちょべりー。

 べりっちょべりーは超優秀な回復士だ。 この世界の治癒魔法は傷を一瞬で治すような便利な代物ではない。

 ただ自然治癒能力をかなり向上させ、早く治るようにするだけだ。


 そのため切り傷ひとつとっても完治にかかる時間は平均三分。 しかしべりっちょべりーの治癒魔法はかなり精度が高く、クエスト中に複雑骨折したすいかくろみどを十二分で完治させたことがある。

 つまり、べりっちょべりーの全力治癒でも完治まで十五分かかるのはかなり重症という事だ。


 「十五分なら、いけっかもね」


 べりっちょべりーに聞こえないように呟くすいかくろみど。


 「十五分きっちり稼ぐから! あとはよろ〜!」


 べりっちょべりーに一言呼びかけて、角雷馬に向かって突進するすいかくろみど。

 治癒に集中しているべりっちょべりーは、全身から滝のように汗を流しながらこくりとうなずいた。 彼女も魔力の使いすぎで気を失いかけているのだ。


 朦朧とする意識の中、必死に魔力を練り続けている。 杖の先からでている緑色のもやがどんどん濃くなっていき、ぺろぺろめろんの傷口を優しく覆っている。

 全力の治癒を受け続けているぺろぺろめろんの皮膚は、すでに再生しきっていた。 しかし問題なのは破壊された内臓と大量に失った血液だ。


 さすがのべりっちょべりーでも内臓の再生には時間がかかる上に、ぺろぺろめろんの血液の性質に合わせ、自分の魔力を血液に変換させて輸血するという超高等魔法を同時に使っている。 べりっちょべりーは十五分で全ての魔力を使い切る勢いだった。

 一眼でそれを感じ取ったすいかくろみどは覚悟を決めたのだ。

 

 ——————自分が死んだとしても、ぺろぺろめろんさえ生きていればこのモンスターを倒せるはずだ。

 

 そう心の中で決心したすいかくろみどは、無謀にも角雷馬に正面から突撃する。

 すいかくろみどの動きが急に変わった事に驚いたべりっちょべりーが悲鳴をあげる。


 「刺し違える気? やめて!」


 すいかくろみどは地面からの攻撃をやめて、直接角雷馬に切り掛かっている。 つまり感電してもお構いなしに傷を与えるつもりなのだ。

 仮に大ダメージを与えたとしても、感電して動けなくなれば軽装のすいかくろみどは確実に一撃で葬られる。

 すいかくろみどは、刺し違えてでも十五分稼ぐつもりなのだ。


 べりっちょべりーが慌てて魔力を絞り出す。

 突然大量の魔力を消費した事で体が耐えられず、目の前の景色が大きく湾曲する。

 平衡感覚を失った事による回転性のめまい、無茶な魔力の乱用に脳が耐えられなくなり激しい頭痛にも襲われる。


 強い嘔吐感に口元をおさえながらもべりっちょべりーはさらに強く魔力を絞り出した。

 飛びそうな意識を保つため、心の中で念じ続ける。


 『絶対に二人を助けると誓ったから! うちが支えるって約束したから! 憧れの二人なんだ! 死なせない! イキイキと戦う二人をこれからも見ていたい! 絶対に二人とも生きて返す! うちの体がどうなろうと、絶対に助け………』


 急に何かに袖を引っ張られ、倒れ込むべりっちょべりー。

 激しく湾曲する視界の中に、自分を引っ張ったものの正体を捉えた瞬間べりっちょべりーは目を疑った。


 「ま………ぼろしなの?」


 重傷だったはずのぺろぺろめろんは、けろりとした顔で仁王立ちしている。


 「うちのマブダチ二人に、よくもひでえ顔させてくれたな。 死んで詫びろ」


 ぺろぺろめろんが背筋が凍るような声音で呟く。

 立ち上がったぺろぺろめろんを見て、べりっちょべりーは安心したように眠った。

 ぺろぺろめろんはべりっちょべりーを一瞥した後、両腕を勢いよく天に掲げ、思い切り振り下ろした。

 大地が裂ける。


 そして裂けた大地の割れ目にぺろぺろめろんが飛び降りる。

 するとものすごい破壊音が鳴り、裂けた大地の下から巨大な岩が盛り上がってくる。

 咄嗟に角雷馬から大きく距離をとり、見を見開くすいかくろみど。


 「は? ぺろりん? 地面めくっちゃったの?」


 盛り上がってきた岩の下には、両手でそれを持ち上げているぺろぺろめろんが立っていた。

 大地を割り、巨大な岩を作ったのだ。

 岩の大きさがとてつもなさすぎて、辺り一体の地形が変わってしまっている。


 「確か、動きが意味不明で攻撃が当たんないんだったな? 避けてみろよ? 避けられるもんなら」


 激昂したぺろぺろめろんが、巨大なクレーターの中心から各雷馬を睨み付ける。

 そしてぺろぺろめろんは持ち上げた巨大な岩を、角雷馬に向けて投げ飛ばした。

 岩の大きさから、角雷馬がどんなに予測不能な動きをしたところで避けられるはずがない。

 角雷馬は諦めたようにその場に立ち尽くし、岩の下敷きとなった。


 大地震が起こったと錯覚するほど大地が揺れ、聞いたこともないような破壊音が鼓膜に刺さる。

 辺り一帯は砂埃が立ち込め、視界が悪くなる。

 だが、間髪入れずに突風が吹き荒れた。

 すいかくろみどは、恐る恐る突風が吹いてきた方角に視線をやると………


 投げた大岩の上から斧を叩きつけているぺろぺろめろんと、真っ二つになった大岩が目に映る。

 ぺろぺろめろんの渾身の一撃によって、巻き起こった砂埃は飛び散っていた。

 真っ二つになった大岩の下にはものすごい量の血痕と、無惨な姿になった角雷馬。

 岩に押し潰されてペシャンコに潰れた角雷馬の遺体が、岩ごと真っ二つになっていた。


 「これは、過去一番のオーバーキルだね」


 遠い目をしながらつぶやくすいかくろみどに満面の笑みで笑いかけたぺろぺろめろんは、そのまま糸の切れた操り人形のようにばたりと倒れ込んだ。

 

 

 

 鬼人退治に向かったはずのぺろぺろめろんさんたちが、過去一番の重傷を負って帰ってきた。

 無茶な魔力使用をして脳に障害が起こりかけたべりっちょべりーさん。

 腹部を大きく抉られ、内臓が破壊されてしまったらしいぺろぺろめろんさん。


 ぺろぺろめろんさんの傷はかなり酷かったらしいが、おそらくべりっちょべりーさんの治癒魔法を速攻でかけたおかげで一命は取り留めたらしい。

 治癒が遅れていたら本当にやばかったらしいが………


 冒険者協会と提携している病院で二人が緊急処置されている最中、唯一無事だったすいかくろみどさんが私に事情を説明してくれた。

 なんでも上級モンスターの角雷馬に遭遇してしまったらしい。

 平原エリアに多発していた中級モンスターの目撃情報は、角雷馬の出現に確実に関係しているだろう。

 私がその事に気づいていれば、彼女たちをこんな危険な目に合わせずに済んだのだ。


 自分の無知を呪う。

 私は下唇を噛みながら深々とすいかくろみどさんに頭を下げた。

 しかしすいかくろみどさんは笑いながら私を許してくれた。


 彼女いわく「仮に角雷馬がいるってわかってても、うちらはそのクエスト行ってたと思うよ? てかそんなことより今回の角雷馬戦で、うちらの絆がものすごい深まった気がすんだよね。 しかもべりちょんとぺろりんまじすごいんだよ! あの二人が角雷馬倒しちゃったんだ!」

 嬉しそうに角雷馬との戦いを話してくれるすいかくろみどさん。

 手に汗握る戦いの話を聞きながら、私はふと思っていた。

 

 きっとこの人達は金ランク………いや。

 ——————冒険者協会の歴史に名前を残すような、ものすごい冒険者になるだろう。

 

 彼女たちの怪我が治った時、きっと吉報が来るはずだ。

 冒険者協会本部から彼女たちを称えるご褒美があるか、何かものすごいことが起きるだろう。

 ウキウキしながら協会本部からの連絡を待つ私の元に、案の定三日後に通達が来た。

 しかし私はその通達の内容を見て激怒し、協会本部に殴り込みに行く事になってしまう。

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