〜月光熊討伐戦・化学のロマン〜

〜月光熊討伐戦・化学のロマン〜

 

 数分前、森林エリア拠点内。

 

 「目を覚ましたみたいで何よりでやんす、ぎんが殿」


 「だぁから! ぎんがではないと何度言わせるのだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 開口一番怒鳴り散らす銀河ギャラクシー萎縮いしゅくする鬼羅姫螺星きらきらぼし

 

 「ど……どうしたんでやんすか! なんかその、申し訳ないでやんす。 お約束かと思ってつい言ってしまっただけでやんす。 怒らないで欲しいでやんす」


 「あぁ、すまん。 つい、な」


 銀河は先ほどガルシアや香芳美若こうほうびわかたちにいじられすぎたせいで情緒が不安定になっていたようだ。

 

 「というかなぜ貴様がここにいる? 貴様は月光熊リュヌウルス討伐組に同行したのではないのか?」


 銀河はよりどりどり〜みんたちにことの成り行きを聞いていた。

 

 「もちろん、俺も月光熊討伐のため動いてるでやんす。 そのためにここにいるでやんす」


 「どういう意味だ?」


 鬼羅姫螺星の言葉に訝しげな視線を送る銀河。

 

 「銅ランクの旦那方も聞いてくれでやんす。 俺はセリナ殿に頼まれてここに来てるでやんす」


 セリナは銀河救出に向かう直前、鬼羅姫螺星に重要な作戦を頼んでいた。

 

 

☆ 

 『暗殺者の鬼螺姫螺星さんは月光熊にとどめを指すために頼みたいことがあります!』


 『裏方の作業でやんすか? 確かに俺は真っ向勝負には向かないでやんすね。 ……で? 何をすればいいんでやんす?』


 セリナは申し訳なさそうな顔で作戦を伝える。

 

 『かなり負担をかけてしまうのですが、この地図を見てください。 三箇所に赤の丸印をつけてあります、これはレミスさんが割り出した狩り場。 私たちはこの印がついてる場所を狙撃できるここの高台から月光熊を狙撃します。 つまり、印をつけた三箇所は射線に障害物がなくて狙撃しやすくなる狩り場スポットなんです』


 セリナが指す三箇所には赤い丸印が記載されている。

 

 『銀河さんが目を覚ましたら狙撃地点のこの高台に来てもらうよう伝えてください。 そして銀河さんが目を覚ますまでの間に、赤の丸印がつけてある狩り場地点に落とし穴を作っておいていただきたいんです』


 『落とし穴……でやんすか?』


 訝しげな顔を向ける鬼羅姫螺星。

 

 『ええ、この赤印をかいた地点に落とし穴を設置して月光熊を落とします、なのでこれから前衛の方々には戦闘しながらこの印のいずれかのお場所に誘導してもらうのです』


 鬼羅姫螺星は頷き、背を向ける。

 

 『それと拠点に戻った際に、ありったけの拘束砲を用意してもらいたいのです! この中で唯一潜伏できて、両断蟷螂コプマットが大量発生している森を迅速に移動できるあなたにしかお願いできません。 かなり重要なお願いになってしまいますが、お願いします』


 拘束砲とはバズーカのような形の筒で、中には火薬が入っており、トリガーを引くとモンスターを拘束するための網が発射される。


 網は鋼鉄製で、拘束砲の網を切れるのは両断蟷螂くらいだ。

 

 拠点に帰った後、セリナに伝えられた策を銅ランク冒険者たちに事細かく話す鬼羅姫螺星。

 

 「なるほどな、落とし穴に拘束砲で月光熊の動きを一時的に止めるのか……。 鬼羅姫螺星、俺も連れて行ってくれないか?」


 作戦を聞いたガルシアは鬼羅姫螺星に同行を懇願こんがんした。

 

 「別にいいでやんすが、両断蟷螂は未だ森の中に大量にいやす、見つかったとしても遠慮なく置いていくでやんすよ? 落とし穴程度なら採掘用爆薬、穴掘り杭とカモフラージュばんを使えばすぐできやすし、月光熊が狩り場地点に来る前に急いでセットして回らないといけないでやんす」

 

 採掘用爆薬はその名の通り採掘に使う爆薬、形状的にはプラスチック爆弾に似ている。


 穴掘り杭は地属性の魔石で作られた杭で、一瞬で直径二メーター、深さ四メーター程度の穴が掘れる。


 爆薬で地面を柔らかくして杭で穴を掘れば落とし穴はすぐにできる、その上にカモフラージュ板と言うものを設置すれば、周りの地形に溶け込ませることができるのだ。

 

 「構わない。 休息は一時間と言われてはいるが、俺はこの状況でじっとしていられるほど臆病ではない」


 ガルシアの言葉に拠点で休息していた冒険者たちは次々と立ち上がる。


 鬼羅姫螺星は立ち上がった冒険者たちに視線を向けると、

 

 「大人数では面倒見れないでやんす、この人数なら別行動でお願いしやす」


 ため息混じりに一言告げて拠点を出ていった。 しかし拠点の外で香芳美若とバッタリ遭遇し、呼び止められる。

 

 「鬼羅姫螺星殿! そなたに聞きたい事がございます!」


 「な、なんでやんすか? 俺は急いでるでやんす」


 迷惑そうな顔をする鬼羅姫螺星の小さな肩をがしりと掴む香芳美若。

 

 「私は、皆の盾役だ! だが今回、味方を守る事ができなかった! むしろ足を引っ張っていたのかもしれない……だが! 奇襲など私の美学に反する! 心に迷いがあっては作戦を立てたとしてもうまくいかないと思うのだ!」


 香芳美若は、俯きながら伝える。


 俯く彼の表情を一瞥した鬼羅姫螺星は、呆れた顔で肩をすぼめる。

 

 「……香芳美若の旦那、一つ。 考えるでやんす。 旦那が大切なのは自分のプライドでやんすか? それとも、仲間の命でやんすか?」

 

 

☆ 

 (仲間の命を守るためなら! 私は正々堂々と奇襲をかけよう、もう私の心に迷いはない!)


 次々と両断蟷螂の頭を貫いていく香芳美若、それに続くようにガルシアも弓を射ていく。

 

 「どり〜みん先生の予想通りだった! この場所で待ち伏せして正解だったぞ!」


 急に現れたガルシアたちを呆然ぼうぜんと見ている貂鳳てんほう

 

 「貂鳳さん! 無事ですか! 僕は鉄ランクのとーてむすっぽーんです! 後は僕らにお任せください!」


 拘束砲を担いで、落とし穴の中に次々と撃ち込んでいくとーてむすっぽーん。

 

 「それは……拘束砲?」


 貂鳳は苦しそうに脇腹を押さえながら問いかける。

 

 「セリナさんから合図がありました! ここで奴を拘束して離脱します!」


 貂鳳はぼんやりと自分が戦っていた湖の方に視線を送ると、青い狼煙が上がっていることに気づく。

 

 「あ、五分持ち堪えたんだ……」


 安心したような顔でそうつぶやくと、貂鳳は意識を失った。

 

 

☆ 

 「ちょ! セリナさん! セリナさん! ちょっ! やばいやばいやばいですってこれ!」


 涙声で叫ぶレミス。

 

 「お、おおおおおおおおお! これは! 本当にやばいのではないのでしょうか! きっ! 危険です! 本当の本当に危険です!」


 同じく涙目で頭を抱える龍雅。

 

 「ちょ! なんなんだ! いきなり呼ばれたらこの仕打ちか! 私は病み上がりなのだぞ!」


 銀河は顔を真っ青にして腰を抜かしている。

 

 「聞いてキャステリーゼ……ちょっと嫌な事があったんだけど〜。 聞いてキャステリーゼ。 俺はとんでもないものを作らされたの〜。 聞いてくれて、ありがとう〜キャステリーゼ」


 腰につけたぬいぐるみを握りしめ、泣きながら懺悔ざんげを始めるぺんぺん。

 

 「あははははは! 予想以上ですよ皆さん! 雷魔法を使えるみなさん! 腰抜かしてねぇでもっと魔力こめろやぁ! ひゃひゃひゃひゃひゃ!」


 私は今、テンションがおかしくなっている。

 

 ぺんぺんさんが作った二本の巨大な磁石に、各々おのおの雷属性の魔力をありったけ込めてもらっている。


 万が一雷が他の誰かに飛ばないよう、全員が全身に真っ黒なゴム製コートを装備している。


 そう、これは簡易的に作り出した電磁砲。

 

 磁力の反発を利用し、強力な砲撃を可能にする化学のロマン。


 攻撃系雷魔法はプラス、支援系雷魔法はマイナス。


 なので攻撃型と支援型を、反発させるように二人人組になって磁石に魔力をこめてもらっている。


 プラスのぺんぺんさん銀河さん、マイナスのレミスさん龍雅さんと言った感じだ。

 

 レミスさんの弓の仕組みを参考に作ったため、完璧とは言えない不恰好なものだが、とんでもない威力が出るであろうことは目の前の光景を見ればわかる。

 

 「セリナさん人格変わってんじゃん! 何そのテンション!」


 唯一腰を抜かしていないのは虎宝さん。


 彼は雷魔力は出せないため、第三者視点からワクワクした眼差しを向けている。

 

 「さあ! 虎宝さん! ギャラクシーさんが作ったこの矢に! 貯めに貯めた魔力を注いでください!」


 「これ、本当に大丈夫なのかい? この森、無くなんない?」


 虎宝さんは、バチバチと音を鳴らしながら稲妻をほとばしらせる二本の磁石を心配そうに見つめる。

 

 「やるなら早くしろ! 貴様! いくら私たちがこのゴム製コートを装備してるからと言って、いつこの溜まったエネルギーがボカンと行くのかわからんのだぞ!」


 銀河さんの変幻自在の武器を矢の形にしてもらい、その巨大な矢に虎宝さんが貯めた魔力をこめてもらう。

 

 そして雷魔法組はありったけの雷を、ぺんぺんさんが作った磁石にこめて貰う。


 そしてそれを打って貰うのは……

 

 「レミスさん! 何ビビってるんですか! 照準合わせんのはあなたに頼んだでしょうが! 絶対外さないでくださいよ!」


 「無理ですセリナさん! こんなの聞いてません! 怖いですよ! バチバチ言ってますもんこれ! 近づくだけで怖いです!」


 ボロボロと涙と鼻水を垂れ流すレミスさん。

 

 「レ! レミス! 打つなら早くしてくれ! キャステリーゼちゃんも怯えているんだ!」


 「そんなこと言われても! 怖いですよ! 怒ったセリナさんより怖いです!」


 ぬいぐるみを抱きしめて縮こまっているぺんぺんさんが必死に叫ぶが、両手を肩の前でぶんぶん振って拒否するレミスさん。

 

 「構造はあんたの弓と変わんないでしょうが! ちょっと磁石と弓矢が大きくて! いつもより大量の魔力を含んでるだけだから早く打たんかい!」


 「あいたっ!」


 じれったくなって私の言葉遣いも荒くなり、レミスさんの頭を引っ叩く。

 

 「それにここまで時間を稼いでくれた皆さんのためにもこの一撃が何より重要なんですよ! さっきも言ったでしょう? おそらく月光熊は体内に食らったダメージを溜め込んで、ある程度溜まったらそのダメージを衝撃波に変えて放つんです! ぺろぺろめろんちゃんもそれで吹っ飛ばされました! だから私は貂鳳さんたちに深追いするなって言ったのに! 命大事にって指示したのに!」


 私の言葉を聞いているレミスさんはごくりと喉を鳴らす。

 

 「貂鳳さんもその衝撃波にたった今やられてしまったんでしょう? 彼女の起点で、飛ばされる方角を狩り場地点にしてくれたんです! このチャンスを無駄にするんですか! レミスさん! 私の知っている冒険者の中で最も優秀で美しい狙撃手であるレミスさんが! ここでビビって虎宝さんに役目を譲るんですか!」


 「えっ? 俺? 絶対嫌だからね?」


 急に名前を呼ばれた虎宝さんは慌てて私から距離を取る。

 

 しかしレミスさんは『優秀で美しい狙撃手』という言葉に反応してごくりと息を呑み、簡易電磁砲を睨み付ける。

 

 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ままよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 乱暴にゴム製の籠手を私から奪い、しっかりとつけたレミスさんはなっさけない泣き顔で装置に手を伸ばす。

 

 「見せてあげますよぉぉぉ! 優秀で美しい私の、神業ぁぁぁぁぁ!」


 レミスさんは標準を整えるために用意したレバーを動かす。

 

 「早く! 早く打って! 怖い怖い!」と頭を抱えた龍雅さん。

 

 「はひぃぃぃぃぃ!」白目を剥いて奇声を上げる銀河さん。

 

 「キャステリーゼちゃんは! 俺が守る!」ぬいぐるみを抱えてうずくまるぺんぺんさん。

 

 「こりゃ、洒落になんねぇな」腰を抜かしながらも一番まともな虎宝さん!

 

 「打ちます! おりゃぁぁぁぁぁ!」


 「これが! 化学のロマンダァァァァァァァァァぁ! ジャッジメントォォォォォォ!」


 次の瞬間、大地が揺れた。

 

 雷が真横に落ちたのかと錯覚するような轟音、同時に森全体に衝撃波が走り、木々が一斉に傾く。


 簡易電磁砲を放ったレミスさんは衝撃で遥か後方に吹き飛び、その場にいた全員が一テンポ遅れて吹き飛ばされる。

 

 雷閃は音速を超えた速さで一直線に月光熊が落ちた落とし穴へ。


 そして雷閃は吸い込まれるように落とし穴に刺さった。


 再度、耳をつんざく轟音。


 私は簡易電磁砲発射した際の衝撃で吹き飛ばされ、かすれる意識のまま轟音が響いた方へ視線を向ける。


 見事にレミスさんは命中させたのだろう、そう信じた私の意識はゆっくりと遠のいていった。

 

 

☆ 

 目を覚ますと、森林エリア入り口にある拠点の天井が目に入る。

 

 (ああ、私……気絶しちゃったのか)


 そう思って身を起こすと、窓の外は真っ暗だった。


 夜になってしまったのか、そう思ってベッドから降りると外が騒がしいことに気がつく。

 

 (もしや! また面倒ごとが発生したのか⁉︎)


 そう危惧きぐした私は急いで部屋を出る、しかし目の前に広がってきたのは……

 

 「ぬおぉ! セリ嬢が起きてきたぜぇ!」


 顔を真っ赤にして出来上がった状態のパイナポ。


 同時に冒険者たちの大歓声。

 

 「セリナさん! 月光熊は腹に大穴を開けて息絶えてましたよ!」


 「落とし穴があったところは地面がオレンジ色になって溶けてましたが……」


 「討伐成功です! 月光熊を私たちが討伐したんです!」


 「セリナ殿の指揮はやはり最高ですぞ!」


 興奮しながら駆け寄ってくる冒険者たち。

 

 「でもあの最後のやつ! 私、もう二度と打ちませんからね! 打った衝撃で吹っ飛ばされて、頭にたんこぶできちゃったんですから! であのはあんまりです! ……今度は謝りませんからね!」


 レミスさんの一言で一瞬白けたが、冒険者たちは満面の笑みでお互いを讃えあう。

 

 「夢時雨くん、韻星巫流インポッシブルくん。 私のせいで大怪我負わせてしまって……本当にごめんね」


 泣きながら謝る貂鳳さんに、長々と武勇伝語り続ける全身包帯だらけの韻星巫流さんと、ペコペコと頭を下げながら誤り返すミイラ男みたいな夢時雨さん。

 

 「香芳美若の旦那、正々堂々と奇襲って日本語おかしいでやんす」


 「いやいや何を言うか! 奇襲も正々堂々とやれば卑怯ではないと気づいたのだ! これからはもっと策を考えながら戦いますとも!」


 鬼羅姫螺星さんの一言に反論する香芳美若さん、それを笑いながら見ているガルシアさん。

 

 「ねぇ! とってぃ! それ、うちのお肉! ちゃっかり取んないでよ! 同期だからって許さないんだからね!」


 「ぺろぺろめろんさん! さっきから肉しか食べてないじゃないですか! 可愛いお顔が台無しです! その容姿で肉を大食いするなんて、残念すぎるギャップじゃないですか!」


 とーてむすっぽーんさんに肉を取られて怒るぺろぺろめろんさんに、逆ギレして説教し始めるとーてむすっぽーんさん、それを見て楽しそうに笑う第五世代の冒険者たち。

 

 「ぺんぺん、君の戦闘時の立ち回りは画期的だ。 今度、一緒に冒険に行かないか?」


 「それはありがたいが、うちのメンバー二人は血の気が多くてな。 うまく制御できるか心配だ」


 ぺんぺんさんと意気投合する龍雅さん。

 

 「おいぎんが! そこの酒とってくれや!」


 「誰だ! 今、私を銀河と呼んだのは! 今度ばかりは許さん! 表に出んかぁ!」


 虎宝さんにいじられていきどおる銀河さん。

 

 「なんかもう……てんやわんやですね!」


 私は呆れながらつぶやく。

 

 その呟きを聞いて、にっこりと歯を見せながら笑うパイナポとレミスさん。


 こうして月光熊を討伐した、勇敢な冒険者たちの宴は朝まで続いた。

 

 明日から本来の目的だった両断蟷螂蹂躙戦が始まるが、今日だけでも大量に討伐できたし今は少しくらい休んでもいいだろう。


 そう思った私は、盛り上がりすぎててんやわんやする冒険者の中に混ざっていった。

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