〜ランク別武闘大会・地獄の特訓〜

 〜ランク別武闘大会・地獄の特訓〜

 

 セリ嬢は一年半くらい前受付嬢になった、新米受付嬢だった。

 

 初めはすっとぼけた顔でクルル嬢の後ろをついて回ってて、なんだか頼りない受付嬢だと思っていたが……

 

 受付嬢育成学校の成績を聞いて全身に鳥肌がたった。

 

 大半のモンスターの弱点なんかは教える前から把握していたらしく、学校の教師すら思いつかないような立ち回りや戦法を次々と提案し、話題になるほどの成績だったらしい。

 

 当時まだ銅ランクで、担当を決めていなかった俺様は、試しにこいつのクエストを受けてみよう。

 

 そう思って興味本位で声をかけた。

 

「なぁ新人受付嬢! 俺様にクエストを斡旋してくれよ!」

 

「……え、ええっと。 私まだ新人なので、クエストの斡旋はできても鉄ランクとかのクエストしか……」

 

「構わねぇ、俺は銅ランクだ。 鉄ランクでもいいから討伐クエストを斡旋してくれよ」

 

 俺が声をかけると、おどおどしながらクルル嬢の所に走っていった。

 

 本当に成績がいいって噂があるのか?

 

 そう思いながら俺はセリ嬢の姿を目で追っていた。

 

 俺は戦うのが好きだ、貴族の生活は退屈だった。

 

 毎日他の貴族に愛想振りまいて、親や兄貴たちのサポートさせられて……

 

 剣の稽古はまあまあ楽しかったが、あんな細っこい剣……レイピアとか言ったか?

 

 ただ剣を振るのにも姿勢だの力の加え方だの、ステップの踏み方とか決まりとかが多くて俺様の性格には合わなかった。

 

 だから俺は親父から自由に仕事をしろと言われた瞬間冒険者になりたいと願った。

 

 街で冒険者たちからモンスター退治のこととか冒険の話を初めて聞いた時から憧れていた。

 

 だからすぐに冒険者育成学校に入った。

 

 なのに憧れていたモンスター討伐はなかなかさせてもらえなかった、自分の身を守るための知識だとか、仲間との連携だとか、モンスターの弱点だとかつまらねえことばっか学ばされて……

 

 貴族だった時の勉強と変わらねぇ。

 

 そう思いながらも必死に我慢し続けて、ようやく冒険者になった。

 

 しかし冒険者になっても初めはほぼ雑用だし、我慢してやっと鉄ランクになっても雑魚退治ばかり。

 

 退屈に思って他の仕事を探そうか、そう思っていた頃セリ嬢に出会った。

 

 セリ嬢が俺様に持ってきたクエストは鉄ランクの小鬼ルガティット三体討伐。

 

 また退屈なクエストだ、そう思った時にあいつは俺様に小声で耳打ちしてきた。

 

「このクエスト、見た目は小鬼退治なんですが、実はこの近くには剣怪鳥エピュクレティルの目撃情報があるんです! あなたのランクは銅ランクですよね! 剣怪鳥と戦う方が面白そうじゃないですか? 小鬼はおまけみたいなもんです!」

 

 その悪そうな小言を聞いた時に、俺様は直感した。

 

 ——————こいつは、俺と同類だ。

 

 戦うのが好きな戦闘狂! こいつを担当にすれば、もっと面白いモンスターと戦わせてくれる!

 

 俺はその日のうちにそのクエストと、たまたま見かけた剣怪鳥を勝手に討伐し、クルル嬢に二人で説教された……

 

 説教は長かったが、不快じゃなかった。 むしろ久々に心が躍った。

 

 俺はすぐにセリ嬢を担当に指名し、その後六十日(半月)で鋼ランクに上がった。

 

 

 ☆

「おいおいマジかよ! なんだよお前ら! めっちゃ強えじゃねえかよ!」

 

「いえ! セリナさんのアドバイスがあってこそです!」

 

 二人の動きは見違えるほどに変わった。

 

 隣のぺんぺんさんと夢時雨さんは口をあんぐり開けて、間抜けな表情で三人の戦いを見ている。

 

「セリナさん! 一体何を吹き込んだんだ?」

 

「ぺんぺんさんがさっき攻撃誘導について教えてくれたので、対策を立てました!」

 

 ものすごい勢いで詰め寄ってくるぺんぺんさんを押し返しながら、私は普通にさっきのアドバイスを復唱する。

 

「さっき二人にこう指示しました。『パイナポさんはわざと隙を作ってて、あなたたちはそこに攻撃させられてるんです、動きを完全に操作されてます。 なので、さっきパイナポさんが言った通り裏をかきましょう! 攻撃を誘われてるなら、攻撃しなければいいんです!』って」

 

 私の言葉にドン引きしたように眉を歪ませるぺんぺんさん。

 

 夢時雨さんも私の言葉が解せないようで、恐る恐る訪ねてきた。

 

「攻撃しないと、勝てないじゃないですか?」

 

「何言ってるんです? 攻撃する意識を無くすため、言葉のあやってやつですよ」

 

「言葉の……あや?」

 

 ぺんぺんさんは理解が及ばないとでも言いたそうな顔だ。

 

「例えば、隙を作ってるところに向けて武器を振りかぶるフリをしてから蹴りを入れたり、武器を投げて牽制したり、懐に飛び込んで拘束などをして動きを止めるのもいいですね。 攻撃ではなく捕まえる。 攻撃ではなく武器を破壊する。 攻撃ではなく相手を驚かせる。 そう言った意識で立ち回ってもらってるだけです」

 

 しかし夢時雨さんは納得いかないようで反論してくる。

 

「武器を投げてしまったら戦えませんよ?」

 

「あなた、いつも素手でボコスカとモンスターたちの頭かち割ってるじゃないですか。 武器がなければ素手で戦えばいいんですよ。 何も武器は手に持っている剣だけじゃないんですから……ほら、実際今の蹴り! パイナポさんマジで危なかったですよ? 回避しながら顔が青ざめてます」

 

 とーてむすっぽーんさんとどるべるうぉんさんはしっかりと防具をつけている、籠手、胴、腰、脛と基本的な装備だ、対してパイナポは何もつけていない。

 

 生身の体に籠手や脛に鎧をつけている彼らの素手攻撃は、もはや凶器になりかねない。

 

 単純なことだ、隙を作ってても関係なしに攻撃を仕掛ければいいのだが、彼ら二人はもはや素人ではない。

 

 隙があれば攻撃したくなってしまう、なので攻撃する以外の目的で仕掛ければいい。

 

「あっぶねぇ! とってぃてめぇ! 今何しやがった!」

 

 スライディングで膝を切り付けようとしていたとーてむすっぽーんさんを一瞬見失ったらしく、攻撃が当たる寸前で気づいて、大慌てで回避しながらパイナポが叫んでいる。

 

 それにしてもあれも避けてしまうのか、やっぱりパイナポは強いな。

 

 とーてむすっぽーんさんとどるべるうぉんさんにはパイナポを挟んで対角線状に陣取るよう指示している。

 

 パイナポの背後に動きが早いどるべるうぉんさん。

 

 正面にはパワーがあるとーてむすっぽーんさん。

 

 しばらく前にパイナポに仕組まれて武器を両手剣に変えていたため、パワーも上がりガタイも良くなってきている。

 

 パイナポの剣を正面から受けてもぎりぎり踏ん張れている。

 

 すると二人の動きに変化が出始める、そろそろ仕掛けに行くのだろう。

 

 お互いがアイコンタクトを取り、軽く頷いている。

 

「何かしてくるつもりか? 無駄だぜ! 確かにセリ嬢のアドバイス聞いてからかなり動きが良くなってきたが、なんとか対処できるぜ!」

 

 パイナポは肩で息をしている、相当追い込んでいるらしいが二人はまだ一撃も当てられていない。

 

「師匠! 悪いですが、今までのは前座です。 先に言っておきます、本気で行くので……怪我したらすいません」

 

 とーてむすっぽーんさんは全く悪気がないのだろうが、パイナポはそのセリフを挑発と取ったらしい。

 

「上等じゃねぇか! 今までのが前座だと? お前らのその自信満々な戦法、正面から叩き潰してやるよ!」

 

 戦闘経験がない私でも感じるほどの闘気を発するパイナポ。

 

 少し足がすくんでしまうが、二人は迷いのない足取りでお互い近寄っていく。

 

「おっ! おいパイナポ! あいつ本気でやるつもりだぞ! 時雨! 止めたほうがいい!」

 

「そっそそそんなこと言われても…」

 

 私の隣では二人が慌て出すが……

 

 後ろに陣取っていたどるべるうぉんさんがパイナポの間合いに入らないように大回りしながらとーてむすっぽーんさんに近づいていく。

 

 二人の顔からは恐怖も、不安も感じられない。

 

 むしろこれからする作戦にワクワクしているのだろう、表情はかなり柔らかい。

 

「あの二人なら大丈夫ですよ、むしろパイナポさんを心配してあげてください。 あの作戦がうまくいったら……多分あの人立ってられません」

 

 私はこれから彼らが行う作戦を知っているため、顔を青ざめさせる。

 

 二人は対角線状に取っていたポジションから移動し、パイナポの正面に二人で立つ。

 

 そしてとーてむすっぽーんさんの背後に、どるべるうぉんさんがピッタリくっつく。

 

「姿が見えなきゃ攻撃が当てられるとでも思ってんのかよ! 舐められたもんだ!」

 

「行きます」

 

 とーてむすっぽーんさんは突進する。

 

 パイナポは迎撃のため低く構え、重心を下げる。

 

 すると、とーてむすっぽーんさんが急に横に飛ぶ。

 

 背後では思い切り踏み込み、剣を振りかぶるどるべるうぉんさん。

 

 しかし……

 

「奴は何をしている? あの距離で当たるわけがないだろう!」

 

 思わずぺんぺんさんが動揺する、同じくパイナポもどるべるうぉんさんの次の行動が予測できないのだろう。

 

 どんな動きをするにしても片手剣の間合いではあの位置からは攻撃できないし、大会では魔法の直接攻撃も禁止されているためないと判断していい。

 

 それよりもとーてむすっぽーんが背後に回り込んだら厄介だと判断し、パイナポはその場を動かず右に飛んだとーてむすっぽーんさんに視線を向ける。

 

 が、どるべるうぉんさんは驚きの行動をとる。

 

「なっ、投げ……っ?」

 

「っうらぁぁぁ!」

 

 そう、剣を投げたのだ。

 

 パイナポはとーてむすっぽーんに意識を割いていたため、慌てて飛んできた剣をかわしてバランスを崩す。

 

 しかし、今度は頭からダイビングするように飛び込んでくるどるべるうぉんさん。

 

 横からは大剣を振り被っているとーてむすっぽーんさん。

 

 パイナポは迷わずとーてむすっぽーんさんの攻撃を受け止める選択をする。 なぜならどるべるうぉんさんは武器を持っていないからだ。

 

 しかし、頭からダイビングしてきたどるべるうぉんさんが足にしがみついてきたため、再度バランスを崩す!

 

「……はぁ?」

 

 両腕でがっしりと膝を抱え、つま先を尻で踏みつけあぐらを描くように脚をからませて、パイナポの足はがっちりと固定される。

 

 動揺しながらもパイナポは腰をひねり、上半身の力だけでとーてむすっぽーんさんの斬撃を弾き返す。

 

「力が足んなかったなぁ! とってぃ!」

 

 とーてむすっぽーんさんが振り抜こうとした剣は上半身の力だけで弾かれた、万事急須!

 

 そう思ったのだが二人はニヤリと笑う。

 

「いいえ、後一手……あるんですよ?」

 

 パイナポは驚いてとーてむすっぽーんを警戒したが、とーてむすっぽーんの視線が自分に向いていないことに気づき、彼の視線の先を追う。

 

 すると足元にしがみついたどるべるうぉんが両足を絡ませ、パイナポの足をがっちり拘束したまま上半身が自由に動くようにしている。

 

 それどころか、籠手をつけている手甲を、パイナポの脛に向けて思い切り……

 

「ギャァあァァァァァァァァァァぁぁぁぁ!」

 

 パイナポの悲痛の叫びが、訓練場に響き渡った。

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