〜ナンバーワンネーミングセンス〜
〜ナンバーワンネーミングセンス〜
今日は
冒険者育成学校を卒業した新たな冒険者の誕生を祝う日だ。
第五世代の新たな仲間となる新星たちに、私はニックネームのネーミングという神聖な儀式を協会のカフェエリアで行なっていた。
冒険者育成学校から三十日周期で卒業生がこうして派遣される。
毎年ネーミングする受付嬢が変わるため、今年は私が担当することになっているのだ。
私は王都の冒険者協会で働く五人目の受付嬢。
受付嬢歴は一番下っ端なのだ、優秀だから忘れられがちだけど! てへっ☆
ゆえに私がニックネームをつけた冒険者は第五世代と呼ばれる。
「ご卒業おめでとうございます。 今回主席のギルマネーさんですね! これから冒険者として優秀な働きをしていただける事を期待して………今日は私、セリナがニックネームを決めさせて頂こうと思います。 何かご自分のニックネームに希望はありますか?」
今私の前に座っている金髪のイケメンは冒険者育成学校主席の卒業生、ギルマネーさん十六歳。
真面目そうな凛々しい人で、鼻筋と顎のラインが女心をくすぐる程にキュートでエクセレント。
目にかかるくらいの長さの黄金色の前髪の下から、私をまっすぐに見つめる瞳は海のように真っ青だ。
この人は在学中類まれなる器用さと運動神経で他の生徒を圧倒していたらしい。
魔法は苦手らしいが前衛職として将来が期待されている人なのだ。
ギルマネーさんは私の言葉を聞き、ゆっくりと深呼吸して微笑んだ。
「セリナさんの実績は我々の学校にも轟いています。 もちろんニックネームのご利益の噂も………。 ですから僕の希望はただ一つ。 あなたの思うままにニックネームをつけてもらう事です」
でました、でちゃいました。 またこのパターン。
もはや慣れたもので、彼の名前を見た時からぼんやりとニックネームを考えていた………
ギルマネーさん。 ギルってお金の単位っぽいし、マネーなんかまんまお金のことじゃん。
なので………
「そうですねぇ、『どるべるうぉん』さんなんてどうでしょうか?」
パッと思いついたお金っぽい単語を三つ並べてみました。
「どるべるうぉん………なんか、力が
血走った目で感激しているギルマネーさん改め、どるべるうぉんさん。
力が漲るどころか、お金が
でも彼はこの名前を気に入っているようだ、その証拠に小躍りしながらカフェエリアを後にして行った。
これでいいのだ………いいはずだ。
次の人はユレーモさんと言う可愛い女の子。
以前学校を見学した時に見かけた彼女の印象は、肩口をくすぐる長さの緑色の髪。
キレイに切り揃えられた前髪と人懐っこそうなチワワみたいな目は母性をくすぐる。
ワタシ、コドモイナイケドネ。
彼女は魔法が得意らしく、特に支援魔法の精度が高いとの評価を受けている。
適性があるのは風属性だった。
学校からいただいた資料に目を通しながら、彼女がやってくるまでにぼんやりニックネームを考えておく。
可愛らしい顔の子で身長も低い、守ってあげたくなる系女子。
ユレーモさん………ユレーモさんかぁ。
特に特徴ある名前でもないし、こう言う人のニックネームは考えるのが難しい。
でも私がいた世界に似たような名前の藻があった気がしたなぁ。
理科の授業で見かけた気がした。
藻か………プランクトンの一種だったよね?
そんなことを考えているとユレーモさんが入り口から入ってきた。
そして紅茶を嗜みながら資料に目を通していた私と目が合った。
私はすかさず立ち上がりお辞儀をして出迎える。
すると満面の笑みを浮かべながらユレーモさんは私の席に駆け寄ってきた。
きっとまたニックネームは私に丸投げなんだろうなぁ。
早めに考えておかないと時間ばかり無駄にすぎて行くハメになり、中途半端なニックネームになってしまう。
「セリナさん! お会いできて光栄でございますのです! 私、ユレーモと申しますのです。 この度は冒険者育成学校を卒業し、明日から晴れて冒険者を目指すことと相成りましたのです! 成績も実績もかなり上位に君臨しているセリナさんにニックネームをつけていただけると知って。 わたし………昨日から眠れませんでしたのです! 嬉しすぎてどうにかなっちゃいそうでしたのです!」
興奮しすぎて敬語が変な女の子。
目尻に涙を浮かべながら感動してくれている、申し訳ないが今からあなたのニックネームもどうにかなってしまうのです………本当にごめんね?
「冒険者学校の方でも高評価を頂けているみたいで嬉しく思いますが、私なんかはただ冒険者の方々のアドバイスをしているだけなので、本当にすごいのは私よりも前線で戦っている冒険者の方々ですよ?」
「ご謙遜を! セリナさんの知識や観察眼は並大抵の努力で身につくものではないと思いますのです! 人目につかぬところで精進しているのですよね? そんなあなただからこそ素晴らしい冒険者の先輩方があなたを頼るんだと思いますのです! 私も努力してそんな素晴らしい冒険者の先輩方と肩を並べることができるよう頑張りますです!」
もはや高評価すぎて怖い、私はキャリーム先輩に憧れているから勉強は
私のクエストを受けてくれる冒険者の方々がすごいという事も私が一番理解してはいるけども!
この子の私への評価がものすごく高い気がする!
目もキラキラしてるし、何かを期待するかのようなまっすぐな眼差しで私を直視してくる! 眩しい! 眩しすぎるぅ!
「つきましてはニックネームの件なのですが、ぜひご利益のあるニックネームをつけていただきたいと思ってますのです!」
捲し立てるように私に告げて、何かに祈るように胸の前で両手の指を絡めている。
キラキラ笑顔のユレーモさん。 なんか、冷や汗が出てきました。
しかし彼女が望む以上、私も彼女の期待に応えたい。
「かしこまりました! ユレーモさんの期待に応えられるようなニックネームをつけさせていただきます!」
「あ! ありがとうございますです! よろしくお願いしますのです!」
顔を紅潮させてずいっ!と身を乗り出してくるユレーモさん。
かなり興奮しているようだ、ていうか顔が近い。
ニックネームの命名を喜んでくれているのはわかるが、それが伝われば伝わるほど私にはプレッシャーが乗しかかる。
ここは手早く命名を済ませよう、さっき少しぼんやり考えていたアイデアが纏まりつつあるのだ。
後でぐだぐだ考えるより感じるままにそのまま思いついた名前を告げる!
「そうですね………では、『ぷらんくるとん』さんなてどうですか?」
数瞬の沈黙が、私たちの空間を支配する。
身を乗り出したまま固まるユレーモさん。
これはやってしまっただろうか?
ユレーモ→ユレモ→藻→プランクトン→ぷらんくるとん!
だもん、さすがに安直すぎたのだろうか?
私は全身の毛穴という毛穴から汗をブワッと出して動揺する。
ユレーモさんはゆっくりと顔を伏せ、どっしりと席に座り直した。
やっぱり気にいらなかったのかな?
「———なんて、なんてことなの………」
ぼそりと呟くユレーモさん、そして
あたふたしながらも私はすぐに新しい名前を考えようとして声をかける!
「あ! あの! 気に入らないのでしたらすぐに新しいのを考えます! いえ! 考えさせて下さい! 不快な思いをさせてしまって本当に………」
「お母様、お父様、私は今………とても幸せなのです」
慌てて新しい名前を考えようと声をかけたが、私の言葉を遮って急に両親に感謝の言葉を並べるユレーモさん。
え? なに? どうしたの?
「私の憧れのセリナ様が、こんなにも素敵で………神聖なお名前をつけて下さいました。 私はきっと素晴らしい冒険者になる事を今日この瞬間、運命に約束されたのでしょう。 このニックネームは約束された成功者のニックネームに違いありません………」
私は………すでに………彼女にツッこむ気力を失った。
ユレーモさんは私がつけたニックネームに泣きながら喜び、「両親に報告という名の自慢をしに行きますのです!」とか言ってダッシュで出て行った。
走るフォームは異常にキレイだった。
ニックネームの命名に疲れた私は、椅子に体重を預けて脱力しながら天井を仰いだ。
するとすぐ隣からキレイなオカリナの音が聞こえてくる。
面倒なやつが来やがった、と思いつつも聞こえないふりをしてリラックスし続ける。
「君のネーミングは、まさに奈落へのダイビングのような旋律だね♫」
「ネーミングセンスが絶望的だって言いたいんですか?」
「そうとも言うかもしれないね♪」
オカリナを吹きながら突然現れたのは受付嬢ランキング第二位、謎の受付嬢レイトだ。
先輩だが私はこの人をライバルだと思っている。
第二世代の残念な人たちの名付け担当で、こんなふざけた人なのに毎月かなり成績がいい。 しかも成績が良い理由も謎。
私がこの人を苦手とする理由は、喋るだけで暗号の解読をさせられるからだ。
単純に疲れる。
「私がネーミングのコツを伝授してあげても良いんだよ?」
「いやいや、もしかしてレイトさんツッコミ待ちですか? 言っちゃ悪いですがあなたとキャリーム先輩よりは私の方がネーミングセンスあると自負してますからね?」
ちなみにキャリーム先輩が名付け担当してるのは第四世代、パイナポやぺんぺんさんがそれに分類される。
「あのね? いつも思っているのだけど、私はね? セリナより先輩なんだ♩ 扱いの改善を所望するよ?♬」
いちいち喋るたびにオカリナを吹く意味不明な受付嬢に敬意を見せろと言われても困ってしまう。
そう思いながら体を起こして椅子に座り直すと、ここにいてはいけない人と目が合ってしまう。
「ねぇセリナ? あなた、レイトと誰のネーミングセンスが死んでるって言ったのかしら? あたし、耳が悪いからよく聞こえなかったわ? もう一度言ってくれる?」
そう、目が合ってしまったのはこめかみの血管を浮き上がらせ、顔を真っ赤にしながら怒り心頭のキャリーム先輩。
「え、ええっと〜、その〜………レイトさんとメル先輩です」
私はキャリーム先輩が怖いからしらばっくれることにした。
「これはこれは! 嘘の旋律がひびいてきたよ?♩」
メル先輩とは第三世代の名付け受付嬢。
一年前にひどい事件があってから成績を落とし、いつも暗い表情をしている。
以前は冒険者たちから最も信頼される受付嬢で、あの頃のメル先輩は私の理想の姿だったのだが………
とりあえずあの人は優しいから巻き込んでも許してくれるはずだと思って、遠慮なく巻き込むことにした。
「おっかしいわね〜? 私がさっき通りかかった時は、レイトさんとなんとかリーム先輩って聞こえたんだけど? なんとかリームなんて名前の受付嬢はこの協会にいたかしらねぇ?」
まずい事になった、キャリーム先輩はいつもネーミングに関してただならぬコンプレックスを感じているのだ。
この前ちゃっかりクルルちゃんに「ネーミングってどう考えてるんですか?」とか聞いてたくらいだし。
「メルさん? 楽しい旋律が響いているよ? 君もこっちにくると良い! 私と共にこのラグナロクに参戦しようじゃないか!♬」
「あっ、はい………すぐ行くます」
おいおい、レイトてめぇ! なにややこしい事してくれてんだよ!
つーか、ラグナロクってなんだよ? 終末の戦いなんて起きねえよ!
今始まろうとしてんのはネーミングセンスが一番やばいのは誰かを決めるただの口喧嘩だっつーの!
「えっ? なになに? みんなで集まってなんか楽しそうなことしてんじゃん!」
そして、騒ぎを聞きつけたクルルちゃんまでこの終末の口喧嘩、ネーミングセンス最悪王を決める戦いに加わってしまった。
今、王都の冒険者協会カフェエリアにはおしゃれな丸テーブル改め、円卓を囲い全受付嬢が揃ってしまっている。
理由は簡単。
「さぁ! ゆっくりと話し合おうじゃあないか! 私たちの中で誰が一番ネーミングセンスがフロムヘルなのかをね?」
レイトはいつも閉じている目をキリッと開き、幻想的な空色の瞳を輝かせながらつぶやいた。
って言うか、フロムヘルの使い方間違ってる気がするのだが………
珍しくオカリナを手放し首からぶら下げているのだもん、彼女は何故か本気だ。
メルさんはこの雰囲気に相当緊張しているのか、ごくりと喉を鳴らしていた。
「上等じゃないの、このナンバーワン受付嬢のキャリーム様がネーミングセンス皆無のあなたたちに引導を渡してあげるわ!」
キャリーム先輩が指を刺したのは、私とレイトの間の空間。
いや、よく見ると伸ばした腕を
つまり私とレイトのネーミングセンスが皆無だと言いたいらしい。
「いやいや私的にはネーミングセンス皆無なのはメルさんだと思うけどね?♫」
首に下げてたオカリナを慌てて咥えるレイト。 いちいち音を奏でるな。
「え! わ………私ですか?」
急に話を振られて慌てるメル先輩が可哀想だった。
「君のつけたニックネームからはオリジナリティ………ガイヤの夜明けのようなインスピレーションを感じない♪ つまりは君自身が生み出した旋律を感じないのさ♫」
「ええっと………その………。」
メル先輩はレイトの言っている意味がわからないのだろう。
当たり前だ、なんだよガイヤの夜明けって。
メル先輩は戸惑った瞳を私に向けて、助けを待っている。
「ええっとメル先輩、つまりレイトさんが言いたいのはメル先輩のニックネームは自分で考えてつけたとは思えないって事らしいです」
「「「ああ、なるほど!」」」
どうやらメル先輩だけじゃなくキャリーム先輩、クルルちゃんも意味不明だったらしい。
私、なんでレイトの通訳みたいになってるのだろうか?
「ちなみにメルちゃんはどうやってニックネームつけてる? 私は一応受付嬢に配布されたネーミング参考書見ながら決めてるけど………」
クルルちゃんが言っているネーミング参考書とは、この世界になぜかある広辞苑である。
ちなみに二千十九年版。
「私は思いついたワードや参考書のワードを
「そっ! そんな事ないわよ! あなたのネーミングはこの中で一番まともなのよ! この私が言っているんだから間違いないわ!」
メル先輩は現在、少しメンタルに問題がある。
俯いた彼女をキャリーム先輩が慌てて元気付ける。
「確かに一番まともだとは思うけど………キャリームちゃんもしかして自分のニックネームがおかしいって自分で自覚してるの?」
「ばっ! ばばばばばっ! ばっかじゃないの? もちろん私のニックネームが一番センスあるって定義した上での話よ!」
何度も言うがキャリーム先輩、実は自分のニックネームにコンプレックスを持っていて、いつも一人「本当にあんなニックネームでよかったのかしら? あの冒険者さんがっかりしてないかしら? もう、どうして私はいい名前が思いつかないのよ! クルルさんが羨ましいわ!」とかぼやいている。
もちろんトイレで。
「もう、ややこしくなってきましたし、みんなで同時にセンスないと思う人を指差すって言うのはどうですか?」
私は早くこの場を離れたくなって打開策を提示してみる。
「確かに、それが一番早いものね」
クルルちゃんが賛同してくれたことで、みんなも依存ないのか小さく頷いている。
「じゃあ、せーので指差すわよ! ———せーえーの!」
勢いよく全員が、自分以外の誰かに指を刺す。
………ちょっと待て。
「なんで私なんですかぁぁぁぁぁ!」
クルルちゃんとキャリーム先輩が私を指差している。
しかし一本の指先が自分に向いてることに抗議をするキャリーム先輩も声を上げた。
「ちょっと! どう言うことよメルさん! なんであたしを指さしてるんですか?」
「ええっと………そのぉ。 流石に『ぴりから』とか『どろぱっく』は………どうかと思います」
メル先輩はキャリーム先輩を、私はレイトを指さした。
レイトはもちろん最初の宣言通りメル先輩を指差していた。
「セリナ? ………どうして私のことを指差しているんだい?♫」
動揺したのか、レイトが吹いたオカリナは音を外して間抜けな高い音が響く。
「前々から指摘したかったんですけど、
———数舜の沈黙を挟み、レイトのオカリナにピキリと音を立てながらヒビが入った。
こうしてナンバーワンネーミングセンスの座に輝いたのは、第一世代の名付け親であるクルルちゃんになり、ワースト一位は私になってしまった。
非常に不服である。
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