〜エピローグ・勇敢な冒険者たち〜

〜エピローグ・勇敢な冒険者たち〜

 

 宴の後、討伐した月光熊を確認しに行った。

 一言で言うと、月光熊の状態はかなり酷かった。


 腹には八十センチ大の巨大な穴が空いていて、傷口は焼け焦げている。

 左腕はバキバキに捻れている上に、両目は切り裂かれていた。

 回収に行った岩ランク冒険者達はその無惨な姿に身震いしていたとか………


 また私に変なあだ名がつけられてないか少し心配だ。

 月光熊討伐を祝した宴会は朝まで続き、冒険者の皆さんは各々酒を飲んだくれて騒ぎまくっていた。

 翌日、冒険者たちが目を覚ましたのは昼頃。


 当初の目的だった両断蟷螂の蹂躙戦を行うために、冒険者達が目を覚ました後動けるメンバーだけで森林に入る。

 月光熊の攻撃が直撃し、かなり重症な夢時雨さん、韻星巫流さんはお留守番だ。


 金ランクの三名には両断蟷螂の卵が多く発見された中心部へ。

 銀ランクの三名は森の中腹辺りを、それ以下の冒険者たちは外回りを担当してもらった。

 銅ランクパーティーの冒険者たちは基本的に鋼ランク組を二組に分けて組んでもらっている。


 パイナポ、ぺんぺんさんの二人に香芳美若さんのパーティー。

 ぺろぺろめろんさんたち三人にガルシアさんのパーティー。

 銀ランクの三人にはとーてむすっぽーんさんたちを連れていってもらった。


 もう、何というか月光熊を討伐した後なので、両断蟷螂の討伐はスラスラと進んでしまった。

 私も指揮を取るため同行していたが、ぶっちゃけ何もしていない。


 夕方頃には森の隅々まで調査が完了し。

 その日一日の調査で卵は確認されず、群れの鎮圧も確認された。


 結局明日の朝には森林エリアの拠点を出発する流れになった。

 この数日間で討伐された両断蟷螂は、三百二十六体という報告を聞かされた時は流石に肝が冷えたものだったが………


 私はその日の夜、ダガーを使って討伐された月光熊の皮膚を刺したりして弱点を探す。

 やはり全体的に肉質がかなり硬い、これは解体する人が泣いてしまいそうだ。


 唯一肉質が柔らかかったのは関節部、瞳、耳の中、口の中くらいしかなかった。

 関節部に刃が通るというのは盲点だった。

 確かに関節までカチカチだったらあんな素早い動きはできないだろう。


 口の中と瞳は、基本的にモンスターの弱点になるのは知っていたが、重力と引力、食らったダメージの反射など、このモンスターには近づけない要素が多すぎる。

 ぶっちゃけ、引力で引き寄せられる力を利用して懐に入り込むとか、かなり身体能力が高い冒険者にしかできないと思う。


 おそらく勝ち筋は視界を封じて引力対策のために足を地面にいつでも固定できる状態で戦う。

 その上月光熊にダメージを蓄積させないようにするために一撃で仕留める。

 無理ゲーじゃん………


 本当に倒せたのはこのメンバーだったからだと思った。

 一人でもかけていたらどうなってしまった事か、考えるだけで恐ろしい。

 次に戦う事があれば、怪我人も出さないように指揮したい。


 今日分かったことを活かせば、今後強いモンスターが出てきてもさまざまな対策を講じる事ができるだろう。

 私は一人で反省会を終わらせて眠りにつく。

 

 

 

 翌朝、今回クエストに参加した冒険者達と拠点の前に集まる。


 「じゃー! 名残惜しいけど、みんなここで解散だね」

 珍しくテンションが低いぺろぺろめろんさんがボソリとつぶやいた。


 「ぺろりんちゃん、そんな寂しそうな顔しないでよ………。 私までしんみりしてきたよ」

 貂鳳さんがつられて涙目になっている。


 今回のクエストで、みんなが異常なほどに仲良くなっている。

 最後の戦闘で夢時雨さんが大怪我を負った際の事で、パイナポが貂鳳さんに対して少し怒ったりしていたが、宴会中に和解していたらしい。

 貂鳳さんに怒っていた理由は、実にパイナポらしかった………


 『自分が高ランク冒険者だからって保護者ぶってるのが気に入らねぇ! 冒険者はみんな自己責任で動いてる! ランクなんか関係ねぇ! 夢時雨はあん時こう思ってたはずだ! 自分より強い奴がこの戦場に残った方がいいだろうってな! そんで夢時雨の判断は正しかった! てめぇは一人であの熊を足止めしたんだからなぁ! だったらてめぇは今すぐ夢時雨の判断を褒め称えろ! 謝るのは違うと思うぜ!』

 と、怒鳴り散らしていたのを覚えている。


 戦闘中は敬語で喋っていたのにいつの間にかタメ語になっていたのも気になったが、それまで少し暗い表情だった貂鳳さんはパイナポの言葉を聞いた瞬間、吹っ切れたように………心から嬉しそうに笑っていた。

 指揮をとった私としてはみんなが仲良くなれた事はとても嬉しい。


 「皆さんお疲れ様でした! 帰りは各々好きな時間に帰っていただいて大丈夫ですよ? 私が馬車を手配いたしますので………」

 私も少し寂しい、きっとこのメンバーでまた冒険に行く事は二度と無いのだから。


 「皆で一緒に帰れないのか?」

 「我が友の願いだ! 俺からも頼む!」

 しんみりとした空気の中、そんな事を急に言い出した香芳美若さんとガルシアさん。


 「うちも! みんなと一緒に帰りたい!」

 「ぺろりんがそう言うならあたしも〜」

 「そ! そう言う事だから! 私たちと一緒に帰りたい人たちは………勝手に着いて来ればいいし!」

 ぺろぺろめろんさんたちはもじもじしながら皆に呼びかける。

 その呼びかけを仕切りに冒険者たちがお互いに顔を見合わせる。


 「おお、確かに面白そうだなぁ、昨日はカマキリ共の討伐に追われっぱなしで、お互いあんま喋れてねぇしな!」

 屈託のない笑みで笑うパイナポの言葉合図に、互いが好き勝手に交流し始める。


 「ぺんぺん、宴会の時の戦術討論の続きと行こうか?」

 「いいぞ! 俺も語りたいと思っていたところだ! キャステリーゼちゃんもそれを望んでいる!」

 早速龍雅さんはぺんぺんさんに声をかけ………


 「虎宝さん虎宝さん! あなたの魔法の! どんな仕組みなんでか? ………てへへ」

 「自分で滑っておいて恥ずかしがんなよ〜。 ちなみにこれは企業秘密だぜ? だけどあんたのその弓の仕組み教えてくれたら口が滑っちゃうかもな〜」

 同じ弓使いであるレミスさんと虎宝さんもいつの間にか意気投合していた。

 私は楽しそうに交流する冒険者達を見て、思い切って提案する。


 「では! 皆さん一緒に帰っちゃいますか? 馬車二つ手配して、乗れない人は歩いてもらったり、席替えしながら帰ればきっと楽しいですよ⁉︎」

 せっかくお互いの絆が深まったのだ、最後までこのメンバーで一緒にいたい。

 そう思って軽い足取りで馬車を手配しにいった。

 

 

 

 「とーてむすっぽーんさん、今回のクエストに参加して見て、何か得るものはありました?」

 帰りの馬車の中、隣で静かにみんなを眺めているとーてむすっぽーんさんに声をかける。


 「みなさん、さまざまな戦闘スタイルがあって、とても勉強になりました。 ですが………」

 とーてむすっぽーんさんは頭をぽりぽりかきながら恥ずかしそうな表情で続ける。


 「僕には特出する才能が何もありません。 今回のクエストでも何も活躍できませんでした。 ヨリちゃ………よりどりどり〜みんちゃんなんかはいろんな作戦を立てて、先輩冒険者の皆さんからも慕われたりしていたのに。 僕は両断蟷螂に殺されかけたところをパイナポさんに救われただけでした。 僕もなんか特出した能力身につけないと、次のステップに行けませんね!」

 苦笑いしながら告げるとーてむすっぽーんさん

 そんなことはないと思う。

 むしろこの人は今回のクエストで一番………


 「そんな事ありません!」

 突然馬車の中に顔を突っ込んできた夢時雨さんに、私たちはびっくりする。


 「僕はあなたに命を救われました! 活躍ができなかったのは僕の方です! だからとーてむすっぽーんさん! あなたは胸を張るべきなんです!」

 言葉遣いはキレイだけど、戦闘中でもないのに珍しく強気の夢時雨さん。

 この人、月光熊の討伐に一番重要な目潰しと湖へ突き落とすっていうファインプレーしてたけど随分と自己評価が低いな。


 「ですが。 あの時は結局パイナポさんに助けられて………」

 「ばーか! とってぃ! てめぇの動きがカッコ良すぎて、俺様もあん時覚醒したんだぜ? お前だけだったもんな! 夢時雨の動きに異変感じてたのは。 格上の敵に対して一切びびんねえで、誰よりも早く動き出してた。 カッコ良すぎて震えたぜ?」

 パイナポまで急に現れて、興奮しながら当時のことを語る。


 「お前のあの動きを見た瞬間自分もカッケーことしてぇ! って思ってよ、そしたら世界がスローに見えた! だもんお前があの時動いてなければ、夢時雨は死んでただろぉな! だってあの時カマキリの攻撃止めたやつ………まぐれだし! もう一回やれとか言われても無理だ! あれは!」

 パイナポは笑いながら語っていた、子供がヒーローの活躍をみんなに話したがるみたいに。

 私は二人の言葉を聞いてとーてむすっぽーんさんをじっと見つめる。


 「いいか! とってぃ! お前はあん時、夢時雨の命を救っただけじゃねぇ! その場の全員のやる気をみなぎらせた! 指揮を爆上げしたんだ! お前にはなんかこう………周りの人間の潜在能力を刺激するような! なんかこう、不思議パワーがあんだよ!」

 ぺろぺろめろんさんの影響だろうか?

 私はパイナポがナチュラルにとーてむすっぽーんさんを、とってぃと呼んでる事に違和感しか感じない。

 しかし話を聞いてるとーてむすっぽーんさんは真剣にパイナポの話を聞いている。


 「パイナポのいう通りです、それに! 特出した力がなくても冒険者は生き残ったやつが最後に勝つんです! 僕を勝たせてくれたのは間違いなくあなただ!」

 夢時雨さんの言葉を聞いて、とーてむすっぽーんは少しずつ表情が明るくなる。


 「私、思うんですけど………とーてむすっぽーんさんは観察眼に優れてると思ってますよ?」

 いつの間にか忘れられてる気がしたので私も一言口を出させてもらう。


 「観察眼………ですか?」

 「優れた冒険者って何だと思います? たくさんモンスターを討伐できる人? それとも巧みな作戦で皆を指揮する人? 人間離れした動きで強いモンスターを一人で倒しちゃう人? 確かにこう言う人たちも、優れた冒険者かもしれないですよ?」

 三人は、私の言葉を真剣に聞いている。


 「ですがそれだけじゃないでしょう。 強ければいいってわけではありません。 仲間を守るために周りに注意を払って、仲間の危機に誰よりも早く駆け出せる。 例え相手が格上だろうと臆する事なく立ち向かえる。 それって、周りに気を配る広い視野………つまり観察眼がないとできないですよね? っていうか普通そんな事できます? 初めて会った人のために命張れる人なんて聞いたことないでしょ? むしろ、あなたそんなすごい事したのになんでみんなに自慢しないんですか?」

 私はなぜか言葉に力が入ってしまっていることにも気づかずに、淡々と語り続ける。


 「そもそも、夢時雨さんの危機にも、月光熊に追いつかれた事にも、一番最初に気づいたのはとーてむすっぽーんさんなんですよね? これは結果論ですが、あなたが月光熊の出現に気づいてなければ、皆さん今頃月光熊に全滅させられてた可能性高いですよ?」

 とーてむすっぽーんさんは、私の言葉を聞いて顔を真っ赤にしながら小刻みに震えだす。


 「そう考えると、今回の最優秀賞はとってぃかもな! 俺様率いる先遣隊、全員命救われてんじゃん!」

 「ちょっ! やめて下さい! そんな大層な事は………」

 パイナポは急に馬車から離れて、皆の前に走りだす。


 「パッ、パイナポさん⁉︎」

 「おーいみんなー! 今回の最優秀賞はとってぃだと思うんだ! みんなの指揮をぐっと上げて、月光熊の出現をいち早く知らせてくれた! 俺様達先遣隊全員の命の恩人だぁ〜! 賛成するやつは挙手!」

 と、そんな事を大声で言い出した。


 「ちょっ! パイナポさん! パイナポさーーーん!」

 とーてむすっぽーんさんは耳まで真っ赤にしながら馬車を飛び出した。

 パイナポの発言を境に、全員馬車を降りて歩きながら最優秀賞は誰かについて、お互い語り合う。


 「目潰しした夢時雨くんでしょ!」

 「いやいや! あの恐怖に打ち勝ち、たった一回のチャンスで簡易電磁砲を命中させたレミスだろう! キャステリーゼちゃんも同意見だ!」

 「いいや! パイナポの意見は的を射ている! とーてむすっぽーんの貢献はかなりでかい!」

 「え? 龍雅さんまで何言ってんですか! あなたその場にいなかったでしょ!」

 とーてむすっぽーんさんがものすごく困っているが、面白いのでこのまま見ておこう。

 すると不服そうな顔をしたぺろぺろめろんさんが声を張り上げる。


 「ね〜、うちは〜? うちもいっぱい頑張ったよ〜? ゆめぴーにうちの技真似されてたし〜」

 「貴様は二度も昏倒していただろう!」

 銀河さんが肩をすくめながらぺろぺろめろんさんの意見を否定するが、ぺろぺろめろんさんは不服そうな顔でずずいと銀河さんに寄っていく。


 「はぁ〜、何言ってくれちゃってんのぎんちゃ〜ん!」

 「ぎ! ぎんちゃんではない……… ちょっと待てこれは新しいパターンだ、私はこういう時なんと言い返せばいい?」

 困った顔で辺りを見渡す銀河ギャラクシーさん。

 そんな彼をみてガルシアさんが大声を出す。


 「おい! ぎんがの頭はまだおかしいぞ!」

 「ふはははは! 貴殿らはこの私のことを忘れてはいまいか? そう! 湖に月光熊を拘束した私こそが! 不可能を可能に変える男………」

 「ねぇ、韻星巫流くん、その長い口上なんとかなんないの?」

 あちらこちらで、言い争う声や、お互いを讃えあう声が飛び交う。


 クエストの帰り道がこんなに騒がしいのは初めてだ。

 長い帰路を、寄せ集めの冒険者全員が仲良く笑顔で、楽しそうに語り合っている。

 もはや二台も用意した馬車の中には誰も乗っておらず、御者ぎょしゃ役の岩ランク冒険者は苦笑いしていた。


 改めて、みんなが楽しそうに語り合うこの光景を眺める。

 また明日からも冒険者たちのために働き、彼らを楽しい冒険に導き続けたい。

 ………そう思った帰り道だった。

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