第9話 鳳凰院家とは?


「鳳凰院家について?」



 はて?

 俺が聞きたいのは、マコトくんについてなのだがーー何故そこでお家が?



「僕の家。つまりは、この鳳凰院家は、古くから続く財閥でしてーー世界でも、五本の指に入るくらいの大金持ちなんです」

「へっ、へー。そうなんだ」



 だから、迷路みたいな家なんだね。

 という言葉を、ギリギリで飲みこみつつ頷いた俺に対して、何やらマコトくんも頷くと、そのまま説明を続けてくれる。



「そんな有名な家ということもあってか、僕の家では、跡継ぎがとても重要になってくるんです。しかも、跡継ぎは、絶対に男でないといけません」

「それは……そうなんだ」



 危うく言いそうになったがーーマコトくんには、悪いが、はっきり言って、とても古い考え方だな。

 昔から跡継ぎやら何やらは、男がするものと歴史的にも示されていることだがーー今は、そんな古い時代ではない。


 言い方が悪いかもしれないが、優秀な人は、女でも優秀だし、ダメな奴は、男でもダメなのだ。

 だから、鳳凰院家のやり方は、古い考え方だと思う。


 という思いが、つい顔に出てしまっていたのか、自嘲的な笑みを浮かべると「古い考えですよね」と、マコトくんが呟く。



「いいんです。僕自身も……両親だって、そう思っていますから。今は、男女平等の世の中。そんなものは、古い考えです」

「あははっ……なんか、ごめんね」

「いえ、お気になさらず。で、話を戻しますがーーそのような考えもあって、鳳凰院家は、先祖代々男が継いできたのです。ですがーー僕の両親の代で、ついに問題が発生してしまいました」



 ……ふむ。

 何となく、わかってきた気がするぞ。



「マコトくんーーだね?」



 と、だいたい予想ができた俺がそう言うと、コクりと頷くマコトくん。



「僕の両親は、なかなか子供に恵まれなかったらしく、やっと産まれたのが女の子である僕だったみたいです。その事もあってか、両親は、僕のことをとても愛してくれていますし、僕には、女の子として生きてほしいと思っているのですがーー現鳳凰院家当主である、僕の祖父は、それを許してはくれませんでした。祖父にとっては、正当な血筋と男というこの二つは、絶対に譲れない内容だったのです」



 ……。



「そして、正当な血筋が産まれなかったこともあって、祖父は、今でも僕に対して常に男でいることを強制してきます。武道を行わせ、祖父の経営する学校では、常に男装を。髪の毛は、決して耳より上であること。高い声を出さないこと。女の子らしい私物は、決して買わないこと等々。あげれば、きりがありません」



 なんて……酷い話だ。

 マコトくんには、産まれてくる家を決める権利がないというのに、それをそこまで束縛するなんて……。

 あまりの事に、俺が怒りをふつふつと頭に登らせていると、マコトくんが、困ったように笑みを浮かべてくる。



「ですけど、僕は、決して祖父が嫌いではありません。男らしく振る舞っていないと、すぐに怒る人ですがーー基本的には、優しい人なので。ですけど、その祖父による束縛が、僕の心を歪ませてしまったのかもしれません」



 ……うん?

 どういうことだ?



「心を?」

「はい。初めに気がついたのは、小学四年の春のことでした」



 ……あれ?

 なっ、なんか話の内容がーー。



「いつものように、男子として振る舞っていた僕が、ある女子友達と帰っている時です。彼女が『いつも色々とありがとうね。マコトくん』と言って、にこやかに微笑んでくれた時、僕の心臓が跳ねたんです!」



 そう! 抑えきれないくらいに!!

 と言いつつ、まるで舞台のヒロインのように立ち上がったマコトくんは、ガクリとその場へと膝をつく。



「あり得ない。そんなことが、あるはずがない。だって、僕は女の子なんだから! と言い聞かせつつ家へと帰宅した僕は、高鳴る鼓動のままに、鏡の前で女の子の服を着て、自分に女性であることを認識させようとしました。ですがーー鼓動が収まることは、決してありませんでした。なぜなら! すでに、僕自身は、女性であることを認識していたからです!!」



 …………。



「それからというものーーあらゆる女子生徒の笑顔にドキドキしてしまった僕は、なるべく女子生徒達と、深く関わらないようにしました……だって、それ以上の関係を望んでしまいそうでしたしーーなにより、嫌われたくありませんでしたから」



 ふっ。と、まるで諦めたかのような顔で息をついたマコトくんは、舞台劇のような動きを止めると、力なく椅子へと腰を下ろす。



「ですが、それもここまでのようですね。今まで他の生徒にも、学校関係者にもバレたことがなかった秘密だったのですがーーこうして、遠藤さんにバレてしまいました。これで、跡継ぎの話も、僕の恋も、全てなくなったわけです。まぁ……こんな爆弾。いずれは、終わりがくると思っていましたけれどね。どうでしたか? これが、僕の男装していた理由です」



 ……あー。

 なっ、なんというべきかーー。


 つまりは、古くからの跡継ぎ問題によって、男装ーーというよりも、常日頃から男として振る舞っていなければならなかったマコトくんは、小学四年生の頃に、同性に好意を持ってしまい、それがおかしいと小さいながらも気づき、何とか自分を正そうとしたと。


 が。好意は、いっこうに消えず、むしろ同性の笑顔を見ることが、何よりも好きになってしまい、それを壊すのが嫌なのと、自分の好意が暴走してしまうことを恐れて、女子生徒達とは、一線を引いているってことか?

 そして、それも俺にバレたことで、跡継ぎも恋愛も全て終わってしまったと……。


 偶然とはいえーーめっ、めんどくさい事実を知ってしまったな。



「えっと……まぁ。その、そんな落ち込まないでよ。別に、誰かに言うとか、広めるとかしないからさ」



 と、ガックリと落ち込んでいるマコトくんへと俺が声をかけると、ピクリとその肩が少し動く。



「だから、恋愛も跡継ぎもマコトくんの好きなようにしたらいいよ」

「……本当ですか?」

「本当だよ」


「本当の本当に、広めたりしませんか?」

「ほっ、本当の本当さ」



 何度も本当か聞いてくるマコトくんに対して、同じ返答をすると、急に顔を上げてきたマコトくんはーー。



「でしたら、何かで払わせてください! 僕のできることなら、何でもします!! それで、交渉成立とさせてください!!」



 という、まさかの発言をしてくる。

 交渉ってーーどっ、どんだけ信用されてないんだよ俺。


 ……あっ。

 元々こっちでは、犯罪一歩手前の事件起こしていたんだっけ?

 それなら、そういう反応にもなるか。


 改めて自分の世間的な価値を確認させられたことで、乾いた笑い声を俺あげていると、どうやら答えるまで納得してくれないのかーー緊張した顔で、凝視し続けてくるマコトくん。



「……どうしても、何かしないと信用できない感じ?」

「はい!」



 あっ……そうなのね。

 それほどの信用ないのね。

 しかしーー何か払わせてくれと言われても、俺の秘密なんて、この世界の住人ではない。という信じてもらうのが難しいことくらいだ。


 その他に、何か材料になるものがあるか?

 と、俺が仕方なく頭を捻っていると「お金ですか? お金なら全然払いますよ!」と、何やら盛大に勘違いをしたらしいマコトくんが、突然明るい顔になる。

 


「いや。お金なんて、中学生に貰うわけにはーーあっ!!」

「? 何ですか?」



 そういえば、マコトくんは、生徒会長じゃないか!

 それなら、あの件を極秘に頼んでみるか。



「マコトくんさ。この前、生徒の事なら任せてくれって、言っていたよね?」

「はい。生徒会長とは、全校生徒の代表ですから。それがどうかしましたか?」

「あのさーー香林サクラちゃんって、知っている?」



 と、俺がおそるおそる聞いてみると、一度顎に指を添えたマコトくんは、何やら思い出したように手をたたく。



「あぁ! この前転校してきた彼女ですね! もちろん、存じていますとも。別の地域から転校してきたということで、僕もそれなりに気にかけていましたから……その子が、どうかしましたか?」



 よし! 

 さすがマコトくん!

 ーー俺が考えた交渉材料とは、実は、サクラちゃんのことだ。


 なかなか馴染めていないサクラちゃんだが、クラスに馴染めるようなコネクション。つまりは、クラスの中心的人物との繋がりを作ってしまえば、一気に馴染むことができるのではないだろうか? 


 と、昨日考えたりしていたのだがーー俺は、こちらの世界に来て一日くらいしかたっていない。

 その為、どの子がクラスの中心人物なのかわからないし、なんならサクラちゃん以外の生徒達の顔すら覚えていない為、全く役に立てない。

 

 だが。目の前には、生徒会長として全校生徒達を見てきたマコトくんがいる。

 きっと、そういうい人物に関しても、詳しいはずだ。



「実は、あまりクラスに馴染めてないみたいでね……だから、もしよかったら香林さんのクラスで、誰かいい人とかいないかな~て。ほら。気兼ねなく話せて、それとなくクラスに溶け込ませるのがうまい人とか」



 と、ちょっと友達作りの手助けにしては、姑息な気もするがーーせっかくの機会とばかりに、それとなく中心人物を聞き出しにかかる。

 すると、俺のそんな考えなど気にもしていないのかーー生徒会長としてのスイッチが入ったらしい真剣な顔つきで腕を組むと、うーんと唸り声をあげるマコトくん。



「そうですね……香林さんのクラスでなら、おそらくイルマさんが、該当するかと思います」

「イルマさん?」

「はい。大海原おおうなばらイルマさんです。スポーツ万能な子で、とても明るい人ですよ」



 ほほぉう。

 大海原イルマさん、ね。

 よしよし。それなら、明日からちょっとずつアタックしてみるか。



「そっか。大海原さんね。容姿は、どんな感じ?」

「えっとですねーー身長は、年齢にしては小さい子で、茶髪混じりのショートヘアーの、とても可愛らしい子ですよ。でもーーイルマさんのことは、遠藤さん、ご存じのはずですよね?」



 と、何故か、不思議そうに首を傾げつつきいてくるマコトくん。



「えっ? いや、知らないけど?」

「えっ!? でっ、ですけどそのーー言いにくいことですが、遠藤さんが覗かれた相手が、そのーー大海原イルマさん。……なんですけれど?」



 えっ!?

 まさかのマコトくんからの発言により、呼吸が一度止まってしまうほどの衝撃を、俺は受けてしまう。 


 なっーーななっ、なんだと!?

 俺の事件に関わっている子が、サクラちゃんをクラスに溶け込まそう大作戦の、キーパーソンだったなんて!?

 ……最悪だ。これじゃ、俺は、何の手助けもできねぇじゃねぇか。



「すすっ、すいません! 覗いたじゃなくて、間違って入ってしまった! ですよね?」

 


 などと、慌てて、割りとどうでもいい訂正をしてくるマコトくん。

 そんなこと、どっちでもいいわ!!



「終わった……」

「えっ? なっ、何がですか?」

「……独り言だよ。気にしないでくれ」



 あぁ……魂が抜けるというのは、こんな感じなのか?

 なんか、全身から力が抜けて、タコのように地面に倒れたい気分なんだが?


 絶望のあまり、俺が項垂れてしまうと、何やら激しい足音が廊下から響いてくる。

 使用人さんか?

 もう、どうにでもなれよ。

 


「マコトお嬢様!」

「キャ! あっ、相馬さん? どうしたんですか?」



 と、扉を勢いよく開けて入ってきたのは、玄関で色々と教えてくれた相馬さんだ。

 だが。何故か顔を青白くさせており、マコトくんの前に歩み寄ってくると、突然手を掴みだす。



「ばっ、化け物でございます! 庭にしめ縄の化け物が現れたのです! ですから、すぐさま避難を!!」

「へっ?」



 状況が飲み込めていないらしいマコトくんが、そんな声を出すが、それすらも気にしていられないとばかりに、歩きだそうとする相馬さん。



「……しめ縄の化け物?」



 俺へと告げられた言葉ではないが、その言葉で先日のホシガリーを思い浮かべた俺は、二人の間に割って入る。

 すると、今俺の存在に気がついたらしい相馬さんが、目を見開きつつーー。



「おぉ! これは、これは遠藤様! こちらにいらっしゃったのですか! これは、探す手間が省けました! いやぁ、よかった。 ささぁ! 早く逃げましょう!」



 と、俺にも逃げるように促してくる。



「ちょっ、ちょっと待ってください! 相馬さん」

「相馬さん。しめ縄の化け物って、どういうことですか?」



 焦る相馬さんを止めようとするマコトくんの言葉を遮った俺は、詳しく事情を引き出しにかかる。


 化け物ーー。

 初めてホシガリーを見た人間なら、そう思ってもおかしくはない。

 俺だって、初めて見た時は、そう思ったからな。


 そして、もし、ホシガリーが出てきたのならばーー俺が何とかしないと!

 ここには、マイさんやマコトくんがいるだけでなく、サクラちゃんがいないのだから。

 


「言葉のままでございます。大きなしめ縄の化け物が、突然現れたかと思いきや、何やら声を出しつつ、庭の花を踏み潰し始めまして」

「そいつには、目とか口とかありましたか?」

「えっ、えぇ。もちろん」



 てことは、やはりホシガリーか!



「庭の花を? どうしてでしょう……花が嫌いとか?」



 と、考え込むように首を傾げるマコトくんだが、早く連れ出したいのか、ぐいぐい引っ張る相馬さん。



「とにかく、マコトくんと相馬さんは、逃げてください。俺が様子を見てきます!」

「なっ!? いけません! あのような化け物、人間が太刀打ちできるものではーー」

「そうですよ! それに、まだ僕との交渉が終わってないんですよ!?」


「こっ、交渉? お嬢様、一体何を」

「あははっ。何でもないですよ! マコトくん、イルマさんの件で交渉成立ってことで!!」



 それじゃ!

 と、二人に手を上げて、慌てて部屋を後にした俺は、何やら納得ができないようなことを叫んでいるマコトくんを無視しつつ、外へと向かうのだった。


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