第2話 大会に向けて



「……」

「その顔は、なんだミケ?」

「……黙れ」



 外は、雲一つない快晴だというのに……。

 俺の心は、まるで曇天のような空だよ。



「黙れとは、なんだミケ! 心配して、きいてやっているんだぞミケ!」

「静かにしていろよ。誰のせいで、こんな最悪な気分になっていると思ってんだ? お前」



 そう。

 こんなやる気のない気分になっているのは、絶賛俺の右肩でニャーニャー騒いでいる、この猫のせいなのだ。


 というのも、三日前のことになるがーー。

 G1グランプリの開催に向けて、何故かカスタードに集められた俺達三人は、突然ーー。



「このままでは、お前達全員負けるミケ」



 と、説明もないまま、ふざけた宣言をされたのだ。


 当然、全員でブーイングをこれでもかとしてやったのだが、その後に理由を語りだしたカスタードによって、誰も何も言えなくなってしまった。


 俺ら三人が、それぞれ心の何処かで感じていた事実ーーそれを、真っ正面から突きつけられたのだ。


 具体的にはーーサクラちゃんは、運動能力の低さを。

 イルマちゃんは、経験値の無さを。

 そして、俺はーー人間すぎるという弱点を。



「特に、六道。お前は、一番すぎるミケ。今までは、二人に任せても良いと判断していたがーー個人戦の大会ともなれば、お前の実力も上げる必要があるミケ!」

「人間的ってーーそっ、それの何が悪いんだよ」


「相手は、あの男ミケ。人間の力だけでは、決して勝てない……だから、お前には、ある特訓を受けて貰うミケ!」



 その特訓というのが、この猫が四六時中俺の身体に触れているということだった。


 ……えっ? 

 それだけの特訓?

 と、俺も最初は思ったのだがーーこれが、あり得ないくらい辛い。


 人間的すぎる。という意味は、つまりは、俺に暗黒界の奴らが使う力を、防ぐ術がないということだったのだ。


 ワルビーやレディ・マダム。

 そして、ホシガリー……。

 今までの敵は、負のエネルギーというものを使用して、俺達に襲いかかってきていた。


 そして、それに対抗する為の力が、サクラちゃん達が使っているミルキーエネルギーだ。


 カスタード曰く、このミルキーエネルギーと負のエネルギーは、俺達人間も意識していないだけで、常に使用しているらしい。


 例えば、機嫌の悪い人間の近くにいると、居心地が悪くなったりしてしまうのが、負のエネルギーに触れているいい証拠らしい。


 では、その負のエネルギーを防ぐ術を身につけるには、どうすればいいのか?


 それが、常にカスタードが俺の身体に負のエネルギーを流し続けるというものだ。

 で、対する俺は、楽しかった思い出やらで、常にミルキーエネルギーを身体から放出し続け、負のエネルギーを軽減するようにするーー。


 というのが、訓練内容何だが……これが、非常にキツイ。

 だって、寝ている時にもしないといけないんだぜ?


 毎晩嫌な夢は見るし、起きれば、憂鬱な気分になるしーー。

 正直、休む暇がないのだ。



「カスタード。少し、訓練を中断しないか? これじゃ、日常生活にも支障が出るっての」

「ダメミケ。サクラ達と違い、お前は、生身で負のエネルギーに立ち向かわなければならないミケ。休んでいる時間などないミケ」


「それよ。それって、ワルビー達との戦闘の話だろう? 大会に関係なくないか?」

「関係あるミケ。ミルキーエネルギーを使用することで、一定の痛みを防ぐことができる。昔の人間は、そうやって戦闘をしていたミケ」



 今の人類は、忘れてしまったがな。

 と、相変わらず嫌な雰囲気を流しつつ言ってくるカスタード。


 昔の人間って、何だよ。 

 今も昔も、人間は変わらないだろうが。

 て、それを伝えることもかったるいわ。



「明日は、少し量を増やすミケ」

「えぇっ!? おいおい! 昨日増やしたばっかりだぞ!?」

「急いで強化しないといけないミケ。これでも、優しくしてやっているミケ」



 優しくしてやっているだぁ?

 長く生き続けているって言ってたしーーこいつ。

 時代錯誤をしすぎだろう。



「そういう時代じゃねぇから。褒めて伸ばす時代なんだよ。ジジイ猫」

「なにっ!?」








 仕事中でも懐に入りつつ、嫌な気分にさせてくるというカスタードに、もはや呆れつつ花壇に水をあげているとーー。

 久しぶりに出勤してきたらしい井上さんが、無言で俺の隣へと並び立ってくる。


 ……井上さんとは、トウマくんの身の上話を聞いた時以来だからな……。

 少し、話すのに緊張する。



「……調子は、どうかしら?」

「へっ? あぁ、はい。特に問題ないですよ。怪我も完全に治りましたし」

「そう。それは、よかったわ」



 ……。



「……ところで、放送は観たかしら?」

「えぇ。とんでもない事になりましたね」



 ははっ。

 と、苦笑いしつつジョウロの水を使いきった俺は、この空気に耐えられないこともありーー大袈裟に水がなくなったことを宣言しつつ、その場から立ちさっ。



「少し、話をしたいのだけれど。いいかしら?」



 れなかった。

 話?



「話ーーですか? それってもしかして、放送の件に関係することですか?」



 あわよくば、取り消してくれたりするのだろうか?

 なんて事を思いつつきいてみると、真剣な表情で頷く井上さん。


 ーーこの表情からして、そんな雰囲気では、なさそうだな。



「わかりました。放課後の方がいいですかね?」

「そうね……その方が、お互い楽でしょう」








 一体何の話だろうか?

 そんな疑問を持ちつつ仕事を終えた俺は、昔のヤンキーにありがちな体育館裏という、まさかの場所へと向かう。


 漫画の中の出来事だと思っていたよーー体育館裏の呼び出し。


 ーーうん?

 待てよ。

 人気のない所に呼び出すってことは、もしかしてーー俺、井上さんにボコられたりするのか?



「ははっ。まさか~」



 うん。ないない。

 あの優しい井上さんが、そんなことする訳ないさ。



「来たわね。遠藤くん」



 と、俺の名前を呼びつつ、何故か両手にテーピングをしっかりと巻いている井上さん。


 ……えっ?

 ジャージ姿に、髪の毛を結わいているのは、百歩譲って理解できる。


 もしかしたら、仕事を終えた後に、すぐ来たのかもしれないからな。


 でもーーまるでボクサーがするかのようなテーピングは、一体何だ?

 まるでこれから、何かを殴る準備みたいじゃないか?



「えっ……と。井上さん?」

「何かしら?」

「あの、その両手は、一体?」


「あぁ……そうね。まず、貴方の答えをきかないとね」



 答え?

 よくわからない状況に、俺が狼狽えていると、井上さんはーー。



「遠藤くん。あなたを失いたくないから、ハッキリ言うわね。このままだとーーきっと、あなたは、取り返しのつかない状況になる」

「とっ、取り返しのつかない状況ーーですか?」


「えぇ。最悪の場合ーー命を落とすわ」

 

 

 ……へっ?

 まるで、井上さんの正体を知った時のように、一気に耳から音が聞こえなくなる。


 脳が、井上さんの言葉を受け入れられていないのだ。

 命を落とすってーー。

 つまり、死ぬってことか?



「どっ、どういう意味ですか?」

「そのままの意味よ。この前の戦闘と、今までの遠藤くんの様子を見て、確信を持って言えることよ。このままだとーー必ずあなたは、命を落とす」

「まっ、待ってください! 一体どういうことですか? 大会の話をするんじゃーー」



 そうだよ!

 何で大会の話から、俺の生死の話になるのさ!

 


「これは、大会の話と全て繋がっていることよ。遠藤くん。今回の大会について、あなたは、どのように考えているのかしら?」



 どのように?

 それはーー。



「かっ、格闘技大会? みたいな感じですよね?」



 うん。

 おそらく、そんなものだろう。

 と、脳内で空手やらの試合映像を思い浮かべつつ答えると、井上さんが静かに首を横に振る。



「違うわ。格闘技のような優しい試合では、決してない。冷静に考えてみてちょうだい。格闘技のような試合を行えば、まず間違いなく、あなた達が必ず勝てる試合になってしまう」



 たっ、確かにそうか……。

 俺は、ともかくとしてーーイルマちゃんやサクラちゃんは、変身した場合、人間の力を完全に越えている。


 そんな状態で試合をしたとしても、完全勝利など目に見えている。



「でも……それならどういった試合に?」

「簡単なことよ。、何でもあり。刃物や実弾は、流石に禁止だけれどーー木刀や金属バット。それらは、使用可能になっているわ」




 ……マジ?

 えっ? 俺、木刀とか金属バットで殴られるような試合に参加するの?


 予想すらしていなかった事実に、俺が言葉を失っていると、井上さんが静かに目を閉じる。



「……人類を救う為の大会だというのに、真逆の事をしているのは、十分理解しているわ。でもーーそれくらいのことを乗り越える力がなければ、とてもではないけれど、化け物達とは、渡り合えない」

「……」


「もしここで、私が遠藤くんに不参加を訴えかけても、きっとあなたは、受け入れないでしょう。でなければ、お坊ちゃまの提案を受けているはずだもの」



 ……そうだ。

 俺にとって、今回の大会が危険なことなのは、理解できた。


 でもーー井上さんの言う通り、あの二人を見捨てることなど、俺にはできない。

 仮にも、俺は大人だ。


 年端のいかない子供を戦わせて、自分だけ安全な所にいるなどできないし、それならホウキのホシガリーの時に、さっさと見捨てている。


 だけれどーー死にたくもない。

 俺は、別の世界に転移しているんだ。

 せめて、元の世界で死にたい……。


 ーーくそ!

 どうすればいい?



「だから、私のできる範囲で、あなたを助けるわ」

「ーーえっ?」


「覚えているかしら? こう見えても昔は、ヤンチャをしていた。て、言ったわよね?」



 そういえば、そんなことを言っていたな。

 と、俺が海海の事を思い出している間に、何やらストレッチを始める井上さん。



「今でこそ、護身術を主に扱っているけれどーー昔は、我流。それこそ、ストリートファイトが得意だったわ。自慢じゃないけれど、当時でも成人男性を何人か、黙らせたこと経験がある」



 すっ、ストリートファイト?

 てか、黙らしたってーーつまりは、ぶっ飛ばしたってことだよな?



「正式な格闘技だと、色々と禁止されていたりするけれどーー今回は、何でもありの大会。きっと、役にたつはずよ」

「えっ? あの、井上さん?」



 何やら、トントン拍子で話が進んでいたので、俺が一度声をかけるーーと。



「遠藤くん」



 その言葉と同時に、俺の顔へと蹴りがとんでくる。

 いっ!?


 あまりの速さに、次に来るであろう痛みに耐えようと、俺は目を閉じるーーが。

 一向に、痛みが襲ってこない。


 あっ、あれ?

 どうしてなのかと、確認する為に、おそるおそる目を開けるとーー。



「あなたさえよければ、大会までに私が、鍛えてあげるわ。もちろん。きちんとーーね」



 ーー寸止め。

 鼻の先に触れるであろう位置にあった脚を、静かに下ろしつつそう言った井上さんは、いたずらっ子のような笑みを浮かべつつ、首を小さく傾げる。


 さぁ、どうする?

 まるで、そう言うかのように……。


 井上さんは、大会では、確実に敵になる人だ。

 なのに、わざわざ俺の身を案じて、この提案をしてくれた。

 なら、俺はーー。



「おっ、お願いします! 情けない話ーーケンカとか争いとは、無縁の人間なので。お手柔らかにしてくれると、助かります!」



 本当に情けないことだが、事実だ。

 なので、そう宣言しつつ、とりあえず握り拳をつくると、何故か微笑んだ井上さんはーー。



「それを聞いて、安心したわ。それでこそ、遠藤くんよ」



 と、そんなことを言うと、すぐに俺へと向かってくるのだった。



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