第11話 大好きだよ

 


 やっとの思いで、サクラちゃんへと追いつくことができた俺達。

 だったのだがーー時既に遅し。


 自然公園へと到着してしまったらしいホシガリーは、既に暴れてしまった後らしく、多くの家族連れが出入口から出てきており、人で溢れかえってしまっていた。


 おいおい!


「これじゃ、サクラちゃんもいけないんじゃーー」

「ガイアなら、軽くジャンプすれば、こんなの何の障害にもならないはずミケ」



 ……あっ、そうか。

 今のサクラちゃんは、別次元の運動神経だったわ。

 と、出てくる人にもみくちゃにされつつ、何とか出入口までついた俺は、サクラちゃんの姿を探すーーが。



「……カスタード」

「ミケ?」

「顔を隠す物を探せ!」



 そう。

 今までは、そこまで人がいる所でホシガリーが現れなかったのだが、今回は、こんなにも人が多くいるのだ。


 そんなところで、重力操作なんて摩訶不思議まかふしぎなことしたら、絶対に怪しまれる!


 サクラちゃんは、見た目がものすごく変わっているから、変身を解除すれば、決して同一人物とは、バレないだろう。

 が、俺は素顔なのだ。


 このままでは、最悪の場合ーー人体実験とかされかねねぇ!

 なので、慌てて周囲を見渡してみるとーー。



「あれ……いいな」



 と、バイクの取っ手部分にかけられているフルフェイスヘルメットを見つつ、俺がそう呟くと、肩に乗っているカスタードが、無言で頷いてくる。


 許してくれ……見ず知らずの人よ。









 フルフェイスヘルメットという顔を隠せる物を手にした俺は、さっそく装着をすると、人波に抗いつつ、自然公園の中へと入る。


 しかしーー自然公園というだけあって、木々が生い茂っており、開けた場所には、ブルーシートを広げて遠足が出来そうな野原があったりと、とてものどかな印象のある場所であった。


 こんな状況でなければ、それなりにゆっくりしたかったのだがーー残念ながら、今は緊急事態だ。


 すれ違う人の視線を感じつつ、自然公園内をしばらく走っていると、やっと、サクラちゃんを見つけることができた。



「はぁー!!」

「親子~」



 ズシン!

 という重い音をたてつつ、サクラちゃんに殴られ、倒されるホシガリー。


 おぉ~。

 さすがサクラちゃん。



「これは……手助けとか、いらない感じか?」

「いや。戦闘とは、いつ何がおこるかわからないものミケ」



 ふむ、なるほど。

 言われてみれば、ワルビーとか来られても困るしな……。


 と、腕組みをしつつ戦闘を見守っていると、起き上がったホシガリーは、大声をあげるや、近場の親子連れの方へと向かっていく。



「させません!」



 が、先回りしたサクラちゃんによる回転蹴りをくらったことで、またも吹き飛ぶホシガリー。


 そしてーーまるで首を振るように、身体を左右へと振ったホシガリーは、またも近場の親子連れの方へと向かっていく。


 ので、またも、サクラちゃんが邪魔に入る。

 というパターンを、何度か繰り返す戦闘がしばらく続く。


 ……あのホシガリー。親子連れを狙っているのか?

 でも、どうして?



「ふむ……六道、出番ミケ。動けない親子連れを、安全な場所に誘導するミケ」

「おぉう? そうだな。よっしゃ、任せろ」



 と、疑問をとりあえず頭の隅に追いやった俺は、すぐに行動へと移す。



「大丈夫ですか? お子さんを抱き上げられますか?」

「へっ!? えっ……」



 うん?

 あぁ。そういえば、今ヘルメットしていたんだっけか?


 それは、警戒されて当然か。



「安心してください。俺は、今戦っている彼女の味方です。お子さんを抱き上げられるなら、ベビーカーをそのままにして、出口まで走ってください」

「でっ、ですけど。あの化け物が追ってきたら」


「問題ありません。俺にも、彼女と同じ力がありますから」



 と、一応片手をホシガリーへと向けて、動きを止めるという証拠を見せてあげると、納得してくれたのか、頷きつつ赤ちゃんを抱いて走り去ってくれるお母様。


 ちなみに、動きを止められたことで、サクラちゃんの連続パンチをくらうはめになったのは、俺の責任ではない。



「よし、次ミケ。急げよ」

「……お前は、楽でいいよな。肩で、にゃ~て言ってれば、いいんだからよ」



 やれやれ。

 先程の流れを、あと何回すればいいのやら。

 と、ため息をつきつつ、次の親子連れの元へと向かうと、突然ホシガリーの大声が響きわたる。



「?」

「キャー!!」



 何事かと視線を向けてみれば、しめ縄の中から数えきれないほどの縄が飛び出ると、次々親子連れの人達の元へと飛んでいき、一人一人別々の木々へと、くくりつけてしまう。



「なんだ!? おい、カスタード!」

「ホシガリーの中には、特殊な技を使い物も時々いるミケ! おそらく……それほど欲望が強いということだミケ」



 冗談だろ!

 あんなの、一つ一つほどいていたら、いくら時間があってもたりないぞ!



「チィ! 作戦変更ミケ! 六道! ガイアの援護をして、ホシガリーを浄化させるミケ!!」

「よし! わかった!!」



 と、カスタードの判断により、すぐさま重力操作をしようとしたが、木々にバラバラに捕まっている親子連れの人達の、我が子を呼ぶ声が聞こえてきたことにより、先程の疑問が唐突にまた浮かび上がってくる。


 親子連れを狙う理由ーー。

 あのホシガリーは、マイさんから現れた欲望だ。

 つまりそれはーー親子に関する何かが引き金になって、現れたということになるのでは?


 仮にここであのホシガリーを浄化したとしても、根本の理由を解決しなければ、また同じことの繰り返しになる恐れがあるのでは?


 そうならなくとも、親子関係にホシガリーの理由があるということは、必ずサクラちゃんにも関係してくるはず……。



「おい、何しているミケ? 早く、星の力をーー」

「ちょっと、黙ってろカスタード。今、わかりそうな気がするんだ」

「ミケ!? 黙っていろ!?」



 あと少しで、何かがわかるはずだ。

 グチグチ肩でカスタードが抗議しているが、そんなものは、当然無視しつつ、改めて周囲の状況を観察する。


 それぞれ、別の木にくくりつけられた親子達。

 そして、先程の執着は何処へいったのかと思うほど、今は、サクラちゃんへと向き合い、真剣に戦っているホシガリー。


 しめ縄のホシガリー……。

 親子……別々……しめ縄……執着の消滅……。



「そうか……そういうことか」

「むっ!? 何がミケ!!」

「わかったぞ、カスタード。あのホシガリーの欲望が」


「欲望? そんなことは、浄化すれば関係ないミケ! それよりも、黙れと言ったことに対してーー」

「グラビティ・バインド!!」

「無視をするなー!!」



 と、実は昨日から考えていた技名ーー別に、サクラちゃんの技がかっこよくて、羨ましかったわけではないーーを声に出して発動させ、ホシガリーの動きを止めた俺は、すぐにサクラちゃんの元へと向かう。



「ガイア!」

「っ!? えんーーえぇっと……」

「あーそう! 君の味方である、星の代弁者だよ!」



 俺の呼びかけに、おそらく遠藤さん。と言いそうになったらしいサクラちゃんだったが、周囲に多くの人がいることを察してか、どう呼べば? といった顔をしてきたので、突発的に、星の代弁者と一応名乗っておく。


 ……別に嘘じゃないしな。カスタードが、そんなこと言っていたはずだし。



「あっ、ほっ、星の代弁者さん! 助かりました!」

「いや。気にしないでくれ。それより、サクラちゃん……」



 言いにくかったか?

 だがしかし、これで通させてもらうぞ!

 困ったように一度微笑んだサクラちゃんへと、小声で話しかければ、不思議そうに首を傾げるサクラちゃん。



「あのホシガリーについてなんだがーー」

「はい。必要に親子連れを狙っているようですね……なんて、酷いホシガリーなんでしょうか」


「うん。それでね。驚かないで欲しいんだけどーーあれは、マイさん。つまりは、サクラちゃんのお母さんから出てきたホシガリーなんだ」

「……えっ?」

「なっ!! 六道!!」



 うん。

 まぁ、そういう反応になるよね。

 まさか、自分の母親から出てきたホシガリーとは、思いもしなかったのかーー困惑したように、俺とホシガリーを交互にみるサクラちゃん。


 ちなみに、肩に乗っている猫が、ガリガリと俺のヘルメットを引っ掻いてくるが、当然反応してやらない。


 なぜならーーこれは、サクラちゃんが、きっといずれは、向き合わなければならない事実だからだ。


 ……もしかしたら、余計なお世話かもしれない。

 でも、ここで話さない選択なんて、悪いが俺にはできない!



「あのホシガリーが、親子連れを狙う理由はねーーマイさんが、親子の絆を欲しているからだと思うんだ。だから、わざと親子連れの人達を、別々の木に縛りつけたんだと思う……自分には、その強い絆がないと思っているから」

「……親子の?」


「うん。マイさんは、サクラちゃんに対してすごく申し訳ないと思っているんだ。自分のせいで、友達を奪ってしまっただけでなく、わがままも言わなくなってしまった……てね」



 と、俺が包み隠さず全てを話すと、目を見開いたサクラちゃんが、頭を左右に振りつつ俺の服を掴んでくる。



「そんなことないです! 私は、友達がいなくなったことなんて、全然辛くなんてないです!!」



 苦痛な顔で、俺の胸を何度も叩きつつ、そう訴えてくるサクラちゃん。

 辛くない……。


 この歳の子が、友達を何度も失うことが、

 なによりもーー辛くない人が、そんな顔をするわけがない。

 


「……あのホシガリーを浄化したら、きちんとマイさんに伝えてあげるべきだよ。嘘偽りのない、本当のサクラちゃんの想いを」



 ギュッ。と、サクラちゃんの震える手を握りつつ、俺がそう伝えると、力なく項垂れるサクラちゃん。

 正直……見てるのが、辛い。

 ハッキリ言って、今すぐ謝りたいくらいだ。


 でも、ここで二人の想いをぶつけさせないと、きっともっと辛いことになってしまう気がする。



「何を考えているミケ! ガイア! こいつの言っていることは、全て嘘ミケ! あのホシガリーは、そこらの通行人のーー」

「事実だよ。今のマイさんを救ってあげられるのはーーサクラちゃんだけだ」



 その俺の言葉と共に、肩に乗っていた重みが、突然消える。

 音すらたてず地面へと着地したらしいカスタードは、全身の毛を逆立てると、低い唸り声をあげつつ、俺を睨みつける。

 まぁ。予想できた反応だな。



「六道……それ以上口を動かすなミケ。長生きしたいだろ?」

「……」



 今にも飛び込んできそうなカスタードから、無言で視線を外した俺は、力なく見上げてきたサクラちゃんの肩へと、そっと両手を置く。


 

「大丈夫。一人で何とかしろなんて、言わないさ。頼りないかもしれないけれど、俺もついてるからさ」

「……遠藤さん……」

「お前!!」



 我慢の限界だ! とばかりに、カスタードが俺目掛けて、跳躍してくる。

 今回は、完全に俺一人の独断。

 こいつに何をされても、仕方のないことだ……。


 と、半ば受け入れようとしていた俺だが、突然サクラちゃんが手を広げつつ、俺ら間へと割り込んでくる。



「「っ!?」」



 あまりの予想外な行動に、俺へと噛みつこうとしていたらしい口を閉じたカスタードは、そのままサクラちゃんの胸へと頭をぶつける形で踏みとどまる。

 そして、そんなカスタードを、優しく抱き締めるサクラちゃん。



「ありがとう、カスタード。でも、大丈夫だよ。私には……友達と、カスタードがいてくれるから。何も怖くない」

「……ガイア……」



 ボソリと、そう呟いたカスタードを柔らかい笑みを浮かべつつ、優しく地面へと下ろしたサクラちゃんは、その顔を真剣なものへと変えると、すぐさま筆を取り出し、流れるように『地』の文字を拳へと書いていく。



「代弁者さん! 行きます!!」

「よし! 任せろ!!」



 その言葉が、ホシガリーを倒すことだと理解した俺は、ピンクの光が集まるのを確認した後、今までかけていたグラビティ・バインドをとく。



「ガイア~インパクト!!」



 周囲を照らすほどの、まばゆいピンク色の光が、一つの彗星のようにホシガリーへと向かっていく。


 俺の重力操作が消えたからといって、あの速度の攻撃を避けられるはずもなく、光の中へと包まれていくホシガリー。



「おっ、親子~!!」



 と、最後の声をあげつつ、光の粒となって空へと上がっていくホシガリー。

 その瞬間ーー空耳かと思うほど、か細い声が聞こえてくる。



「……サクラ」



 その声は、サクラちゃんにも聴こえていたのか、拳を前へと突き出したまま、空を見上げるサクラちゃん。

 そしてーー光の粒が全て消えるまで、俺達は、黙って空を見上げる続けるのだった。



 





 浄化を見届けた後、俺らは、急いでマコトくんの家へと戻った。


 ーーちなみに、道中教えてもらったことだが、どうやら戦闘していた間の痕跡や記憶などは、浄化の力と共に消えるのだとか。


 それでも、名前を変えているのは、もしものためらしい。

 いやはやーーなんとも、大変なヒーロー活動だ。



「おっ、お母さん!!」



 走り続けていた為か、マイさんの姿を見つけたサクラちゃんが、息を切らしつつ大声で呼びかける。


 すると、ちょうど車に仕事用具を積みこんでいたらしいマイさんは、キョロキョロと周囲を見渡す仕草をすると、俺らに気がついたのかーー何事もなかったかのように、軽く手を上げてくる。



「おぉ! 遠藤くん! て、サクラ? あれ? あんた、どうしてここに?」



 と、不思議そうに一度首を傾げたマイさんは、何か思いついたかのような顔をすると、ニヤニヤしつつサクラちゃんの近くへと来て、その頭を撫で回し始める。



「この~。店番、すっぽかしてきたな? 悪い子め~」



 ……。

 どうやらーーなんともないみたいだな。


 という意味をこめて、カスタードへと視線を向ければ、肩へと跳び乗ってきたカスタードはーー。



「肉体が疲れたり、精神が壊れたりすることは、基本的にないミケ。ホシガリーになっている間の記憶も……もちろんないミケ」



 と、意図をくんでくれたのか、小声で説明してくれた。


 なるほどね。

 それじゃ、マイさんからしてみれば、勝手にサクラちゃんが店をとび出してきたと思うわけだ。



「ちっ、違うよ! お店はーーちょっと、お休み!」

「こらこら。誰が、そんなこと決めたのよ。まったくこの子はーーそれと、遠藤くん!」


「はっ、はい!」

「どこか行くなら、一言言ってちょうだい。まぁーー仕事は、きちんと終わらせてくれていたから良かったけどさ。社会人として、ホウ・レン・ソウ! は、基本だからね」



 あぁーー報告・連絡・相談のことね。



「はい。すいません」

「そんなことよりも、お母さん!!」



 と、今だに頭に置かれていた手をどけたサクラちゃんは、一歩踏み出しつつーー。



「私。お母さんのこと大好きだよ!!」



 と、大声でマイさんへと伝える。

 ……サクラちゃん。

 この言葉がーーどれだけ彼女にとっての重みのある言葉かは、ホシガリーとの戦いを見ていた俺らには、痛いほどよくわかる。


 だが。そんな記憶など、もちろんないマイさんは、目を何度かパチクリさせると、ひきつったような顔つきでーー。



「どっ、どうしたのよ。いきなり」



 と、困惑してしまうだけであった。

 まぁーー当然の反応といえば、当然の反応だろう。


 急に、娘からそんなこと言われればな。

 だが。サクラちゃんは、一切怯むことなく、言葉を続けていく。



「たしかに……色々な学校に行かされて、辛かったよ。友達が出来ても、すぐに別れることになっちゃうし……また一から作らないといけないから」

「あっ……」



 と、短く声を出したマイさんは、強く拳を握りしめると、唇を噛みしめ出す。


 やっと、サクラちゃんの言おうとしていることがわかったのかもしれない。



「小さい頃……お母さんは、いつも仕事から帰ってくると、疲れたような顔をして、私とは、あまり話してくれなかったのも、正直言って寂しかったーーけど! 私の為に会社を辞めて、お花屋さんを始めてくれたことや、私の学校生活を気にしてくれていることは、きちんとわかっていたの!」


「……サクラ……」



 だから……。

 と言うと、マイさんの胸へと飛び込むサクラちゃん。



「私……お母さんのこと、大好きだよ……」



 大切な言葉を、震えた声でそう、もう一度告げるサクラちゃん。


 それに対して、一度大きく息を吸ったマイさんは、サクラちゃんの小さな頭を抱き締めるーーと。



「サクラ……ありがとう。お母さんも、サクラが大好きだよ」


 と、目尻に雫を溜めつつ、そう伝え返す。

 ……うん。

 もしかしたら俺のしたことは、やっぱり、余計なことだったのではないか?


 正直、ここまで来る間に何度もそんな言葉が頭を過ったーーが、この親子の姿を見ていると、俺の選択が間違ではなかったと確信が持てる。



「……あまり、言いたくないが……」



 抱き合う親子の姿に、一人で感動していると、何やらカスタードがそう声をかけてくる。



「うん?」

「……感謝するミケ。お前が、あの時サクラに向き合うように言わなければ、きっと何処かで、酷いぶつかり合いをしていた気がするミケ。だから……感謝してやるミケ」


「そうかい……なら、その言葉。ありがたく貰っておいてやるよ」



 と返してやれば、俺の肩から降りたカスタードが、二人の元へと歩き出す。



「おぉう。なんだカスタード? お前も混ぜて欲しいのか?」

「にゃ~」

「ふふっ。ありがとう、カスタード。あのね、お母さん。実はーー」



 そう言いつつ、サクラちゃんがカスタードを抱きかかえた瞬間ーー。


 グニャリ。


 と、世界が歪みだす。

 あっ、あれ?

 なんだ? これ?


 あまりの気持ち悪さに、立っていることができなくなってしまった俺は、その場へと、膝をついてしまう。



「遠ーーさん!?」

「ちょっ……道……」



 やっ、ヤバイ。

 気配で、なんとなく二人が、俺の名を呼びつつ駆け寄ってきてくれているのだろうことは、わかるのーーだが。


 ダメだ……。

 視界が……暗く……なっ……。


 と、暗くなる視界を最後に、俺の意識は、面白いほど一瞬で、消えてしまうのだった。








「……ですね……」

「そう……彼……親戚です」



 途切れ途切れであるが、男性と女性のそんな話し声によって、俺の意識が覚醒していく。


 ……あれ?

 なんか、やけに白くて明るい天井だな。



「でも、どうして一口も食べていないのかしら?」

「さて。所持品の中には、お金らしき物が一つもありませんでしたからーーおそらく食べ物を買う余裕がなかったのでしょう。しかし、水分だけは、きちんと取っていたみたいだったので、これくらいで済んだのは、不幸中の幸いですね」



 という、何やら俺に関するだろう話をカーテンの奥で話している男女。


 て、一人は、確実にマイさんだよな?

 てことは、まさかーー。



「おや? 気がつかれましたかね?」

「遠藤くん! もう、大丈夫なの!?」



 バレないように、身体を起こしたつもりだったんだけど……普通にバレたな。


 なので、白衣の男性ーーおそらくお医者さんだろうーーから、点滴をされている間に何があったのかを聞いてみると、どうやら、突然倒れた俺に驚いたらしいマイさんが、救急車を呼んでくれたらしい。


 で、そんな俺の状態はーーただの、栄養失調。

 なので、町の診療所へと運ばれた俺は、そこで軽く点滴を入れられ、現状をマイさんへと説明していたら、目を覚ましたということらしい。


 ーーそういえば、色々ありすぎて忘れていたが、昨日から一口も食べていなかったわ。

 何してんだ俺。



「とりあえず、他に異常はないようなので、軽い物ーーそうですね。おかゆとかから食べて、胃を慣らしていけば、問題ないでしょう」


「すいません、ありがとうございます」

「すっ、すいません。助かります」



 うわぁ……。

 なんか、隣で頭を下げているマイさんを見ると、ダメな子のように思えてきたぞ。


 いや。どちらかといえば、デキの悪い弟か。

 などと思いつつ、二人してお医者さんへと感謝を述べてから診療所を後にすると、何故か苦笑いしつつ俺の肩を小突いてくるマイさん。



「も~驚いたわよ? 突然、倒れるんだから」

「すっ、すいません。以後、気をつけます」

「本当、気をつけてよね。サクラなんて、何度も私に大丈夫か聞いてきたんだから」



 なんと? それは、サクラちゃんにも謝らないとな。

 と、後頭部を掻きつつ、再度軽く頭を下げると、ため息をつかれてしまった。


 成人男性として、酷いありさまだ。



「あっ! そっ、そうだ! あの、お金ーー」



 と、診療所の点滴代金の事を思い出した俺がマイさんへとそう言うと、何故か笑いつつベシベシ背中を叩いてくるマイさん。



「いいって。今日、働いて貰ったでしょ? その給料だと思えばさ」

「でっ、ですけどーー俺、そんなに働いてませんし」



 と、財布を探す振りーーもちろん。そんなものないのだが、なんかそうしないと落ち着かなかったーーを俺がすると、首を左右に振るマイさん。



「本当、気にしないでちょうだい。なんかーーサクラの背中も押してくれたんでしょう? きいたわ。あの子から」



 うん?

 背中を押した?



「ありがとう。私達親子の絆を、きちんと繋がっているって、教えてくれて」



 と、マイさんが頭を下げてきたことで、ようやく理解した。

 そうか……俺がサクラちゃんに話すよう伝えたことを、サクラちゃんが話したのか。



「いっ、いえいえ。そんな、頭を上げてください! むしろ、出すぎた真似でした」

「そんなことないわよ。遠藤くんのおかげで、少しーーううん。もっと、サクラと仲良くなれた気がするわ」



 仲良くなれたってーー。

 まったく……元々仲良しでしょうに。

 と、微笑むマイさんに思いはしたものの、言葉にはせず、こちらも笑顔で返しておく。



「それで……さ。その代わりっていったら、おかしいけどーー」



 と、何やら言いにくそうにしたマイさんがーー。



「よかったらーー家に住む?」



 という、まさかの提案をしてくれる。

 なっ、なんだと!?


 いや。それは、雨風しのげる家に住めるのは、大変喜ばしいことなのだがーーしかし。

 マイさんの家は、母子家庭だ。


 しかも、娘さんという、男が一切いないお家である。

 そんなところに、俺のような男ーー最悪なことに、犯罪一歩手前の事件をおこしているーーを招き入れるのは、近所的にもどうなんだ?


 という葛藤を、およそ一秒くらいでした俺は……うん。


 やはり、欲望には、勝てなかった。


「いっ、いいんですか? その、近所の目とかあると思いますけどーー」

「近所? あぁ。そこは、気にしなくていいわよ。どうせ、引っ越してきてから、興味の目に晒されているからさ」



 と、ケラケラ笑いつつ答えるマイさん。



「そっ、それじゃ……その。色々と迷惑かけるかもしれませんが、よろしくお願いします」

「オッケー! ただし、住むからには、今日みたいな手伝いをしてもらうからね」



 よろしく!

 と、親指を立てるサムズアップを、俺へと向けてくるマイさん。


 その仕草に、一瞬迷いはしたもののーー俺もサムズアップして、マイさんの手へとぶつける。


 こっちの世界に来て、二日目の夜ーー。

 こうして俺は、居住地も手に入れたのだった。 

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