大海原イルマ編

第1話 ホイップでミル


「それじゃ、行ってくるわね。二人とも、留守番よろしく!」

「いってらっしゃ~い!」

「任せてください!」



 親指を立てつつ、そう告げて車を発進させたマイさんへと、俺とサクラちゃんがそれぞれ答える。


 誰もが嬉しがる日曜日ーー。

 サービス業として働いている人には、日曜日など特に嬉しくなどないことだが、稼ぎ時ではある。


 その為、俺とサクラちゃんが店番役となり、マイさんは、注文があった場所へと向かうこととなったのだ。



「それでは、始めましょうか」

「はい。よろしくお願いします!」



 新人です!

 とは、さすがに言わなかったもののーー俺が背筋を伸ばしつつ答えると、どうやらきちんと意図が伝わったらしく、一度微笑んだサクラちゃんは、レジ打ちのやり方や花言葉などを、次々丁寧に教えてくる。


 ーーのだが。

 花言葉って……やばくない?


 一つ一つに意味があるし、色が変わっただけで、その意味も変わるとか。

 正直、覚えられる気がしないのだが?



「大丈夫ですよ。初めは、難しいですけどーーそのうち慣れますから」



 と、サクラちゃんは言っていたけれどーー。



「慣れる以前の問題だよな。せめて、もう少し頭の回転が良かったらな~」

「お前は、バカだからな。難しいだろうミケ」



 あぁ?

 なんだこの毛玉。

 いつの間に、人の隣で丸くなって寝やがって。



「……そこから、降りろカスタード。レジ打ちの邪魔だ」

「知らないのかミケ? ここは、ミケの定位置となっているんだぞ?」



 はぁ?

 と、最大限の見下しの視線をしてやると、何やらぺしぺしと、尻尾で自分の座っている場所を叩くカスタード。



「確かに、小さい座布団が置いてあるけれど……仕事の邪魔だから、どけ」


「人間界では、どうやら年齢に関係なく入りたての人間新入社員は、先に入っている者先輩社員へと、敬語を使いつつ、びへつらうとか……働けミケ新人」



 こいつ!

 どこの世界に、人語を話す猫に媚びへつらう人間がいるんだよ!

 しかも、くそ生意気だしさ!!



「なら、お前も働けよ。無駄に全身の毛を手入れしてないで、表に出てそこら辺の人に媚びてこいや」

「なに!? このミケに、そこらの人間に媚びてこいだと!?」



 フー! 

 と全身の毛を逆立てつつ、起き上がって威嚇してくるカスタード。


 おうおう。やんのかコラ?

 今さっきレジ打ちを習ったんだ。

 ここらで、連続指打ちを叩き込んでやらぁ!!



「ごめんくださーい」



 と、俺とカスタードがレジの前でケンカをしていると、何やら元気な女の子の声が聞こえてきた為、二人してすぐさま定位置へと戻る。



「いっ、いらっしゃ~い!」

「にゃ、にゃお~ん!」



 にゃお~ん、て!

 こいつ、下手くそかよ!


 だが。ここでカスタードにまたかまっていると、せっかくのお客さんが逃げてしまう。

 なので、一度舌打ちで感情を戻しつつ、店の入り口へと向かうーーと。


 そこには、茶髪混じりのショートカットで、少し幼い印象のある、何やら利発そうな女の子が立っていた。



「いらっしゃい。サクラサクへようこそ」

「あっ……」



 一応決められたセリフを俺が告げると、何やら声をあげて、目を丸くする女の子。


 むむっ。

 やはり、花屋で男が出てくるってのは、おかしいのかな?



「あははっ。意外だったよね? ごめんなさいね。男で」

「……いえ」



 うん。完全に引かれているわ。

 だがしかし、この家で衣食住を許してもらっている身として、ここで諦めるわけにはいかない!


 自分が持ち得る最大限の笑みを浮かべつつ、両ひざへと手をついた俺は、少し屈みこむ。

 よし。

 これで、目線が同じになったな。



「実は、今日から働かせてもらっているから、まだまだわからないことだらけなんだけどーー今日は、どんな用事で来たのかな? 誰かにあげるためとか?」

「えっとーーお姉ちゃんのお見舞いに、お花でも持っていこうかな~て」



 でも、どれがいいのかわからないのよ。

 と、少し頬を膨らませつつ、何やら背伸びをする女の子。


 ……おや?

 もしかして、俺の姿勢に気をつかってくれたのかな?

 なんとまぁ。よくできた子だ。



「そうかそうか。お姉ちゃんのお見舞いにか。君は、小さいのに偉いね」



 と本心でそう伝えると、何やら頬を引くつかせつつ「そ、そうかな?」と言ってくる女の子。



「そうだよ。俺が君くらい頃には、そこら辺の友達とゲームばっかりで、家族のことなんてこれっぽっちも考えてなかったからね。それに比べれば、偉い偉い」



 うん。本当に偉いよ。

 と、自然とその小さな頭を撫でようと、手を伸ばーー。


 バシン!


 ーーその手を、何故か思いっきり叩き落とされてしまった。

 あっ、あれ?



「あぁ~! もう、限界よ!! あんたね!! 先から黙っていれば、人を子ども扱いするんじゃないわよ!!」

「えっ? あれ!?」



 なっ、なんか怒っている!?



「身長を合わせるくらいは、許してやろうと思ったけどーー小さいのに偉い? 余計なお世話だってぇの!!」



 おぉう!

 なっ、なんかメチャクチャ怒っている!!


 やっ、やばい! 

 初日にこれは、やばいぞ!!

 ととととっ、とりあえず機嫌をとらないと!!



「ごっ、ごめんごめん! そうだよね。君は、もう立派な女性でーー」

「はぁん? 突然そんなこと言われても、信じられないっての! あんたは、最低の人間だってことは、知っているけどさ!!」



 うわぁ!

 やべぇ……この子、見たの目の可愛さと違って、内面メチャクチャヤンチャだわ!!


 やること全てが裏目に出てしまい、もはやどうすることもできず、冷や汗を流しまくっているだけになってしまっているとーー。



「遠藤さん? どうかしました……か」



 俺のことが心配になったのか、それとも声の大きさを注意しにきたのかーー。

 そんな声色で奥から出てきたサクラちゃんは、困ったように笑いながら俺を見るや、隣に立っている少女へと視線を向けると、ピタリとその動きを止めてしまう。


 そして、示し会わせたかのように、怒り心頭であった女の子も、何やら意外そうに目を丸く開いて、固まってしまう。


 ……あれ。

 な~んか。嫌な雰囲気だぞ? これ。



「……やっほ。香林さん」

「あっ……大海原ーーさん」



 ーーうん?

 大海原?

 はて。どこかできいたような名前ーー。


 と、首を捻りつつ思い出そうとすると、昨日のマコトくんの顔が浮かびあがる。



『でっ、ですけどそのーー言いにくいことですが、遠藤さんが覗かれたのが、その……大海原イルマさん……なんですけど?』



 あっ!?



「おっ、大海原ーーイルマさん?」



 もはや、引くにひけなくなってしまったこともあり、冷や汗が背中をつたう中、何とかそう女の子へと尋ねるーーと。



「そうよ、大海原イルマよ。だから何?」



 と、一番この世界で会いたくなかった少女は、ギロリと、俺を睨みつけつつ、言ってくるのだった。











「目覚めよーー」



 いや、寝てるから。



「目覚めるのだーー六道よ」



 明日朝早いんだよ。



「……そうですか。ですが、こちらも大事な話があるんです」

「いや、もう何なの?」



 と、さすがに相手ーーアースが悪ふざけをやめてくれた為、横になっていた俺も起き上がる。

 今はーーおそらく、夜中だと思う。


 おそらくというのは、実は、俺は先ほどまで寝ていたからだ。

 明日どうしょうーーとか。

 イルマちゃんは、今も怒っているのだろうかーーとか。


 そんなことを考えつつ眠りに落ちたのだが、何故か急にアースに呼び起こされたのだ。

 しかも、目覚めよーー。とかいう、神様みたいな声を出しつつだ。


 当然、そんなふざけた行動に付き合う気など全然なかった為、地球の裏側ーー本来の地球であるらしい氷づけの世界のことだーーに強制的に呼び出されても、完全無視を決め込んでやったのだが……。



「なんだよ。なんで、ここにいるの俺?」

「それは、もちろん。わたしがよんだからです。ですがーー今回は、あなたの精神だけですので、それほど長くここに留まらせることは、できないんですがね」



 申し訳ない。

 というように、困った顔で笑うアース。


 いや、別にここに長くいたくないから、いいけどさ。

 それよりも、せっかく寝ていたのに起こされたことが問題なんだが?



「いや。それは、あんたの力的に無理だとわかっているから別に気にしてないけどさ……なんで寝ている時に起こしたの? 明日の朝とかでもよくない?」


「それでも、可能ではありますがーー肉体ごとこちらに連れてくるとなると、カスタードに力を貸してもらわなくてはならないのですよ。今回の件は、あの子に力を貸してもらうと、色々と説得に時間がかかると思ったもので……それより、なぜ、そこまで不機嫌なのですか?」

「ーー睡眠は、大切なことだろ?」



 と、俺が当たり前だというように告げてやれば、不思議そうに首を傾げるアース。



「そうなんですか。我々わたしたちは、睡眠を娯楽の一つとしているので、気がつきませんでした。それは、申し訳ありませんでした」


「へっ? 睡眠を娯楽?」

「えぇ。睡眠とは、いうならリラックス状態のようなものでしょう? ここは、年中明るいですからーー必ずしも睡眠が必要というわけではないのですよ。ですから、妖精にとっては、暇な時にする娯楽の一つなのです」



 へー。

 てことは、カスタードが時々寝てるのも、暇潰しってことか?

 などと、使えそうもない妖精豆知識をもらった俺が頷いていると、アースが錫杖を地面へと一度叩きつける。


 すると、そこから波紋のように輪っかが広がったかと思いきや、何やら光に覆われている球状の物体が、地面からゆっくりと浮上してくる。



「では、お邪魔をしてしまったようですし、さっさと用事を終わらせましょう」

「なっ、なんだそれ?」



 見ていれば、わかりますよ。

 と、にっこり微笑みつつ言ってくるアース。


 なので、言われた通り黙って光の物体を見ているとーーカスタードと同じくらいだろうか?

 

 それほどの大きさを見せると、やっと浮上が止まる。

 そして、球状から生えてくる二本の耳のようなもの。



「うわぁ! なんだ!?」

「もう少しです」



 もぞもぞと、球状が動き始めたと思った瞬間ーー。



「ミル~!!」



 と、元気な声で犬が実体化した。

 ……いや。犬にしては、小さすぎる。

 子犬か?



「紹介します。彼女の名前は、ホイップ。カスタードの実の妹にして、わたしの信頼できる眷属の一人です」



 可愛いでしょ?

 と言ってくるアースと、何やら首を左右にものすごい速さで振るホイップ。



「……はぁ……」



 いや、本当にはぁ。しか出てこねぇよ。

 カスタードに妹がいたことも驚きだが、何故に犬?


 そこは、猫で統一できなかったのか?

 そして、何故今呼び出した?



「あっ! 初めましてご主人たま! ミルは、ホイップでミル!」

「……」

「おやおや。ホイップの可愛さに、声も出せないとのことですよ」


「本当ミル!? はっ、恥ずかしいミル~」



 ……いや、本当に声がでねぇよ。

 思ったより、ロリロリとした声をしているし、ご主人たまって言ったか? 今。



「理解できない。説明してくれ」

「おや? どの辺でしょうか?」

「全部だよ!! この世界に来てから、不可思議なものは、ある程度わかった気でいたけど、わけがわからねぇよ!!」



 と、俺が頭をかきむしっていると、突然肩へと飛び乗ってくるホイップ。



「いけませんよご主人たま! 髪の毛がボウボウになってしまうミル!」

「くすぐった!? 無駄に毛並みがよすぎるだろ!!」


「えへへ。いつも、手入れをしているミル!」



 その短い足で、どうやって!?

 と俺がきこうとすると、おもむろにアースが錫杖を静かに向けてくる。



「要望通り、説明をしようと思いますがーー既に、仲が良さそうですので、やめておきますか?」


「そうですね。とは、ならないだろ! いきなりカスタードの妹が現れて、ご主人様呼びだぞ? 混乱して頭が爆発するわ!!」



 知らなくても、別にいいと思いますがーー爆発されては困るので、教えましょう。

 と、真顔で頷いたアースは、初めて会った時のように、ゆっくりと俺の回りを歩きだす。



わたしが地球そのものという話は、しましたね?」

「あぁ。そうだな」

「その為、ある程度あなた方の様子を、わたしは視ることができるのです」



 へぇー。

 て、こいつ! 顔を擦りつけてくるなよ!



「そこで、昨日の件を視ましてーー自分がどれほど浅はかであったかを、痛感しました。ガイアには、カスタードという対暗黒界専用の探知能力と、ミルキーエネルギーによる浄化能力があります。ですが、あなたには、それがない」


「おまっ! ちょっと、離れろ!!」

「ミ~ル。ミ~ル!」



 なんだ、その可愛い声でのおねだりは!

 お前の擦りつけのせいで、集中できねぇんだよ!!



「きいていますか?」

「あっ! もっ、もちろん。たしかに、俺にはない要素だよな」



 と、少し目をつり上げつつ言ってきたアースへと、急いで正座をしてきいているアピールをした俺は、強く頷いておく。


 ちなみに、ミルミルうるさい子犬は、膝の上に乗せて頭を撫でてやったら、何やら落ちついてくれたので、そのまま継続しておく。



「オホン。ーーそこで、考えたわけです。あなたにも、カスタードと同じ事ができ、かつ浄化の能力を授けられる者が必要なのでは? とね」


「それで、このホイップってわけか?」

「えぇ。彼女は、カスタードと同じく優秀な者です。カスタードと同じように、きっと、あなたにを授けてくれるでしょう」



 ……ふーん。

 うん?

 海の加護?



「では、そろそろ表の世界へと返しますね」

「ちょっと待った! 海の加護ってーーまさか、ガイアみたいな格好になるってことか!?」



 と、俺が慌てて立ち上がりつつきくと、コロコロ地面を転がるホイップ。



「えぇ。あれは、ミルキーエネルギー。いわゆる、浄化の力を纏う為の服装ですから。あれと同じようになります」

「バッ!!」



 バカ野郎!

 冗談じゃねぇぞ!

 あれは、サクラちゃんみたいな可愛い子が着ているからこそ、不快感がないだけでーー俺みたいな成人男性が着たら、警察へまったなしだぞ!!



「だっ、誰得だそれ!!」

「では、これからもカスタードやガイアを頼みますよ。異世界の青年」


「待て待て! 断固拒否させてーー」

「よろしくお願いしますミル!」



 よろしくお願いするなー!!

 という叫びは、まったく聞き入れてもらえないだけでなく、声すら発せずに、強制的に視界が白く染まっていく。


 ーー嘘だろ?

 なるのか? 俺もあの魔法少女に!?

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