第2話 球技大会
「……」
「ご主人たま。おはようございますミル!」
でたよ、ご主人たま。
目を覚ましてみれば、何かお腹が重いな~と確認してみれば、まさかのホイップがにっこり顔で微笑んでいるという、訳のわからない目覚めによって、本日の朝を迎えた俺。
いや。言葉的について来るだろうとは、思ってはいたがーー腹の上にいるか? 普通。
「とりあえず、退いてくれ」
「はいミル。それにしてもご主人たま? どうしてここで寝ているのですか?」
と、可愛らしく小首を傾げてくるホイップに、頭を掻きつつ答えてやる。
「俺は、居候しているからな。居間のソファーで寝起きしているんだよ」
「まぁ! なんてことミル!!」
うん?
「ご主人たまをソファーなどに寝かせるなんて、言語道断ミル! 家主にミルから説教をーー」
「どぉおいい! 待て待て!!」
何を考えていやがる!
バッ! と、勢いよく跳びだしたホイップを急いで捕まえた俺は、何故か暴れ始めたホイップを、とりあえず落ちつくまで抱きかかえているとーー。
「ふぁあ。おはようございます」
「おい。朝方からやかましいーーて!」
まだ眠そうな目を擦りつつ、現れたサクラちゃん。
と、その後に続いて何やら不機嫌そうなカスタードが現れーーたかと思えば、俺の腕に抱かれているホイップを見た瞬間、驚くほどの速さで跳びかかってきた!?
「ミル!?」
「ホイップ! なんで、ここにいるミケ!!」
「おっ、お兄たま! お久しぶりでミル!」
「お久しぶり!? アホかミケ! さっさと帰れミケ!!」
「ミルル!?」
ゲシゲシと、容赦なくホイップの顔を肉球で連打するカスタードに、抱えていた俺もーーさすがにやりすぎだろう。と、慌ててホイップを下ろしつつ、カスタードの首根っこを掴んで離してやる。
「それくらいにしておけ。何をそんなに、怒ってんだよ?」
「何を!? えぇい! これだからお前はミケ! いいか? ホイップは、未熟者ミケ! こっちの世界に来ても、迷惑なだけミケ!!」
「そっ、そんなことないミル! アースたまが、きちんと選んでくれたミル!!」
「兄に向かって、口ごたえする気かミケ!」
と、なおもぶつかっていこうとするカスタードを何とか止める。
すると、やっと目が覚めてきたのか、サクラちゃんも俺のことを手伝ってくれるらしく、ホイップを抱きしめつつ、離れてくれた。
やれやれ。この兄妹ときたら。
「こらサクラ! ホイップを返すミケ!!」
「落ち着いてくださいカスタード。妹さんなら、そんなに酷いことをしてはーー」
「おはよう~。あなた達、朝からなにを騒いでいるのよ?」
という、完全な寝起き声を出しつつ、居間へと現れたのは、まさかのマイさん。
これには、すぐさま俺とサクラちゃんが、
あっ、あれ?
こんな時に限って、起きてくるの早くないか?
と、驚きを隠しつつ黙って作り笑いをしていると、大きく伸びを一度したマイさんは、寝起きな目で俺らを凝視ししつつ、不思議そうに首を傾げる。
「あれ? 一匹増えてない?」
やっ、やべぇ……。
言い訳を考える前に、見つかっちまったぞ!
どどど、どうしょう!?
つい、この前居候していい許可を貰ったのにーーペットまで連れ込んだとなれば、何を言われるか!
「おっ、おはようお母さん。よく眠れた?」
「おっ、おはようございます! えっと、ですね。これには、深いわけがーー」
「ホイップでミ「あー!! ほっ、ホイップクリームが食べたいな~! ねぇ! サクラちゃん!!」」
「えっ!? えっ、えぇ! そうですね遠藤さん!!」
バカ野郎!
何を、満面の笑みで話し始めていやがるこの犬っころ!!
モゴモゴと、俺の手の中で声を出し続けているホイップへと、一度睨みつけた俺は、慌てて愛想笑いを浮かべ、サクラちゃんへと突然の要望を伝える。
あまりにも唐突なキラーパスだった、きちんと意味をを察してくれたらしく、話を合わせてくれるサクラちゃん。
そして、俺を隠すように、さりげなくサクラちゃんが前へと立ってくれる。
とても申し訳ないことに、ものすごい棒読みで、ホイップが食べたいとそれから連呼してくれているーーが。
サクラちゃん。あきらかに不自然なんだよな……その言い方。
「……まぁ、いいか。ホイップクリームなんてないから、我慢しなさいよ。サクラ」
「うっ、うん! それなら、我慢しようかな~」
「ざっ、残念だったね。うん! ものすごく残念だ!」
あはははっ!
と、二人して乾いた笑い声をあげると、一度不思議そうな顔をしたマイさんは、それっきりあくびをしつつ、キッチンへと引っ込むのだった。
……はぁ~。
これから仕事があるっていうのに、朝から最悪だ。
「いってきまーす!」
「では、いってきます」
「はいよー。二人とも、気をつけてね~」
ホイップ襲来という怒涛の朝を迎えた後、俺とサクラちゃんが登校するためにそう言うと、にこやかに花に水をあげつつ、手を振ってくれるマイさん。
何とかホイップのことは「夜に道端で見つけて懐かれてしまった」という理由をつけ、俺が責任を持つという流れで許して貰ったけど……一事は、どうなることかと思ったぜ。
「だから言ったミケ。ホイップは、未熟者だから帰れって!」
「みっ、未熟者じゃないミル! 今回は、こっちの世界に来て初めてだったからーー慣れていなかっただけミル!」
「言い訳だミケ。一流なら、兄のように初めからこの世界に馴染めるはずミケ」
「うぅ~!!」
「いや、二人とも馴染めてねぇから。俺を挟んで言い合いをするなよな」
「ふふっ。まるで、動物に好かれているみたいですよ? 遠藤さん」
うん。
とても、嬉しくないね。
だって、片方は生意気な猫で、もう一匹は、ドジっ子犬だろ?
全然、嬉しくない。
などと、ゲンナリしつつ歩いていると、誰かから、突然声をかけられる。
「おはよう遠藤ーーて、すごいことになっているわね。あなた」
「あっ、井上さん。おはようございます」
と、俺の両肩に乗っている動物を見て、目を真ん丸にして驚いていた井上さんは、俺が挨拶を返すや、やれやれ。といったように、両肩をあげる。
「あなたねーーこれから出勤するというのに、動物連れは、あまりよくないわよ? ただでさえ、子ども達に見られる仕事なんだから」
「うっ! すっ、すいません」
たしかに、よくはない……か。
と、井上さんの注意もあり、とりあえずカスタードをサクラちゃんへと渡すと、何故か鋭い視線を向けられる。
えっ? まだ、何かよくないことをしましたか?
「ちょっと、こっちに来なさい」
「えっ!? あっ、はい」
絶対に怒られるとわかっているのに、断れないのは、何故なのか?
不思議そうに見てくるサクラちゃんへと、軽く手を振りつつ、立ち止まった井上さんの元へと行くとーー突然手を引っ張られ、顔を近づけてくる。
なっ、何ですか!?
「あなた、言ったわよね? 生徒には、あまり近づくなって!」
「すっ、すいません。でも、俺も言ったと思いますけど、関わらないってのは、やはりおかしいと思うんですけど?」
「あのね……限度というものがあるでしょう!? たしかに、私もあの後色々と考えてーーまぁ、あなたの言うことも間違っていないと考え直したわ。それでも、生徒と登校するだなんて、何を考えているのよ!!」
うぐっ!?
たっ、たしかに……登校は、さすがにまずかったか?
でも、同じ家に住んでいるし、別々に出る方が、なんか意識しているみたいでおかしい気がするけど……。
て、そういえば!
居候の件は、絶対に井上さんに言わない方がいいな。
さらに怒られるだろうことは、目に見えている。
……あとで、サクラちゃんにも、それとなく口止めしておくかな。
「すっ、すいません。そうですよね。少し、距離をとって歩きます」
「はぁ~。普通なら『二度としません!』て、言うところだけど……彼女のこともあるし、離れて歩くなら、仕方がないのかしら」
おぉう!?
まさかの、許可がおりたぞ!
でもーー井上さん自身は、この前の言い合いからして、意外と優しいということは、何となくわかっていたからな。
よし! それならーー。
「それじゃ、これから井上さんも、サクラちゃんと一緒に登校しませんか? ほら。俺よりも、女性の井上さんとの登校なら変な噂もーー」
「調子に乗るんじゃないわよ。彼女の件は、あくまでも先生方が何とかする
ーー井上さんも巻き込んで、友達増やそうか。
と思ったのだが、睨まれつつそう言われてしまった為、ここは、愛想笑いだけにとどめておく。
く~。うまくいかない。
「それだけは、忘れないように」
「りょ、了解です」
と答えつつ、二人してサクラちゃんの元へと戻ると、何やら不思議そうな顔でーー。
「どんな話をしていたんですか?」
と、サクラちゃんのわりに、まさかのストレートできいてきた。
うっ!
どうするか……説明しにくいな。
「あぁ。別に特別な話ではないわ。ほら、球技大会が近いでしょ? その話を少しね」
と、どう説明すべきか俺が迷っていると、隣にいた井上さんが、すぐさまサクラちゃんの疑問へと答えてくる。
「そっ、そうそう! ほら、準備とか色々あるしさ!」
ーー球技大会なんて、近くにやる予定があったのか。
全然知らなかったぞ。
と思いつつ、井上さんの助け船に乗って答えると、オドオドしつつ、何故か俺の近くに寄ってくるサクラちゃん。
「なっ、なるほど」
「……遠藤くん?」
「ちっ、違いますよ!? なにもしてませんからね!?」
これは、サクラちゃんの人見知りが発揮しただけだから!
てか、鋭い質問してきたのに、突然我に返るのやめてもらっていいですか?
てか、頼むからこれ以上、俺に変な噂をつけないでくれ!!
「ブレイク期間というやつよ」
「……ブレイク期間?」
海原中学に到着した後、ツナギに着替えた俺は、さっそく球技大会の件について井上さんへと尋ねてみると、用務員室でコーヒーを飲みつつそう教えてくれる。
「ブレイクということはーー何かを壊すってことですか?」
「その通りよ。ほら、この季節って、クラス替えとかで、仲良かった子と離れたりするでしょう? で、新しい子達と仲良くする為に、スポーツとかで心の壁を壊すのよ」
へー。
そう言われてみるとーー俺も子供の頃は、この季節には、そういうイベントがあったかもな……。
と、俺も井上さんが淹れてくれたコーヒーを飲みつつ、頷いているとーー。
「だからこそ、私達の出番でもあるわ」
そう言いつつ、コップを机へと置く井上さん。
「? 俺達ですか?」
「そうよ。これから私達が、色々とやるのよ。まず、各種目のボールの点検でしょ? それから、コート作り。あとは、審判などが足りない時の補助とかね」
「えっ? それを全てですか?」
当然とばかりに頷く井上さんとは違い、内心俺は、ため息をついてしまう。
うーん。まさか、そんな色々準備をしなければならないなんて。
子供の頃は、そんなに気にもしていなかったがーー先生や学校で働いている人には、もっと感謝しておくべきだったな。
などと思っていると、さっそく授業開始のチャイムが校内に響きわたる。
さて。
俺らも働くとしますか。
「時間ね。ほら、行くわよ」
「あっ、はい! 了解です!!」
そう答えて、俺らがまず初めに向かったのは、体育館の倉庫。
そこで、バレーボールやバスケットボールなどのボール類に一つずつ空気を入れつつ、使い物になるのかを確認し、使い物にならない物や指定されている数より少ない場合は、申請書へと記入していく。
そして、その後は、色のついているテープでもって公式に通りのコートを作っていき、それが終われば、今度は校庭へ。
そこでは、サッカーボールやドッチボールなどの空気を確認をしつつ、白い粉を出すことの出きるライン引きでもって、コート作りをする。
などということをしていると、あっという間に時間が過ぎるものでーー気がつけば、何やら生徒達が校庭へと続々と出てきていた。
「あれ? もう、そんな時間ですか?」
「そうよ。三学年あるから、最低でも三限目から始まるわ。だから、急いでやる必要があったのよ」
あぁーーそうか。
サクラちゃんと関わっていたせいで、他の学年のことをすっかり忘れていた。
「特に、一年生は、緊張しているでしょうね。何せ、中学生になって初めてのイベント事だもの」
「あー、昔を思い出しますね。たしかに、緊張していたな~」
「ほら。ここは、私が見ておくから。あなたは、体育館の方をお願いね」
あっ、審判とかもやるんだったけか?
いけね。急がねぇと。
と、井上さんに急かされたこともあり、俺が体育館へと向かっているとーー何やら見たことがあるような白い犬が、途中の道で、実に楽しそうな顔をしつつ前足を振っていた。
……何をしてるの? あのドジっ子犬。
しかも、パクパクと口を動かしている為、何事かとよみ取ってみるとーー。
なになに?
ご・しゅ・じ・ん・た・まーー頑張って……だと?
「おい。ホイップ」
「ミル!? わっ、わん!」
「いや。わん! じゃねぇよ。お前、何してんだ? そんな、目立つところで」
「もっ、もちろんご主人たまを応援していましたミル! なんと言っても、ミルは、アース様から任されましたから!」
「……カスタードはどうした?」
「お兄たま? お兄たまなら、夕方になるまで、そこら辺を散歩してくるって言っていたミル」
と、可愛らしく小首を傾げながら答えてくれるホイップ。
そうだよな?
それが、普通だよな!?
「あのな? お前みたいな犬が、普通に学校にいること事態がおかしいんだよ。しかも、白い犬とか、余計に目立つよな? わかるかな? 俺の言っていることが」
「みっ、ミル!? 笑顔なのに、ご主人たまが怖いミル!」
「ホイップ? カスタードと同じく、そこら辺を散歩して、夕方になったら戻ってきなさい」
で、でもアースたまがーー。
などと、うるうるした瞳でその場から動こうとしないホイップ。
おい、アースさん。
人選、ミスってないか?
真面目すぎるのも考えものだぞ。
ーーいや。カスタードみたいに、何でも知っていますよ私? みたいな奴も、生意気で嫌だけどさ。
「おや? 遠藤さん?」
と、いっそうのこと、ホイップを抱えて校門まで連れていくか考えていると、何やら聞いたことのある声が、後ろからきこえてくる。
「うん?」
「あぁ。やっぱり、遠藤さんでしたか。そんな道の真ん中で座りこんで、どうかしましたか?」
誰かと思えばーーマコトくんか。
相変わらずのイケメンフェイスで、にっこり微笑みつつ近づいてきた生徒会長のマコトくんは、球技大会ということもあってか、本日は体操服姿でーー俺の隣へとくると、早速ホイップへと視線を向け、実に困ったような笑みをうかべてくる。
「あははっ……あの、遠藤さん? もちろん、ペットが心配なのはわかりますがーーさすがに、学校に連れてこられるのは、困りますよ。ほら。他の生徒さん達も、我慢して登校してきていますしーー」
「もっ、もちろん! わかっているよマコトくん! えっと、これはそのーーそう! 勝手についてきてさ!! いやー、どうしようか困っていたんだよ」
「勝手にですか? なるほど……遠藤さんが大好きなんですね。うーん。そうだなー」
と、俺が血の気を引かせつつ、慌ててそう答えると、どうやら信じてくれたらしいマコトくんは、顎に指を添えつつ何やらうねり声をあげる。
ーーこうして見ると、本当にイケメンだよなマコトくん。
誰も、彼女が女の子なんて気がつかないわけだ。
そうーーこの鳳凰院マコトくんは、完全な男装をした
これには、深い理由があるのだがーーおそらく、その事実を知っているのは、学校内だと俺だけかもしれない。
と、まじまじとマコトくんを見ていたのが、完全に悪かった。
俺の視線に気がついたマコトくんは、始めこそ不思議そうな顔をしていたが、何やら気がついたように目を丸くすると、一気にその顔色を青くしていく。
「おぉう!? どっ、どうしたのマコトくん!」
「いっ、いえ。その……遠藤さん。例の約束は、覚えていますか?」
約束?
あぁ。もしかして、男装していることを黙っているっていう、あれか。
「もちろん覚えているよ。それがどうしたの?」
「やっ、やはりあれでしょうか? 口止め料がたらないから、今回の件を見逃せーーという、そういう意味でしょうか?」
……はぁ!?
いやいや! そんなことあるわけないだろ!
勝手な妄想で、フラフラしつつ見上げてきたマコトくんに、慌ててその両肩を掴んだ俺はーー。
「違う違う! そんなせこい真似なんて、しないよ!!」
と、慌てて否定するが、何やら突然俺から距離をとるだすマコトくん。
「いっ、いけません! さささっ、さすがに僕の身体を自由にすることはーー」
「違うって言っているでしょうが! 一旦落ち着けマコトくん!!」
勝手に暴走するなよ!
てか、僕の身体って何?
君の恋愛対象は、同性でしょうが!
「なーんだ。そうだったんですね。てっきり、遠藤さんも世の中の男性と同じなのかと思ってしまいましたよ」
「……あのさ。本人を前に、あまりそういうこと言うのよくないと思うよ?」
と、体育館の裏で、ホッとした様子のマコトくんへとそう伝えつつ、実に嬉しそう顔のホイップを抱える。
あれから少し暴走を続けたマコトくんに対して「実は相談がある! きいてくれ生徒会長!!」と言ったことで、やっと冷静に現状の話をすることができた。
「ですけれど、そうですね……無理に外に出すのも心配だと思いますし、しばらくここに居てもらうかーーもしくは、用務員室に居てもらうとかが、一番良いと思います。ホイップちゃん? でしたっけ? 可愛い子ですから、生徒達の前に連れ出すと、色々と大変だと思います」
「……見た目はな」
「えっ? すいません。聞き取れませんでした」
おっと。
ついつい、本音がもれてしまった。
「いや、なんでもないよ」
「そうですか。それにしてもーー問題は、大海原さんですね」
そうだ。
このホイップの件もそうだが、むしろそちらの方が問題が大きい。
相談があるという言葉で、マコトくんを正気に戻したがーー別にそれは、嘘ではなく、本当に困っていることがあったのだ。
で、その相談事は、何かと言われればーーもちろん大海原イルマ。彼女ことだ。
せっかく、サクラちゃんの友達増やそう大作戦をしようとしたのに……まさか、出だしで潰されるとは思わなかった。
なので、そこは生徒会長。いろいろと、他の生徒さん達について詳しいと思い、次なる手を考えてもらおうとしたわけだ。
「まさか、忠告した次の日に出会ってしまうなんてーーですが、彼女の性格からして、そこまで心配することはないと思いますよ。事実、あの事件の時だって、彼女からの訴えがなかった訳ですし」
へっ?
訴えがなかった?
「そっ、それって。俺にそのーー覗かれたことを、言わなかったってこと?」
まさか。
そんなことあるのかと思いつつきいてみると、静かに頷くマコトくん。
「えぇ。初めは、脅されたりしたのかと思ったんですが、そんな様子もありませんでしたからーーて、あっ! すいません。失礼なことを」
「いっ、いや。そう思われても仕方ないよね。うん。続きをどうぞ」
「では……あの事件が、先生方に伝わったのは、実は、大海原さんのクラスメイトの子からの訴えだったんです。さすがに、隠し通せず彼女も愚痴のようにもらしてしまったんでしょう。それでも、彼女なりに遠藤さんが新人であったこととーー社会的な背景を察して、黙っていた可能性はあると思います」
社会的な背景ーー。
つまりは、変態扱いされて、二度と社会復帰できないかもしれないってことか。
でも、それでも不可抗力として、覗かれたことを不問にするなんてーーすごい子だな。
「……優しい子? なのかな?」
昨日の荒れようからして、そんな気は、全然しないけどな。
と、思いはしたものの、口にださずにいると、何やらマコトくんが心底嬉しそうに大きく頷く。
「そうなんです! 友達思いでもありますし、それにあのキュートな外見! 可愛いですよね!」
「……」
「それにしても、まったく。ダメですよ遠藤さん。女性に対して、体格のことを言うなんて、言語道断です! 気をつけないといけませんよって、あれ? どうかしましたか? そんな疲れたような目をなさって」
どうかしましたか? って。
「マコトくん。一応、秘密にしているんだよね? 色々と」
「へっ? えぇ、もちろん」
「こう言っては、なんだけど……秘密にしている人間の反応では、なかったよ」
ブフぅ!
と、息を壮大にもらしたマコトくんは、何度か咳き込むと、少し頬を紅くしつつ、大きく一度咳払いをする。
「とっ、ともかく。彼女ともう一度しっかり話をしてみたらどうでしょうか? 根に持つ子では、ないと思いますから」
「うーん。わかった。とりあえず、そうしてみるよ。ありがとうねマコトくん」
……うん。
全然、話せる気がしないけど。
「いえいえ。お力になれて、何よりです! では、また」
と、にこやかに手を振りつつ去るマコトくん。
そして、マコトくんがいなくなったのを確認した俺は、すぐさま抱えていたホイップを目の前の高さへと持ち上げる。
「てことだ。お前は、しばらくここに居てくれ」
「? どういうことミル?」
いや、きいてなかったんかい!!
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