第5話 開幕!

 身体が痛い。

 しかも、肩が重い。



「それにしても、進歩のない奴ミケ。井上に、一度も攻撃が当たらないとわ」

「うるっ……いや。もう、お前の小言にも、反応するだけの元気がないわ」



 実際問題、井上さんにボコボコにされているのは、事実だしな。

 聞くところによると、サクラちゃん達は、スムーズに訓練がいっているらしい。

 つまり、俺だけうまくいっていない。


 アイリスさんのおかげで、負のエネルギー訓練の方は、それなりに順調に進んでいると思う。


 今現在、カスタードを肩に乗せていても、それほど精神的に辛くないのが良い証拠だ。


 だがーー井上さんの訓練の方は、身体を基本的に使うからか、一向に改善の傾向がみれない。



『スポーツも格闘技もしていないあなたが、急に強くなるなんてのは、無理な話よ。だから、成長していないわけではないわ』



 と、井上さんは言ってくれるけどーー。

 さすがに、焦ってくる。


 大会までもう、あまり時間がないのだ。

 このままだと、サクラちゃん達にほとんど任せることになってしまう。



「せめて、決勝ーーいや。準決勝までは、行っておきたいよな? 仮にトウマくんとあたれば、少しでもダメージを残せて、サクラちゃん達を優位にさせてあげられるし」


「姑息な考えだがーー今回ばかりは、負けられないからな、ミケ。欲を言えば、お前が道連れに敗北すれば、サクラかイルマが確実に優勝できるミケ。所詮、大会といってもサクラ達と対等に戦えるのは、井上とあの男だけだろうからな、ミケ」



 そうだよな~。

 でも、このままだと危ういよな~俺。

 筋肉つけようかとも思ったけど、井上さんからは、今さらつけ焼き刃だ。とか言われるし。


 どうしたものか……。



「せめて、一撃必殺でもあれば、少しは、いいと思うんだよな~」

「重力操作があるミケ。お前の目は、どこについているミケ?」


「重力操作は、動きを止めたりするのに適しているってだけで、一撃必殺じゃないだろう」



 しかも、お得意の小言が入っているし……。

 なんてことを話しつつ、サクラサクへと帰宅すると、何故かマイさんが、玄関口で仁王立ちして待っていた。



「あっ、マイさん。ただいま帰りました」

「おかえり。遠藤くん。早速で悪いけど」



 うん?



「お話ーーしましょうか?」







 お話ーー。

 仮に母親が目の前にいたとして、そんなことを言われたら、何が待っているのか?


 決まっている。

 説教である。


 まだ訓練から戻ってきていないのか、サクラちゃんがいない中、何故かマイさんと机を挟んで座らされている。

 しかも、なんか怒っていないか?



「えっと……お話というのは?」

「……ハッキリ言って、私は、男の子を育てた事もないし、兄弟もいたことがないから、わからないわ。でも」


「……」

「ここ一週間以上、一体何をしているの?」



 うっ。

 やっぱり、それか。

 まぁ、そうなるよな。


 今まで普通に帰ってきていた奴が、突然顔やら身体やらに、アザをつけて帰ってくるようになったんだ。


 しかも、一週間ずっと……。

 誰だって、気になる。



「私は、遠藤くんの親でも親戚でもないけれどーーさすがに、見過ごせないわ。まさかと思うけれど、危険なことをしているとかじゃないわよね?」


「もっ、もちろん違いますよ! そのー。そう! あれです。格闘技を習い始めまして」



 うん。

 ギリギリ嘘ではない。

 実際に、教えてもらっているし……。


 と、慌てて説明すると「どこの格闘技?」と、まさかの追及が来てしまう。

 どっ、どこの!?



「えーと。ごっ、護身術?」

「どこでしているの?」

「あーと。がっ、学校の近くですかね?」


「そう。ちなみに、私の記憶が正しければ、海原中学の近くに、格闘技の習い事をしている道場なんて、なかったと思うけれど?」



 ……やっちまった。

 トドメの一撃とばかりに、マイさんにそう言われてしまい、何も言い返せなくなってしまう。


 そして、そんな俺の様子を見つつ、大きなため息をつくマイさん。



「遠藤くんと暮らして、私なりにあなたの性格を理解しているつもりよ。危ないことは、本当にしていないんでしょう。でも……わかるわよね? 家には、サクラがいる。あの娘は、あなたを本当に慕っているし、もしかしたらーーお兄ちゃんと思っているかもれないわ。だから、きちんと納得できる説明をしてちょうだい」



 まずい……。

 非常に、まずいぞ。


 納得行く説明と言われても「危険なことが近々あるから」なんて言ったところで、納得してくれるわけがない。


 かといって、G1グランプリに参加すると言ったら、そこから全てがバレる恐れがある。


 サクラちゃんが、ガイア本人であるなんて知ったら、絶対にマイさん気絶するぞ。


 なんせ、今や人類の敵だし。



「……説明、できないの?」

「いっ、いや。その……」



 やっ、本当にヤバい!

 どっ、どうする!?


 考えろ俺! 

 まだ、全て失ったわけではない!

 冷静に考えるんだ!

 こういう時こそ、取捨選択だ!


 ここで言わなかった場合、マイさんが俺を疑い出すのは、確実。


 そうなれば、俺の行動を探る内に、サクラちゃんの正体に気づく可能性がでてくる。


 そんなことになったら、絶対にサクラちゃんを説得するだろうし、やめさせようとするだろう。


 でも。サクラちゃんは、あの通り優しいし正義感もあるから、カスタードやホイップの為にも、途中でやめたりなんて、しないと思う。


 ということは、俺の正体とサクラちゃんの正体を絶対にバラす訳には……。


 いや、待てよ?

 サクラちゃんの正体を隠しつつ、あるんじゃないか?


 俺とサクラちゃんの繋がりが、確実にバレたら危険ということは……。


 逆に、俺が魔法少女と繋がっていることがバレても、問題ないのでは?


 サクラちゃん=魔法少女とバレていないのなら、俺がミルキーガイアと仲間であることがバレても、そこからサクラちゃんへと矛先がいかないかもしれない。


 もちろん。リスクは、それなりにある。

 だがーーここで、俺の正体をバラすことで、サクラちゃんへの疑いの目は、少なくできるかもしれない。



「……わかりました。マイさん、実はーー」









 長い時間をかけ、俺がサルバトーレであり、ミルキーシスターズの仲間であること……。


 そして、多くの人々をホシガリーから助け、今現在G1グランプリに出場する為に、鍛えていること……。


 それら全てを話終えると、マイさんは、大きなため息と共に、自身の額に手の平を押しつける。



「えっと……ちょっと待ってね。つまり、遠藤くんが、この前テレビに映っていた魔法少女達の味方で、彼女達は、人々に危害を与えていないどころか、人知れず私達を助けていたってこと?」


「はい。そうです」


「えっ? てことは、遠藤くんも魔法少女ってこと?」



 いや、なんでそうなる。

 ……あれか。

 完全に、混乱させてしまったのか。



「いえ。俺は、彼女達と同じ力が使えるだけで、魔法少女のような力は、ないです。身体は、普通の人間のままですよ」


「身体って……ともかく、嘘ではないのよね?」



 信じたいけれど、信じきれない。

 そういう眼をしているマイさんに対して、俺は、一度カスタードへと視線を向けてから、右手で重力操作をテーブルにかける。


 目つきからして、カスタードの奴が怒っていそうだがーーこれが、最善の手なんだ。


 仕方がないだろう。

 説教なら、いくらでも受けてやる。



「マイさん。テーブルを持ち上げてくれますか?」

「テーブル? どうして、突然ーー」



 と、不思議な顔をしつつも、言われた通りにしてくれたマイさんは、軽く宙に浮いたテーブルを見て、唖然とする。



「これが、証拠です。今、テーブルに対する重力をなくしました。俺は、重力を操作することができるんです」


「あっ……そっ、そう。ちょっ、ちょっと待ってちょうだい。少し、頭を整理するから。あっ、これ戻せるのかしら?」



 マイさんの言葉通り、テーブルの重力を徐々に戻しつつ降ろすと、力が抜けたように、背もたれへともたれかかるマイさん。


 それから、しばらく静寂が場を包むと、短い息をつくと同時に、マイさんが口を開く。



「サクラは、この事を知っているの?」

「いえ。伝えていません」



 と、知っているも何も、協力関係であるのに、すぐさま嘘で答える。

 我ながら、すんなりと嘘をつけるものだ。



「そう……なら、この事は、絶対に伝えないでちょうだい」

「……」


「わかっているとは、思うけれどーーあの娘は、普通の子どもなの。仮に、遠藤くんが言ったことが真実だとしても、世間では、既にあなた達に対して疑惑を持っている人もいるはずよ。せっかく、イルマちゃんと仲良くなれたのにーーその事を知ったら、きっとサクラは、迷っちゃう。遠藤くんとイルマちゃんの間で……ね」



 そのイルマちゃんも、実際は、魔法少女なんだがーーまぁ、知らなければ、そうだよな。

 さすが母親。

 よく、娘さんの事をわかっていらっしゃる。



「わかりました。秘密にしておきます」

「えぇ、お願いね。それとーー素直に話してくれてありがとう。短い間だけど、遠藤くんが人を傷つけるような人じゃないのは、私もわかっているわ。だから、このままこの家に居てもいいけれどーーあまり、危険なことはしないって、約束できる?」



 ……えっ?



「話からして、最近やり始めた訳じゃないんでしょう? きっと、遠藤くんの中でやめられない理由があると思うから、無理にやめろ。とは、言わないわ。それでも……やっぱり、危険なことをするのなら、心配になっちゃうわよ。もう、家の家族みたいなものだしね」


「……マイさん」



 正直、追い出される覚悟を、実は少ししていた。

 マイさんからすれば、訳のわからないことを進んでしている、あかの他人だ。

 追い出す理由があっても、家に置いておく理由などない。


 なのにーーマイさんは、このまま居てくれていいと言うだけでなく、俺の心配までしてくれているらしい。



「あの。えっと……」

「ふふっ。約束は、できないって顔ね。まぁ、実際G1グランプリ? だったかしら。あれの大まかな説明を見ただけでも、危険そうだもんね~」



 ぐっ。

 ばっ、バレてる。



「でも。棄権って方法が、絶対にあるはずよ。そうでなければ、人権問題だもの。天下のノーマルコーポレーションが、棄権や降参がないなんて、酷いルールを作るはずがないわ。だからーー危ないと思ったら、絶対に棄権して」

「……はい」



 それは、できない。

 ーーと言いたかったが、マイさんの真剣な目が、俺の事を本気で心配していると言っている気がして、言えなかった。


 そんな俺の心情を知らないマイさんは、俺の答えに満足したのか、笑顔を浮かべると、突然俺の頭を撫でてくる。


 うぇっ!?



「よろしい! 本当なら、抱きしめたりした方がいいと思うけどーーね。ほら。こんなおばさんに抱きしめられても、嫌でしょう? だから、これで我慢しなさい」


「ちょっ! 子どもじゃないんですから! てか、マイさんは、全然おばさんなんかじゃないですよ!」


「あら、そう? 嬉しいこと言ってくれるわね~。遠藤くんがそう言ってくれるなら、私もまだまだイケたりして? なーんてね。私からしたら、遠藤くんの年齢でも、まだ子どもよ」



 と、妖艶な流し目をしつつ、俺の額を人差し指でコズいたマイさんは、いたずらっ子のような笑みを浮かべると「お風呂に入ってくるわ~」と言って、洗面所へと向かってしまった。


 やっ、やばかったな……今の。

 滅茶苦茶、心臓がバクバクしたぞ。


 くっ!

 あれが、歳上の余裕って奴か?

 悔しいがーー何も答えられなかった。



「おい! 何を固まっているミケ!」

「いっで!? おまっ! 何するんだよ!!」



 と、俺の頬へと前足で跳び蹴りをしてきたカスタードへと文句を言えば、全身の毛を逆立てつつ、カスタードが唸る。



「どうゆうつもりミケ! あの状況から、サクラの事を話さなかったのは、良いとしてもーー星の力を見せるのは、余計ミケ!」


「あぁ? そんなこと言っても、仕方ないだろうが。ああでもしないと、信じてもらえなかったと思うしよ」


「そんなんだから、お前はダメなんだミケ。もっと、うまく立ち回れていれば、マイにもバレなかったものを!」



 はぁ!?

 こいつ! 今何て言いやがった?



「これ以上なく、うまく立ち回っているだろうが! お前みたいに、暇があれば寝て。暇があれば、食ってーーなんて生活、こっちとらしてねぇんだよ! 文句があるなら、一円でも稼いでから言いやがれ!」


「なっ、なに~!? がいないことをいいことに、欲情した奴が生意気を言うなミケ!!」



 なっ!?

 よっ、欲情だと!?

 確かにドキドキは、したがーー誰が、友達の母親に欲情なんてするか!!

 このくそ猫が!!



「言いやがったな、この毛玉!! もう、我慢ならねぇ! 動物愛護法がなんだ!! 化け猫は、対象外です!!」


「誰に言っているミケ! お前のへなちょこ攻撃など、掠りもしないミケ!」



 跳びかかってくるカスタードに対し、叩き落としてやろうと、腕を振る。


 がーーこの毛玉。

 予想よりも動きが速いし、なんならすぐに地面から跳んで来やがる。



「いでで! おい! 殴り合いで爪を使うな!! 卑怯だぞ!!」

「殴り合いじゃないミケ! 使える物を使って、何が悪いミケ!」



 このっ! こっちは、叩き落としているだけなんだぞ。

 引っ掻き傷が俺だけにできるなんて、ズルじゃねぇか!


 やろう~。そっちがその気なら、こっちだって!!

 と、跳びかかってきたカスタードに対して、タイミングを合わせた俺は、当たる直前に右手だけ重力を増やし、小さな頭に一撃を入れてやる。



「ミケッ!」

「ぶわっはは! ザマーみろ化け猫。俺に勝ちたいなら、人間に生まれ変わってからこーーんっ?」



 おや?

 重力操作と遠心力だけで、力をほとんど入れていない攻撃なのにーーカスタードの奴。やけに、頭を振っていやがる。


 そんなに、痛かったのか?



「どうした? 軽くコズいただけだろ? 痛むふりして、油断させる作戦か?」


「チィ。そんな姑息な手を使わなくても、お前みたいな生意気な小僧、どうとでもなるミケ。ただ、少し威力があっただけミケ!」



 威力があった?

 あんな、速度だけの攻撃で?


 ……おや。

 なんだ、このモヤモヤ感。

 なんか、良いことに気がついたような、すり抜けたようなーー。



「ミケ!!」

「いでー!!」



 がっ、顔面が!?

 もう少しで、何か大切な事に気がつきそうだったというのにーーカスタードの奴が爪をたてつつ跳んできたせいで、とんじまった!



「何しやがる! 今、滅茶苦茶良いところだったのに!!」

「どうせ、ろくでもない妄想でも、していたんだろうがミケ! この万年欲情男が!!」



 あぁ!?

 誰が、万年欲情だ!!



「ざけんなテメー!」

「こっちのセリフミケ!」



 と、結局サクラちゃんが帰ってくるまで暴れていた俺達は、揃ってボロボロになったところで、何とか折り合いをつけるのだった。










 来て欲しくない日ほど、早く来るのは、どうしてなのだろう?


 小さい頃は、みんなの前で発表したりとか、そんな小さな出来事だったがーーこんな大舞台での緊張感は、初めてだ。


 大歓声が響く中、いつものようにフルフェイスヘルメットとツナギを着た俺は、軽く息をつく。



「うぅ~。緊張してきたー!!」

「ほっ、本当に緊張しているんですか? とても、そんな風には、見えませんけど……」


「マリンは、もしかしたら慣れているのかもね……さぁ、行こうか。二人とも」



 武者震いのように、身体を震わせていたイルマちゃんとは違い、本当に緊張しているのかーー終始表情が固いサクラちゃん。


 どちらかというと、俺もサクラちゃんと同じ気持ちなのだが……ここは、大人の俺がしっかりしないとな。


 そんな気持ちで、二人に声をかけつつ背中を軽く叩くと、勢いよく頷き答えてくれる。



「「はい!」」



 五月の大型連休を終えた、月末の土曜日ーー。

 ついに、俺達ミルキーシスターズの命運をかけた大会が、幕を開ける。

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