第4話 私にないもの
「はひっ、ひっ!」
いっ、息ができません!
前を走っていたイルマは、既に小粒くらいの大きさになっていて、その背中を、必死に追いかけていますがーー。
ぜっ、全然追いつけません!!
「頑張るミル~」
「ひっ、はひ!」
うぅ~。
いつも隣で、こうしてホイップが応援してくれていますがーーまったく成長していない私に、呆れているのでは?
そんな気がしましたが、その予感を頭の中から追い出した私は、心臓が破裂してしまうと思うくらい高鳴っている胸を抑えつつ、どうにかイルマのいる頂上へと到達しました。
「おつかれー。水飲む?」
「ひっ、ひっ。えっ、ひゃい!」
こっ、答えることすらできません!
差し出されたペットボトルを、私が受け取ると「あぁ、話しかけてごめんごめん」と、イルマが、苦笑いしつつ近くのベンチへと座ります。
「この前が、二時間くらいだったからーーそうね。二分の短縮! 良い調子よ!」
にっ、二分……。
つまり、ほとんど変わらないってことですよね?
「っ! すっ、すいましぇん。私にあわせているせいで、イルマの訓練になっていないですよね?」
「あははっ。そんなことないわよ。それを言ったら、次の模擬戦闘? なんて、あたしが足を引っ張っているようなものじゃん。てことで、お互い迷惑かけているから、気にしない。気にしない!」
イルマ……。
初めて会った時は、少し苦手な人だと思いましたがーー最近になって、イルマの事がわかってきた気がします。
イルマは、言葉が強い時もありますが、本当は、とても優しくて友達思いの人。
それに、明るく元気な子です。
でも……そんな彼女にも、弱い部分があります。
「模擬戦闘ーーイルマも、だいぶ慣れてきましたよね。このままだと、私が教えられることなんて、なくなってしまいます」
「そう……かな。あたしは、サクラと違って頭良くないからさ。まだ、手の抜きどころとか掴めていないよ。そのせいで、一歩間違えていれば、副会長を……さ」
「イルマ……」
そう。
これが、イルマの弱さです。
他人が落ち込んだり、傷ついている時は、すぐに手助けをしてくれる彼女ですが、どうにも、自分自身の間違いや力不足には、かなりダメージを受けてしまうみたいです。
特に、平等院トウマさんとの戦闘。
あの時の攻撃を、イルマは、まだ引き摺っています。
遠藤さんも言っていたように、あの場面での全力の蹴りをしてしまったことは、別に間違いではないと思います。
それほどまでに、彼と私達の実力の差が大きかったし、なにより手加減をしている余裕なんて、正直ありませんでした。
でもーーイルマは、自分が人間相手に本気の蹴りをしてしまったことを、いまだに許せていない。
それどころか、自分自身に追い討ちをかけている雰囲気さえあります。
……こういう時、なんと声をかけたら良いのでしょうか。
仮に遠藤さんがここにいれば、すぐにでもイルマを勇気づけられるはずです。
けれどーーそんな遠藤さんは、昨日のカスタードとのケンカから、どうにも話しかけずらい雰囲気になっています。
あんなに声を荒げた遠藤さんを見たのは、初めてでした。
いつも優しく私達に、色々と手助けをしてくれていた遠藤さんですが、まさか、あんなことを思っていただなんて……。
うぅ……。
平等院トウマさんとの戦闘から、私達の関係が、何やら壊れ始めている気がします。
このままでは、きっともっと壊れてしまいます。
そうならない為にも、私がしっかりしないと!!
「よし! イルマ、早速始めましょう!」
「うっ、うん……サクラ、急にどうしたの? 突然気合いの入った顔をしているけどーーなんか、おかしいわよ?」
えっ?
おっ、おかしい!?
そんな~。せっかく、やる気を入れたというのに……。
と、まさかのイルマの言葉に、私が傷ついていると、ホイップが肩へと跳び乗ってきます。
「気合いがあるのは、良いことミル。お兄たまも、よく『気合いを入れろミケ!』て、ホイップに言ってきていたミル!」
「いや。ホイップは、見るからに気合いが足らないから、そう言われても仕方ないと思うけどさ。サクラは、別に気合いがなくないでしょう?」
「ミル!?」
と、割りと酷いことをホイップへと言ったイルマは、からかうような笑みを浮かべつつ、ベンチに私が座れる隙間を作ってくれます。
「むっ~」
「あははっ。ごめんごめん、サクラ。そんなに膨れないでよ。それじゃ、始めよう!」
そう言ったイルマの隣へと座った私は、ゆっくりと目を閉じました。
模擬戦闘ーー。
それは、アース様のいる楽園境でいつも行っています。
ホイップ曰く、精神のみを移動させている為、時間の流れが、こちらとは少し違うとか。
その言葉通り、楽園境で二時間以上に及ぶ戦闘をイルマとしましたが、こちらに戻ってくると、まだお日様がきちんと真上にいました。
「ふぅー。いやー、やっぱり駆け引きとか苦手かも。あたし」
「えっ? そうですか?」
「そうよ。サクラって、大人しい割りに、そこら辺上手過ぎない? あたしなんて、右で殴る! て決めたら、絶対に右だもん」
あははっ。
確かにイルマの攻撃は、いつも真っ直ぐな気がします。
「ねぇねぇ! どうやって、あんな上手くやっているの?」
「うーん。別に、私も意識してやっているわけでは……」
そう聞かれても、正直困ってしまいます。
元々スポーツ万能のイルマと違って、運動が苦手な私は、カスタードに教えて貰っていました。
なので、今の私が上手というのであれば、カスタードに教えて貰った方が良い気がします。
「かっ、カスタードに聞いてみると良いかもしれません」
「カスタード? なんで、カスタード?」
「私に戦い方を教えてくれたのが、カスタードだからです。だから、もし知りたいのでしたら、カスタードに聞いてみた方が良いかもしれません」
「ふーん。つまり、サクラも、よくわかってないってこと?」
うぐっ!?
「そっ、そうなりますね」
「そっか。サクラって成績が良いから、色々頭の中で考えているのかと思っていたけどーーあたしと同じ、感覚派ね!」
気が合う~。
と、嬉しそうに立ち上がるイルマ。
同じ感覚派……。
あれ?
嬉しいことですよね? バカにされた訳では、ないですよね?
少し会話を楽しんでから海原山を走りながら下山した私達は、ようやく日が暮れた頃に、自宅へとつくことができました。
「それじゃ、また明日ね!」
「うん。また、明日」
正直、イルマが羨ましいです。
あれだけの運動をして、元気に手を振れるというのは、もはや才能なのでは、ないでしょうか?
私は、何回やっても疲れが取れません。
そんなことを、イルマの背中が見えなくなるまで思っていると、何やら家の方から声が響いてきます。
「だから! お前も動けるなら、手伝ってくれてもいいだろって言ってんの!! なんでわからないかな~この毛玉!!」
「なにっ!? 勝手に何処かに消えた癖に、その言い方は、なんだミケ! これは、マイからの罰だミケ!」
この声……カスタードと遠藤さん?
でも、昨日と違って、遠藤さんの声に元気があるような。
「いらっしゃ、おぉ! お帰りサクラちゃん!」
「遠藤さん。大声で怒鳴って、どうしたんですか?」
早速中へと入ってみると、昨日とは、別人のように元気になっている遠藤さんが、笑顔で迎えてくれました。
なので、大声をあげていた理由を尋ねてみると、カスタードが遠藤さんの肩へと跳び乗りーー。
「サボりだミケ。朝から何処かに消えた罰で、一人で店番をしているミケ」
と、尻尾で遠藤さんの頬を叩きつつ説明してくれます。
そういえばーー朝からいませんでした。
遠藤さん。
「それについては、マイさんから許してもらったっての! 罰は、お前が勝手に考えたんだろうが。まぁ。急にいなくなったのは、悪かったと思っているけどさ」
「そうミケ。なら、黙って働くミケ」
「年中ゴロゴロしているお前にだけは、言われたくないけどな。てか、サボってねぇでドンドン送ってこいよ。負のエネルギー? だったか?」
えっ?
負のエネルギーというと、昨日のケンカの原因だったあの修行のことでしょうか?
まさか、遠藤さんからそんな言葉が出るとは、思いもしなかった私が驚いていると、その事に気がついたのか、照れくさそうに頬を搔く遠藤さん。
「あははっ。ごめんね、サクラちゃん。昨日は、迷惑をかけちゃってさ。でも、もう大丈夫。俺さ……焦っていたんだよ」
「焦っていた?」
「うん。サクラちゃんもイルマちゃんも、傷つきながらでも、きちんと戦えるヒーローなのにーー俺は、どこまでいっても人間のままだからさ。殴り合いは、正直言って痛いし怖い。なのに、戦える力がある……ぶっちゃけ俺って、中途半端な存在なんだよ」
えっ!?
「そっ、そんなことありません!! 今までだって、遠藤さんが動きを止めてくれたり、指示を出してくれたおかげで、私達は、勝てていたんですよ!」
そうです!
サッカーのホシガリーの時だって、お母さんの時だって……いつも、遠藤さんが必要なことを教えてくれていました。
もっと言えば、ホウキのホシガリーの時に遠藤さんが助けてくれなければ、私だって危なかったというのに……。
乾いた笑みを浮かべた遠藤さんへと、必死にそう返せば、いつものように優しく目を細めた遠藤さんはーー。
「ありがとう。でも、もう平気だよ。今言った事は、全て、昨日まで俺が心に引っ掛かっていたことなんだ。今日、アイリスさんと話せる機会があってね……そこで、気づけた。俺は、俺にできることを精一杯するよ」
そう言って、私の肩へと手を置いてきます。
その手からは、いつものように優しい温かさが伝わってきてーー。
うっ、うぅ~。
優しい……優しすぎます!
遠藤さんの他人を気遣うこの優しさ……なんて、すごいんでしょうか。
私なんて、自分に嫌なことがあったら、絶対に他人に優しくすることなんて、できそうにありません。
「えっ、遠藤さん~」
「えっ!? ちょっ、どうしたのサクラちゃん!」
「おい。サクラを泣かすなミケ」
そんなことを思ってしまうと、自然と涙が溢れてきてしまいました。
すると、それを見たカスタードが変なことを言い、遠藤さんが見るからに慌てだしてしまいます。
でも、本当によかった……。
遠藤さんが、元の遠藤さんに戻ってくれて!
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