第10話 魔法少女マリン

 お姉ちゃんに、もう一度サッカーをしてもらいたい……。

 それは、誰でもわかる通り、あたしの身勝手なわがままだ。


 それなのに、あいつはーー酷いことを何度もしたはずなのに、あたしの為にいろいろと考えてくれて、忙しく走り回ってくれた。


 香林さんだって、そうよ。

 一度、一緒に町内の人にチラシを配っている時、やめてもいいと言ったけれどーー。



「えっ? えーと……ここまできたら、やらせて貰えませんか? その。私も、大海原さんの手助けがしたいんです! それに……アイリスさんにも、元気になってもらいたいですし」



 なんてことを、笑顔で言ってくれた。

 あたしと違って頭が良く、すぐに何処かへと消えてしまう、ちょっと不思議な香林さん。

 まさか、こんなに優しい人だとは、正直思いもしなかった。


 ーーそう考えると、あたしの頼った人達は、みんな良い人達ばっかりだったんだよね……。


 何が、本当のあんたはどっちよ。

 何で、校門に香林さんがいた時、うわっ。て思ったのよ。

 あたしは……第一印象でしか、人を判断してないバカだったんだ。


 突然現れたピンク髪の女の子へと、まっすぐ向かっていくあいつの背中を見ていると……あたしは、ひどく自分が最低な人間だと感じてしまう。



「……ヒーロー」

「ミル?」



 意識せずに出てきてしまった言葉に、足下にいるホイップが、可愛らしく首を傾げてくる。



「あたしね……実は、小さい頃からヒーローに憧れていたのよ。テレビに出てくる、あの変身して、人々を救うヒーローよ」

「う~ん? ミル?」



 あははっ。

 ホイップに言っても、わからないか。

 でも……一度口にしてしまうと、もう止められない。



「だからさ……お姉ちゃんが怪我した時、あたし思ったのよ。ヒーローの出番だ! てね」



 でもーー現実は、テレビのように簡単じゃ、なかった。


 どれだけ励ましても、お姉ちゃんは、サッカーをやろうとはしてくれない。


 それどころか、動くことすらなかなかしてくれなくてーー。

 あたしは、すぐに諦めてしまった。


 だからこそ……あいつみたいに、身体が自然と動く人が、本当のヒーローなんだと思う。


 そう思った途端、突然寂しさがこみ上げてきたあたしは、とりあえず近くにいたホイップを抱き上げると、その身体を強く抱きしめる。

 これで、少しは、寂しさをやわらげるはずだもん。



「あたしには、無理だよ。あんな化け物に、立ち向かうことなんてーーできっこない」

「ーーイルマ? 落ちこんでいるミル?」



 あははっ。

 そうだよ……落ちこんでる。

 結局あたし一人じゃ、何もできない。


 カッコいいヒーローになんて……なれないのよ。

 泣いてはいけないとわかっていても、自然と涙が溢れ、頬をつたっていく。



「イルマ……」

「大丈夫。大丈夫だよ、ホイップ」



 そうよ。

 もう少しすれば、きっとこの涙も止まる。

 そんなことを思いつつ、できる限りホイップへと笑顔を向けると、何やら苦しそうな声が化け物の方から聞こえてくる。


 この声!?


 最近になって、嫌と言うほど聞いてきた声に、反射的に顔をあげるとーーあいつが、裕福そうな服を着たおばさんに、鞭で叩かれていた。



「あっ!?」

「ご主人たま!?」



 えっ? ご主人?


 突然のホイップの言葉に、あたしが一瞬動きを止まってしまうと、その隙にあたしの腕から飛び出たホイップは、そのままあいつの元へと駆け出そうとする。


 て、ちょっ!?



「バカ! やめておきなさいよ!!」

「はっ! 離してミル! ご主人たまが!!」



 ご主人たまって、何よ!

 というより、あんたみたいな子犬が行った所で、意味ないっての!


 そう思いつつ、ジタバタと暴れるホイップを何とか抱き止めたあたしは、とりあえずホイップを落ち着かせる為に、自分と目線を無理やり合わせる。



「落ちつきなさい! あんたみたいな子犬が行った所で、何もできないわよ! ここでじっとしてればいいの!」


「なっ!? 何を言っているミル! ご主人たまは、加護を受けていないのでミル! あんな攻撃を受け続けたら、かわいそうミル!」


「かわいそうって……しっ、仕方ないわよ。勝手に出て行ったのは、あいつでしょう? それに、あたし達みたいな弱い奴らなんて……例え行っても、何もできないわよ」



 そうよ。

 無理に、決まっている。

 大人のあいつでさえ、無理のに……子どものあたしに、何かできるわけーー。



「愚か者!」



 ……へっ?

 おっ、愚か者?

 今ーー愚か者って言った?


 目の前で、身体を小刻みに振るわせていたホイップを、驚きつつあたしが見つめていると、急に頭を振るってきたことで、ホイップの柔らかい耳が、あたしの顔へと見事にあたってしまう。



「わぷっ!?」



 突然の攻撃に、あたしが咄嗟に手を離してしまうと、その場に華麗に着地したホイップが、潤んだ目を釣り上げつつ、あたしを見上げてくる。

 もっ、もしかしてーー怒っているの?


 

「何を弱気になっているのです! 目の前に助けを求めている者がいるのなら、助けに行く! あなたは、そういう者になりたかったのでしょう!!」

「へっ? えっ?」



 あっ、あれ?

 あの可愛かったミルミル言っていたホイップがーーなんか、すごい言葉使いが変わっているんだけど!?

 なっ、なんなのよ!



「聞いているのですか!」

「はっ、はい!」

「ヒーローという者のことは、正直私わたくしには、わかりません。ですがーー他者を助けたいというその気持ちは、私も理解できます。であるならばーーここで変わりなさい。イルマ」

「かっ、変わる?」



 変わるって……。

 いったい、どういうことよ。



「ガイアとご主人様を、あなたが助けるのです」

「……はぁ!?」



 なっ!



「なにを言っているのよ!! 無理に決まっているでしょう!? あんな鞭を振り回すおばさんと、訳のわからない化け物よ? 普通の子どもに何ができるーー」

「それです!!」



 わぷっ!?

 ふさふさしているから、痛くはないけれど……その耳で、顔に攻撃してくるのは、やめてよね。

 ちょっと、むず痒いのよ。



「なぜ、やりもしないで諦めるのです? そうやってうじうじ泣いていれば、他者が助けてくれるとでも? そう思っているのならば、それは、甘えです!」


「甘えって……」

「そして、それが悲劇に繋がります。あのようにしていれば。あそこで、こうして動いていれば……そう思っても、過去に戻ることはできません。大切な日常を壊されてからそう思っても、すでに遅いのです」


「うっ……」

「私には、があります。ですがイルマ……あなたは、まだ間に合う。ここで動かなければ、きっと後悔しますよ? あなたがお姉様を助けようと動いた時のようにーーあなたが動きさえすれば、きっと手を貸してくれる人がいるはずです」



 ……なっ、なんなのよ。

 なんで、こんな小さい犬がーーまるで、お母さんみたいに叱ってくるわけ?

 もう、訳がわからない。


 と、あまりのホイップの変わりように、あたしがその場に崩れ落ちると、何やら大きな音が校庭から響いてくる。



「あっ!」



 今ーーピンク髪の女の子と一緒に、あいつが地面に落ちなかった?

 校舎の三階付近だったからーーあきらかに、危ない状況じゃない!


 

「本来なら、ご主人様へと渡すつもりでしたが……選択の時です。イルマ」

「へっ?」



 と、どうやらあたしと同じ場面を見ていたらしいホイップが、あたしの膝へと前足を乗せてくる。



「私には、彼らを助けるだけの力があります。ですがーーこちらの世界では、それをうまく扱うことができません。なので、イルマ。あなたに、それを与えます。ただし、あなたが望むのであるならば。という条件付きですが」


「こちらの世界? ていうか、助けるだけの力があるってーー」



 どういうことよ。

 なんか、言っていることが難しくてよくわからないーーけど。



「つまり……あたしが何かをすれば、あの二人を助けることができるってこと?」

「はい。あなたが、心から望めば」



 心から望む……。

 なんだーーそんな簡単なことでいいわけ?

 それなら、全然余裕よ!



「よくわからないけど、ホイップ。さっさとその方法を教えてちょうだい! あたしだって、助けてくれた人を見捨てるだなんてこと、したくないわ! それに、このままだと恩すらも返せそうにないしね!」



 心から、助ける力を望むーー。

 それは、あたしにとっては、息をするみたいに簡単なことよ。


 だって、あのピンク髪の女の子は、ともかくーーあいつには、すでに助けられているのだから。



「恩すら返せないなら、あたしは、卑怯者じゃない! そんなのごめんだわ! ほら、さっさとやっちゃって」



 と、あたしがホイップをせかすように言うと、何やらにっこりと微笑んだホイップがーー。



「アースの眷属、ホイップの名の元に契約する。この者に、大いなる海の加護を!」



 と、そう呟いた瞬間、あたしの視界が突然眩しいほどの光に覆われる。


 ちょっ、まっ、眩しい!

 何よこれ!!

 こんなことになるなら、先に説明くらいーー。



「おや? これは、意外な結果になりましたね」



 ……へっ?

 なっ、なによ今の声。

 安心するようなーーそれでいて、背筋を伸ばさないといけないようなーーそんな奇妙な声なんですけど?



「ふふっ。本来なら、遠藤六道が来ると予想していたのですが……これは、また幼い少女がきましたね。ですがーー悪くない」


「わっ、悪くない?」

「えぇ。戦士が増えてくれるのは、喜ばしいことですから」



 戦士って?

 と、あたしが質問するより前に、手の中に何かが現れる感触がする。



「ガイアと六道をよろしくお願いします。新たな戦士ーーマリン」



 そんな声と共に、眩しい光が消えーーゆっくりと目を開けてみる……と。

 いつの間にか、右手に見たこともない筆を握っていた。


 なっ、何かしらこれ?



「イルマ! 成功ミル! さぁ! 変身するミル!!」



 あまりにも不思議な出来事だった為、あたしがしばらく筆を眺めつつ唖然としていると、ホイップがものすごく嬉しそうに尻尾を振りつつ、そんなことを言ってくる。


 変身ってーーえっ? うそ。

 なんで……がわかるの?



「急ぐミル! ガイアとご主人たまが!!」

「えっ!? そっ、そうよ! 意味わからないことばっかりで、少し気持ち悪いけどーー助けないとね!!」



 やり方なら、すでにわかっているわ!


 ホイップの声に答えるように、すぐさま手の甲へと、の一文字を記したあたしはーー。



「マリン、スタンバイ!!」



 そう、変身するための声をあげる。

 すると、青い光に包まれたあたしは、足下から衣服が変わっていき、光が消えた瞬間、すぐさま二人の元へと駆け出す。

 がーー。



「ちょっ、ちょっと速いかもー!!」



 嘘でしょう!?

 あり得ない! 全力疾走したつもりではあったけれどーーメチャクチャ遠くにいた化け物が、あり得ない速度で近くなっていくんですけど!?


 とっ、止まれない~!


 

「こんのぉ! やけくそだー!」



 どうせ止まらないのなら、そのまま突っ込んでやる!


 そんなあたしの考えなど、知るわけがない化け物が、ゆっくりとした動作であたしの方へと振り向いてくる。


 既に、避けられる距離じゃない! 

 そのデカイ顔に、全力でタックルをくらわせてやるわ!!



「サッッカー!?」

「ちょっ!? 何よあんーー」



 という声と同時に、化け物が転がっていく。

 おぉお!?


 ラッキー。

 あのおばさんも、巻き込まれていなくなってくれてるじゃない!



「おっ、とと! ちょ、ちょっと、力の調整が難しいわね……まぁ、慣れればいいんだろうけどさ」



 と、化け物を吹き飛ばしたあたしが、何とか立ち止まることに成功しつつ、慌てて二人の様子を確認しようと顔を向けるとーー。


 地面に倒れていたあいつは、笑っちゃうくらいに口を開けっぱにして、あたしを見上げており、ガイア? だったけ? と思われるアニメでよく見る魔法少女ぽい子は、目の前でおきたことに理解が追いついていないのか、目をパチクリさせている。


 ……うん。とりあえず、二人ともひどい怪我は、していないみたいね。

 あいつの背中以外はーー。



「おぉ! これは、海の加護ミケ! ホイップが、誰かと契約したのかミケ!」

「ほっ、本当ですかカスタード!」

「間違いなく、アース様が与えた力ミケ!」


「そんな……それじゃ、私と同じ仲間なんですね!!」

「あー。よくわからない会話しているけれど、まぁ、あんたらの味方よ。それよりもーー」


「……」

「ねぇ。あんた、大丈夫?」



 あたしの登場によって、盛り上がる女の子。


 だけどーーそれよりも、ずっとクチを開けているあいつが何も話さないことに、少し不安になったあたしが話かけると、今意識が戻ったかのように頭を左右に振りだす。


 ふぅ。あの様子なら、問題ないみたいね。



「おっ、おう。平気ーーだよ。そっ、それより君はーー」

「そっ。平気ならよかったわ。悪いけど、まだ化け物が元気だからねぇ~。詳しいことは、終わってからにしましょうか!」



 先から視界の端で、ジタバタしているみたいだし!


 と、あたしが化け物へと視線を向けつつ構えるーーといっても、とりあえず拳を握っただけのファイティングポーズだけどーーと、ちょうど化け物の下から、おばさんが這い出てくるところだった。



「こっ、この! 重いのよおバカ!! はぁ、はぁ、はぁ……。ちょっと!! 何よ! 知らない間に、一人増えているじゃない!!」



 しかも、またアースの気配がするわ!

 と、なんか忙しそうに文句を言い出すおばさん。


 うわぁ……髪の毛振り乱して、何をグチグチ言ってんのよ。あのおばさん。



「どうでもいいけどさ。さっさと、帰ってくれる? おばさん」

「おっ、おばさん!? おおおお、おばさんですって!?」


「名前わからないんだから、仕方ないじゃない。だいたい、見るからに悪役の幹部って顔しているし……別におばさんって呼んでも、失礼じゃないわよね?」



 うん。悪者だし。

 と、あたしが言うと、みるみる顔を真っ赤にしていくおばさん。



「しっ、失礼に決まっているでしょう! 何をさも当然みたいな顔して言っているのよ、この小娘!! わたくしは、レディ・マダム! 暗黒界でも有名な、美人なよ!!」



 暗黒界?

 また、意味のわからない言葉がでてきたわね……。



「よくわからないし、意味不明だしーー訳のわからない言葉ばっかりじゃない。もう、うんざりよ」


「はぁ!? はぁ~!! あなたから話しかけてきたんでしょうが!! とことん礼儀がなっていない小娘ね!!」



 うわぁ……。

 これは、あれね。

 えーと、なんだったかしら?

 こうやって声をだして、喚き散らす人のこと……。



「そうそう。ヒステリックよ」

「なっ!?」


「ともかく。あたしには、これから大事なイベントが控えているの。暗黒なんたらのヒステリックおばさんとか、化け物の相手をしている暇なんてないのよ。わかったら、とっとと帰りなさい!」



 本当、頭にくるわね~。

 せっかく、あいつと香林さんの三人で考えた企画なのに……それを壊すかのように現れてさ。

 こっちだって、我慢の限界だっての!



「こっ、この小娘!! ぜっっったいに、許さないわ! やりなさい、ホシガリー!」

「サッッッカー!!」


「許さないは、こっちのセリフよ! せっかくの計画をぶち壊してくれたんだからーー覚悟できてんでしょうね!!」


「あっ、あの! 私もお手伝いします!」

「よろしく! たぶん、ガイアとかいう人!」








 俺の目の前で、現在進行形で女の子二人が、化け物と戦闘を繰り広げている。


 常識的に考えて、そんなことを思っている暇があるのなら加勢に向かえ。という話だが……あまりの事態に思考がついていかない。



「こっっんの!! サッカーボールなら人間みたいに、動くんじゃないわよ!」

「サッカー!?」



 そう。あの子だ。

 透き通るほどの綺麗な青髪ショートヘアーを振りつつ、小柄な身体から繰り出されるとは、到底思えない回し蹴りを華麗に決めているあの子……。


 服装からして、サクラちゃんと同じ魔法少女だと思うのだがーー。



「すっ、すごいな」



 たぶん、彼女の言葉からそれほど詳しく事情を知らないのだろうけれどーー新しく変身した子が、あんなに軽く避けたり、攻撃できたりするものなのか?



「言いにくいことだがーー初めて変身したサクラよりも、よく動けているミケ。元々の運動神経が、こうも反映されるは……」



 と、俺と同じことを思っていたらしいカスタードが、隣で軽くため息をつく。


 そっ、そうなのか。

 てことは、あの子は、元々運動神経が抜群の子なのか……。


 見た目がサクラちゃん並みに変わっているから、誰かわからないけれど……これなら、勝てるかもしれない。



「よし。俺もっ!?」

「無理するなミケ。ただでさえ、初めて感じた痛みーー今は、二人に任せるミケ」



 と、俺が二人に加勢に行こうと、上体をあげたーーのだが、途端に背中に激痛がはしり、また無様に地面へと倒れてしまう。


 しかも、カスタードがまさかの優しいことを言ってくる始末。

 ……明日は、雨かな?



「だが、次第に慣れろよミケ? こんなことが何度もあるとは、思えないからなーー助太刀のつもりが足手まといなど、笑い話にもならないミケ」



 こいつ、本当にイラッとくるな。

 優しくするなら、最後まで優しくしろよな。


 などと、隣の毛玉をぶん投げてやりたい衝動にかられていると、青髪の子が短い悲鳴をあげる。



「このっ! ちょこまかと、小娘~!!」

「ちょちょちょっ! 鞭を振るんじゃないわよ! おばさん!!」



 どうやら、レディ・マダムが集中的に彼女へと攻撃しているようだがーーそれを焦った声をだしつつも、きちんと避けている。


 ……すごっ。

 あの連続で振るわれている鞭を、きちんと見て避けているのか。

 動体視力も、半端じゃないな。



「おおぉっ、おばさんじゃないわよ!!」

「わかったわよ。ほら、パス!」



 と、答えつつその場で後方宙返りバクちゅうをした新しい魔法少女さんは、着地と同時に転がっていたサッカーボールを、レディ・マダムへと蹴りつける。



「なっ!?」



 至近距離であったこともあってかーーおもしろいほど見事に顔へとサッカーボールをくらったレディ・マダムは、そのまま無様に倒れてしまう。


 ……ボールのコントロールが、うますぎないか?



「よし! ガイアさん、さっさと終わらせるわよ」

「えっ? あっ、はい!」



 うん? 

 終わらせる?


 レディ・マダムが立ち上がらないのを確認したのかーーそう声をあげた彼女は、サクラちゃんと同じように、手の甲へと何やら文字を書き出す。



「トドメの一撃と言えば、古今東西、どのヒーローも必殺技でしょう!」



 などと、大声でもって、そう宣言した彼女の目の前へと、淡い青い色の光が集まりだす。


 あれはーー光の玉?



「サッカーボールなら、黙ってゴールネットだけ揺らしていなさいよね! マリ~ン、シュート!!」



 ポン。

 と、軽やかなに胸で光のボールをトラップした魔法少女は、緩やかに落ちてくる光のボールを、その健康的な足でもって蹴りだす。


 なっ! なんていう豪速球!?

 瞬きの間に、ホシガリーへとぶつかったその光の玉は、そのままホシガリーを後方へと押し出していくと、一気に爆発する。



「サッ……カー!!」



 そして、淡い光がホシガリーを包みこむと同時に、いつもサクラちゃんがおこしていた現象ーー欲望の浄化現象だーーをおこし、ホシガリーは、跡形もなく消滅した。


 なんてこった……必殺技からの消滅までが、新人とは思えないほど早い。


 

「うし! どんなもんよ!」

「あっ、あれ? おっ、終わってる……」



 うん。

 サクラちゃん……その気持ち、とってもよくわかるよ。

 初めてとは、思えないほど素早い決着だったもんな。


 だから、別に恥ずかしがる必要なんてないんだ。

 決して、彼女についていけずワタワタしている間に、全て終わっていたとしても……さ。


 と、元気にハイタッチをサクラちゃんへとしている新人魔法少女を見つつ、俺が内心思っていると、その二人の後方ーーレディ・マダムが、ゆっくりと立ち上がる姿が見えた為、なんとか二人に大声で危険を知らせる。



「へっ? うわぁ!? かなり本気で蹴ったのに……おばさん、頑張りすぎじゃない?」

「まだやりますか? こちらは、二人です。戦をする時は、引き際も大事ですよ」



 と、少し引いたような声をだす彼女と違い、拳を握り、油断のない構えをとるサクラちゃん。


 なので、俺もここが踏ん張りどころと、何とか力を入れて立ち上がると、まさかのカスタードが、遠慮なしに俺の頭の上へと登ってきやがった。


 こいつ……掴み落としてやろうか?



「これで、三人「四人ミケ」だ」

「ちょっと。あんたは、休んでいなさいよ」

「数は、圧倒的にこちらが上です。どうしますか?」



 と、俺の身体を気にしてくれる新人さんに片手を振って、平気なことを俺が伝えると、サクラちゃんが追い打ちとばかりに、そう告げる。

 ーーが。



「ふっ……ふふふふっ。笑わせないでちょうだい。連携も取れてない小娘共と、足手まといの人間に汚い一匹の猫……それくらい、私にかかれば、問題ないのよ!!」



 と、まさかの続行を宣言をしてきやがった。

 こいつ。さては、頭に血が昇って、冷静さをなくしていやがるのか?

 それとも……まさか、本当に俺達を相手に、勝てる実力があると?


 いや、まさかそんなこと……。

 ない。

 と、頭の中では、言い切りたいのに、それができない。


 というのも、このレディ・マダムーーあのムカつくクソガキこと、ワルビーよりも上のような発言をしていたのだ。


 そして、なによりもあの武器……鞭が厄介だ。

 ワルビーの場合は、まだ拳で挑んできていたから、こちらも対処ができていたがーー。


 鞭なんて、日常で目にすることなどそれほどないし、何よりそれを振るってくる人なんて、そうそういない。


 俺の予想だが、きっと、あの鞭を避けて接近できるのは、新人の魔法少女さんくらいだろう。


 サクラちゃんでも、正直厳しいと思う。

 それほど、武器の扱いがうまいのだ……レディ・マダムわ。



「たく、面倒ね~。わかったわよ。やればいいんでしょう?」



 と、俺が状況を分析していると、隣にいた新人さんが、まさかの気合いを入れ始めてしまう。


 いっ、意外と好戦的なのか? この子。

 というより、どうする。

 三人なら何とかーーいや。でもーー。

 

 と、今にも第二ラウンドが始まりそうな空気が、俺らの間にただよっていると、それは、


 初めは、黒い小さな塊が、俺たちの間に出てきたかと思えばーーそれが、瞬間的に大きくなると、土煙をあげつつ、何かが落下してきたのだ。


 なっ、なんだ!?



「なっ! ……どっ、どうしてここに」



 というレディ・マダムの震えた声が聞こえてきたかと思えば、一気に土煙が吹き飛ぶ。


 ーー開けた視界には、黒いパーカーを着た一人の少女が、俺達に背を向けつつ立っている。


 その背中は、どこか見覚えがあるようなーー。



「……」

「うぇ? 誰よあん」

「だっ、黙るミケ!」



 と、俺と同じことを思っていたらしい新人魔法少女さんが、口を開くーーが、間髪入れず頭の上にいたカスタードが、彼女の口を止めるべく、タックルするようにぶつかりにいく。



「いった!? ちょっと! 何するの」

「いいから、静かにするミケ! ガイアと六道も、口を開くなミケ!」



 なっ、なんだ?

 何をそんなに慌てているんだ? カスタードの奴。


 と、あまりのカスタードの慌てようにサクラちゃんへと視線を向けてみるが、ゆっくりと頭を横に振って答えてくれた為、仕方なく指示にしたがっておく。



「……レディ・マダム。ここは、おとなしく引きなさい。でなければ、私が相手をすることになります」



 はっきりと……しかしながら、声に重みを持たせつつ放ったその一言に、レディ・マダムが、短く悲鳴をあげる。



「わっ、わかったわ。今日は、引いてあげるわよ。運が良かったわね! あんた達!」



 と、顔を真っ青にしつつも、そんな捨て台詞をはきつつ、その場から黒い霧となって消えるレディ・マダム。


 おいおい……何者だよ、この子。

 助かったのは、良かったけれど……あんなにプライドが高そうな相手を、怯えさせて、しかも撤退までさせるなんて。

 ーー状況が、最悪になっていないか?


 と、冷や汗が背中をつたう中、パーカーの少女を見つめていると、彼女がそのフードを取りつつ、こちらへと身体を向けてくる。


 ーーえっ?



「お久しぶり……ですかね? 思っていたよりも、元気そうで安心しましたよ。六道さん」



 カスタードを慌てさせ、さらには、レディ・マダムを撤退させるほどの人物……。


 それは、俺がこの世界へと来る原因となった少女。

 三島美久みしまみくちゃん、その人であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る