第9話 大作戦


「よし。それじゃ、俺が考えた案を二人にきいてもらうよ?」

「「はい!」」

「ちょっと。なんで、私も巻き込まれているわけ?」



 次の日の昼休みーー。

 さっそくサクラちゃんとイルマちゃんを用務員室へと呼び寄せた俺は、すぐに本題へと入る。


 ちなみに、井上さんもいたので、これ幸いにと巻き込ませてもらうことにした。



「いや。俺の考えた案だと、人数が多いほどいいと思いまして……頼みますよ、井上さん」

「だからって……第一、ここに生徒を呼ぶこと事態、良くないことだとあれほど言ったはずでしょう?」


「まぁまぁ、今回は、香林さんもいるし、なによりあんたもいるわけでしょう? 平気平気!」

「あんたじゃなくて、井上さん。一応、大人に対する言葉遣いを」

「あの~。時間が限られていると思うのですけど?」



 と、イルマちゃんと井上さんの間に座っていたサクラちゃんが、とても言いにくそうに口にすると、お互い言い合いを止めてくれる。



「ありがとう、サクラちゃん。で、俺の考えた案だけれどーー簡単に言えば、今度の球技大会を、アイリスさんに観に来てもらうことなんだ」



 そう俺が言えば、サクラちゃんとイルマちゃんからは、感嘆の声があがる。

 ーーのだが。井上さんからは、反対の呆れたようなため息がきこえてくる。


 あっ、あれ?

 俺の予想だと、井上さんなら頷いてくれると思ったのだが……。



「いいじゃない! 確かに、あたしらの元気な姿を直接見れば、お姉ちゃんだって、サッカーをもう一度やりたくなるかも!」

「はい! 味方を鼓舞こぶするには、一騎討ちにて、勝ちを取ることも必要といいます! 良い手だと思います!!」


「おっ、おぉう。なんか、香林さんって……面白い考え方するわよね?」

「へっ?」


「ちょっと、二人とも待ちなさい。確かに、事前に聞いた大海原さんのお姉さんに、元気になってもらう案としては、良いかも知れないけれど……はっきり言って、実現困難よ?」



 えっ?



「そっ、そうなんですか? 別に、難しくなんてーー」

「あのね、遠藤くん。球技大会まで、もう一週間もないのよ? それに、特定の生徒の関係者だけ見学をさせるなんてこと、できるわけないでしょう。自分の子どもが活躍する場面なんて、他の親御さん達も見たいはずだもの」



 うぐっ!?

 そっ、そうか。

 確かに、この案だとイルマちゃんだけに特別感が出てしまって、後々他の保護者からクレームが来てしまうか……。


 だがーーそうなると、少し弱ったぞ。

 この見学は、あくまでも前座であって、狙いは、その後の方だったのだが……見学ができないというなら、次の手も危ういぞ。


 と、まさかの井上さんの発言により、俺が口を閉じてしまうと、サクラちゃんとイルマちゃんが、二人して不安そうな顔つきになる。



「良い手だと思ったんですけど……」

「そうよね~。お姉ちゃんだけ来ていいなんて、そんな都合のいいこと、許してくれるわけないか~」


「そういうことよ。悪くない手だとは、私も思うけれど、無理よ。これが、というのなら、全然問題は、ないのだけれどね」



 うん?

 オープンで……。



「それだ!!」

「ちょっと! 遠藤くん! 急に大声出さないで!」

「それですよ井上さん! アイリスさんだけを呼べないというのなら、いっそうのこと、誰でも観に来られるようにすれば、いいじゃないですか!」



 うん。それがいい!

 文化祭や運動会だって、どこの学校でもオープンに開催しているんだ。


 別に、球技大会を開催したって、何の問題もないはずだ!

 と、俺が自分のあまりの頭の回転の良さに頷いていると、また井上さんからため息が漏れる。



「そんなこと、できるわけないでしょう? 毎年、オープンに開催をしていないことを、今年からするだなんて。それに、言うほど簡単じゃないのよ? 不審者を入れないようにする方法や人数制限だってしなければならないわ。残り一週間もない状況で、どうするつもりよ?」


「はいはい! なら、あたしも手伝うわ! どうよ? 百人力ってやつでしょう?」

「そっ、それなら私も!」


「あなた達が協力したとしても、実現不可能よ。先生達や、全校生徒の保護者の方ーーそれに、町内会の人達とか、色々なところに話をつけないといけないのよ?」



 サクラちゃん達が、気づかないだろう裏の話ーーきっと、普段イベント事で、先生方がしているのだろう大変さを、井上さんが教えたことで、またも二人とも表情が暗くなる。


 ……。

 井上さんの言う通りだ。

 それらのこと以外にも、きっと、もっと大変なことがあるのかもしれない。

 それでも、実現不可能というのは、どうだろうか?


 まだ、諦めるほど絶望的でもないはずだ。



「よし。それなら、ものは試しだ。やってみようじゃないか」

「はぁ? あなた、いったいどういうーー」

「こういうことに、詳しい人のところに行くんですよ」











 俺が思い立った人物ーーそれは、最近になってやっと場所を覚えることができた生徒の代表がいる部屋にいる。

 つまりは、生徒会長だ。



「失礼しまーす!」

「おや? 遠藤さん。どうかしましたか?」



 複数の机が並ぶ中、部屋の一番奥で弁当を食べていたのかーー変わらずの男前な顔つきをあげた鳳凰院マコトくんが、にこやかに俺へとそう声をかけてくれる。



「あれ? マコトくん、一人なの?」

「えぇ。いつもは、副会長がいるのですが……今日は、部活関係のことで出払っていますから。僕一人ですね」



 その他の子達は、自分のクラスで食べています。

 と、俺に続けて言ったマコトくんは、お弁当を横にずらすや、おもむろに席を立ち上がると、いそいそと席をいくつか用意してくれる。



「何かお話があってきたんですよね? 後ろにいる大海原さんや、香林さんもぜひどうぞ」

「へっ?」



 と、マコトくんが言ったことで、ようやく気がついた。

 どうやら、イルマちゃんとサクラちゃん。二人揃って、俺の後をついてきていたらしい。

 ということは、井上さんだけ置き去りか。

 ……あとで、怒られたりしないよな?



「しっ、失礼しまっ」

「へー! 生徒会室なんて、なかなか入らないから新鮮だわ!」

「はうっ」



 あっ。サクラちゃんが、イルマちゃんに押し退けられた。



「まぁ。特別訪ねる理由がないと、三年間で一度も来ない人もいるくらいですから。珍しいですよね」

「あれら、まさかの生徒会長一人? それなら、女子生徒がワラワラいてもおかしくないのにな~」


「あははっ。大海原さんは、僕にどんな印象を抱いているんですか? そんなことは、あり得ませんよ。生徒会室は、全校生徒皆さんの為にあってですね。決して、私用に使うようなことはーー」


「そういえば、香林さん。生徒会長と会うの初めてよね? まぁ、あんな感じで真面目一筋だから、気楽に話しかけていいわよ」

「あうぅ。そっ、そうなんですね」



 と、マコトくんの言葉を完全に無視したイルマちゃんが、サクラちゃんへとそう声をかけると、その様子に苦笑するマコトくん。



「あははっ……とりあえず、三人とも座ってください。立ち話もなんですし」

「悪いねぇ~会長」

「しっ、ししし失礼しましゅ!?」

「えっと……それじゃ、きいてくれるかな? マコトくん」



 うん。

 恥ずかしさに、俯いているサクラちゃんは、とりあえずスルーしておこう。

 話しかけると、余計に恥ずかしいだろうし……。







「なるほど……」



 一息入れてから、俺が考えついたアイリスさん復活計画を具体的にマコトくんへと伝えてみると、考え込むように一言そう呟いたマコトくん。

 ……。

 ……。

 ……あれ?



「ちょっと。会長? 寝ているの?」

「いえ、きちんと起きています。たしかに、遠藤さんの考えた方法でしたら、大海原さんのお姉様を学園内に招くことは、可能です」


「おぉー!」

「よかったですね。大海原さん」



 と、マコトくんの言葉に、サクラちゃん達が舞い上がると「しかし」と、マコトくんが、その二人に水を差すように、言葉を滑りこませる。



「それは、今から海原町の人達全員に、我々が学校でおこなう球技大会の開催を周知できたらの話です。やるのであるならば、公平に。でなければ、その案を実現するのは、不可能です」


「てことは、やっぱり無理ってこと!? ちょっと! 思わせ振りするんじゃないわよ!!」


「いいえ。無理ではないですよ大海原さん。皆さんが、海原町の全員に周知できるように、行動すればいいんです」



 ……へっ?

 と、にこやかにマコトくんが答える中、俺達三人は、同時に首を傾げてしまう。

 つまり、どういうことだ?



「とどのつまりですね。今から海原町の皆様に周知するには、学校の先生方には、無理ってことです。先生方も、色々とお仕事がありますからねーーですが。生徒であるで、海原町の人達に球技大会の観覧を周知させることができればーー可能ということです」



 なっ、なるほどね。

 つまり、言い出しっぺが自力でやれ。と?


 ふふっ、言うじゃないかマコトくん……さすがは、鳳凰院財閥のご令嬢。

 えげつないことを、普通に言ってくれる。


 と、俺が少し引いていると「なんだ。そんなこと」と、まさかのイルマちゃんが、呆れたように声だす。



「やってやろうじゃない! 余裕よ余裕!」









 運命の球技大会当日ーー。

 マコトくんとの会話の後、すぐに俺らは、井上さんを巻き込みつつ手書きのチラシを用意し、それを町内へと配ることで、地域住民へと周知させようとした。


 ーーのだが、これがものすごい体力勝負になってしまい、日が暮れるまで続いても、半分もいかなかった。


 さすがに、この事実に俺も無理かと諦めかけていたのだがーーマイさんや鳳凰院家のお手伝いさん。それだけでなく、なんとマコトくんも手をかしてくれるという、まさに奇跡!



「僕が手助けをしてはいけない。ということは、特に校則にも明記されていませんから。ちなみに、学校関係者以外の手助けの禁止も書いてません」



 と、にこやかに言ってくるあたり、さすがマコトくんだよな。

 正直、鳳凰院家の人達の手助けは、メチャクチャ助かった。

 おかげで、無事に自由観覧での球技大会を開催することができた。



「あのーー本当に、観に行っても大丈夫なんですか? 私、車イスですけど……邪魔になったりとかしませんか?」

「ええ、気にしないでください。今回は、お試しということもあるのでーーちょっとトラブルとかはあるかもしれませんけど。全然問題ないですよ」



 申し訳なさそうに、俺へと振り返りつつきいてきたアイリスさんに対して、車イスを押しつつそう答えると、しぶしぶといった様子で頷いてくれるアイリスさん。


 本当ならイルマちゃん自身が連れて行きたかったのだろうがーーあいにくイルマちゃんは、参加選手だ。


 なので、比較的自由に動ける俺が、病院までアイリスさんを迎えに行く役目になったのだ。


 終始申し訳なさそうにしていたアイリスさんだったが、中学校へとついた途端に、その顔を興味深そうに変える。


 というのも、思ったよりも来客数が多かったらしく、俺も驚いたがーーかなりの賑わいになっていたのだ。

 それこそ正門からは、ひっきりなしに人が出入りしている。



「すごい……こんなに、賑わっているだなんて、思いもしませんでした! さすが、自由が売りの母校です!」

「こっ、ここまでの賑わいとは、正直俺も思っていませんでした……大丈夫だよな? あとで、井上さんに怒られたりしないよな?」



 いや、下手したら既に鬼のように怒っている可能性もあるぞ。

 当日のことなんて、ほとんど丸投げに近かったからな……。


 と、嫌な予想に小さく俺が震えつつ車イスを押していると、そんな俺のことなど既に眼中にないのか、実に嬉しそうに周囲へと目をむけるアイリスさん。



「はぁ~。久しぶりです。こんなに、大勢の人の中に入っていくのは……イルマは、どこにいるんでしょうか?」

「えっとですね。イルマちゃんならーー」



 と、俺がパンフレットを開こうとした時、タイミングよく校庭から歓声が上がる。



「あら? 元気な声が聞こえますね」

「あぁ。ちょうど、よかったです。きっと、あそこですよ」



 うん。

 よく見てみると、サクラちゃんと同じクラスの子が、何人か応援しているし間違いないだろう。


 そう判断した俺が、アイリスさんの車イスを押しつつ校庭へと向かうと、ちょうどサクラちゃんへと、イルマちゃんが元気よくハイタッチをしていた。



「やったね!!」

「あぅ! そっ、そうですね。さすがで」

「よーし! 次も点数取るわよ!」



 ……サクラちゃん。

 なんか、イルマちゃんの活発さにやられて、ふらふらしていないか?

 さっきのハイタッチだって、力強すぎてよろけていたし。



「もう、イルマったら。加減できないのかしら?」

「あははっ。きっと、楽しすぎて忘れているんですよーー力加減を」



 と、俺と同じことを思ったらしいアイリスさんが、クチを尖らせつつそう言ったので、フォローをかねてつけ加えておく。


 なんといってもイルマちゃんは、今日の為にいろいろ頑張ってきたからな。

 気合いが入りすぎても、仕方のないことだ。


 大歓声が上がる中、ボールをキープしたイルマちゃんが、どんどん相手チームを、ドリブルでもって追い抜いていく。


 そんなごぼう抜きなプレーを見つつ、俺がアイリスさんへと少し視線を向けてみるとーー彼女もまた、イルマちゃんが一人追い抜く度に、両こぶしを小さく震わせていた。


 

「あっ!?」

「ボール。取られてしまいましたね」

「えっ、えぇ……」



 さすがのイルマちゃんでも、三人に囲まれてしまっては、突破するのも困難だったようで、残念なことにボールを奪われてしまった。


 そのことに、アイリスさんが前のめりで声をあげた為、声をかけると、すぐに車イスへと背をあずけ、悔しそうに俯くアイリスさん。


 今ので、確信ができた。

 やっぱりアイリスさんは、サッカーに対する未練を断ち切れていない。

 でなければ、あんな辛そうな顔をしたりしないだろう。



「やっちった!! ブロック、ブロック!!」

「あっ。相手チームが、優勢になりましたかね? あまり詳しくわからないので、なんとも言えないですけど……攻められている感じがします」


「……周りを気にしないで、一人で前線に上がるからです。パスをしようにも、味方がいなければ、ボールを取られるのも当然です」



 へー。

 これは、ちょっといい取っ掛かりを掴んだぞ。



「自分は、サッカーて、強い人が一人でもいれば、その人に任せるだけで勝てるスポーツだと思っていましたよ。小さい頃なんて、よく上手な子にパスを出していましたし、そうしろと言われたりしてましたから」


「それは、その人の勘違いです。サッカーというのは、どこまでいってもチームプレーですから。どんなに素晴らしいエースストライカーが居たとしても、一人では、絶対に勝てません。味方へとボールを繋いで、ゴールネットを揺らすことが、サッカーというスポーツなんです」


「なるほど……さっきのイルマちゃんは、そこができていなかったから、ボールを取られてしまったと?」


「はい、イルマの悪癖です。小さい頃から、何でもスポーツをある程度できたせいか、熱くなってしまうと周りが見えなくなるんですよ。そのせいで、今も攻めこまれていますし」



 ははっ。手厳しいな。

 でもーーさすがは、高校生で注目されていた選手だよな。

 そんなところ、ぶっちゃけ気にもしてなかったぞ。


 と、アイリスさんと話しつつ試合を観戦していると、病院からここまでの間、何も口にしていないことに気がついた俺は、アイリスさんへと飲み物を買ってくることを伝え、その場を離れる。


 さて。

 ここから、どうアイリスさんにを伝えるか……。

 今のは、前座のようなものだしな。

 本番は、むしろそっちなんだよ。



「あら。ごめんなさい」

「いえ。こちらこそ、すいません」



 と、そんなことを考えながら歩いていたせいかーー何やら上品そうな服装に身を包んだ女性とぶつかりそうになってしまった為、謝りつつ避けると、むこうもにこやかに微笑みつつ避けてくれた。


 はぁ~。

 いるとこには、いるんだな……あんな、ザ・マダム感ある女性。



「あれだよな。絶対、ゴールデンレトリーバーとか飼ってるタイプだ」



 などと、呟きつつスポーツドリンクのボタンを押していると、何やら俺の地面に黒い影がーー。

 うん?



「ご主人たまー!!」



 ぶっ!?

 なっ、なんだ!? 

 顔を上げたら、何も見えなくなったぞ!!

 てか、ふさふさの何かがあたって、むちゃくちゃ痒いんだけど!!


 あまりにも突然の事態に、俺が顔を左右に振りつつ、慌てて謎の物体を引っ張り剥がしてみるとーー。



「おまっ! ホイップ!?」



 まさかの、顔中水だらけのホイップ。

 なっ!

 なんで、こんなに鼻水と涙を流しまくっているんだ?

 こいつ。



「だずげでミル! お兄たまが~」

「ミケ!」

「ミル!?」



 と、助けを求めてきたホイップに対して、俺が答えるより早く上から降ってくるカスタード。


 そして、まばたきの内に拐われたホイップは、容赦なく地面へと踏みつけられてしまう。

 ちょっ!?



「おいおい! 人が多く出入りしているからって、お前ら何してんだよ!」

「ごめんなさいミル! お兄たま~」


「教育ミケ。いなくなっただけでも、迷惑だったというのに、あまつさえ人と会話をするなど……言語道断ミケ!! 何を考えているミケ!!」

「えーん! ご主人たま~」



 あぁ……そのことね。

 そういえば、こいつーーどこに行ったのかと思えば、イルマちゃんの家にやっかいになっていただけでなく、普通に会話をしていたんだよな。


 一応、昨日帰ってきたけど……俺とサクラちゃんがいなくなったことと、人語を話したことを注意していたら、カスタードがぶちギレたんだっけ?



「もしかして、昨日からずっとやり合っているのか? お前達」

「やり合ってないミル! 一方的ミル!!」

「教育ミケ」



 うわぁ。

 妹に容赦ねぇなーーカスタード。

 一晩中追いかけ回されていれば、顔中涙だらけにもなるわな。

 まぁーーでも、下手をしたら大変なことになっていた訳だし。

 ここは、心を鬼にして無視だな。



「頑張れ、ホイップ。お前のせいだ」

「ご主人たまー!!」

「やかましいミケ! そうやって、声を出すからバレるんだミケ!!」



 と、端から見れば、犬と猫がじゃれているように見える光景をあとにした俺は、なるべく急いでアイリスさんの元へと戻る。

 あのバカ兄妹にかまっていたら、こっちも余計な体力を使ってしまう。



「きゃー!!」

「なっ、なんだあれ!?」



 と、呆れつつため息をついていると、そんな騒ぎが校庭の方から響いてくる。


 おいおいーー嘘だろ?

 こっちの世界に来てから、人の悲鳴をきくことなんて、あいつらが現れたこと以外ないぞ!?


 そんな最悪な予感と共に、急いで人の波を押し退けつつ進んでみるーーと。



「サッカー!!」



 と、やはり予想通り、大声を上げつつゴールネットを放り投げているホシガリーがいた。


 えっ! サッカーボールのホシガリー!?

 どっ、どういうことだ? 

 だって、サッカーのホシガリーは、既にこの前倒したはずだぞ!?


 と、校庭で暴れているこの前と同じ姿のホシガリーに対して、俺が唖然としていると、ふいに頭上から甲高い笑い声が響いてくる。



「おっーほっほっほ!!」



 なっ、なんだ? 

 この上品さの中に、小バカにしたような甲高い笑い声わ。


 と、俺が頭上をあおぎ見るとーーそこには、ふわりとした黒いスカートに、豪華そうなファーをつけ、少し濃いと思われる化粧をした……ザ・マダムと言ってもおかしくない出で立ちの女性が、片手にムチを持ちつつ、手の甲を口元へとつけて、空へと浮いていた。



「いいわ、いいわよ! とっても、いい悲鳴よあなた達! もっと、わたくしにその声を聞かせなさい!」

「なっ、なんだあの人……うん? あれ? どこかで、見たようなーー」



 あっ!

 さっき、ぶつかりそうになった人じゃねぇか!

 くそ! まさか、あいつが今回のホシガリーを出したのか!



「て、今は、それよりイルマちゃんだ!」



 今回のホシガリーは、見たまま、サッカーボールの姿をしている。

 なので、おそらくこの前と同じくイルマちゃんが狙われたということだろう。


 そう判断した俺は、すぐさまグラウンドを見渡しーーグラウンドの中央付近で倒れているイルマちゃんを見つけると、すぐさま駆け寄る。



「イルマちゃん! しっかりしろ、イルマちゃん!」

「うっ……うん?」



 よかった!

 きちんと意識があるぞ!



「おい! カスタード、ホイップ! どこかにいるだろ!? 出てこい!!」

「あれ? あんた、どうしてって! ぎにゃー!!」



 うげっ!?

 先ほどまで一方的なケンカをしていたカスタード達が、この騒ぎに気づいていないわけがない。

 なので、慌てて俺がカスタード達を呼びつつ周囲へと視線を巡らせているとーーまさかの抱きかかえていたイルマちゃんから、アッパーカットを貰ってしまう。


 当然、そんな不意打ちなど避けれるはずがなく、見事に尻もちをついてしまう。



「なっ、何するん」

「あっ、あああ、あんた! 何してんのよ! あっ、あたしが気を失っていたからって、変なことをしたんじゃないでしょうね!!」

「そんなこと言ってる場合か! あのホシガリーが見えてないの!?」


 

 てか、女子中学生に誰が変なことをするか!

 と、アゴを擦りつつ俺がホシガリーへと指をさすと、やっと危険なことに気がついたのかーーイルマちゃんが俺の手を掴むや、急に走り出してしまう。

 ちょちょちょ!!



「なになに! 急になに!?」

「いいから! とりあえず、隠れるわよ!!」



 隠れる?

 あっ、そうか。イルマちゃんは、俺が重力操作を使えることを知らないのか。

 俺一人なら、抵抗できるんだがーーて、そういえば、サクラちゃんは?


 いつもなら、ホシガリーが出てくると同時に、ガイアに変身して出てくると思うんだけど……。

 と、引っ張られつつそんなことを考えていると、体育倉庫へと連れていかれた俺は、イルマちゃんと共に、とりあえずホシガリーの視線から逃れる。



「よし。ここにいれば、何とかなるわね」

「えっと……大海原さん? 隠れるのはいいけど、これからどうするの?」

「はぁ? そんなの、警察が来るまで待っているに決まっているでしょう? バカなのあんた?」



 警察……警察か。

 まぁ、普通ならそうなるのか。

 でも、あいつ相手にそれは、無理だな。



「ようやく、見つけたミケ」

「ご主人たま! 呼びましたミル?」

「おお! きたな二匹とも」



 と、イルマちゃんがホシガリーへと警戒している間に、いつの間に居たのかーー後ろの茂みから現れたカスタード達へと声をかけると、どうやら仲直りしたらしく、二人揃って俺の両肩へと飛び乗ってくる。



「まさか、ホシガリーが現れるとは……しかも、この前と同じタイプのホシガリーミケ」

「あれ? でも、お兄たま。欲望を抜かれた人間は、気を失うはずミル。でも、イルマは、起きているミル?」



 あっ!

 そういえば、そうだよ!

 この前は、気を失っていたはずなのに……どうして今回は、意識があるんだ?



「もしかして、俺と同じか?」

「それは、あり得ないミケ。それより、まずいことになったミケ」


「まずい? なにが?」

「あれは、レディ・マダム……ワルビーとは違い、暗黒界でもかなりの実力がある奴ミケ。あの未熟者ワルビーが、なかなか成果を出さないからと、出てきたのか」



 余計なことをするミケ。

 と、心底うんざりと行った様子で、ため息をつくカスタードと違い、ホイップは、小刻みに身体を震わせる。



「うぅ~。ホイップは、あの人嫌いミル。いつも、笑っているし化粧も濃いし……ことあるごとに、突っかかってくるミル」


「へっ? あの人のこと、知っているのかホイップ?」

「一度、楽園境で戦ったミケ。というか、ガイアは、どうしたミケ?」



 そうだよ。サクラちゃんだ。

 ゴールネットを振り回したり、ボールを蹴っ飛ばしたりして暴れているホシガリーが目の前にいるのに、サクラちゃんは、いったいどこにいったんだ?


 と、カスタードと同じく不思議に思った俺が、いまだにホシガリーの動きに注意していたイルマちゃんへときいてみるとーー。



「香林さん? そういえば、あの化け物が出た時に、どこかに走り去っていったけど?」

「走り去った?」



 ということは、どこかで変身したのか?



「で、他には、誰か来なかったのかい? 例えば、ピンク髪の可愛らしい女の子とか」

「はぁ? 誰よそれ。そんな奴、見たら忘れないけど」



 と、イルマちゃんが呆れたような顔をしていると、イルマちゃんの背後ーーホシガリーへと、ちょうど向かっていくピンク髪の人物。

 あっ、いた。



「やぁー!!」

「サッカー!!」



 が、すぐさまふき飛ばされてしまったガイアーーアースによって、力を与えられたサクラちゃんだがーーは、派手にフェンスへとぶつかってしまう。


 

「さーーじゃなくて、ガイア!!」

「ちょ!? あんたバカなの!? 大声だしたらバレるでしょうが!」

「えぇい! 六道、急ぐミケ!!」


「ホイップ! イルマちゃんを頼む!」

「ちょっと!? やめておきなさいって!!」

「はいミル!」



 いまだに心配してくれているらしいイルマちゃんを、申し訳ないと思いつつホイップへと任せた俺は、肩から降りたカスタードを追う。

 


「サッカー!」

「くっ! うるさいやつミケ!」


「やべっ! ヘルメット! ヘルメットどこだ!? おい、カスタード! 俺のヘルメットどこだ!!」

「ヘルメット!? そんなの、あとにしろミケ!」



 はぁ!?

 バカ野郎! サクラちゃんは、アースの加護とかいうので守られているけれど、俺は、生身なんだぞ!


 ふき飛ばされて、頭を地面に強く打ち付けてみろ。即死だぞ!


 と、大事なアイテムがないことに俺が戸惑っていると、雄叫びをあげていたホシガリーと、まさかの視線がかち合ってしまう。

 ……あっ。



「サッッ、カー!!」



 ギロッ。と、視線を鋭くしたホシガリーは、空中にサッカーボールを出現させたると、すぐさま俺へと、すごいスピードでボールを蹴りだしてくる。



「ちょっ!? アホか!!」


 

 飛来するボールに対して、ポッケから黒い手袋ーーアースがくれた物だーーを取り出した俺は、右手へと装着し重力操作をおこない、間髪いれずボールを地面へと落とす。


 ふぅ~。

 あぶねぇ。



「サッカー? サッッカー!!」

「叫びたいのは、こっちだっつうの!」



 ふざけやがって!

 誰からでた欲望か知らないがーー対策は、既にこの前にできているんだよ!


 一度で倒れなかった俺に腹が立ったのかーーすぐに複数のサッカーボールを出現させたホシガリーは、次々とボールを蹴りだしてくる。


 ーーが。前と同じ攻撃方法だったこともあり、俺は、すぐにグラビティ・チェーンを発動する。


 重力を付与したことを示す古代文字が、まるでへびのようにサッカーボールへと次々絡まるように動き、飛来してくるボールを地面へと落としていく。

 よし、うまくできてる!



「どんなもんだ! どれだけ蹴ってこようが、俺には届かないぞ!」

「そう。あなたが、代弁者なのね」



 ゾクッ!

 突然背後から聞こえた声に、背中に虫でもはっているかのような寒気がした俺が、慌てて振り返るとーー。



「ワルビーが言っていたわよ? ガイアだけなら、負けることなんてなかったとね!!」



 そう言いつつ、邪悪な笑みをうかべたレディ・マダムが、ムチを振るってくる。

 その速さは、俺の反射神経など完全に上回っており、防御姿勢をとることもできずに、身体へと打ち込まれてしまう。



「がっ!?」



 なっ、なんだ!?

 なにをされた!? 

 この痛みーームチで打たれた痛みだけじゃないぞ?


 あまりの激痛に、俺が後退ると、すぐさま次の痛みが襲ってくる。



「いっ! がぁ!!」

「おーほっほっほ! 何よ、全然弱いじゃない。ワルビーったら、やっぱりガキね! こんなザコに手こずるなんて!」



 膝がおれる。と、よくマンガやアニメで言うがーー今まさに、俺におきていることがそれだろう。


 立とうと膝に力を入れるが、全然入らず、地面へとそのまま倒れてしまう。


 くっ、くそ! 

 重力操作に、意識をさけれない。

 それにしても、どうしてここまでの痛みが?



「うふふっ。不思議そうな顔をしているわね?  あなた、わたくし達の攻撃をくらったのは、初めてかしら? なら、教えてあげる」



 そう言ったレディ・マダムは、一度ムチを地面へと打ちつけると、自身の唇を一度舌で舐める。



「代弁者なら、知っているわよね? わたくし達は、人間の負のエネルギーを集めている。そして、攻撃もその負のエネルギーを使用しているわ……つまりは、あなたに与えているダメージは、ただのムチ打ちじゃなくて、人間達の負の力を込めたムチ打ちなのよ。うふふっ。本当、脆いわよね~あなた達、に・ん・げ・ん。すぐに心が弱ると、身体にダメージがでちゃうんだから!」



 と言うと、腕を振り上げたレディ・マダムが、容赦なくムチを振るってくる。


 ぐっ!!

 やっ、ヤバい。メチャクチャ痛い!



「やっ、やめ!」

「あっはは! 何よあなた! 良い顔するじゃない!! 最高よ! もっとその顔を見せなさい!」

「代弁者さーん!!」



 興奮したように、頬を染めつつムチを振るってくるレディ・マダムに、俺が身体を丸めていると、サクラちゃんの呼ぶ声と共に、急に身体が浮く感覚がする。



「がっ、ガイア……」



 腰へと回されている細い腕を見るにーーおそらくサクラちゃんが、俺を抱えてくれているのだろう。

 たっ、助かった……。



「ごめんなさい! 助けるのが遅れてしまって! でも、もう大丈夫です! あとは、私がーー」



 という声と同時に、襲ってきた大きな衝撃によって、俺らの身体が真横へと移動してしまう。

 そして、もう一度つたわる衝撃。



「ぐっ!」

「いっ!」



 なっ、何がおきたんだ……。

 サクラちゃんと共に、地面へと倒れてしまった俺は、痛む身体を何とか起こそうとするーー。

 が、頭上にに何かが当たってきた為、再び地面へと顔をつけてしまう。



「いっ!?」

「すっ、すまんミケ。ガイアの服にしがみついていたんだがーー振り落とされたミケ」


「何かと思えば、お前かよ……ていうか、何がおきたんだ?」

「ホシガリーが、サッカーボールを蹴ってきたミケ。ガイア一人なら、避けられたと思うミケ」



 そっ、そういうことか。

 俺を抱えていたせいで、攻撃を避けられず、壁に激突したのち、地面に落ちたと……。


 顔を左右へと振りつつ立ち上がったカスタードは、すぐ近くに倒れていたサクラちゃんの元へと急ぐように向かう。

 

 そんなサクラちゃんは、うめき声をあげつつ、起き上がると、おぼつかない足で、俺の前へと移動してくる。


 まるで……何があっても、俺を守るというかのように……。



「はあっ、はあっ、はあっ」

「さっ、サクラちゃん……」



 俺のことは、気にしないで戦ってくれ。

 そう言いたい……なのに、恐怖でうまくクチが動かない。


 そんな俺の気持ちを理解しているのかわからないが、一度俺へと振り返ったサクラちゃんは、自身も傷ついているというのに、まるで安心させるかのように、柔らかく微笑んでくる。

 

 くっ!

 なんて……情けない。

 あの痛みを、もう一度受ける可能性があると思うと……気にしないでくれ。という、言葉が言えない。


 くそ……結局俺の覚悟なんて、そんなもんなのかよ!


 

「あらあら? どうやら代弁者は、立ち上がれないみたいね」

「サッカー!」


「六道! 立つミケ! いくらガイアでも、一人であの二人を相手にするのは、厳しいミケ!」



 

 と、近づいてくるホシガリーとレディ・マダムを見て、カスタードが俺の元へと、焦ったように駆け寄ってくる。


 がーー正直、無理だ。

 身体の痛みがひかないし、立ち上がる力がわいてこない。

 このままでは……。

 


「マリン、スタンバイ!」



 と、心が折れかけていた瞬間、強気な声が聞こえてくると、体育倉庫の方から、水色の光がほとばしる。

 その光は、まるでーー俺達に希望をもたらすかのように、天へと立ち上っていく。


 

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