第8話 後悔のない選択を
「……あれ? 用務員さん? 担任の先生ではなく?」
と、俺の役職から今の状況に繋がらなかったのか、顎に人差し指をつけると、そう呟きつつ、首を傾げるアイリスさん。
そんなアイリスさんの様子に、イルマちゃんは、笑いつつ近くのパイプ椅子へと腰をおろす。
「担任の先生だと、三者面談になるでしょう? だから、暇そうなこの人に来てもらったのよ」
「この人じゃなくて、遠藤さんでしょう? それに暇そうだなんてーー失礼よ、イルマ」
「はいはい。でも、仕方ないじゃん。一人でここから帰ると、いつも補導されそうになるんだもん。あたしも、お姉ちゃんくらいスタイルがよければ、そんなことないのにさ~」
と、まるでふてくされる子供のように、アイリスさんのベットへと、上半身を埋めるイルマちゃん。
そんなイルマちゃんの様子に、柔らかく微笑んだアイリスさんは、その小さな頭を優しく撫でる。
「これからよ、イルマ。私だって、中学生の時は、もっと小さかったもの」
「はい、ウソ~。お姉ちゃんは、中学生の頃から、スタイル抜群だったじゃん」
「そんなことないわよ。それよりもーーいつも帰りが遅いから、補導されそうになるのよね? なら、今日から早く帰った方がいいわ」
「嫌だね。早く家に帰っても、誰もいないしつまんないもん。その為に、この人に来てもらったんだから」
「だから、遠藤さん。でしょう? すいません。イルマがわがまま言っているみたいで」
「えっ? あっ、いえ。お気になさらず。ははっ!」
なんだ。
俺についてきて欲しかったのは、そういう理由かい。
まったく、深読みしすぎたかな?
と、まさかの理由による同行に、俺が作り笑いをしていると、アイリスさんが、困ったようにイルマちゃんの頭を揺すり出す。
「イルマ。椅子が足りないから、持ってくるか車椅子に座り変えてくれる? このままだと、遠藤さんが立ちっぱになっちゃうから」
「オッケー。ほら、座りなよ」
「もう。言葉遣いには、気をつけなさい。すいません、生意気な妹で」
「いえいえ。では、お言葉に甘えて」
「別に、そこまで生意気じゃないと思うけどな~」
と、姉妹であるはずなのに、何故か性格が真逆な大海原姉妹の姿に、つい、おかしくなってしまった俺が、口角をあげてしまうと、目敏くイルマちゃんにそれを気がつかれ「笑ってんな」と、お菓子を投げつけられてしまう。
なっ、何故にお菓子を投げつける?
「こら! イルマ!」
「はいはい。あっ、あんた。そのお菓子は、お姉ちゃんのだから、勝手に食べたら許さないから」
しかも、お姉さんのかい。
なら、乱暴に投げるなよ。
と、喉元まででかかったが、何とかそれを抑えつつ、とりあえず手近なテーブルの上へと、置いておく。
「で、お父さん達は、今日来たの?」
「二人とも忙しいから……でも、電話はくれたわ」
「電話ってーーまったく」
と、それからしばらくは、姉妹だけの会話になってしまった為、どうやって時間を潰そうかな? と考えつつ、部屋の中に視線をめぐらせているーーと。
偶然近くにあったゴミ箱で、視線が止まる。
というのもーーそこには、一冊の雑誌が丸められて、捨てられていたからだ。
しかも、ずいぶん傷んでいる。
そんな雑誌に興味を引かれた俺は、姉妹が会話に夢中であるのを確認しつつ、それとなくゴミ箱を近くに寄せて、どんな雑誌なのか確認してみるとーー。
スポーツ雑誌か?
しかも表紙は、アイリスさんだ。
……嫌な予感がする。
だから、やめておいたほうがいい。
と、頭では、わかっていたのだがーーそのスポーツ雑誌がどうしても気になってしまった俺は、二人にバレないように手に取ると、表紙の文をなるべく早く読み解く。
『有名女子サッカー選手、まさかの怪我! 国際強化選手除名か!?』
……最悪だな。
やっぱり、見ない方がよかった。
その一文だけで、何となく中身が予想できた俺は、一度楽しそうに会話している姉妹の顔を確認してから、そっとそれをゴミ箱へと戻しておく。
せっかく、楽しく会話をしているんだ。
ここで、わざわざ嫌な空気にする必要はないだろう。
と、俺が判断した時だったーー。
席の関係で、俺の正面に座っていたイルマちゃんが、何やら一瞬迷うような顔をしたあとーーまるで決断したかのように、アイリスさんへと向かって身を乗り出す。
「あのね、お姉ちゃん! あたしの学校、もうすぐ球技大会するの。だから、そのーーお姉ちゃんもさ。もう一度サッカー……してみない?」
と、後半の部分は、ほとんど消え入りそうな声だったが、そうアイリスさんへと伝える。
……イルマちゃん。
かなりの勇気を出して、今の言葉を伝えたのだろう。
それは、今も辛そうな顔をしているイルマちゃんを見れば、誰にでもわかることだ。
しかし、アイリスさんの顔が次第に曇っていったことで……その勇気が、間違いだったと、彼女自身が悔しがっているようにも見える。
「そう……頑張ってね、イルマ。お姉ちゃんは……もう、サッカーはできないかな……」
「そっ、そっか。うん! ごめんね、変なこと言って! よし! この話は、これでおしまい! さぁ。お菓子を食べようよ、お姉ちゃん」
と、無理に作り笑いをしたイルマちゃんは、すぐに買ってきたお菓子を開けると、次々と違う話を始める。
そんなイルマちゃんに対して、アイリスさんも、曇っていた顔を笑顔にしつつ、答えていく。
ーーのだが、その彼女の置かれている手は、強くシーツを握りしめていた……。
話がつきない姉妹の会話だったが、日が傾きかけた頃、早めに帰るように何度も言ってきたアイリスさんの押しきりもあって、いつもより早めの帰宅となってしまったらしいイルマちゃん。
妹を大切に思っての事なのだろうが、肝心の妹はーー。
「しくじった~。お姉ちゃんに、変なこと言わなければよかったわ~」
と、病院の出口をでるまで、肩を落としつつ、ずっとブツブツ言っている。
ははっ。
俺も大人になったからわかったがーーこの時期の子どもは、目の前のことに捕らわれて、なかなか相手の気持ちがわからないものだよな。
まぁ。それも、もう少し大きくなれば、わかることだけど。
などと思いつつ、イルマちゃんの後を歩いているとーーカスタードを連れたサクラちゃんが、こちらへと小走りで向かってくる。
「あっ! ごっ、ごめん香林さん。遅くなっちゃったよね? てか。まさか、ずっと待っていてくれているなんて……その、寒くなかった?」
「はい。カスタードと一緒にいたので、全然大丈夫です!」
と、すまなそうにきくイルマちゃんに対して、にっこり微笑みつつ答えるサクラちゃん。
季節的には、まだ四月だ。
日が暮れれば、肌寒くもなる。
サクラちゃんの大丈夫というのは、きっと嘘だろう……。
ただでさえ、学校帰りでスカートなのだ。
寒くないはずがない。
それでも、おそらくイルマちゃんの表情から、一瞬にして傷つけないようにと、気を遣ったのだろう。
ーー本当に、優しい子だよ。
「そっか……うん。ごめん。よくよく考えれば、ここまでついてきてもらって、放置っても最悪よね……つまらないけど、一応きいてくれる? どうして、ここに来たのか」
帰路につきつつサクラちゃんへと、全てをうち明けるイルマちゃん。
どうやら、病室で俺が察した通りだったようでーー事故にあったことにより、アイリスさんは、サッカー選手としての道を断念してしまったらしい。
しかし、主治医の先生曰く、少し足首を捻ったくらいだった為、リハビリを続けていれば、いずれ、サッカー選手として戻れるとのこと。
だがーーアイリスさんは、とても真面目な性格らしく、数日間もサッカーの練習ができなくなった自分では、もはやコートに立つことはできない。
と、そう言うと、頑なにイルマちゃんや先生の励ましを、拒否し続けているらしい。
「あたしはさ……お姉ちゃんがサッカーをしている姿が、すごく大好きだったの。国際強化選手とか、そんなの関係なくてーー昔から、嬉しそうにゴールネットを揺らすお姉ちゃんが、大好きで、あたしの憧れだった。でも……今のお姉ちゃんは、サッカーの話題だけじゃなくて、スポーツ全体に対しての話に、とても辛そうな顔をするんだ……はっきり言って、どうすればいいのかわからなくなっちゃってさ。そんなこと考えていると、あたしも、だんだんサッカーをするのが辛くなってきたっていうか……ははっ」
バカだよね~。
と、小さく笑ったイルマちゃんに対して、悲しそうに俯くサクラちゃん。
……そうか。
イルマちゃんは、もう一度アイリスさんに、サッカーをしてもらいたいと思っているが、同時にーーこれ以上アイリスさんに苦しい思いを、して欲しくはない。とも思っているのか。
その真逆の二つの感情のせいで、なかなかサッカーへの復帰に関する手助けができないだけでなく、それどころかーー自分がサッカーで楽しむことにすら、罪悪感を感じ始めてしまっていると。
これは……つらい話だな。
「でも、これでいいのかな~。お姉ちゃんは、助かったんだし、サッカーを無理にしてもらおうと思わなくても、生きていてくれた……て、思えば、いいのかな?」
「……大海原さん」
「あははっ……ごめんね、香林さん。やっぱり、つまらない話だったよね。いや~言わなければ、よかったのに。やっぱり、バカだわ~あたし」
気にしないで!
と言いつつ、元気な声で、サクラちゃんの肩を叩くイルマちゃん。
気にしないで……と言ってもな。
「おっと。もう、こんなところまで歩いてきてたんだ。じゃ、あたしは、この道まっすぐ行くからーーバイバイだね。あんたも、悪かったわね。ここまで、付き合ってもらって」
「うん? いや。俺は、結局何もーー」
そう。
結局ついていっただけで、何もできていない。
きっと、イルマちゃんは、何かを期待してくれていたのだろうに……。
なのに俺はーー何もできずに、結局ここまできてしまった。
「何もーーしてないよ」
と、俺がありのまま答えると、ニィ。と、可愛らしく
「そんなことないっての。あんたのおかげで、久しぶりにお姉ちゃんも他人と話せたからーーそこまで、塞ぎこんでないってわかっただけでも、あたしには、プラスよプラス!! サンキューね!」
それじゃ!
と、最後に元気よく俺らに手を上げたイルマちゃんの背が、次第に遠ざかっていく……。
「……遠藤さん」
「うん?」
「私達……何かできないんでしょうか?」
「ぐぇ」
はて?
と、不思議な声が聞こえた為、サクラちゃんへと視線を向けるとーー強くカスタードを抱きしめつつ、俯いていた。
あの変な声は、急に抱きしめられたことによって漏れ出た、カスタード声らしい。
しかし……何か……か。
「そうだね……ここで、イルマちゃんを一人にさせたら、結局何のためについていった? て話だよな」
「? 遠藤さん?」
ハッキリ言って、良い方法なんて、何も思いついていない。
むしろ、ヘタなことをせずに、このまま流れに身を任せておいた方が、良い結果になるのかもしれない。
それでもーー。
遠ざかっていくイルマちゃんへと走った俺は、その小さな肩へと手を伸ばす。
「ひゃ!? ちょっ、何よあんた!?」
「イルマちゃん!!」
急に俺に肩を掴まれたことで、ビックリしたのか、目を見開くイルマちゃん。
例え、いらないお節介だったとしてもーーこのまま、彼女を一人にさせるわけには、いかない!
彼女の
「俺に、君の手助けをさせてくれ!!」
「ただいま。お母さん」
「お帰り~」
「ただいま帰りました」
「はいはい、お帰り~」
「おっ、おじゃましまーす」
「はいよ~……うん!?」
サクラちゃん、俺、イルマちゃんの順番でマイさんへとそう声をかけると、最後のイルマちゃんの声に対して、過剰な反応をしたマイさんが、花へとしていた水やりを中断するや、勢いよく振り返ってくる。
「えっ!?」
「はい? えっとーーおじゃまします」
「……」
「あれ? どうかしましたか? 遠藤さん?」
後ろにいたはずの俺らが、ついてこなかったからかーー先に二階へと向かっていたサクラちゃんが、扉から顔だけ覗かせると、不思議そうに首を傾げてくる。
「えっと……」
「ははっ。大海原さん。気にせずに先に行っててくれる? サクラちゃん。悪いけど、連れてってあげて」
と、いまだにジョウロから水を流しつつ硬直しているマイさんを見て、困った様子のイルマちゃんへとそう言った俺は、仕方なくマイさんのもとへと向かう。
「あの~マイさん?」
「はっ!? えっ!? えっ! どどどどっ、どういうことよ遠藤くん!! さささっ、サクラが、同年代の友達をーー」
「おっ、落ちついてください! 大海原さんに、聞こえちゃいますから!」
あきらかに混乱しているマイさんへと、俺が慌てて落ち着かせると「はっ!? そっ、そうよね!」と言いつつ、ジョウロを持ったまま、口元を抑えるマイさん。
そのせいで近くにいた俺に、ジョウロの水がかかったのだがーーもはや、それすら目に入らないほど、オロオロするマイさん。
どれだけ、同年代の子を連れてこなかったんだよ……サクラちゃん。
「えっとですね。彼女は、大海原イルマちゃんといいまして、その~。サクラちゃんのクラスメイトです」
「くくくつま、クラスメイト!? で! で! ようするに、友達ってことでしょ!?」
いや、うーん。
そこが、微妙なんだよな~。
というのも、ここにイルマちゃんを連れてきた理由は、今後のアイリスさんについて、三人で考えようと、俺が提案したからだ。
その為、二人が友達か? といわれると、それは、そうである。とは、残念ながら断言できない。
しかも、断言などしようものなら、絶対にマイさんが変な暴走をしてしまうのは、目に見えている……。
過剰に嬉しがり、色々しようとする親というのも、子どもにとっては、迷惑な時もある。
しかも、二人ともそういうことに敏感な年頃だからな……。
なので、俺が何と伝えるべきか迷いつつ沈黙をしていると、興奮が収まらないとばかりに、俺の両肩を掴むや、容赦なく前後に振ってくるマイさん。
「友達でしょう!? つまり、サクラの友達よね!? 友達ってことでしょう!!」
「ちょっ!? まっ、待って! 揺らさないで!!」
「答えてよ遠藤くん!! そうなんでしょう!!」
オエッ!!
脳が揺れる~!
容赦なく揺らしてくるマイさんに、何とか落ちつくように説得した俺は、解放してくれたマイさんへと、揺れる視界の中、出来る限りの説明をする。
「つっ、つまり、まだ完全な友達というわけでは、ないんですよ」
「なっ、なんだーーそうか……。くぅー! 残念だけど、つまりは、これからってことよね! よーし! 母として、サクラの友達作りに手をかすわよー!!」
「えっと……あまり、気合いを入れすぎて、空回りしないようにしてください」
本当、気をつけてくれよマイさん。
手助けしすぎるのも、逆効果なんだから。
完全に気合いの入りすぎているマイさんを、落ち着かせた俺は、ようやく二人待つ部屋へ到着した。
ーーのだが、場所がサクラちゃんの部屋なので、実は、地味に緊張してしまっている。
……これは、別に変態的な意味ではなく、いつも意識的に入らないようにしていた場所だから、ちょっとソワソワしているというだけだ。
断じて、少女の部屋に興奮するとかではない。
と、誰に言うわけでもないが、妙に落ち着かない自分にそう言いきかせつつ、いざ部屋へと入ってみるーーと。
えっ? あれ?
おかしいな……俺の想像していた部屋と、少し違うぞ。
いや。完全な想像だったのだがーーこのくらいの年の子は、ピンク色の物が多いと思っていたのだが……なんだろう。
なんかーー全体的に茶色い?
「あっ、遠藤さん。遅かったですけど、どうかしましたか?」
と、俺が入口で立ち止まっていると、イルマちゃんと対面でカーペットへと座っていたサクラちゃんが、すぐさま近づいてくる。
あっ。なんかカーペットも茶色いと思ったらーーこれは、家紋か?
それに、勉強机に置かれている物も、小さな刀のオモチャだったり、偉人と思われる写真立てが飾ってあったりーー。
……そういえば、そうだった。
サクラちゃんは、典型的な歴史大好き歴女だったんだ。
「いや。マイさんと、少し話していただけだよ」
と、サクラちゃんへと答えつつ、俺の中で想像していた少女部屋が、音をたてて崩れ去っていく。
うん……現実なんて、こんなもんさ。
何を緊張することがある。
むしろ、想像通りのピンクまみれだったら、それこそ緊張していたかもしれないし。
結果的に、よかったよかった。
などと、勝手に自分で結論づけた俺は、そのまま流れるようにサクラちゃんとイルマちゃんの間へと腰をおろす。
さて……。
ここからは、本当に気合いを入れないとな。
何といっても、この二人に協力してもらうように言ったのは、俺だ。
だからこそ、全力で挑む必要がある。
「では、始めるとしますか!」
「ていっても、いったい何をするのよ?」
突然連れてこられたこともあってか、少し頬を膨らませつつ、開口そう言ってくるイルマちゃん。
うむ……。
ぶっちゃけると、実は、何も考えていない。
つまり、今から始めるのは、アイディアの発言嵐作戦だ。
我ながら、酷い始まりだとは思うが……三人もいるんだし、良い案が出てくるだろう。
「それじゃ、みんなで思いついたことをとりあえず、次々言っていこうか。イルマちゃんのお姉さん……つまりアイリスさんが、どうしたらサッカーをもう一度できるようになるのか? これについて、何でもいいから思いついた案を、言ってくれるかな?」
「はぁ? なによそれ」
「うーん。そうですね~」
と、飽きれたような顔をするイルマちゃんと、真剣に考え始めてくれるサクラちゃん。
二人とも、まさかのまったく違う反応だな。
まぁ、突然言われても難しいか。
それならば、ここは、俺から道を示してやるのがスジだな。
「それじゃ、俺からね。アイリスさんに、応援の言葉を言いまくる」
「……はぁ?」
「おおぉ! いいですね。応援って、人の心に響くといいますから」
と、すぐさま俺の言葉に嬉しそうに反応するサクラちゃんと違い、すっとんきょうな声をあげるイルマちゃん。
「応援って……そんなの、あたしが何度も言っているけど?」
「でしたら、病室に飾りつけなんかをしつつ、応援の声をかけたらどうでしょうか?」
「へっ?」
「いいね、サクラちゃん。よし、その他に案はあるかい?」
と、すかさず俺が二人にきくと、提案に乗ってくれたサクラちゃんが、すぐさま挙手をしてくれる。
「はい、サクラちゃん」
「サッカーの歴史を調べ、教えてあげるのは、どうでしょうか? 歴史とは、人類の歩いてきた道です。中には、きっと同じような選手の方もいたかもしれません。ですから、それを伝えることで、もう一度立ち直ってもらうのです!」
「いいね!」
「はぁ? いや、あの」
「よし。それなら、サッカーの試合を観てもらうなんてのも、良いんじゃないかな?」
「良いですね! 実際の場面を観ると、心を動かされるかもしれません。というのも、私もお城や本を読む度に、歴史をますます好きになってしまうということがーー」
「いやいや! ちょっと待って!!」
うん?
どうしたんだ? イルマちゃん。
せっかく、良い流れがきていたのに。
「先から、勝手に話を進めているけれどーー意味がわからないんだけど!? きちんと説明しなさいよ!!」
「えっ? ですから、アイリスさんに、もう一度サッカーをしてもらうためには、どうすればいいのか? を三人で考えるんですよね?」
「それは、あたしもわかっているっての! そうじゃなくて! 先から二人が言っていることに、理解ができないって言ってんの!」
「難しかったかい? 今のところ、応援という案と」
「だから! それは、既にあたしがやったっての!!」
と、勢いよく机を叩くと、ゼェーゼェー。と肩で息をつくイルマちゃんの様子に、さすがに俺とサクラちゃんも、一度口を閉じる。
「あっ、あたしが知りたいのは、今していることよ。何か、案があってあたしを引き止めたんじゃないわけ?」
「あぁーーごめん。実は、案なんてなかったんだよ。だから、これから三人で話そうと思って……」
はぁ?
あんた、何言っているの?
とでも、言うかのような顔をしたイルマちゃんが、無言でサクラちゃんの机に置いてあったティッシュ箱を掴むや、間髪いれずに俺へと投げつけてくる。
「いだっ!?」
「らっ、乱暴はよくないと思いーー」
「それなら、最初からそう言いなさいよね!! あんな真剣な顔つきで止めてくるもんだから、何か良い案でもあるのかと思ったじゃない!!」
「ごっ、ごめん。あの時は、とにかく引き止めないと、と思って……」
はっ、鼻にあたった。
くぅ~足だけでなく、投げもコントロール抜群かよ。
「たく……まぁ、協力してくれるのは、素直に嬉しいけどさ。でも……はっきり言って、難しいと思うわよ? あたしだって、思いつく限りのことはしたもの。それでも、お姉ちゃんは、一度もやってみる。なんて、言わなかったもん」
と、そう言ったイルマちゃんは、悲しそうに俯いてしまう。
まぁ……そうだよな。
きっと、俺が想像するよりも、たくさんの方法をイルマちゃんは、試したんだろう。
それでも、アイリスさんは、頑なにサッカーを避け続けた。
それは、とても辛かっただろう。
「イルっ、じゃなくて、大海原さん。確かに、難しいかもしれないけれど……ここには、俺もサクラちゃんもいるからさ。きっと、あっ! と、驚くような案が出るはずさ」
イルマちゃんの様子に、つき並みの言葉だがーーそう声をかけずには、いられなかった俺が、そう伝えると、アワアワしていたサクラちゃんも、俺に続くように大きく頷く。
「そうですよ、大海原さん! かの有名な
「もう? あははっ。なんか、よくわからないけど……たしかに、頭の悪いあたしよりは、良い案がでるかもね。いいわ! それなら、あたしも出しまくるわよ!!」
と、サクラちゃんの言葉によって、笑顔になったイルマちゃんは、すぐさま案を出し、それにサクラちゃんが笑顔で頷く。
……やっぱり、年齢が近いからかな?
全然俺よりも、彼女の心に響いたみたいだ。
などと、そんなことを思いつつ、それぞれ案を出していくとーー。
「えっと……かなり、案が出ましたけど、これからどうしますか?」
そう言いつつ、俺へと視線を向けてきたサクラちゃんの言葉によって、とりあえず多数の案が出された紙へと、俺も視線を落とす。
ふむ……。
かなり多くの案が出たがーー大きく分類すれば、サッカーに関することに触れさせるという案と、一緒に何かをするという案……だな。
「うん。これだけあれば、あとは、実現できることのみを残していこうか。まず、サッカースタジアムの貸しきりってのは、なしかな?」
「うぐっ。そっ、それなら、この名所観光っていうのも、なしでしょう? だって、お金も時間もかかるし」
「えっ!? あっ、いえ。そうですよね。でし たら、サッカー選手に会いに行くというのも、もちろん無理ですよね?」
「うっ、うん。そうだね」
と、自分の案が却下されるたびに、三人とも言葉を詰まらせているーーと。
残ったのは、サッカーを観てもらう。サッカーをしてもらう。応援をする。
など、どれもすぐにできそうなものばかりになった。
「で? やっぱり、こんな感じになったけれど……一応言っておくと、あたし、ほとんどやったわよ? サッカーをしてもらうのは、さすがに無理だったけどね」
「ですよね……どうしましょう?」
「うーん」
そうだな……。
ここまで、みんなで案を出したんだ。
せめて、何か実現させないと……。
と俺が首を捻って考えていると、何やら控えめなノック音と共に、マイさんの声が聞こえてくる。
「サクラ~。ちょっといい?」
「? 入ってきてもいいよ、お母さん」
サクラちゃんの応答により、扉を開けたマイさんはーー。
「楽しんでいるところ悪いけど……そろそろ、解散したらどう? ほら、イルマちゃん? だったかしら。女の子だしーーあまり夜遅くなると、危険じゃない?」
と、とても申し訳なさそうに、そう言ってくる。
あっ!
やっちまった……。
そういえば、時間を全然気にしていなかったな。
「それもそうですね。それじゃ、今日は、この辺にしようか。あとは、俺が少し考えて、それを二人に伝えるよ」
「えっ? あんた、それでいいの?」
うん?
「というと?」
「ほら。あの~何て言うか……大人って、いろいろ大変じゃない? お父さんとお母さんがそうだからさ。だから、あんたも大変なんじゃないの?」
と、恥ずかしいのかーー少し頬を紅くしつつ、後頭部を掻きながら言ってくるイルマちゃん。
おやーーまさか、イルマちゃんが心配してくれるなんてな。
でも、何も心配することなどないさ。
「ありがとう。俺なら、問題ないよ。むしろ二人は、勉強とか受験やらに向けて、色々とあるでしょう? それも含めて、ここは、俺が適任なのさ」
「遠藤さん……ふふっ。それじゃ、ここは、お言葉に甘えちゃいましょうか。大海原さん」
「えっ? まっ、まぁ。あんたが、そう言うなら任せるけど……ないとは思うけど、用務員の仕事をサボったりしないでよね? こっちのせいになっても、目覚めが悪いからさ」
「はいはい。じゃ、夜も遅いことだし、お家まで送っていくよ」
と、俺が立ち上がりつつ伝えると、なぜか立ち上がったイルマちゃんが、首を横へと振る。
「いいわよ。ウチの犬が来てくれるから」
「へっ? 犬?」
「そうよ。つい、この前拾った犬でね。おかしいと思うかもしれないけれど、人の言葉がわかるのよ! しかも、きちんとあたしがいる場所に来てくれるから、ものすごーく、優秀な犬なの!」
へー。
人の言葉がわかるっていうのは、きっと気のせいだろうけどーー迎えにくるとは、ずいぶん賢い犬だな。
異世界の犬なのだから、そういうのもあるのか?
と、俺が不思議に思いつつも感心したように頷くと、ニコニコしつつ下へと降りていくイルマちゃん。
なので、マイさんを含めた三人で、あとを追いかけると、靴を履いたイルマちゃんが、振り返ると、笑顔で片手をあげる。
「それじゃ、香林さん。今日は、いろいろありがとうね! また、明日!」
「あっ、はい。こちらこそ、また、よろしくお願いします」
「あははっ。だから、硬いって。同じクラスなんだから、もっと気楽にいこうよ。と、ほら。来たわよ。ウチの犬」
恥ずかしそうに答えたサクラちゃんの肩を、軽く叩きつつそう伝えたイルマちゃんが、俺達へと、指しつつ教えてくれる。
噂の賢い犬かーー。
どれどれ?
どんな、優秀な犬なんだか。
「紹介するわね。ウチの犬で、ホイップていうのよ!」
「ミル!」
…………はぁ?
ミル! て、あれ? なんか、この白い犬……見たことがあるぞ?
「ほっ、ほほほっ、ホイップ!?」
「あれ? その子ウチのーー」
「あー! あれですよマイさん! きっと、似た犬ですって! ねっ! サクラちゃん!!」
「そっ、そうだよお母さん! 白い犬なんて、どこにでもいるし!」
このアホ犬!!
何が、ミルだ!
呑気に抱きかかえられて片足を上げてる場合かよ!
どこに行ったのかと思えば、よりにもよって、イルマちゃんに拾われやがって!!
「へー。香林さんのウチでも、白い犬を飼っているんだ。でも、ホイップの方が頭がいいわよ~。何て言っても、言葉が話せるんだから」
「へっ、へ~。言葉をねぇ……そいつは、とってもすごいことだね~。ねぇ~ホイップちゃん?」
「みっ、ミル!?」
「でしょ? ほら、ホイップ。いつもみたいに、あいさつしなさい。このウチにはね。かわいい猫ちゃんもいるのよ? もしかしたら、一緒に遊んでくれるかもしれないわよ~」
と、まさかのホイップの登場により、俺とサクラちゃんは、もちろんのことーー言葉を話すというイルマちゃんのセリフによって、俺ですらわかるほど、俺達の背後からものすごい怒りの視線が突き刺さってくる。
そうだよな、カスタード。
拾われただけでも発狂もんなのに、言葉も話したんだとよ? お前の妹。
「みっ、ミル! ミル! ミル~!!」
「わっ!? ちょっ! どうしたのよホイップ? いつもなら、元気に答えるのにーー」
さすがの能天気犬でも、俺達の様子から、何かいけないことをしてしまったのではないか? と感じとったのかーーもがくように、イルマちゃんの腕の中で暴れ始めるホイップ。
ふっ……。
「なんか、調子が悪そうだね。無理にしなくても、大丈夫だよ大海原さん。また、今度見せてくれればいいさ。だからーーきちんと大海原さんをお家まで送っていくんだよ? いいね? そしてーー」
きちんと、帰ってこいよ?
という言葉を込めて、ホイップの頭を笑顔で撫でてやれば、ものすごい速さで首を縦に振るホイップ。
よしよし、良い犬だ。
さて。尋問の支度でもして、待っているとするかね。
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