第7話 相談事



「えっと……とっ、とりあえず、何か飲むかい?」



 俺と彼女は、一応ーー記憶にない覗き見犯とその犠牲者ーーなので、とりあえず飲み物でも飲みつつ、緊張を無くそうかと提案してみる。



「いらないわよ。時間がないし」



 ーーが、あっさりと両断されてしまう。

 まっ、まぁ……そうだよな。

 しかしこの空気ーーどうしたものか……。


 井上さんのせいで、ちょっと空気が重いんだよな……。

 などと考えつつ、打開策を頭の中で考えていると「あんたさ」と、まさかのイルマちゃんの方から切り出してくれる。



「もしかして、二重人格とかそういうのなの?」

「……へっ?」



 二重人格?

 どっ、どういうことだ?



「うじうじするのって、あたしには、合ってないからさ。もう、直球できくけどーーは、どっちが本当のあんたなわけ?」

「っ!?」



 疑うような視線で、イルマちゃんがそう問いかけしてきたことにより、俺の頭の中が、一気に真っ白になってしまう。


 ……冷静に考えてみれば、彼女が俺の異世界転移について、知っているはずがないことは、すぐに察せられるはずだ。


 ーーなのだが、突然の命を取られるほどの質問に対して、今の俺は、言い訳の一つも浮かぶことができず、心臓が早鐘をうつこと以外に、意識を集中させることができない。


 なぜ。彼女は、そんな質問をしてきた?

 前というのは、いったい、いつからのことだ?

 バレた場合、どう乗り切る?


 そんな、まったくの的外れの考え事ばかり頭の中にうかんできてしまい、答えたくとも、喉につっかえて言葉すら出てこない。


 そしてーーその数秒の沈黙が、さらなる悪手になってしまう。

 俺からすんなり答えが出ないからか、イルマちゃんの視線が、だんだん疑い深くなってきたのだ。



「どうしたのよ。まさか、どちらもあんたじゃないとか言わないわよね? 答えられないなら、もっと答えやすくきいてあげるわよ! 香林さんに対しては、色々手助けしてあげているみたいだけどーーそれは、どうしてなの!?」



 バン! 

 と、机を両手で叩いたイルマちゃんは、ひどく興奮したように、身を乗り出して詰め寄ってくる。


 おっ、落ちつけ俺! 

 相手は、普通の中学生。そして、俺は大人だ!


 考えろ……。

 今、イルマちゃんは、何対して怒っているのか?

 覗き見ーーのことは、少なくとも今の状況とは、関係ないはず。

 であるならば、何だ?


 今の俺と、おそらく過去の俺ーーそこから、イルマちゃんの言いたいことを導き出せ。

 きっと、そこに答えがあるはず!


 ……不幸中の幸いとは、まさに、今の俺のことだろう。

 混乱していた頭は、イルマちゃんの激情による問いかけにより、からに変更されたのである。


 その為、一気に働いていない頭が加速する。

 二重人格という発言。

 どちらが、本当の俺なのかという質問。

 井上さん達の、初期の俺への印象。

 そして、サクラちゃんの手助けをしている今の俺。


 ……そうか。

 もしかしたらーー。



「ちょっと! あんたきいてーー」

「どちらも、俺自身だよ」

「いるのって、はぁあ!?」


「さっきの質問の答えだよ。どっちも、俺自身だよ。少なくとも、二重人格とかじゃない。そのーー信じてもらえないかもしれないけれど、



 と、俺がしっかりイルマちゃんの目を見つつ答えると、何やら口をパクパク動かしたイルマちゃんは「ふっ、ふん! あっそう!!」と言い、派手な音を立てて椅子へと座ってくれる。


 ……ふぅ。

 どうやら、予想が当たったな。

 というのも、おそらく彼女が知りたかったことーーそれは、この世界に元々いた俺と、今の俺の性格が、あきらかにおかしかったことだろう。


 どうにもこの世界の俺は、きちんとした仕事に就いているらしいのに、あまり真面目な性格ではなかったらしい。

 そのことは、井上さんの言動から何となく察していた。


 そこから考えるに、おそらく覗き見をした時か、それ以前かーー記憶にないから正確には、わからないが、きっとそこでヒドイ態度でもイルマちゃんにとったのだろう。


 当然そんなことをすれば、イルマちゃんからは、最悪な印象をいだかれる。

 なのに、そんな男がある日をさかいに、特定の女子生徒に優しく接するようになってみろ。


 大人なら色々な可能性を考え、そんなこともあるかと、納得できるだろうがーー幼い彼女からすれば、混乱してもおかしくはない。


 しかしーー仮にそうだとするならば、俺みたいな気味の悪い人間となど、普通なら関わりたくないと、思うはずなんだけど……。



「で。なんで、香林さんに色々手助けしたわけ? あたしが言うのもあれだけどーーあんた、女子生徒から嫌われているじゃない」

「嫌われ……ズバリ言うね、大海原さん。まぁ。そうなんだけど、なんていうか……困っている雰囲気だったから? かな。それに、友達だから」



 やっぱり、俺って女子生徒に嫌われているのね……。

 あんな事件をおこしたのだから、それはそうだろうと思うけど……やはり、直接言われると心にダメージがくるな。


 と、内心大きなダメージをくらったが、それを頭を掻くことで紛らわせると「友達……ね」と、イルマちゃんが呟く。



「……ねぇ。もしもの話だけれど、困っている人がいたら、あんたは、香林さんみたいに助けるわけ?」

「困っている人?」


「そうよ」

「うーん……」



 もしもの話……か。

 この流れで、こう切り出してくるってことは、もしかしたらイルマちゃんはーーいや。


 ここは、慎重に言葉を選ぼう。

 実際、今まで二回失言をして、彼女を怒らせているんだ。

 さすがに、学ぶべきだぞ俺。



「もちろん、可能な範囲で助けると思うよ。それが、生徒なら……なおのことーーね」



 そう言うと、何やら視線をウロウロさせたあと、大きなため息をつくイルマちゃん。

 そして、その両肩から見るからに力が抜ける。


 ……力が抜けた?

 もしかして、かなり緊張をしていたのか?



「はぁ~いいわ。どうせ、失敗したら失敗したで、諦めもつくしね。それじゃ、今日の放課後校門で待っててちょうだい。そこで、きちんと話すわ」



 へっ?

 なぜに、校門?

 と思ったが、イルマちゃんが顎で時計をさしたことで、俺も気づく。


 ーーすでに、約束した時刻から、三分以上経過している。


 しまった。混乱することがありすぎて、すっかり忘れていた。

 年上の俺が、情けないことだ。



「あーそうそう。一応、めんどくさかったりしたら、待ってなくていいから。それは、それで覚悟決まるし。てなことで、じゃあね」



 と、立ち上がりつつ言ったイルマちゃんは、出会ってから初めて、俺へと笑顔を向けて言ってくれる。


 しかし、その笑顔はーー。

 無理に作られた笑顔である。と、すぐにわかるくらい、ぎこちのないものだった……。









 いずれ、この世界から去るのだ。

 だからこそ、あまり人と繋がるのは、よくないと、頭では理解している。

 だけどーー。



「あんな笑顔で言われたら……無視できないよな」



 と、自分に言い聞かせるように呟いた俺は、さっそく校門へと向かう。

 あれだけ嫌っていた俺に、助けを求めにきたのだ。


 彼女自身、かなり追い詰められているのかもしれない。

 それが何なのかは、まったく予想できないが……。


 などと、頭の中で色々な可能性を考えていると、何やら校門に見覚えのある女子生徒がーーて!



「さっ、サクラちゃん!?」

「あっ! 遠藤さん! お疲れ様です!!」



 いや。お疲れ様です!! じゃ、ないよ!

 なんで、ここに?



「きいてください! 実はですねーー今日、大海原さんと、遠藤さんのことを色々お話したんです!」

「へっ?」



 俺のことを?



「ふふっ。あれですよね。きっと、自分のお友達のことを紹介するってやつわ。だって、とても楽しかったんですよ! 自分の友人を、他の人に知ってもらうーーあれは、とても良いことですね!」



 なっ、なんかよくわからないがーーとてつもなく、テンションが高いな。


 小さくその場で跳ねながら、あの場面を話たり、あの場面をこう言い換えて伝えた、などなど……。


 とにかく、そんな様子で、終始とても嬉しそうに教えてくれるサクラちゃん。


 なのだがーーこれは、マズイ。

 イルマちゃんの話だと、おそらく俺個人に話がある感じだった。


 しかし、ここにサクラちゃんがいてしまうと「はぁーーやっぱり、あんたを信用するべきじゃなかったわね!」とか何とかいって、今度こそ完全に嫌われかねない。


 ……いや。あの笑顔から察するに、きっともっとヒドイ結末になるぞ。


 かといって、今の興奮しているサクラちゃんにもヘタなことは、決して言えない。

 だって、一緒に帰れないとか言えば、絶対に傷つくもん。


 ……どうしょう。



「それでですね!」

「サクラ。そろそろ帰らないと、また、変な噂がこいつに流れるミケ」

「えっ? あぁ、そうですね。では、帰りがけに続きを!」



 と、意味のわからないところで、俺のことを気遣うカスタードの声かけにより、すぐさま帰る為に動き出すサクラちゃん。


 カスタードめ……気遣うなら、もっと別の場面があるだろうが。


 俺に、丁寧にこの世界の事を伝えるとかさ!


  

「えっとーーサクラちゃん? あのね。昨日も話したと思うけれど、生徒と俺が一緒に下校するってのは」

「あっ、あんた。待っていたの?」

「そうそう。待ってーーえっ?」



 ーー俺がサクラちゃんへ理由を伝えつつ、共に帰るのを断念してもらおうかと説得していると、第三者の声が、まさかの背後から聞こえてくる。


 まっ、まさか!?

 慌てて背後を振り返るとーーそこには、驚いたように目を見開きつつ、どこかホッとしたような顔をする、イルマちゃんが立っていた。


 やっーーヤバい!

 サクラちゃんを説得する暇もなく、本人が来てしまった~!



「まぁ、いいわ。待っていてくれたのなら、こっちもきちんと、教えーー」

「あれ? 大海原さん?」

「……はぁ?」



 にっこりから、無表情へーー。

 その変わりの速さ、まさに秒という奴だろう。


 俺の背中から、ひょっこりと顔を出したサクラちゃんに気づくと、すぐさま俺を睨みつけてくるイルマちゃん。


 

「ちっ、違うよ大海原さん! これは、そのーーそう! ちょっと、勘違いがあってさ!」

「勘違い?」


「そうそう! 俺は、大海原さんを待っていたんだけどーーサクラちゃんは、俺を待っててくれたらしくてさ! つまり、その……」


「……」

「ごっ、ごめんなさい」

「えっ? えっ!? あの。えっと、ごっ、ごめんなさい!」



 イルマちゃんの無言の睨みに、すぐさま屈した俺が素直に頭を下げると、何故か続けて無関係なサクラちゃんも頭を下げる。


 いや、なんでサクラちゃんも謝っているの?

 君は、何も悪いことをしてないでしょう?


 俺ら? の謝罪に対して、数秒沈黙していたイルマちゃんは、大きくため息をつくと、首を左右に振りつつーー。



「仕方ないわね。あたしも、二人っきりとは、言ってなかったしーーなにより、二人とも友達なんだったけ? なら、ここで追い返すのもかわいそうか……でもーーついてきても、つまらないわよ?」

「ついていく? えっと……よくわかりませんが、よろしくお願いします!」



 と、イルマちゃんが苦笑いしつつ言うと、勢いよく頭を下げるサクラちゃん。

 いやーーよくわからないのについてくるのかい。








 イルマちゃんについていくこと、数十分ーー。

 途中、スーパーでお菓子を買ったイルマちゃんが向かったのは、まさかの病院であった。



「海原大病院?」

「ここら辺では、一番大きな病院ですね。最近建てられたことで、色々な人が利用しているらしいですよ」



 俺の独り言に対して、目敏く反応してくれたサクラちゃんが、カスタードを抱きしめつつ、そう説明してくれる。


 へー。

 通りで、綺麗なわけだ。

 病院って、俺の勝手な印象なのだがーーもっと鉄筋コンクリートで暗い印象があったけど……。


 ここは、外から見てもわかるほど、とてものどかな雰囲気が漂っている。

 病院というより、美術館みたいな感じだな。


 などと思いつつ歩いていると、何故か、入り口の前で立ち止まるイルマちゃん。



「悪いけど……香林さんは、ここで待っていてもらってもいいかな? たぶん……この先は、つまらないと思うから」



 と、いつも元気なイルマちゃんにしては、暗い表情で、そう告げてくる。



「えっ? あっ、はい。わかりました」



 そんなイルマちゃんの突然の言葉に対して、表情の変化から何かを感じ取ったのかーーサクラちゃんは、カスタードを地面へとおろすと、

俺ににこやかに待っていることを告げ、近くの木へと二人して向かって行く。


 しかし、病院……か。

 確かーー井上さんの情報だと、イルマちゃんのお姉さんは、最近事故にあったと言っていた。


 ……ここまでくると、何となく予想ができてしまうけどーー本人が言うまでは、何も言わない方がいいだろう。



「それじゃ、行くわよ。直接見てもらった方が、説明しやすいから」



 サクラちゃんが離れると、そう俺に説明してきたイルマちゃんが、スタスタと歩きだしてしまう。


 なので、俺も頷きつつその後へと続くと、受付で二言・三言話したイルマちゃんは、これまた無言でエレベーターへと向かってしまったので、そのあとに続いて俺も乗り込む。


 そうして、俺らだけを乗せたエレはベーターが動く中、しばらく静寂が場を包んでいるとーー。

 イルマちゃんが、壁にもたれかかると、その重そうな口を開く。



「あたしの家族ってさ……みんな運動バカなのよ。お父さんもお母さんも……話す内容なんて、いっつも大会やら運動の効率ばっかり。そんなんだからーーあたしもお姉ちゃんも、運動バカになっちゃったのよ」


「そう……なんだ」


「でさ。そんなスポーツ家族だから、あんまり揃って食卓とか、囲んだことがなくて……あっても、お父さんだけとか、お母さんだけって感じで、両親のどちらかしかいなくてさ。お姉ちゃんだけがーーいつも一緒に食事をしてくれたのよ」



 ポーン。

 という、軽やかな音と共に、エレベーターが止まったことで、イルマちゃんが外へと出る


 なので、無言で俺もその後へと続く。



「でも。そのお姉ちゃんが、この前事故にあっちゃって……あぁ。別に命とかは、全然問題なかったのよ? だけど、少し足を怪我しちゃってさ……それが、致命傷っていうかーーなんていうか」


 と、歩きながら説明してくれていたイルマちゃんが、ある病室の前で立ち止まると、急に声を小さくする。



「その……あんまり驚かないでよ? お姉ちゃんが、落ち込んじゃうからさ」



 と、注意するように言ってきた為、少し緊張した俺が、生唾をのみ込みつつ頷くとーー先ほどの小声が何処へ行ったと思うほど、勢いよく扉を開けるイルマちゃん。



「お姉ちゃーん! ただいまー!!」



 ……えっ?

 いや、そんな大声で入らなくてもーー。

 

 まるで、帰宅でもしたのかと思うほどのテンションに、俺が若干引いていると、ベットの頭付近を上げつつ窓を見ていた女性が、微笑むようにイルマちゃんへ顔を向けてくる。



「イルマ……病院では、大声をあげちゃダメだって、言ったでしょう?」

「お姉ちゃんこそ。座ってばかりいたら、ダメだってお医者さんが言ってたじゃん! 少しは、立ったりしないと! ほら。花瓶の水だって替えていない!!」



 と、イルマちゃんに対して、やんわりと注意をしたーーイルマちゃんの言葉通りなら、おそらく姉だろうーー人に対して、頬を膨らませつつ抗議したイルマちゃんは、慌ただしい様子で病室にある物を片付け始める。



 「……」



 足を怪我した。と、イルマちゃんは言っていたけれどーーどうやら、そこまで大きな怪我ではないみたいだな。


 というのも、別に包帯で足が巻かれているというわけでもなければ、松葉杖まつばつえすらない。


 ーーのだが、車椅子がベットの脇にあるから、もしかして神経を損傷そんしょうしたとか? 


 でも。動けない人にあんなことを言うほど、イルマちゃんは、ヒドイ子じゃない。


 それは、球技大会の練習で倒れたサクラちゃんの為に、わざわざ保健室まで彼女が同行したことや、俺の犯した罪ーー正確には、この世界の俺がだがーーを言いふらさなかったところからも、十分わかる。


 なら、なぜ病院に?

 と、俺がそこまで部屋の状況を確認しながら思考しているとーーようやく俺の存在に気づいたのか、彼女が不思議そうに首を傾げる。



「えっと……すいません。どちら様ですか?」



 さらりっ。と、イルマちゃんと同じ茶髪混じりの髪の毛を肩から落としつつ、困ったように彼女が尋ねてくる。


 入院しているからか、少し肌色がよくないことに加え、瞳に力がないことが、少し気にはなるがーーやはり姉妹だな。


 どこか、イルマちゃんに似ている気がする。

 ……失礼ながら体格の方は、イルマちゃんとは違い、きちんと女性らしいスタイルをしているがーー。


 と、そんな失礼ことを思いつつ、彼女に尋ねられた為、慌てて俺から自己紹介をおこなう。



「初めまして。自分は、イルマちゃーーじゃなくて。大海原さんの学校で用務員をしている、遠藤六道といいます」


「学校の? それは、わざわざここまで来ていただいてーー初めまして。イルマの姉で、大海原愛栗栖おおうなばらあいりすといいます」



 そう言うと、イルマちゃんの姉ーーアイリスさんは、柔らかく微笑むのだった。

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