第11話 それでも、憧れ

「あれ? 私、どうしてここにーー」

「お姉ちゃん!!」



 そう声を出しつつ、目を覚ましたアイリスさんへと、飛びこむように抱きつくイルマちゃん。

 そんな微笑ましい光景を見つつ、俺はーー隣に立っている少女へと視線を向ける。



「それで。どうして、ここに?」

「うーん。なんて、説明すればいいんでしょうか……難しいところですね」



 こてん。

 と、可愛らしく小首を傾げつつ、そう答える美久ちゃん。


 あの後、まさかの新人魔法少女がイルマちゃんだったと知った俺達は、一人警戒を続けていたカスタードへとーー美久ちゃんが争う意思がない事を伝えてくれたこともあってーーすぐさま、今回の欲望の主の元へと駆けつけた。


 まさか、欲望の主がアイリスさんだったとは、思ってもいなかった俺とサクラちゃんは、驚いたのだがーー。


 イルマちゃんは、倒れているアイリスさんを見ると、違う驚きで軽いパニックになってしまった。


 そのため、俺達が何とか事情を説明しつつ、なだめていると、その間にアイリスさんが目を覚まし、今の状況へとなった。

 しかしーー。



「難しいって……サクラちゃん達とは、離れているから、別に何も気にしないでいいんだよ? それに、話せないなら、俺から話したいこともあるしね」



 そう……。

 アース曰く、俺が異世界へと転移したのは、どうやら、この子のせいらしい。


 悪いが、恨み言の一つくらい言わないと、気がすまない気持ちもある。


 そんな俺の気持ちを察したのかーーふざけた様子もなく、顔を曇らせる美久ちゃん。



「そうーーですよね。ごめんなさい。まさか、六道さんも次元境界線を超えてしまうなんて、思いもしませんでした。謝って許させることでは、ないと思いますがーー本当にごめんなさい」


「……そうだね。謝ってすむ話ではないけれど、さっきは助けてもらったから……とりあえず、ありがとう」



 はぁ……。

 自分の甘さが憎い。

 そんな顔で言われてしまったら、何も言えないじゃないか。


 それにーー助けてもらったのも事実だ。

 あのまま戦っていても、倒せていたかわからない程、レディ・マダムは強かった。

 と、再確認しつつ俺が答えると、何故か頭を横に振る美久ちゃん。



「そんな……あれは、結果的にそうなっただけです。私は、の為に、あの人を逃がしたんですから」



 目的?



「どういうことだい?」



 と、俺が美久ちゃんの言葉に違和感を持ち尋ねると、何故か真剣な顔つきになった美久ちゃんが、一歩近づいてくる。



「その前に、六道さん……これだけ、答えてもらえますか?」

「なっ、何かな?」

「六道さんはーー?」



 へっ?

 なっ、なんだその質問……。

 と、俺が予想外の質問に困惑していると、一瞬。本当に一瞬のことだがーー。


 美久ちゃんの視線が、鋭く細められたのだ。

 そして、その視線に対して俺は、無意識に後ろへとさがってしまう。


 理由は、単純でーーアースから、彼女のことを聞いてしまっていたからだ。

 災厄をばら撒き、人類の半分を消したらしい少女……。


 その情報が、無意識に俺へと恐怖を与え、自然と身体が反応してしまったのだ。

 そして……それが、美久ちゃんのだったのだと、すぐさま微笑んだ彼女の笑顔で、気づかされる。


 しまった!?

 何かわからないが、美久ちゃんの罠に引っかかった。

 どっ、どうする?



「ふふっ。ごめんなさい、六道さん。ちょっと、意地悪をしてしまいました。ほら、女の子って、意外と気になるんですよ。他人の目とか」


「そっ、そうなんだ。男の俺には、わからないことだな……それにほら、何というかーー美久ちゃんが可愛かったから、つい距離をとっちゃって。あははっ、ごめんね」



 と、即興で距離をとったことをそれとなく言ってみたーーが。

 また、しくじったな。

 きっと、取り繕ったとバレた……。


 というのも、見た目に反して彼女は、大人染みたところがある。

 それは、俺に大切なことを教えてくれたことからもわかることだ。

 ……変に、取り繕うべきではなかったか。



「六道さん。先に伝えておきますけれど、私は、六道さんを元の世界に返すことができません。私が転移している方法は、残念なことにーー私でしか、耐えることができないんです」

「そう……なんだ」



 まぁ、そうだろうな。

 でなければ、きっとアースが教えてくれていたはずだし。


 と、俺が頷きつつ答えると「加えて、私の目的も教えておきますね」と、続ける。



「私がこの世界に来たのは、を探しているからなんです」

「探している?」


「はい。その人は、私の大切な人がくれた思いを踏みにじっただけでなく、私のことをバカにしたんです」

「そっ、そんな酷い人がいるんだ……」



 と、俺がまさかの情報に素直答えると、にっこりと微笑みつつーー。



「はい。なのでーー



 と、流れるように口にする美久ちゃん。

 ……へっ?

 けっ、消す!?



「消すってーー」

「もちろん。言葉通りに、この世から抹殺します。跡形もなく、きれいさっぱりと」



 と、手を後ろで組みつつ、小石を蹴っ飛ばしつつ言う美久ちゃん。

 その可憐な容姿に似合わない言葉に、俺がしばらく唖然としていると、おもむろにフードを被った美久ちゃんはーー。



「六道さん……もしかしたら、私の探している人は、六道さんに関係のある人かもしれませんし、これから関わる人かもしれません。先ほどの女性を逃がしたのも、それを確かめる為です。なのでーー一応、忠告しておきますね? くれぐれも、私の邪魔だけは、しないでください。それだけ私は、今回の犯人に対して怒っています。願わくばーー私の運命と、六道さんの運命が交わらないことを」


 それでは。

 と、小さく手を振ると、その場から飛び立つ美久ちゃん。


 ………まったくの、

 忠告……か

 新人類パーフェクトオートマタ、三島美久……。

 本当に、君はーー。


 と、ゾッとする身体を無理やり動かした俺は、とりあえずイルマちゃん達の元へと、早足で向かう。

 もう、いないはずの美久ちゃんの気配を、不思議と背後へと感じつつーー。









 美久ちゃんと別れた後、イルマちゃん達と合流した俺は、すぐさま二人へと視線だけで、指示を送った。


 ホシガリーという邪魔が入ったことで、球技大会が思わぬ形で崩壊してしまったがーー俺らの真の目的は、この後にあるのだ。



「それじゃ、アイリスさん。球技大会も再開されるらしいので、観客席に戻りましょうか」


「えっ? 再開って」

「ほらほら。向こうに行ってお姉ちゃん」



 と、もはや観客もいない校庭へと俺らが移動すると、サクラちゃんとイルマちゃんが二人して、体育倉庫から小さなゴールネット二つ持ってくる。


 そして、それを俺達の近くへと、対面するように設置するとーー。



「おほん。では、ここで本日の球技大会の閉幕式をおこないたいと思います! 香林さん!」

「はっ、はい! それでは、閉幕式として、一対一の特別試合をしたいと思います。呼ばれた選手は、前へ出てください!」



 本来なら、きちんと球技大会が終わった後にする予定だったのだがーーまあ、細かいことは、いいだろう。


 役者は、全て揃っているわけだしな。



「それでは、大海原イルマさん。大海原アイリスさん。前へお願いします!」

「えっ!?」

「はい! ほら、お姉ちゃんも!」



 と、二人のやり取りを微笑みつつ眺めていたアイリスさんが、まさかの指名に驚きの声をあげると、イルマちゃんがその手を引く。



「まっ、待ってイルマ! お姉ちゃんは、歩けーー」

「短い距離なら平気でしょう? ほら!」



 拒否をしようとするアイリスさんを、半ば強引に引っ張り立たせたイルマちゃんは、そのままゴールネットの中央へアイリスさんを連れていくと、掴んでいた手をそっと離す。



「いっ、イルマ?」

「お姉ちゃん……あたしね。サッカーをしているお姉ちゃんが、大好きだよ」


「あっ……」

「でも、怪我をしてからのお姉ちゃんは、一度もサッカーのことを口にしなくなったし、何よりーー元気がなくなって……元のお姉ちゃんに戻ってもらう為に、あたしなりに、いろいろやってみた。けどーー正直あたしには、お手上げだったよ。だから、本当のことを言うと、諦めてた」



 向かい会いつつ、そう本音を語りだすイルマちゃん。


 その姿は、とても心細そうでーーそして、とっても勇気を出していることは、離れている俺にも伝わってくるほど、よくわかる。

 今、言葉にはできないがーー頑張れ、イルマちゃん。



「でも、香林さんとあいつーーううん。六道さんが、たくさん手伝ってくれて、あたしの背中を押してくれたの。だから、ここで決めよう。お姉ちゃん」


「……決める?」

「そう。一発勝負よ。あたしが勝ったら、サッカーのことを諦めていい。でもーーお姉ちゃんが勝ったら……もう一度、サッカーをやって」



 本来ならば、痛くもかゆくもないルールだ。

 だって、アイリスさんは、サッカーを諦めているのだから。


 だから、当初この話をきいた時、俺は、逆の方がいいのではないか? とイルマちゃんへと提案をした。

 だがーー。



「ううん。逆だと、お姉ちゃんは絶対に手を抜くよ。本当なら、サッカーをしたいはずだからね。だからーー本気を出させて、思い出させてやる」



 そう言って、俺の提案を突っぱねたのだ。

 そして、それはーーおそらく正解だったのだろう。


 イルマちゃんの言葉に対して、ずっと困惑気味であったアイリスさんがーー

 のだ。



「ーー本気なの? イルマ。今の私に勝って、サッカーを続けさせるなんて」


「酷いって? 酷くてもいいよ。嫌いになってもいい。それでもーーこの勝負を受けてもらうから。絶対に」



 身長や体格こそ違うものの、やはり姉妹なのかーー。

 睨み会う二人の顔は、どこか似ている気がする。



「そそそっ、それでは、お願いします」



 と、二人の気迫に圧され気味に、サッカーボールをイルマちゃんへと手渡したサクラちゃんが、アセアセとした様子で、可愛らしく俺の近くへと戻ってくる。



「だっ、大丈夫でしょうか? 姉妹の中が壊れるなんてことになったら……」


「平気だよ。もし、そうなってしまったらーーそれこそ、俺に任せてくれればいい。もともと、俺の案だしね」



 うん。

 それくらいの覚悟を持って、俺は、これを提案したのだ。


 決して、イルマちゃん一人に、全てを任せたりなんてしない。



「……ボール。お姉ちゃんからでいいけど?」

「冗談でしょう? 可愛い妹からの挑戦なんだから、譲るわよ」


「あっ、そう。後悔しないでよね? 一発勝負だから、先にゴールネットを揺らした方が勝ちだからね」



 そう言うと、鼻を鳴らし、少し距離をとったイルマちゃんは、静かにボールを地面へと置く。


 そして、軽く正面にいるアイリスさんへとパスを出すと、それをすぐさまパスし返すアイリスさん。


 そして、そのボールがイルマちゃんの足へと触れた瞬間ーー。

 ホイッスルもなしに、一気に二人の試合が始まる。


 アイリスさんの状況を兼ねて、ハーフコートよりも、さらに小さくしたコートではあるーーが。

 それでも、やはり国際強化選手に選ばれたことだけある。


 イルマちゃんへと肉薄し、隙をついてボールを奪い取るアイリスさん。

 がーーすぐさまイルマちゃんがそれを奪い返し、ゴールへと向かう。


 しかし、それをすぐさまアイリスさんが、取り返す。

 そんな風に、ボールが二人の間を行き来していると、ふいにイルマちゃんが声をあげた。



「なんだ! 全然動けるじゃん、お姉ちゃん! 今まで仮病だったわけ!? 心配して損した!」


「仮病? 違うわよ! 必死に追いついているのが、わからないの!? そんなんだから、今日の球技大会だって、簡単にボールを取られるのよ!」


「それなら、どうして車イスなんかに、いつまでも頼っているのさ!」


「っ!? わかるわけない! イルマには、絶対に!! ……ううん! お母さんやお父さんにだってわからない! 期待されて、それに応え続けていた人生から、突然転落する痛みなんて!!」



 ボールを奪いつつの、怒涛どとうの言い合い。

 きっと、二人とも本心なのだろう。


 あんなに激しい動きをしているというのに、息切れをして、言葉を切ったりしていないのが、いい証拠だ。



「わからないよ! 自分の気持ちに嘘ついたり、お見舞いに来てくれた友達の声にも、耳を貸さないお姉ちゃんの気持ちなんて!!」


「嘘なんてーーついていないわ! 本当に、うんざりなのよ!! 誰も彼もまだ頑張れる。まだ、やり直せるなんて簡単に言ってくる! 世界は、広いのよ!! 私レベルの選手なんて、腐るほどいる! そんな中から、数日練習できない状況になってみなさい!! 絶対にーー追いつけないのよ!!」


「なにそれ!! そんなことで、ウジウジしていたわけ!? あり得ないんだけど! 忘れたの!? お姉ちゃんはーーあたしに、言ってくれたでしょう!!」



 バッ!


 一瞬の隙をついたイルマちゃんが、アイリスさんからボールを奪い取ると、そのままゴールネットへと向かって、走り出す。


 その動きに、すぐさまアイリスさんも後を追うーーが。やはり、休んでいたハンデがあるのか、差が縮まらない。


 このままでは、アイリスさんは負けるーー。

 誰が見てもわかる、そんな状況であった。


 それは、試合をしているアイリスさんが、誰よりも感じていたのだろう。

 足をもつれさせたアイリスさんが、その場に倒れてしまう。


 そのあまりの痛々しさに、隣のサクラちゃんが動きだそうとしたのが、視界の端で見えた為、俺は、その肩をそっと掴んで、動きを止めておく。


 きっと……これで、いいはずだ。

 今は、姉妹の戦いだ……。

 部外者が介入して良いことなど、何もない。



「初めて試合で負けた時、お姉ちゃんは、あたしに向かって言ったでしょう!」



 そう言ったイルマちゃんは、あと数メートルという距離まで近づいた途端、その背を翻す。



「悔しいなら、次は、何倍も練習すればいい。お姉ちゃんが、付き合ってあげるからって!! だからーー」



 両目に、雫を溜め込んだまま、大きく右足を振り上げるイルマちゃん。


 そして、その足はボールの中心をきちんと捉えーー。



「あたしが付き合うから、もう一度立ち上がってよ! お姉ちゃん!!」



 渾身の一蹴りが、アイリスさんの頭上を通りすぎ、イルマちゃん側のゴールネットを激しく揺らす。


 ……まさかのオンゴール。

 自分自身での、失点。

 これには、隣にいたサクラちゃんも、唖然としている。


 ははっ……。

 まさか、そんな方法で決着をつけるなんてーー予想外だな。



「あたしはーーサッカーをしているお姉ちゃんが、大好きだし、憧れなの。だから……」



 そう言って、倒れているアイリスさんへと近づいたイルマちゃんは、涙を流しつつ手を差し出す。



「もう一度ーーサッカーをしようよ。お姉ちゃん」



 にっこりと微笑みつつ、涙声でそう言うイルマちゃん。


 そんなイルマちゃんの様子に、倒れたままの状態で、一切動かなかったアイリスさんだったがーーしばらくすると、そっとイルマちゃんの手を握り返し、ゆっくりとその場に立ち上がる。



「イルマ……知らない内に、強くなったんだね。これはーーお姉ちゃんも、寝てる場合じゃないね?」



 そう言葉にすると、強くイルマちゃんを抱きしめるアイリスさん。

 その日、太陽が傾き始めた頃ーー。


 誰もいない校庭で、今まで一人で苦悩し続けていた少女は、大声で泣き声をあげた。

 まるでーー今までの苦労が報われたかのように……。

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