紺碧編

第1話 魔法少女ミルキーシスターズ!


 ピッ、ピッ。


 そんな軽快な笛の音を響かせつつ、目の前を小柄な少女ーー大海原イルマちゃんが、軽やかな足どりで走っている。


 彼女の姉であるアイリスさんとの和解から、二週間後の休日ーー。


 世間のほとんどの人が、日曜日ということもあって、ゆっくりとしているであろう午前中にーー俺は、何故か彼女の背中目掛けて、走り続けている。


 てか、あれ?

 ここってどこだ?


 すでに、自分の肺が限界であることは、身体から鮮明に聴こえてくる息づかいでわかるのだが……背中を夢中で追っていたら、周りが知らない風景になっているんだけれど?



「まっ、待って。イルマ、ちゃん」



 さすがに、足腰に限界がきていた俺が、何とかそう声を絞りだしつつ、目の前の少女へと声をかける。


 すると、どうやらその声はきちんと届いていたようで、笛を口に加えつつ、振り向いてくれるイルマちゃん。



「もっ、もう、無理。限界。耳ーーいや、鼓膜こまくが、やぶ、やぶれ、破れるっ」



 と、何とか言葉を繋げつつ、限界であることを伝えたがーー。


 先頭を走っていたイルマちゃんは、不思議そうに小首を一度傾げると、軽やかに笛を吹きつつ、まさかの手招きをしてくる。


 しかも、その場で足踏みしつつだ。

 ほっ、本気か? この子。



「いやっ、さすがに! 休もう! 限界だよ!」

「ピッ、ピッーー休むって、まだ五キロ程度しか走っていないわよ? こんなの、準備運動でしょうが」



 おっ、鬼か?

 スパルタすぎる!

 

 確かに、平均男性としては、五キロくらい走れて普通なのかもしれないけれど……俺は、大学生活と就活で、ほとんど運動をしていなかったのだ。


 その状態でも、文句一つ言わずここまでついてきたのだから、むしろ、誉めてくれてもいいんじゃないか?


 などと言っても、彼女の心には届かなそうなことは、この数週間の付き合いで、それなりにわかっている。


 なので俺は、いまだに手招きしている彼女を無視しつつ、近場のガードレールへと、勝手に腰をおろす。



「こらこら! 一度止まったら、動けなくなるわよ!? いいのそれで!」


「いや、イルマちゃんーーさすがに、厳しすぎるって。大人はね? 色々な社会的しがらみに捕らわれていて、イルマちゃんのように強くは、ないのよ」


「はぁ? 六道は、まだ若いでしょうが。何をおじいちゃんみたいなこと言っているのよ。ふざけてないで、再開するわよ!」



 いや、本当に勘弁してくれ。

 と、アイリスさんとの和解以来、イルマちゃん呼びを許可された俺と、六道ーーイルマちゃん曰く、友達なら、呼びすてタメ口があたり前らしいーー呼びで、お互いに言い合う。


 しかも、服を掴んで引っ張ろうとイルマちゃんがしてきたので、何とかその場に留まろうとする俺がすると、軽い綱引き状態へとなってしまった。



「この! いいから走るわよ! ここから折り返しなんだから!」

「いやいや、無理無理無理。肺が爆発して、足がなくなるって」



 ふふっ。

 いくら運動が得意とはいえ、成人男性の体重を動かすのは、小柄なイルマちゃんでは、無理というものさ。


 それに……俺よりも気にかけるべき人が、遠くにいるだろうが。



「それより、イルマちゃん。先頭走って、俺らを引っ張ってくれるのは、いいんだけどさ……少しは、後方も見ないと」

「はぁ? 何の話ーー」



 と、俺がそれとなく注意をすると、少しムスッ。とするイルマちゃん。


 しかし、俺が遥か後方へと一度視線を向けると、その顔を一気にひきつらせた。


 ……おそらく、その目には、小粒くらいに見えるほど離れてしまった友人が、うつっているだろうな。



「あっ! さっ、サクラ……」

「イルマちゃんにとっては簡単なことでも、他の人にとっては、辛いこともあるってことさ。一つ学んだね」








「ごっ、ごめんなひゃい。わたっ、わたひ、もっと。もっと、がんばりまひゅ!」


「わかった! わかったから、もう話さなくていいわよサクラ! とりあえず、上を見あげて、呼吸することだけを考えなさい!」


「やれやれ。危うく、二人を見失うかと思ったミケ」

「ご主人たま! お水飲むミル?」

「あー……それは、サクラちゃんにあげてくれ。きっと、必要だと思うからさ」



 女の子として、絶賛してはいけないような恐ろしい形相をしつつ、公園のベンチへと座りこむサクラちゃん。


 なので、とりあえずホイップへと水筒を手渡すように伝えておいたーーが、うん。

 ここまで歩かずに、よく頑張ったよ……サクラちゃん。


 ものすごい内股で、腕がだらりと下がっていたせいで、ゾンビのような走り方だったけれども……。



「ごめんね、サクラ。あたし、全然後ろを見てなくて」

「いっ、いいえ。この程度で迷惑をかけてしまう、私が悪いんです」


「いやいや。今回は、突然のランニングだったからね。むしろ、サクラちゃんは、よく頑張ったほうさ。それに、イルマちゃんも今回ので走るペースが掴めたと思うからさ。結果、誰のせいでもないってやつだよ」



 そうそう。

 ここ数日で、体力が必要だと言い出したイルマちゃんに、元々運動が不得意なサクラちゃんが、よくついてこられたものだ。


 そして、イルマちゃんもよく短時間で、戦闘力=運動神経が必要だと気がつけたよな。


 俺なんて、カスタードに教えて貰わなければ、全然気がつかなかったというのにーー。


 と、二人して申し訳なさそうに俯いている少女達に、俺がそう声をかけると、二人ともぎこちなくではあるが、微笑んでくれた。



「よし! それなら休憩がてら、を決めるわよ!」

「? あれ、とは?」



 と、元気よく立ち上がったイルマちゃんに、不思議そうな顔で水筒を飲みつつきくサクラちゃん。


 ふむ。

 この突然の言葉には、俺も思い当たる節がないぞ?



「あれといえば、あれよ! ズバリ! ヒーロー名よ!」

「「ヒーロー名?」」



 自信満々に、自身の胸を叩きつつそう宣言したイルマちゃんと違い、俺とサクラちゃんは、共に首を傾げてしまう。


 ヒーロー名って……。

 すでに、俺とサクラちゃんにはあるぞ?


 サクラちゃんは、ガイア。で、俺が代弁者という名前が。



「あの、イルマさん。私達には、すでに名前がありますけど?」


「イルマね。呼びすてにしてって、言ったでしょうサクラ。それって、もしかして、ガイアと代弁者のことを言ってる?」


「うぐっ。そっ、そうです」



 と、何度もきいたやり取りをしつつ、苦い顔で頷くサクラちゃん。

 お互いが、魔法少女であるといえ秘密を抱えた二人は、俺が思うよりもすぐに仲良くなってくれた。


 ーーのだが。サクラちゃんの礼儀正しい性格が、まさかの問題へと発展。


 というのも、イルマちゃんの友人としての線引きであるタメ口呼びすてが、思わぬ形で、引っかかってしまったのだ。


 その為、こうしてイルマさんと呼ぶたびに、注意を受けている。

 けどーーまあ。この様子なら、何とかなるかな?



「代弁者って、何? くそダサ過ぎて、最悪。しかも、ガイアなんてガチガチで固そうな名前ーーどう聞いても、サクラに合ってないでしょう」


「なっ!? なんという侮辱ミケ! ガイアというのは、そもそも地球という存在には、かかせない存在で」


「はい、そこの猫黙って。そもそも、変身の言葉からして、センスがないのよカスタード。だーかーら! ここらで一回、考え直すわよ!」

「なにー!!」



 と、辛口評価のイルマちゃんの言葉に、飛びかかりそうな勢いで、きばをむくカスタード。


 それに対して、イルマちゃんは、近場にある木の棒を持ってくるや、ガミガミ言っているカスタードへと、それをヒラヒラして見せつけるような行動にでる。


 ……何するつもりだ?



「ほら、怒らない怒らない。これで遊んであげるから」

「バカにするなミケ! そんな物で遊ぶほど、アースの眷属は、落ちこぼれてなど」


「あっそう。なら、ホイップ~。取ってきなさーい」

「ミル!」



 と、カスタードが言い返している間に、ホイップへと対象を変更したイルマちゃんは、木の棒を公園の端へと、そう言いつつ投げ捨てる。


 すると、すぐさま満面の笑みを浮かべて、そちらへの方へと走っていくホイップ。

 ……ホイップ。


「…………」

「おい。アースの眷属は、木の棒に振り回されるほど、落ちこぼれてないんじゃないのか?」

「ホイップ!!」



 唖然と、大口を開けつつ隣で固まっていたカスタードへと、ため息をつき終えた俺がジト目でそう言ってやれば、すぐさま大声をあげてホイップへと向かっていくカスタード。


 やれやれ。

 これで、ホイップが泣く姿まで、確定だな。



「よし。これで、邪魔者がいなくなったわね。ということで、始めるわよ」


「あっ、あはは……」

「やるね、イルマちゃん」



 怒りの矛先を、ホイップに擦りつけるというのは、どうかと思うけれどな。


 という言葉を飲みこみつつ、誉めてみると、得意気に鼻を鳴らすイルマちゃん。



「じゃ、まず初めは、各々の名前からね。はい、サクラ」


「へっ!? えっ、えっと……謙信なんて、どうですか? ちなみに、上杉謙信うえすぎけんしんという戦国武将から」


「却下。合ってないし、ダサすぎ」

「ダっ!?」

「はい、六道」

「えっ!?」



 おっ、俺か?

 と、風のようにサクラちゃんの案が却下されたことで、すぐに俺の番になってしまった。


 うーん……。

 別に、名前を変える必要ってなくないか?

 ガイアにマリンなんて、特に変でもないしな。



「別に、変えなくてもいいんじゃないかな? ほら。魔法少女マリン。魔法少女ガイアって名乗っても、別におかしくないと思うよ?」


「魔法少女ーーなるほどね。確かに、ガイアとか、マリンだけだと可愛くないけれど、魔法少女ってつけると、可愛くていいわね。でも、ひねりがないから却下」

「そっ、そうですか……」



 はっ、判定厳しいな……。

 と、俺とサクラちゃんが揃って撃沈していると、腕を組みつつ首を傾げていたイルマちゃんが、何かを閃いたように大きく頷く。



「そうよ! ミルキーマリン、ミルキーガイア! これがいいわ!」

「ミルキー?」


「そうよ。ほら、あたし達の必殺技って、ミルキーエネルギー? だったかしら。それを集めるじゃない。だから、そこからとったのよ。ミルキーマリンにミルキーガイア。可愛いし、いいでしょう!」

「なるほどね。たしかに、可愛い名前だ」



 ーー子どもうけしそうな名前だ。

 と、俺がイルマちゃんの案に頷いていると「で、あんたは、どうするの?」と、突然きかれてしまう。



「えっ? なっ、何がかな?」

「あたし達が、ミルキーマリンとミルキーガイアになったのよ? それなのに、協力してくれるあんたが、代弁者っておかしいでしょう。ほら、決めなさいよ」

「えっ!? そっ、そうだな~」



 どっ、どうするかーー。

 代弁者でもいいと思っていたけれど……たしかに二人と比べると、少し印象が薄いし、言いづらいか?


 と、俺がしばらく頭を捻っていると、何やらサクラちゃんへと話しかけたイルマちゃんが、割とすぐに俺の目の前へとしゃがみこみーー。



「じゃ、ミルキーライダーは? 六道は、バイクを乗る時の、ヘルメットをしているじゃない? ちょうど良いと思うけど?」


「らっ、ライダーかい? でも、それだとなんか、キックとかしそうじゃないか? 俺は、重力操作しかできないからーーミルキーグラビティとか「言いにくい」ですよね……」



 ライダーか。

 さすがにライダーは、ちょっとーー恥ずかしいな。



「ちっ、違う名前がいいな。他の候補とかない?」

「それなら、あんたが自分で考えなさいよ」


「あっ、はい。わかりました!」

「できました!」



 と、なぜかイルマちゃんが、呆れたような様子でそう言ってきた為、俺が背筋を伸ばしつつ答える。

 と、今までうんうん頭を捻っていたサクラちゃんが、元気な声と共に、突然俺達の元へと、近寄ってくる。

 うん?



「イルマさんっじゃなくて、イルマ! できましたよ!」

「あら、本当。思ったより早かったわね。どんな感じなの?」


「おほん。それでは……先祖脈々せんぞみゃくみゃくと続く、武士の」

「ダサすぎだし、センスない。やり直し」


「血をって、えぇ!? まだ、初めの方しか言っていませんよ!?」


「いや、出だしでわかるから。サクラ。歴史関係を無理やりぶちこもうとするの、どうにかならないわけ? あの姿を想像して、考えた言葉を言っている自分を思い描きなさいよね。どう見ても、おかしいでしょう?」


「そっ、そうですか? ですけれど、私達人類は、歴史があるからこそ今がありますから。それを伝えることは、決して」

「わかったわかった。とりあえず、やり直し。ほら、考えなさい」



 と、サクラちゃんの反論を途中でさえぎったイルマちゃんが、背伸びしつつサクラちゃんの頭を撫でると、珍しく頬を膨らませて黙り込むサクラちゃん。


 なんか……こういう場面を見ると、すごく微笑ましいな。


 今までのサクラちゃんには、俺しか友達がいなかったこともあってかーーあんな表情あまり見せてくれなかったし。


 こうなると、危険がつきまとうのは、どうかと思うがーーイルマちゃんが同じ魔法少女になってくれて、良かったのかもな。



「おい。何を気持ち悪い目で、サクラ達を見ているミケ。また、教育に悪い事件でもおこすつもりか? ミケ」

「黙ってろ毛玉。てか、実の妹だろうが。首根っこ噛んで、引きずってくるな」

「ご主人たま~」



 と、俺がしんみりとしていると、その空気を平然とぶち壊しつつ、話しかけてくるカスタード。


 なので、拳骨でもくれてやろうかと振り返るとーーこいつ。

 ホイップを口に咥えつつ、引きずりながら戻ってきていやがった。


 しかも、俺の予想通り、すでに顔を鼻水と涙でグチャグチャにしているホイップという、おまけ付きだし。



「制裁ミケ。ホイップは、昔から眷属としての誇りがたりないミケ」

「そんなことないミル! お兄たまに負けないように、色々と頑張ってきたミル!」


「そんなのあたり前ミケ! とにかくお前は、こっちの世界に来てからというものの、緩みすぎているミケ!」

「こらこら。くだらないことで、兄妹ケンカしないの」



 ギャーギャー。というより、端からみたら、にゃーワンだと思うが、とにかく兄妹ケンカを初めてしまった二匹に対して、すぐさまイルマちゃんが止めに入ってくれるーーが。



「くだらない!? 大事なことミケ!」

「わかったわよ。まったく、頭が固い猫ね」


「カスタードミケ!」

「で、カスタード。暇ならあんたも、知恵をかしなさいよ」

「なっ!?」



 と、カスタードが、まさかのイルマちゃんに噛みつく始末。


 この二人ーー元々真面目な性格だからか、意外と緩い性格をしているイルマちゃんとは、こうして時々言い合いをすることが、実は少なくない。


 まぁ。俺的には、くそ生意気な猫が一人でイライラしているのを見て、悪い気分ではないのだが……あまりやりすぎると、こっちに飛び火してくることが、稀にある。


 なのでーー少し面倒だが、早めに止めてやるとするか。



「なぁ、カスタード。今、呼び名を決めているんだけれどさ。なんか、案ないか?」

「ないミケ!」


「おいおい、落ちつけって。俺らの正体がバレたら、色々と面倒だろう? だから、協力しろよ」

「むっ……名前など、何でもいいミケ」


「俺も代弁者でいいと思ったんだけどさ。どうやら二人は、ミルキーマリンとミルキーガイアにするみたいだからさ。俺だけ代弁者ってのは、ちょっとなー」



 と、少しは落ちついたらしいカスタードに話しかけつつ、色々と案を考えてみるーーが。


 うん。

 イルマちゃんを納得させられるような名前が、全然出てこない。


 というより、今回のでわかったがーーイルマちゃんって、絶対ヒーローオタクだよな。

 今も、登場の言葉とか何やらブツブツ呟いて歩き回っているし。



「……サルバトーレ」

「うん?」



 と、イルマちゃんを目で追いつつ考えていると、隣にいたカスタードが、何やらボソリと呟く。

 サルバ?



「サルバ? なんだって?」

「サルバトーレ。たしか、救世主という意味があったはずミケ。ちょうど、サクラは、お前を救世主だと思っているからーーちょうどいいミケ」

「サルバトーレ……か」



 なんか、名乗るのには、ミスマッチな気がしないでもないが……たしかに、サクラちゃんは、俺がこの世界を救うために来た人間だと思っているからな。


 それで、いいか。



「よし。それでいいか」

「ふん。その名に恥じないように、これからも精進するミケ」



 けっ。

 本当に一言余計だよな~。可愛くない猫。

 と、カスタードの言葉に俺がため息をつくと、ちょうどサクラちゃんが案を考えついたらしいーーが。

 またしても、イルマちゃんにすぐさま却下されるのであった。

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