ミルキーシスターズ。

高野康木

魔法少女と異世界転移

第1話 紅の少女

「就活って、厳しいのね」



 何度目になるかわからない不合格の報告を受けた俺は、バスの中で、手元にある携帯の電源を切る。


 俺ーー遠藤六道えんどうりくみちは、自分で言うのもあれだが……とても、真面目に生きてきたはずだ。

 だからこそ、きちんと大学まで行けていたし、就活といってもそこまで身構える必要はないだろう。

 と、考えていた。


 ……その考えが、甘かったのだ。

 ここにきて、既に二桁は不合格をもらっている。



「真面目に、面接対策だってしていたのにさ……最後の質問だってきちんとしたよな?」



 真っ暗な携帯を見つつそんなことを呟いていると、少し離れた席に座っていた女子高生達が、何やらクスクスと俺を見て笑ってくる。


 ハッ……君たちみたいな、青い子どもには、この苦労がわからないさ。

 だが、しかし!


 この絶望感も今日で終わりだ!

 なぜなら、今から向かうところは、就活祈願には、うってつけの神社らしいからな!

 夜な夜なインターネットで調べたのだから、まず間違いない。


 それに、ギザ10ーー普通の十円玉とは違い、製造過程せいぞうかていで丸みを帯びている円周が、ギザギザになっているモノだーーを、この日の為にとっておいたのだから!

 なおさら無敵よ!!


 などと、女子高生達の恥笑に対して、なるべく、気にしていませんよ? 的な顔を取り繕った俺は、財布の中に入れておいたギザ10を、そっと握りしめる。


 と、降りるチャイム音に続いて、バスが停車し、一人の紅髪の女の子が降車しようとするーーが、なにやら運転手と話し始めてしまう。

 うん?

 て、俺もここが目的地じゃないか。

 あぶねぇ~。完全に意識が逸れていたぜ。

 降り過ごすところだった。



「あれ? お札は、ダメなんですか?」

「申し訳ありません。両替機能がついていませんので、小銭かICカードでお願いします」

「小銭……」



 ボソリと、力なくそう呟いた少女は、いかにも慌てているというように、オロオロし始めてしまう。

 へぇー。

 今時、この年齢でICカードを持っていない子が、まだいるとはな。

 中学生くらいだろうに。


「あの、どうしてもダメですか? お釣りは、いりませんので」

「まぁ、それならいいですよーーて! お客様! これ、偽札じゃないですか!!」


 ……なんだか、穏やかじゃなくなってきたな。

 と思いつつ、女の子の後ろに並びながらお札を盗み見てみるとーーなにやら、見慣れた偉人いじん様の顔ではなく、よくわからない偉人さんの顔がプリントされているお札を、運転手へと見せていた。


 おいおい。

 わっ、わかりやすい偽札だな。

 しかしーーそんなことをする子には、とても見えないけど……。 



「ふざけていないで、きちんとお金を出しなさい!」

「ごっ、ごめんなさい! 私の持っているお金は、これくらいしかなくて……」

「何? つまり君は、無賃乗車むちんじょうしゃするつもりだったのか? 話にならないな。どこの学校の子だい? 親御さんは?」

「すいません……」



 ペコペコと、運転手からの詰めよりに、何度も頭を下げる少女に対して、停車時間が長いせいかーー乗客の何人かが、目つきをつり上げはじめる。


 ……なぜだろう。

 俺には関係のないことなのだが、すごく、気分が悪い。


 急いでいるわけではないのも、もちろんあるのだろうがーー彼女は、中学生くらいの子どもだぞ?

 そんな子に、大人が揃ってそこまで怒ることか?

 いや、お金がないのは、もちろん悪いとは思う。


 しかし、別に関係ない人までそんな目つきをしなくてもいい気がするけどな。

 ……はぁ。

 神社の為に、とっておいたんだけど、仕方ないか。



「あの~すいません」



 と、いまだに少女に対して怒鳴っている運転手へと、俺が割り込んで話しかけると、とてつもなく嫌そうな顔で見てくる。



「なんでしょうか?」

「310円でしたっけ? 自分が払いますよ」

「えっ!?」



 バッ! と驚きの顔を上げた少女に対して、片手を振って気にしないようにジェスチャーした俺は、財布から300円とーーとっておいたギザ10を、精算機へと入れる。


 あばよ。俺のギザ10。

 賽銭箱さいせんばこへと入れてやれなくて、悪かったな。



「……お客様の妹さんですか?」

「いえ、他人です。ほら、もう降りて大丈夫だよ」

「そっ、そんな! 私、何かでお返しを!」

「あはは。まぁ、気にしないでよ」



 俺からしたら、たかだか310円だし。

 それに……こんな子どもに見返りなんて求めたら、それこそ天罰がくだりそうだ。


 すでに就活で、二桁も落ちているんだ。

 これ以上運が悪くなるのは、正直困る。

 などと考えつつ、今だに慌てている少女と共に、とりあえずバスから下車する。 



「ありがとうございます! あの、やっぱり、何かお返しを」

「へっ? あぁ、本当に気にしなくていいよ」



 と、お礼と共に降りてすぐ、また彼女がお返しをしたいと言ってきたので、それを、再度やんわりと断る。

 のだがーー。



「お願いします! これじゃ、不公平ですから!」



 と、小さな身体の割に、ものすごい力で腕を掴んでくる女の子。

 しかも、何とか説得を試みてみるが、これが全然譲らない。


 てか、俺が言うのもなんだが……ラッキーくらいに思えばいいのにーー真面目だな。この子。

 なおさら偽札なんて使おうとしたとは、とても思えなくなってきたぞ。



「本当に気にしなくていいから。というよりも、どうしてあんなお札を持っていたんだい? オモチャのお金にしては、良くできていたと思うけど」

「えっ? あっ、これですか? うーん。何て言えばいいのかな……未来のお金?」



 はぁ? 未来のお金?

 あまりにも突拍子のない言葉に、俺が固まっていると「なっ、なんちゃって」と、頬を掻きつつ言う少女。


 なっ、なんだ。

 冗談かよ。

 あまりにも平然と言うものだから、電波系ーー常人では、理解できない変わり者のことだーーかと思ったぞ。



「あっ! そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。助けてもらったのに、名乗りもしないなんてーー先輩にバレたら、怒られそう」


「あはは。そういえば、俺も名乗っていなかったわ。遠藤六道っていうんだ。俺は、就活祈願で来たんだけど、君も神社に参拝か何かできたの?」



 と、ここまで会話しておきながら、すっかり忘れていた自己紹介をすると、何やら、一瞬だけ考え込むような顔をした後ーー。



三島美久みしまみくっていいます。ここには、お願い事の参拝に来ました!」



 と、元気よく手を差し出してきたため、三久ちゃんというらしいーーこの子と、握手をするのだった。








「それにしても、就活祈願なんて……大変ですね。こんな山奥まで」

「いや、色々あってね。もう、神頼みしか手がないんだよ」


「神頼みーーか。人間最終的には、そこが終着点なんですかね~。あっ! 一応、神様の中にも悪い神様もいるので、注意した方がいいですよ! まぁ。日本には、いないと思うので、存分に祈って大丈夫です!」


「いや、バチ当たるよ? 美久ちゃん。神様にそんなことを言ったら」



 などと、行き先が同じだったこともあり、二人して石段を上がりつつ話していると、美久ちゃんが、抗議するように、両拳を胸の前で握りしめつつ、その頬を膨らませる。



「いえいえ。本当に、いるんですよ! 神話とか六道さんは、興味ありませんか? 私は、すごく興味があるので、そこら辺詳しいんです。特にギリシャ神話に出てくるゼウス! もー最悪ですから。不倫しまくりですから!」


「へっ、へー。美久ちゃんは、神話が好きなのか。悪いけど俺は、そこら辺サッパリだな~。なんだっけ? イザナミとかイザナギとか?」



 と、本当に嫌いなのかーー唇を尖らせつつ、ゼウスという神様に対する暴言を言いまくる美久ちゃん。

 それに対して、俺がゲームなどで耳にしたことのある神様の名前を、とりあえず口にしてみると、今度は、両手を叩き合わせ、実に嬉しそうにする三久ちゃん。



「そうです! イザナギとイザナミ! 日本の神話に出てくる神様ですね! いいですよねぇ~。片方の死を受け入れられず、黄泉の国まで迎えに行くだなんて……とっても、愛がある話です!」

「えっ? そんな話なの?」



 ゲーム知識だから、まさか、そんなロマンチックな話の神様だと思わなかったな。



「そうですよ。結局離ればなれになるんですけど、二人の間には、きっと深い愛があったと思います」

「へー。神話もそういう話があるんだね」


「そうなんですよ。よかったら、今度六道さんも、色々と調べてみてください。他にも、たくさん面白い話があるので」



 と、踊るように俺より先に石段を上がり始めた美久ちゃんは、ピタリと立ち止まると、俺の方へと、急に向きを変えてくる。



「? どうしたの?」

「私の目的地は、この先なんです。なので、ここでお別れですね」



 ピッ! と、美久ちゃんが指したので、そちらへと視線を向けるとーーそこは、人が一人くらい通れそうな細道であった。


 ふーん。この先に用事があるのか。

 あまり、近寄りにくい道だけど。

 もしかしたら、三久ちゃんは、神話が好きみたいだしーー隠れスポットでもあるのかな?



「そっか。俺は、この上の神社で祈願するから……たしかに、ここでお別れだね」

「はい。少ししか話せませんでしたけどーーとっても楽しかったです。ありがとうございました!」



 ははっ。本当に、律儀な子だな。



「いやいや。俺も楽しかったよ。それじゃ」

「あっ! ちょっと待ってください」



 またね。

 と言おうとしたが、何かを思い出したかのように美久ちゃんが、俺の近くまで寄ってくる。



「実は、頭の隅っこでずっと考えては、いたんですよ。何かお返しできることがないかな~て。で、やはり、これしかないと思いました」

「えっ? 別に、気にしなくていいって」


「いえいえ。良くしてもらったのなら、きちんと返す。それが、人間の良いところだと思うので」



 ニッコリと、年相応の可愛らしい笑顔を浮かべた美久ちゃんは、その可愛らしい瞳を、突然真剣な目つきへと変えるとーー。



「六道さんは、運命って、初めからと思いますか?」



 と、まるで禅問答ぜんもんとうのような問いかけをしてきた。



「へっ?」



 年齢に不釣り合いなその質問に、俺が、一度思考すらも止め、答えられないでいると、静かに目を閉じる美久ちゃん。



「私は……と思います。運命とは、自分達で決めた選択の結果のことですから……六道さんは、選択肢のあるシュミレーションゲームをしたことは、ありますか?」

「……あっ、あぁ。もちろん」



 ゆっくりと目を開けた美久ちゃんへと、何故か言葉を詰まらせつつそう答えた俺に対して、今度は、先ほどの可愛らしい笑顔でなく、ふわりとした慈悲じひ深い笑み浮かべる三久ちゃん。



「私達の運命も、それと同じですよ。ゲームのようにわかりやすく表示されていないだけで、一つ一つの選択肢が、重要な分岐点になるんです。なのでーーよく考えて決めてくださいね。それが……いずれ、六道さんの運命となるんですから」



 ……。

 絶句というのかーーなんというのか。

 こんな中学生くらいの女の子に、まさか、運命なんてものを教えられるなんて。



「ははっ。まるで、人生経験豊富な人みたいだね」



 と、本心は、かなりの衝撃をうけていたのだが、一応年上としての最後のプライドで、そんなカウンターみたいなことを、言ってはみたもののーー。



「エヘヘ。こうみえても、この年で色々と失敗してしまったので」



 と、照れくさそうに笑いつつ答えてくる美久ちゃん。

 ぐっ!

 完全に負けた……。


 てか。冷静に考えれば、こんな年下の子に何をしているんだ。

 頑張ってお返しを考えてくれたんだぞ?

 ここは、素直に受け取っておくのが、大人の対応というやつだろうに。



「いや。でもありがとう。とっても、ためになる言葉だったよ」

「そうですか!? よかった~。お礼にしては、少し足りないと思いますけど……これで、返したことにしてくれますか?」


「もちろん。それじゃ、気をつけてね」

「はい! 六道さんも、気をつけてくださいね!」



 コクリと、元気よく頷いた美久ちゃんは、俺が差し出した手を両手で握りしめると、これまた元気よく手を振りつつ走り去っていく。

 ーーうん。


 最初は、とっておきの10円がなくなってしまって、少し気落ちしていた部分もあったけれど……。

 こうしてみると、あそこで払っておいてよかったな。

 若い子を見ていると、こっちも力が沸き上がってくるし。



「て、ジジくさいこと思っているなよ俺。まだまだ、若いぞ俺も」



 と、自分自身にツッコミをいれつつ、一度笑った俺は、目的の最上段へと足を進める。

 さて。

 俺も、自分の運命を決めるとするか。

 ここでの神頼みが、俺の第一の選択……。

 吉とでるか。凶とでるかだ!


 そう意気込んで、鳥居をくぐる一歩を踏み出すと、まるで俺の決意を祝福するかのように、太陽が眩しく輝くのだった。

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