第5話 香林サクラちゃんとは?
「あっ! 戻ってこられたんですね!」
そんな明るい声と共に、俺を出迎えてくれるサクラちゃん。
どうやら、元の世界に戻ってこられたらしいのだが……あの別れはどうなのだろうか?
ほとんど、強制的だった気がする。
「アース様に、無礼をはたらいてないだろうな? ミケ」
「うん? ……あぁ、色々教えてもらって助かったよ。やっと、自分のおかれている状況が理解できたからな」
などと、俺の思考を打ち切ってきたカスタードへ答えると、何故か得意顔でサクラちゃんの腕の中から、飛び降りてくる。
「ふん。手間のかかる奴ミケ。サクラなんて、ものの数秒で、魔法少女になる決心をしたというのに……呆れるほど、度胸のない男ミケ」
「うるせぇよ毛玉。お前と違って俺は、他の世界の人間なんだ。そうそう簡単に受け入れられるかってーーえーと。そういえば、サクラちゃんは、俺のことどこまで知っているのかな?」
軽く俺をバカにしてきたカスタードへと、最大限の怒りを込めて睨んでやった後、アースの言葉をふいに思い出した俺は、困ったように苦笑いしていたサクラちゃんへと、そう尋ねてみる。
アース曰く俺のことは、一通り話したと言ってはいたが……状況によっては、補足をしたり、秘密にした方がいいからな。
という、少し卑怯な考えでの問いかけだったが、サクラちゃんは、特に疑うこともなく、すんなりと答えてくれた。
「アース様からは、別の世界からこの世界を助けてくれるために来られた人だと教えられました。ですけどーー前から、用務員として働いていましたよね? そこだけは、よくわかりませんが、とにかくよろしくお願いします!」
なっ!?
つまりは、今の俺=別の世界の人間。と認識していて、こっちに元々居た俺と今の俺が、別人だとは、認識していないってことかよ!
なんという、めんどくさい状況。
これじゃ、色々と質問するにも、注意しないといけないじゃないか!
教えるなら、もっと詳しく教えろよな。
しかも、去り際のアースの言葉。
『どうか、彼女のこともよろしくお願いしますね?』
とか、言っていた癖によーー。
サクラちゃんの言葉通りなら、俺が、まるで救世主みたいになってしまっているじゃないか……。
これじゃ、強制的に手助けをする流れになるし、俺の選択権ないじゃん!
まだ、手伝うとは、一言も言っていないのに……外堀から埋められているよ。
「なっ、何か間違っていましたか?」
「いっ、いや。だいたい合っているかな? うん。合っているよ」
俺がアースに心の中で恨みをつのらせている間に、反応の無さから不安になってしまったのかーーオドオドしつつそうサクラちゃんがきいてきた為、なるべく安心させるように笑顔で頷いておく。
カスタードといい、アースといい……。
あっちの世界の奴は、勝手な奴が多すぎるぞ。
……あっ!?
「いけねぇ! そろそろ、昼休みも終わりか!?」
「へっ? あぁ。大丈夫ですよ。アース様とお話されていた時間なら、こちらでは、十秒にも届いていない時間でしたから。まだ、20分くらいは、あると思います」
「あっ……そうなの」
そういうのも、きちんと前もって教えてくれよ。
もう少しで、井上さんに不思議な顔されるところだったぞ。
「ふふっ。私も初めての時は、驚きました。でも、慣れると楽ですよ? だって、何時間お話していても、こっちでは、時間の無駄にならないんですから」
ガックリと肩を落とす俺とは違い、ニコニコしつつ石で作られた椅子へと座ったサクラちゃんは、カスタードを膝にのせると、小さいお弁当を広げ始める。
そうだ。
すっかり忘れていたが、元々ここに来たのは、彼女のことだった。
「えーと。サクラちゃんは、誰かと一緒に食事とかしないの?」
「えっ……」
と、さっそく目的を達成するために切り出したのだが、サクラちゃんは、どう答えればいいのか?
というような、困った顔で考え込んでしまう。
やべぇ。第一声間違えたか?
「あっ、ごめん。言い方が悪かったね。ほら、俺の時代なんて『みんなで仲良く教室で!』てのが、普通だったからさ。それを考えると、ここの学校の独特な感じが、まだ慣れていなくてね。だから、もしかしたら、サクラちゃんも俺と同じなのか~て」
と、我ながら慌てて取り繕った為、おかしなきき方になってしまった。
しかし、サクラちゃんは、そんなことにも気にせず、苦笑いをうかべて頷いてくれる。
「そうですね。私もお昼ごはんは、教室で静かに食べるのが、普通だと思っていたので……ちょっと、馴染めてなくて」
「だっ、だよね! うん、わかるよ。みんなが普通に出来ていることに、馴染んでいくのって、なかなかしんどいよね」
そう。
例えば、みんなが就職が決まっていく中、決まらずに卒業するとかね。
きっと、サクラちゃんも似たような感じなんだろう。
そう思いつつ、俺が隣の椅子へと腰をおろすと、不思議そうに首を傾げるサクラちゃん。
「遠藤さんも、そんな経験があるんですか?」
「もちろん。一応、サクラちゃんよりも長生きしているからね。色々な失敗をしたし、色々な壁を乗り越えーーては、いないかもしれないけど、それなりの壁には、ぶつかってきたよ」
なんて言葉にしていると、ちょっと嫌な記憶ばかりフラッシュバックしてきた為、それをかき消すように乾いた笑い声をあげる。
俺の言葉に、真剣に頷くサクラちゃん。
「そうですよね。遠藤さんは、大人ですもんね。私なんかより、色々な経験をされていて、当然ですね」
「あはは。まぁ、偉い大人かと言われれば、微妙なところだけどね。それでーーサクラちゃんは、どうしたい?」
「どうしたい? ですか?」
「うん。例えば、一人でいるのが好きな人もいれば、みんなと仲良くなりたいという人もいるじゃない? もし、サクラちゃんがみんなと仲良くなりたいと思っているのなら、俺にも一緒に考えさせてくれないかな? ほら。俺も、別の世界から来たせいで、こっちでも色々と一人で心細くてさ」
「仲良く……」
俺の言葉に、ボソリと呟いて、顔を伏せるサクラちゃん。
彼女は、俺からしてみてもまだ幼い。
だからこそ、できることなら何とかしてあげたい。
そう思っての、声かけだったのだがーー。
どうにも、彼女の反応を見るに、追い詰めてしまったのかもしれない。
これは……いらないことをやってしまったかな?
「ごめんねサクラちゃん。いらないお節介だったかな? まぁ、何かあったら気兼ねなく相談にのるからさ。何時でも頼ってよ」
「あっ!? まっ、待ってください!」
最後にそう伝えて、謝りつつ俺が立ち上がると、突然顔を上げたサクラちゃんは、カスタードを地面へと下ろし、俺の進行方向を遮るように立ちはだかってくる。
「わっ、私! 実は、友達が欲しいんです!!」
おぉう!?
きゅ、急に前のめりで来るから、ビックリしたぞ。
「そっ、そうなのかい?」
「はい! でも私は、ここに来て一週間ほどしかたってないのでーーどうしても友達ができなくて。だからその、でも、どうすればいいのかわからなくて。相談できる人も居なくて、それで」
余程勇気を出したのだろうーー。
それが伝わってくるくらい、矢継ぎ早に話し始めたサクラちゃんだがーーどうにも頭の中で整理ができていないのか、何を伝えたいのかが、いまいちよくわからない。
なので、とりあえず落ち着くように伝えてみると、その場で深呼吸を何度かしたサクラちゃんは、今度は、がっくりと肩を落としつつ、椅子へと座り直してしまう。
「本当は、友達が欲しいんです……けど。私、話しかける勇気が、どうしてもでなくて。しかも、他の人達は、小学校からの知り合いとか多いせいか、すでにグループも何個かできているんです。ですから、余計になかなか入りこめなくて……」
「なっ、なるほどね。それは、辛いな……」
「はい。しかも、私の趣味も皆さんと合わないせいで、会話作りもできないんです」
趣味?
「そうなのかい? ちなみになんだけど、どんな趣味なの?」
もしかしたら、それが突破口になるかもしれない。
という考えで聞いたのだが、何やら頬を紅くしつつモジモジし始めたサクラちゃんは「わっ、笑いませんか?」と、上目遣いできいてくる。
「もちろん。笑わないさ。俺だって、アニメとかゲームとかが趣味といえば、趣味だからね」
「そっ、そうなんですね。私の趣味は……です」
へっ?
声が小さすぎて、聞き取れなかったぞ?
「ご、ごめん。もう一度言ってもらってもいい?」
「でっ、ですからーー歴史です」
「歴史?」
「はっ、はい。日本史ーーもっというのなら、日本の戦国時代が好きなんです」
……。
つまりは、歴史好きの
なるほどな。
確かに、この年齢でその趣味は、会話のネタには、ならないだろう。
だが。これは、ある意味チャンスかもしれない。
「良い趣味じゃないか。別に、恥ずかしがることなんてないよ。むしろ、仲良くなるための良い手段になるかもよ?」
「えっ!? こっ、こんな趣味がですか? お母さんにも『もっと、女の子らしいことしなさい』て言われたのに」
「そんなことないよ。そうだな……例えば、社会の勉強の時とかかな? あとは、どこかに遠足しに行ったりとか。そこでなら、サクラちゃんのその知識で、すぐに人気者になれると思うよ。それこそ、この町の歴史を色々教えてあげたりしたら、良い話題作りになると思うしね」
「うっ! なっ、なるほど。ですけど、それを言うのがーー」
そうだよな~。
肝心なのは、その一言だよな。
「うんうん。一歩踏み出す勇気って、けっこう大変なんだよな……よし! それなら、ここで練習をしよう!!」
「えっ? 練習ですか?」
そうさ。
結局は、スポーツにしろ勉強にしろ、何もかも練習がものをいうのだ。
運がいいことに、今ここには、知り合って間もない俺がいる。
それに、あそこでゴロゴロしている暇そうな毛玉もいることだしな。
「おいカスタード。どうせだから、お前も協力しろ」
「ミケ?」
顔を手で撫でていたカスタードへと、俺がそう言うと、不思議そうに首を傾げてきたので、すぐさま手招きして呼び寄せる。
さぁ! 友達作りのスタートだ!!
「あなた。どこに行っていたのかしら?」
「えっと……散歩に? あははっ」
結局、昼休みが終わるまで、サクラちゃんの訓練をしていたのだがーーいざ用務員室に戻ってきてみれば、まさかの仁王立ちの井上さん。
これ、完全にバレてる流れだな。
「言ったはずよ? あの子には、関わらないようにって」
「すっ、すいませんでした。ですけれど、彼女も一人でいるよりかはーー」
「そこじゃないわよ。問題なのは、私達が、用務員だってことなの」
うん?
用務員の何がいけないんだ?
「その顔つきからして、まだ理解できていないみたいね。いいかしら? 生徒達の成長を導くのは、先生方の役目。彼女の例なんてのは、まさにそれよ。周囲に馴染めない子を助けるのは、教師や親御さんの役割であって、私達の役割ではないわ」
ムッ。
それはーーいくらなんでもおかしくはないか?
「井上さん。それでも、自分達も学校で働く大人の一人ですよね? 困っている子供達に手を差し出さないなんてのは、それこそおかしくはないですか?」
井上さんの言葉に納得ができなかった俺は、思ったことをありのままに、そう伝えてみる。
すると、何やら鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情をする井上さん。
「なんですか? おかしなこと言いましたか?」
「……いえ。ごめんなさい。まさか、あなたからそんな言葉が出るとは、思いもしなかったものだから……たしかに、あなたの言い分もわかるわ。でも、私達はあくまで用務員。生徒達が、いかに学校生活を不満なく過ごす環境に整えるかが仕事なの。生徒達に深い入りするのは、私達の仕事ではないわ」
それはーー。
いや。井上さんの言うこともわかる。
だが。それでも、サクラちゃんは、最後には、笑顔で俺にお礼を言ってくれた。
一緒に考えてくれてありがとうーーと。
だから、俺のしたことは、決して間違いではないと思いたい。
という考えが、表情に出てしまっていたのかーー大きくため息をついた井上さんは、俺にツナギーージッパーがお腹まで続いていて、ズボンと上着にわかれていない服だーーを投げ渡してくる。
「深く関われば、絶対に後悔するわ……午後からは、正門前の落ち葉を集めるから。それに着替えたら、正門に来なさい」
「……わかりました」
パタリ。
と、用員室の扉が閉められる。
その音が、まるで、俺の思いが彼女には、伝わらないことを示しているように感じてしまった俺は、やるせない気分になってしまうのだった。
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