第6話 生きていく


 井上さんと共に仕事をするのが、少し気まずい……。

 しかし、今の俺には、ここから出て行っても行く宛がないという、まさかの八方塞がり状態だ。


 なので、おとなしくツナギへと着替えた俺は、重い足取りのまま、正門へと向かっているとーー。

 おや?

  なんか、見たことあるような毛玉が、道端に転がっているではありませんか?



「おいコラ。お前、こんなところで何してーー」



 いやがる。

 という言葉が、喉に引っ掛かってしまった。


 近づいてわかったのだが、あの憎たらしいカスタードの白い毛が、ところどころ汚れていたのだ。

 一目でわかる程の、異常な状態。



「おっ、おい!! どうしたカスタード!!」



 いくらムカつく奴だとはいえ、色々教えてくれただけでなく、ついさっきは、サクラちゃんの為に協力してくれた奴だ。

 

 そんな奴を、無視するほど、俺は非道ではない。

 ただ事ではないと感じとった俺は、慌ててカスタードへとそう呼び掛けつつ駆けよる。



「おい! しっかりしろ!」

「……っ! お前かミケ」



 身体を揺すりつつ、最悪な想像を一瞬してしまったーーが、カスタードが、ゆっくり目を開けたことで、一安心する。


 安心したように、軽く息をついたカスタードだが、次の瞬間には、憎たらしそうな顔をする。



「チィ。しくじったミケ」

「おぉう。とりあえず、動けるみたいだな。たく、驚かすんじゃねぇよ」


「むぅぅう……ちょうどよかったミケ。お前」

「お前じゃなくて六道な? で、なんだよ」



 やれやれ。

 どうやら、そこまで、ひどい怪我ではないらしい。


 だけど、ところどころ汚れているところを見るにーー何かしらの争いはあったのだろう。



「では、六道。まずいことになったミケ」

「なんだよ突然」



 まずいことなら、こうしてお前と話している方が、まずいことだと思うんだけど?


 ということが、喉の先までの出かかったが。何とか呑み込み、わりと元気な様子のカスタードに、頬杖をついて先を促してみる。



「ワルビーが、この学校に来たミケ」

「ワルビー!? ワルビーって、あの悪ガキ悪魔か!?」



 おいおい!

 数時間前に、俺の影を取りやがった奴が、何でここに来てんだよ!?



「あいつーー今朝のホシガリーを倒されたことが、余程頭にきたらしいミケ。だからか、またホシガリーを作り出すつもりらしいミケ」

「そっ、それで、ここに来たってのかよ」



 なんで、よりにもよってこの学校なんだよ。

 また、あの化け物が出てくるのか。と、俺が頭を抱えていると、何故かジト目を向けてくるカスタード。



「……まぁ。あいつなりに、嫌がらせをしたかった奴が、ここにいたのかもしれないがな。ミケ」

「おいコラ! それは、つまり俺のせいって言いたいのかよ!!」



 だとしたら、とんだ巻き込み事故だぞ!

 俺は、取られた物を返してもらっただけだ。

 勝手に逆恨みされても困る!



「ともかく、あいつがホシガリーを作り出す前に、ここから追い出そうとしたんだが……見事に、出し抜かれたミケ」


「おいおい。無茶するなよな。普通の猫よりも小さいお前が、いかにも悪魔ですよ? みたいな子に勝てるわけがないだろ?」



 まったく。

 自分の身体のデカさを知ってから、ケンカを売れよな。


 あまりにも無謀な行動に、俺がため息をつくと、苦虫を噛み潰したかのような顔をするカスタード。



「あいつに負けることは、百も承知だミケ。それでも、止めるくらいはできたはずミケ」

「たく。ここには、サクラちゃんがいるだろうが。なんで、そこまで頑張るんだよ」


「……魔法少女ではあるが、サクラは、普通の子どもミケ。知識を増やす時間は、できれば邪魔をさせたくなかったミケ」



 ……こいつ。

 性格は、あれだけどーーなんやかんや、サクラちゃんを大切に思っているんだな。

 だが、それとこれとは、話が別だ。



「アホか。そうだとしても、お前が傷ついたらサクラちゃんだって悲しむだろうが。そう言う時は、俺にでもいいから相談しにこいよな」

「お前に相談したところで、何にもならないミケ」



 ……人が良いことを言ってやったのに、そっぽを向きつつ、答えるカスタード。

 ケッ! 

 なんだこの猫。

 少しでも見直しかけた俺が、バカだったな。



「で。そのワルビーてのは、どこ行ったんだよ?」

「正門の方に向かったミケ……やはり、サクラに助けを求めるしかないーーっ!?」



 あいつが来ているのなら、早めに現状を確認した方がいいかもしれない。

 そう思い聞いてみれば、苦肉の策と言わんばかりの顔をしていたカスタードがーー。



 バッ!



 と、突然正門の方へと顔を向ける。

 そんな動きをされれば、自然と俺もつられるように、そちらへと顔を向けてしまいーー。



「おっ、おい。あの竹ホウキみたいな化け物はなんだ? ご丁寧に目玉もついているんだが?」

「ホシガリーミケ!」



 えっ?

 ホッ、ホシガリー!?



「掃除……」



 ホシガリーから、そんな言葉が小さく聞こえてきた為、俺がその場から立ち上がると、何故か肩へと飛び乗ってくるカスタード。



「おい。なんで、肩に乗ってきた? 今すぐ降りろよ。嫌な予感するからさ!」

「ちょうどいいって、言ったろミケ? ミケより、お前の方が走る速度が速いだろ!」


「そ・う・じ~!!」



 ひぃ!?




「子どもに、悪影響のある奴ーー掃除!!」

「「ギャー!!」」



 目を見開いたかと思えば、何故か道中をハキ掃除しつつ、ものすごい速さでこちらへと迫ってくるホシガリー。

 なので、同時に悲鳴をあげた俺達は、すぐさまその場から走り出す。



「おいぃぃ!! 今朝のホシガリーと外見が全然違うだろうが! なんだ、あの二メートルくらいある竹ホウキわ!!」

「アホか! 普通のホシガリーは、みんなあんな感じだミケ!! お前のホシガリーだけが、特別製だったんだ!!」


「なに!? てか、お前降りろや!! のんきに、ひとの肩に乗ってんじゃねぇ!!」

「のんき!? バカ言えミケ! サクラに合う前にホシガリーに出会ったせいで、ミケだって、焦りまくってるわ!!」



 と、何故か重りを肩に背負うというハンデを持ちつつ、竹ホウキから逃げる。

 のだがーー。


 何故か、執拗に俺を狙ってくる竹ホウキ。

 なんで!

 どうして!? 

 先から姿を消したりして、撒いているはずなんだが!?



「おい毛玉!! なんでか、ずっーと俺のこと狙ってくるだけど!? 普通、校舎とかに突撃するもんじゃないのかよ!!」


「ホシガリーは、基本的にその人物の欲望を糧にして動いているミケ! つまりは、ホシガリーの元になっている人物が、お前に対して何か強い負の感情を持っているということ……お前。いったい何したミケ!?」



 はぁあ!?

 そんなの、こっちがききてねぇよ!!


 などと、叫びたい気持ちを抑えつつ、足を止めずに校舎から離れた場所を走っているとーー。



「教育に悪い物! 教育に悪い人物! 全て掃除ー!!」



 と大声をあげつつ、ハキ掃除を続けていたホシガリーによって、何か気がついたのか、俺へと顔を近づけてくるカスタード。



「そうか! お前の女子更衣室侵入の件ミケ!!」

「じょっ!? なんだそれ!!」



 ちょっ!? 

 いきなり何言い出してんだ! この毛玉!!


 まさかの身に覚えのない言葉に、俺が驚きで速度を落としてしまうと、ホシガリーが追いついてくるや、その無数にある竹で、こちらへと突っついてくる。



「いででで!!」

「ミケー! バカ! 速度を落とすなミケ!!」

「うっ、うるせぇよ! 肩に乗っておきながら文句言うんじゃねぇ!! てか、なんだその冤罪わ!」


「冤罪? とにかく、詳しいことは、よくわからないがーーサクラが二日前くらいに、そんなことを言っていたミケ」

「二日前だ!? そんなの、俺の責任じゃーー」



 いや。あるのか?

 というよりも、もし、そのことが真実だとしたら、色々と辻褄つじつまが合ってくるぞ。


 井上さんの言葉とか、マコトくんの言葉とか……それこそ、女子生徒達の冷たい目とか……。



「いや、でも。俺の記憶にはーー」

「あー! 前ミケ!!」



 などと、思考に沈んでいたのが、まずかった……。

 カスタードの声によって、意識を戻してみると、まさかの袋小路に、自分自身で向かってしまっていたらしい。

 

 最悪な自滅行為に、慌てて引き返そうとするが、既にホシガリーが近くまで来ていたことにより、完全に詰んでしまう。



「やっ、やべぇ……」

「くっ! いったい、何を考えていたミケ!」



 ぐぅう!

 ムカつくけど、これは、言い返せねぇ……。


 ゆっくりと近寄ってくるホシガリーから、俺が後退りをしていると、突如、そこに人影が降り立ってくる。



「見つけました! 無事ですか遠藤さん!!」



 さっ!



「サクラちゃいって!!」

「バカ! あの姿の時は、ガイアと呼べミケ」



 そう。俺らを助けるために、あのサクラちゃんが来てくれたのだ。

 なんというタイミング!


 ヒーローみたいに、降り立ってくるものだから、あまりにも嬉しくて、本名を言っちまったよ!



「がっ、ガイア! でも、どうしてここに?」

「えっと。窓の近くでしたから! 走っている姿が見えたんです!」

 

「ガイア、すまんミケ。本当なら、ミケが一人で何とかしようとしたんだが……」

「ふふっ。気にしないでカスタード。さぁ! ここは、私が何とかします!」



 とおぅ! 



 微笑みつつ、カスタードへと振り返り声をかけたサクラちゃんは、そんな気合いの入った掛け声と共に、ホシガリーへと跳び蹴りをくらわせる。


 その威力や、一撃でホシガリーを後退させる程である。



「すっ、スゲ~」

「感心してる場合かミケ。今の内に、ここから抜け出すミケ」



 おぉ。

 あまりの逞しさに、見とれていたが、それもそうだな。



「そうは、いかねぇな!!」



 カスタードの声かけによって、いざ動きだそうとした瞬間、声変わりもしていない甲高い声が、頭上から響いてくる。


 なので、何事かと空を見上げてみるとーー。

 そこには、あのワルビーが小さな悪魔の羽をはばたかせつつ、嫌な笑みを浮かべて浮いていた。

 ゲッ!?



「っ! ワルビー」

「へへっ。よぉ、カスタード! 今日こそ、お前と目障りなガイアを、ここで倒してやるよ!」



 うわっ。

 しかも、やる気満々かよ。あいつ。



「ふん。おい、六道。あいつは無視して、すぐにここから離れるぞ」

「へっ? あぁ。そうだな」

 


 まずは、ここから離れないとな。

 と、カスタードの耳打ちしてきた内容に、同意した俺は、急いで袋小路から抜ける。

 がーー。



「待て待て! 逃がすかよカスタード!」



 などと言いつつワルビーが、まさかの目の前へと降り立ってくる。

 おいおい。

 勘弁してくれ。



「言っただろ? 今日こそ倒すってな!」

「今日は、ずいぶんとしつこいミケ」


「当然さ! なんていっても、今日は、まさかの連戦! ガイアが疲れきっている今こそ、邪魔なお前らを、まとめて倒せるチャンスがあるってもんさ!」



 ニィ。

 と、犬歯を覗かせつつ片手を頭上へとあげたワルビーは、何やら拳を握りしめるとーー。

 その手が、黒いオーラに包まれる。



「まずい! 走れ六道! ダークブロウだミケ!」

「またかよ! もう、足がパンパンなんだけど!?」


「へへっ! ちょうど、今朝邪魔した人間もいるようだしーーまとめて消えちまえ! ダークブロ「させません!」うっふ!?」



 素早く動けない俺を見て、勝ち誇ったような顔をしたワルビーだったが、横から跳んできたサクラちゃんの蹴りによって、へんてこな声をあげる。


 しかも、脇腹にキレイにヒットしたことで、風のように吹っ飛んでいってくれた。

 たっ、助かった~。



「ありがとうガイア!」

「いえ! それより、早くここから」

「掃除~!!」



 えっ!? 

 と、会話に割り込んできた声に、まったく同じタイミングで、俺とサクラちゃんが振り返ると、ホシガリーが竹ホウキの持ち手部分を振るって、俺とサクラちゃんを攻撃してくる。

 

 そんな攻撃など、普通に生きてきた俺には、もちろん避けることなどできない。

 その為、腹へと一撃をもらってしまった俺は、そのままワルビーの吹き飛ばされた方角へと、無様に転がってしまう。



「っ!? 遠藤さん!!」



 げっーー。

 激痛っ!!



「いっーーてぇ!!」

「ぐっ。大丈夫か? 六道!」



 大丈夫……では、ないぞ!

 骨とかは、折れてないと思うーーが、まるで、タックルを予告なしで食らったかのような感覚だ。


 正直、何も食べてない空きっ腹でよかった。



「くそが! よくもやりやがったなガイア! 先に、お前から倒してやるよ!!」



 と、元気よく飛び出したワルビーをしり目に、何とか痛みをやわらげようと腹を抱えていると、カスタードが近くへと寄ってくる気配がする。



「六道。怪我はないかミケ?」

「けっーーがだろうな。これは、確実に。それより、ガイアは?」



 ワルビーが、サクラちゃんの方に向かったということはーー。

 つまり、サクラちゃん一人で、ホシガリーとワルビーを相手にしなければならないということになる。


 初めて会った時は、正直ワルビーなんて、命令だけする子どもかと思っていたのだが……あの黒いオーラの拳をみるに、おそらく戦闘もできるのだろう。

 そうなると、サクラちゃんが心配だ。



「ガイアは……正直キツそうミケ。元々、力を手にしてから、それほど時間がたっていないのも関係あると思うがーー劣勢ミケ」

「おっ、お前。どうにかできないのか?」



 元々、ワルビーを一人で止めようとしていたのだから、何かしらの手段があるのでは?

 

 という、僅かな期待からの言葉であったのだが、悔しそうに首を横に振るカスタード。



「本来の力を取り戻せていれば、あんな奴らなど……いや。今の状態では、厳しいミケ。さっき、ワルビーとやりあった時に、蓄えておいた力も使い切ってしまったミケ。だから、足止めすらもできないミケ」



 本来の力?

 もしかして、カスタードもアースのように力を失っているのか?


 と、ようやく腹の痛みがやわらいできた為、俺が立ち上がるとーー。

 同時に、サクラちゃんの悲鳴が響いてくる。



「ガイア!?」

「うわっ! 校舎に激突したぞおい! 今のは、流石にヤバくないか!?」

「くっ! このままでは……」



 ギリッ。



 サクラちゃんが、ワルビーによって校舎へと飛ばされた状況を見て、俺にまで聴こえるほど歯を食い縛るカスタード。

 その姿を見たことで、俺の心の中に焦りがわきでてくる。


 実のところーー魔法少女ということもあって、俺の中では、少しだけ余裕のようなものがあったのだ。

 それというのも、魔法少女……あの、アニメやマンガでお馴染みの正義の味方だ。

 古今東西。正義の味方は、勝つのが常識じゃないか。


 だから、どんなに危険な目にあったとしても、きっと魔法少女が勝つに決まっている。

 敵とぶつかり、何度も宙を舞うサクラちゃんを見ながら、カスタードが、焦ったように顔をフルフル振るわせるその姿に、俺の心臓も早鐘を鳴ら始める。


 もしかして……。

 このまま、サクラちゃんが負けてしまい、俺も命を落とすのでは?

 そんな最悪な考えが、俺の頭の中を回り始めてしまう。


 どうすればいい?

 もちろん、助けられるなら助けたい。

 でも、それでワルビーの矛先が俺に変わり、ホシガリーと共に攻撃してきたら?


 俺は、普通の人間だ。

 間違いなく、大怪我ではすまない。

 なら、このままサクラちゃんに任せるのか?

 あんなに、激しい闘いをしているのに?

 少しでも彼女の手助けをしたいと思って、自分から関わりに行ったんじゃないのか?


 ……いや。

 彼女は、魔法少女だ。

 結局、何がおきても勝てるはずだ。

 そうさ。だから、これが正解だ!


 そう自分に言い聞かせてみるが、何故か胸を打つ早鐘が、止まってくれない。

 なんだよこれ!

 まさか……罪悪感か?

 バカかよ。

 仮に、何の力もない俺がここで向かっていけば、それこそ不利な状況になるかもしれないんだぞ。


 だからこそ、ここは、余計なことをせずに、サクラちゃんの勝利を信じてなにもしない。

 それが、俺にできるベストの選択だ。

 それで、サクラちゃんが万が一負けたりしたら、それこそ俺の運命だと、割りきればーー。

 そう、思った瞬間。


 驚くほど鮮明に、頭の中で光景が蘇る。

 俺を、別の世界へと跳ばした原因である三島美久ちゃん。

 彼女の、あの言葉……。



『一つ一つの選択肢が、重要な分岐点になるんです。なので、よく考えて決めてくださいね。それが……六道さんの運命になるんですから』



 ……そうだ。



「バカ野郎が。それなら、どうして、彼女に関わったんだよ!」



 運命なんて、決められていない!

 あの時ーーこの世界で、すぐにサクラちゃんを追いかけたのも、俺がサクラちゃんと昼休みに関わったのも。


 今ここにいるのも、全部俺の選択じゃないか!

 それなら、ここで諦めるな。

 勝手に、自分の運命を決めつけて、諦めるな!


 選択しろ!

 ここでサクラちゃんを助けずに、勝つことを祈って、アースが回復するのを待つのか。

 それとも、ここでサクラちゃんを助けて、ワルビー達と敵対しつつ、アースが回復する手伝いをするのか!



「……カスタード」

「? どうしたミケ?」



 と、俺の呼び掛けに、カスタードが、不思議そうに顔を上げてくる。

 なので俺は、一応ポッケに入れておいたーーあの時、アースから押しつけられた黒い手袋を取り出す。



「実は、アースから手袋を貰っているんだがーーこれは、役にたつ物なのか?」



 俺が選択したのは、サクラちゃんを助けること。

 あの時は、強引に押しつけられてムカついたがーーこれだけが、唯一の方法だ。

 

 不思議なことに、戦うと覚悟を決めた途端に、早鐘も収まってくれた。



「これは……たしかに、アース様の力を感じるミケ。しかし、ガイアのような全身から変わるタイプにしては、ずいぶんと弱い気が……」


「なんだ? つまり、役にたたないってことかよ」

「まさか。アース様の力なら、なんらかの能力があるはずミケ。ただ、どのようにして使えばいいのかが、わならないミケ」



 ふむ。

 カスタードでもわからないのなら、とりあえず装着して、色々試すしかないな。


 と、俺が右手に手袋をつけている間にも、サクラちゃんから、苦しそうな声が聞こえてくる。



「やべぇ! おい、カスタード! 当てずっぽうでもいいから、どうすればいいか教えろ!」

「なっ!? 無茶苦茶ミケ! でっ、でも手袋をしているんだから、とりあえず、でも向けてみたらどうミケ?」



 なるほど、手の平か。

 やってみる価値は、ありそうだな。

 と、頭を捻りつつカスタードがそう言ってきた為、すぐさまホシガリーへと向けて手を開く。


 すると、ホシガリーの周囲に、小さな文字が数えきれないほど浮かびあがったかと思えば、その文字が二つの帯へと変わり、ホシガリーへとクロス掛けするように、斜めに回転を始める。


 そして、次の瞬間には、面白いほど簡単に動きを止めてしまうホシガリー。



「そっ、掃除!?」



 うっ、動きが止まった?

 あの慌てようからしてーーもしかして、動きを止める能力なのか?



「なっ、なんだ? おい! 何してやがるホシガリー!!」

「チャンスだミケ! ガイア!」

「えっ? あっ! わかった!!」



 俺の横槍により、サクラちゃんとワルビーが揃って動きを止めてしまうが、カスタードの声で、いち早くこの状況を理解したらしいサクラちゃんが、ホシガリーを校庭へと蹴り飛ばす。



「はぁ!? あんなわかりやすい攻撃に、何で対応しやがらねぇ! いったい、何がおきーー」



 バッ。



 混乱しつつも、きちんと俺と目がかち合うワルビー。

 そして、何度かまばたきをしたかと思えば、何かを察したらしく、みるみるその顔を赤くしていく。

 ばっ、バレたか!?



「こっ、このくそ野郎! 今朝だけでなく、今回も邪魔しやがったな? 予定変更だ!! テメーから消してやる!!」


「おわ!? きっ、来たぞカスタード!!」

「落ち着くミケ。ホシガリーにしたように、ワルビーにも同じことをすればいいミケ!」



 完全に怒り心頭らしいワルビーが、ものすごい形相ぎょうそうで向かってきた為、慌ててカスタードへと助けを求めると、そう指示してくる。


 なので、慌ててワルビーへと手の平を向けると、先ほどのホシガリーと同じように文字の帯が現れ、それによってピタリと動きを止めるワルビー。


 ーーだったのだが、ここで、ホシガリーとは、違う現象がおきる。

 フラフラとした様子で、ワルビーが地面へと降りるや、両膝へと手をあて、まるで、何かに耐えるかのような姿勢になったのだ。


 この様子には、俺もカスタードも何がおきているのかわからず、お互いの顔を見合ってしまう。

 なんだ?

 疲れたのか?



「こっ、この! なんだこれ!?」

「なっ、なんだ? 動きを止める能力……だよな?」


「そのはず……ミケ。だが、ワルビーのあの姿は、それだけでは、なさそうな気がするミケ」



 そうだよな。

 なんか、苦痛に耐えているような?

 と、動かないワルビーを見つつ、首を傾げていると、何やらハッ! とした顔をしたかと思えば、真っ赤だった顔を、徐々に青くしていくワルビー。



「まっ、まさか! あり得ねぇ! こんな奴が、どうしてを!?」



 星の力?

 言い分からして、ワルビーは、俺の能力に当たりをつけたらしいがーーなんだその、大層なネーミング。



「星の力!? まさか、アース様は、お前にそんな力を渡したのかミケ!」

「おっ、おいおい。急になんだよ。てか、星の力ってなんだ? わかったなら、操り方を教えろよカスタード」



 勝手に気がついて、俺をおいていくな。

 と、カスタードへと話しかけていると、急に首を横へと振りだすワルビー。



「まっ、待てよ! よせよせ! もう、十分だろ!?」

「ハッ! 十分だと? 笑わせるなミケ! お前にされた仕返しが、まだまだ返しきれていないミケ!」


「てっ、テメー! くそカスタード!!」

「よし六道。そのまま、手を勢いよく地面へと下ろせミケ」



 なっ、なんだ?

 カスタードが、急に邪悪な笑みを浮かべ始めたぞ。

 それに対して、ワルビーは、ものすごく顔を青白くしているし……。

 ……そんなに、恐ろしい能力なのか?


 と、まったく違う表情をしている二人を交互に見ていると、カスタードが、早くしろと言いたげに、目で訴えてくるので、言われた通りに手を地面へと勢いよく振り下ろす。



「まっ!?」



 という声を最後に、ワルビーが地面へと這いつくばったかと思えば、周囲の地面が陥没し、そのまま姿が、視界から完全に消えてしまう。

 いや……消えたというより、沈んだ……のか?



「ザマーみろミケ!」

「おいおい。これじゃ、どっちが悪役だ?」

「ケッ。これでも、甘いくらいミケ。このミケを、踏みつけたんだからな!」

「あっ……そう。で、なんだよこの力」



 やれやれ。

 ワルビーに対する恨みがあるのは、伝わってきたからさ。

 こっちの話を、優先してくれよ。



「星の力ーーつまりは、ミケ。重力を操れるということは、地球という星で生存している生物の、全てを操れるということミケ」

「……マジかよ」

「さしずめお前は、星の代弁者。といったところかミケ」



 星の代弁者……か。

 なんか、中二病くさいな。

 まさかの異名に、俺が頭を捻っていると、肩へと跳び乗ってきたカスタードが、ペチペチと頬を叩いてくる。



「ほれ。さっさと、ガイアのところに向かうミケ」



 叩きながらの指示ーー口で言えばいいのに、絶対に必要ないだろうーーに少しイラッ。ときたものの、サクラちゃんが心配なのは、俺も同じだった為、俺は、急いで校舎へと向うのだった。







「遠藤さん!」


 俺がワルビーと戦っている間に、サクラちゃんは、校庭でホシガリーと戦い続けていたらしい。

 ーーのだが、急いで向かってみれば、なんか、決着がつきそうな感じだな。


 というのも、あのホシガリー。すでに息切れをしており、心なしかホウキの持ち手部分が、くたびれている気がする。



「ガイア。大丈夫だった?」

「あっ、はい! 遠藤さんのおかげで、何とかなりそうです!」

「よくやったガイア。まさか、ここまで成長しているとは、正直想像もしていなかったミケ」



 と、胸を張りつつ頷くカスタードに対して、困ったように一度笑ったサクラちゃんは、その顔を真剣なものへと変えると、ホシガリーへと視線を向ける。



「実は、あのホシガリーなんですけど……突然、弱くなったと言いますかーーとにかく、私に攻撃をしてこなくなったんです」

「えっ? でも、さっきは、すごい攻撃されていた気がするけど?」

「そうなんですよ。ですから、そこが少し不思議でして……」



 と、考えるように顎へと指をそえるサクラちゃん。

 なので、どんな様子なのか俺もホシガリーの方へと視線を向けると、ちょうどホシガリーも俺に気がついたのか、疲れきっていた瞳に力が戻り出す。

 おや?



「そっ、掃除~!」

「……ガイア。やる気満々だぞミケ?」

「えっ!? どっ、どうして!? さっきまで、全然やる気もなさそうだったのに」



 俺と同じことを思ったらしいカスタードが、ジト目をサクラちゃんへと向けると、本当だと言わんばかりに、困惑するサクラちゃん。


 ふむ……。

 サクラちゃんの言うことが本当だとして、ホシガリーの言動から推測すると……。

 あれだな。

 原因は、俺か。



「なるほど。そういうことね」

「? 急にどうした? ミケ」

「いや。奴の行動理由というか……とにかく、やる気になった理由は、理解したよ」


「本当ですか? では、どうして突然やる気になったり、なくなったりしたんですか?」

「おそらくーーあいつは、子どもが好きなんだよ。追いかけられている時に、カスタードも聞いたと思うが、子どもに悪影響のある物や人を、あいつは、掃除したがっていた。だから、俺が目の前にいないで、ガイアだけになったとたんに、やる気がなくなったんだと思う……魔法少女であったとしても、ガイアは、幼いからね」



 きっと、そうに違いない……。

 だから、疲れきっていたのにも関わらず、俺のことを認識した途端、やる気になったのだろう。



「でも、どうして遠藤さんが狙われているんですか? 遠藤さんは、私を助けてくれた人なんですよ? 悪い人なんかじゃないのに」

「それは……まぁ。教育上、悪いことをしたからーーかな?」



 と、俺がサクラちゃんの疑問に答えてあげると、それだけで察してくれたのか、顔を紅くしつつ視線を反らしてしまう。

 ははっ……キツ。



「なるほど。つまりは、子どもに対して、危険な奴を掃除しようとしている。ということミケ」

「お前さ……せっかく、言わないように気をつけていたのに、ズバリと言いやがったな?」


 配慮の欠片もねぇな。

 


「えっとーーととと、とりあえず、あのホシガリーを解放しますね!」


 と、困ったようにそう言ったサクラちゃんは、どうやら腰にさげていたらしい筆を取り出すと、何やら自分の右手に文字を書き出す。



「カスタード。あれは、何をしているんだ?」

「ミルキーエネルギーを集めているミケ。簡単に言えば、浄化の力か? 元々は、ミケ達のみしか扱えないエネルギーだったが、今のガイアは、アース様の力で、大地の力を借りれるミケ」


「……わからん。つまり、なんだ?」

「つまり、暗黒界の作り出したエネルギーを浄化する力ミケ。あれで、ホシガリーを元の主に戻すことができるミケ」



 なるほど。

 そういうことか。

 と、俺がカスタードから、教えてもらっている間にも、流れるような動作で右手に『地』と書いたサクラちゃんは、その手を腰へとつけ、深く息を吸いこむ。



「よし。いきます!」



 という声と共に、地面を蹴ったサクラちゃんの右手が、ピンクの光へと包まれる。



「ガイア~インパクトー!!」



 その言葉と共に、一直線に突き進んだその姿は、まるでピンク色の流れ星のように見え……たかと思えば、拳があたると同時に、一気に爆風となって砂ぼこりが周囲へと広がりだす。


 なっーーなんて威力!?

 油断したら、身体が後ろにもってかれそうだ!



「すっ、スゲーな! これ!」



 と、その場に踏ん張りつつ、薄目でサクラちゃんを確認してみると、纏っていたピンクの光が、ホシガリーを包み込む。

 その瞬間、鋭かった目が、穏やかな目へと変わるホシガリー。

 そして、全身を光の粒と変えると、はるか上空へと消えていってしまう。

 ……。



「……きれいだ」


 

 言葉を失う程の、美しい光景。

 その光景に、自然と言葉がもれた俺の隣へと、音もなくカスタードが降りる。



「人が持つ欲望というのは、元々誰しも美しいものミケ。欲望がなければ、夢を叶えることもできないし、生きていくことだってできない。ただーー時々欲望が強くなりすぎて、自分で制御ができなくなってしまう者や、今回のように、暗黒界の手で、黒く染まってしまい、汚れているように見えるだけミケ」


「……へぇー。お前から、そんな風に言われるとは、正直思わなかったぞ。なんなら、人間の欲望のせいで、あっちの世界が元通りにならないから、嫌っているのかと思っていたけどな」



 俺ら人間にとって、まさかの嬉しいことを言ってくれたカスタードに、素直にそう伝えれば、鼻を鳴らしつつ、そっぽを向くカスタード。



「ガイアのように、優しい子を産み出すのも、またお前ら人間ミケ。一部分だけ見て、全てを嫌いになる。などという心の小さい男だと思われるのは、心外ミケ」

「あははっ。そうか。そいつは、悪かったな」


 てか、男だったのねお前。

 という新たな発見は、もちろん口にせず、その小さい頭をグリグリ撫でて謝ってやると、とてつもなく嫌そうな顔で、噛みつこうとしてくるカスタード。

 

 まぁ。そんなことされたら、たまったものではないので、すぐにさま手を引っ込めてやったけどな。



「遠藤さーん!」



 そうして、カスタードをからかいつつ遊んでいると、ホシガリーを浄化してくれたらしいサクラちゃんが、慌てたようにこちらへと手を振りつつ走ってくる。


 うん?

 何か用でもあるのかな?

 あの姿のままだと、色々と危険な気もするけど。


 と、何事かと首を傾げて待っていると、息を整えつつ、俺の前で立ち止まったサクラちゃんはーー。



「あっ、あの! 遠藤さん! わわわ、私と、友達になってください!!」



 と、頬を紅く染めつつ勢いよく顔を上げて、言ってくる。


 ……えっ?

 とっ、友達!?



「だっーーダメでしょうか?」

「はっ! いっ、いや。別に全然かまわないけど……どうして俺?」



 予想外の言葉に固まってしまうと、それが否定されたと勘違いしたのか、急に落ち込みつつ、そう消え入りそうな声をだすサクラちゃん。

 

 なので、慌てて再起動した俺が、混乱しつつも理由を尋ねてみるとーー。



「今回、遠藤さんがいなければ、正直私は、危なかったと思います。それに、魔法少女としての私を知っていてくれて、なおかつ、私の為に、色々教えてくれた遠藤さんが、初めての友達がいい! と、思いまして……」



 うっ……。

 これはーー困ったな。

 俺の考えとしては、サクラちゃんが、これから色々な子と仲良くなれるようにと、あれこれ教えたつもりだったのだ。


 断じて、俺と仲良くなるために教えたのではない。

 それに俺は、こちらの世界で重大事件をおこしているヤバい奴だ。

 しかも……いずれは、この世界から帰る身という、おまけ付きーー。


 それらを考えると、友達などには、ならないのがサクラちゃんのためだと思う……。

 だが。ここで断ってしまうと、彼女がせっかく勇気を出して、一歩を踏み出してくれたのにーーそれを無駄にしてしまうことになる。

 ……どうする?


 と、返答をせずに考えていると、それが否定されると思ったのか、瞳をうるうるさせ始めるサクラちゃん。


 ぐっ!? 

 ものすごい、心をえぐられる! 

 でも、簡単に答えていい内容でもないしな……。


 そんなことを思いつつ、ふと、カスタードへと視線を向けると、ある言葉が俺の脳内で再生される。

 優しい子ーーか。

 いくら他人の為であったとしても、あんな恐ろしい奴らと戦うのは、かなりの覚悟がいるだろう。

 それは、きっととても辛くて、孤独なはずだ。


 なら……例え、いずれ目の前から消えることになったとしても、世界を救うまでは、隣にいてあげてもいいのではないか?



「……ゲームのように、選択肢がないだけで、一つ一つが重要な選択ーーか」

「へっ?」



 ……ありがとう、美久ちゃん。

 例え、今の状況が君のせいであったとしてもーーあの時の恩返しは、バス代よりも、大きなお返しになったよ。



「いや。気にしないでサクラちゃん。むしろ、こちらこそだよ。俺でよければ、友達になってくれるかな?」



 と、サクラちゃんの勇気に答える為に手を差し出すと、とても嬉しそうに両手で握りしめてくるサクラちゃん。


 そうだ。

 せめて、その日がくるまで……。

 この子を助けつつ俺は、この世界で、生きていこう。

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