第7話 突撃、友達の家
朝日が、まるで起きることを促すように、俺の顔へと照りつけてくる。
「うっ……ん。いででっ」
そのおかげもあってか、実に気持ちのいい朝をーー迎えられるわけがなかった。
それもそのはず、目を開けて飛びこんできたのは、コンクリート。
そして、背中に感じるのも、土っぽさを交えた頑丈なコンクリート。
耳に入ってくるのは、子ども達の賑やかな声などなどーー。
そう。
俺の寝ていた場所は、海原町のとある公園内にある遊具の中。
異世界転移した俺に、衣食住が確保されているなどという幸せな展開は、もちろんない。
その為、こうして公園内をお借りしているのだ。
ボリボリと、髪の毛についた土を落としつつ、寝返りを打つこともできなかった身体を伸ばす為、外へと出てみる。
とーーあらあら!
お子さんをつれた奥様方が、白い目を向けてくるではありませんか!
なんとまぁ。健全な育児をおこなっていますこと。
素晴らしいですわ!
……はいはい。
家無し男は、そうそうに出ていきますって。
白い目を無視しつつ、とりあえず備えつけの水道で顔を洗っていると、何やら聞き慣れた声が耳に入ってくる。
「カスタード。本当にこの辺なの?」
「にゃ~」
「うん? カスタード?」
カスタードといえば、みんな大好きなシュークリームの中に入っているあれか?
などと、ふざけてみるがーーあの毛玉のことであろうことは、何となく予想できてしまうあたり、俺もこの世界に順応してきているのかもしれない。
「あっ! 遠藤さん!!」
「いっ、いやぁ。サクラちゃん」
顔を拭くタオルなど、もちろん手持ちになかった俺は、白い猫を抱えて現れた少女へと、顔を手で拭きつつ、答える。
香林サクラちゃん。
彼女は、この世界でできた初めての友人であると共に、彼女が魔法少女であるという、とんでも秘密を共有する仲間でもある。
そして、彼女にとってもこの町で初めての友人が俺という、初めて同士ーー。
なのだが……最悪だ。
こんな、情けない姿を見られるなんて。
いっそうのこと、友達でない方がいいのではないか?
「よかった~。カスタードが、絶対にここにいると断言するので、疑いつつ来てみたんですけどーー居てくれて、よかったです」
「あははっ。まぁ、あの。これには、少し深いわけがあってね。別に、家がないわけでは」
「ケッ。何を格好つけているミケ。お前に家がないことなど、お見通しだミケ」
あっ?
出会って五秒で俺の胃に攻撃か? この毛玉。
「お見通しって、どういうことだ? お前。また、知っていてアース様頼りか? 俺の胃は、ホシガリーじゃねぇんだけど?」
「はぁ? あたり前だろミケ。お前の胃がホシガリーな訳ないだろ」
「おっ、落ち着いてください。おそらく、カスタードが言いたいのは、世界を越えてきたから家がないのは、当然だ。ということだと思いますよ?」
あぁ、そういうことか。
てっ、それを知っているなら、どうして何もしてくれないのかな?
その癖、サクラちゃんに協力するように外堀埋めやがってよ。
こいつも、アースも。
という怒りをこめて、カスタードを睨んでやれば、ふてぶてしい顔で舌を出してきた為、恨みを混めつつ、力の限り頭を撫でてやる。
「ミケー!!」
「で、どうしてサクラちゃんは、俺を探していたの?」
騒ぐカスタードを無視つつ、苦笑いしているサクラちゃんへと、さっそく質問をしてみると、何故かニッコリと微笑んでくる。
「実は、カスタードから昨日の夜、色々と聞きまして……なので、遠藤さん。よければ、私の家に、遊びに来ませんか?」
と、まさかの恐ろしいことを言ってくるのだった。
いや!
四月という、まだ涼しい季節だけれど、風呂も入っていないし、臭うからやめておくよ!
と、言いたかったんだがーー何やら昨日の件を含めて、料理でお返しをしたいと言われてしまうと、話が変わってきてしまうのは、空腹のせいだろう。
結局、サクラちゃんの押しきりにより、お家へと向かったってしまったのだがーー。
「サクラサク? て、サクラちゃんのお家は、お花屋さんなの?」
「はい! 実は、そうなんです!」
と、満面の笑みで答えるサクラちゃん。
この町に引っ越してきたと言っていたから、てっきり、マンションか何かに住んでいるのかと思っていたがーーまさか自営業のお花屋さんとはね。
これまた、青空にお似合いのお家だな。
と、店内にある色とりどりの花を眺めつつ思っていると、奥の方から、元気のよい女性の声が響いてくる。
「いらっしゃい! あら? 男の人なんて、珍しいね」
「あっ。どうも」
「ただいま。お母さん!」
えっ?
お母さん!?
と、店内の奥から現れたのは、花柄のエプロンにジーパンという、ちょっとラフな格好のお姉さん。
……そう。お姉さんだと、俺は、思ってしまった。
だって、見るからに20代後半でも納得するほどの若さだしーー子持ちになんて、とても思えないほど、美人だぞ。
「お帰りサクラ。なんだ。ずいぶんと、帰りが早いねぇ。てっきり、友達と遊びに行ったのかと思っていたけれど」
「うん。すぐそこだったから。それでね、お母さん! 実は、紹介したい人がいるの!」
「紹介したい人? あっ! もしかして、友達とか!?」
「そうだよ!」
と、あまりの衝撃に俺が唖然としていると、淡々と会話を始めたサクラちゃんが、ニコニコしつつ、俺の近くへと寄ってくる。
「こちら、遠藤六道さん。私の学校で用務員をしている人で、私の友達なの」
「……へっ?」
「あっ。どっ、どうも初めまして。遠藤六道です」
はい! 友達です!
ーーなんてことは、もちろん言える空気ではなかった。
というのも、サクラちゃんのお母様。サクラちゃんが友達を連れてきたと知った瞬間、すごく嬉しそうにしていたのに、その人物が俺だとわかった途端に、笑顔が凍りついたのだ。
いや、わからなくないですよお母様。
この年頃の子が連れてくる友達って、普通同学年ですよね?
それが、まさかの成人男子。
しかも、昨日から家なき子な為、みすぼらしい雰囲気もしているという、マイナス印象。
それは、そういう反応になりますよ……。
と、固まったままのお母様と、気まず過ぎて冷や汗が止まらない俺という、一切動きのない空間になってしまった花屋で、唯一この状況に違和感を持っていないサクラちゃんが、不思議そうに首を傾げる。
「お母さん?」
「あっ。あぁ……そう。えっと、サクラがお世話になっています。サクラの母の、香林マイといいます」
「いっ、いえいえ! むしろ、こちらが助けてもらったといいますか。はい!」
と、やっと動いてくれたと思いきや、きれいにお辞儀をしてきたので、おこちらも慌てて頭を下げる。
なっ、なんだこの展開は!?
まるで、三者面談じゃねぇかよ!!
「ふふっ。それでね、お母さん! 頼みたいことがあるの!」
「えっ? たっ、頼みたいこと?」
「うん!」
と、俺の紹介も終えたからか、すぐにマイさんの元へと戻ったサクラちゃんが、ここで、さらなる爆弾を投下する。
「遠藤さんをね。家に泊めてあげてほしいの!」
「えぇ!!」
「はぁ!?」
いや、これには、俺も声を出させてもらうぞ!!
だって、聞いてないぞそんなこと! ご飯をくれるっていうのは、嬉しかったけれどーー泊めてもらうだなんてそんな嬉しいこと、無理に決まっているでしょうよ!!
「実は、遠藤さん。ちょっとした理由で、今は、お家に帰れないみたいなの。だから、家に泊まって貰ってもいいでしょう?」
「ちょ、ちょっと待ちなさいサクラ。いくらなんでも、突然泊まりだなんてーー」
「どうして? お母さんも言ってたじゃない『男の人がいてくれれば、仕事がもっと楽になるのにな~』て。遠藤さんなら、きっと、色々家の仕事も手伝ってくれるよ?」
「いや。たしかに、お母さんは、そう言ったけれど……それは、別にそういう意味じゃなくてね?」
と、俺が混乱に混乱を重ねている内に、向こうでは、なにやら勝手に話が進み始めてしまう。
なので、俺は俺で、この事を知っていたであろうに黙っていた毛玉へと、尋問を始めさせてもらう。
「おおぉおい! カスタード!」
「ミケ?」
「おおぉおお前、このこのこの事知っていたのか!? サクラちゃんが、おおお俺を泊めるために探していたことことこと、をよ!!」
あまりの事態に舌がうまく回らなかったが、それでも伝わったらしいカスタードが、まるでバカにするような顔つきになるとーー。
「あたり前だろミケ? でなければ、お前の居場所なんて、教えているわけがないミケ」
こっーーこのくそ猫!!
知っているなら、公園の時に言えや! そうすれば、ここまでついてこなかったんだよ!!
と、両頬を引っ張りつつ目で訴えてやるが、ミケミケ言うだけで、この猫。謝りもしない。
「何がダメなの? お母さん」
「えっと……それは、その……」
などと、カスタードを問い詰めていると、サクラちゃんの問いかけに対して、何やらチラチラ俺を見てくるマイさん。
いっ、いけねぇ!
こんな毛玉、相手にしている場合じゃねぇ!
「あっ、あのねサクラちゃん。そのーーとても嬉しい提案ではあるんだけどーーほら。やっぱり、ご近所の目もあるしさ。何より、お父さんが許してくれる訳がないよ!」
と、慌ててカスタードを手放した俺が、矢継ぎ早にそう言うとーー。
「ご近所の目ですか? それと、お父さんなら、問題ないですよ。家にはいないので、気にしなくて大丈夫です」
「へっ?」
お父さんがいない?
もしかして、
「お父さんは、私が六歳の時に亡くなっているので、気にしなくても大丈夫です」
ーーまさかの事実。
しかも、それを何ともないとばかりに、平然と告げてくるサクラちゃん。
っ!?
やっちまった……カスタードにでも、きちんと、家族構成を聞いておくべきだったな。
「……ごめんサクラちゃん。その、悪いことを言っちゃったね?」
「いいえ。気にしないでください遠藤さん。言っていなかった私も、悪いですから」
言ってなかった私も悪いーーて。
微笑みつつ、俺に
だが。この年齢で、自分の親が亡くなったことを他人に伝えるのは、とてもキツいことだろう。
なのに、俺が気を負わずに済むように、微笑みまでつけて答えてくれるなんてーー。
本当に、優しい子だ。
だったらーーここは、彼女の配慮に答える為にも、俺もこの話題は、これ以上暗く受け止めてはいけないな。
と、年齢の割に、しっかりとしているサクラちゃんへと、暖かい視線を送ってしまうと、困ったように上目遣いに見つめてくるサクラちゃん。
「あの、遠藤さん? もしかして、家に泊まるのは、嫌ですか?」
「えっ? いっ、いや。そういう訳ではないけれどーーほら。知らない男が、突然泊まるってのは、ねぇ? お母さん?」
「えっ? えぇ、そうね。悪いけれど、サクラ。そのお願いはーー」
と、困った俺がマイさんへと話をふると、何やら、店の奥から電話音が聞こえてくる。
「おっと! ごめんねサクラ。ちょっと、待ってて」
と、そう言うと奥の方へと向かったマイさんは「はい。サクラサクです」と、何やら話し始めてしまう。
そうして、一分もたたない内に戻ってくると、何やら慌ただしくお花を集め始めるマイさん。
「お母さん? もしかして、いつものお得意さん?」
「そうそう! 悪いけどサクラ。店番おねがいしてもいいかしら?」
「うん。いいよ。あっ、私も手伝うね」
「でしたら、俺も手伝います」
サクラちゃんが動き出したこともあり、このまま立っているのもおかしいかと考えた俺も、すぐに手伝いへと入る。
「えっ!? わっ、悪いわよ。そんな」
「いえいえ。むしろ、手伝わせてください。このまま帰るのも、何かしっくりきませんし。任せてくださいよ」
てか、帰ってもやることないしな。
という裏の意味もあったのだが、女性二人が重そうな花束をいくつも運んでいるのを、ただ眺めているというのが、居心地悪かったのも理由としては、ある。
なので、二人に教えて貰いつつ、何とか車の中へと花を入れていくのだった。
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