第8話 くんちゃん


「それじゃ、行ってくるわね。サクラ。後は、頼んだわよ」

「うん。気をつけてね」


「オッケー……て、そうそう。遠藤くん? だったかしら?」

「あっ、はい」



 花を入れ終えた車に乗りつつ、そう言うと、俺へと視線を向けてーー。



「もし、暇だったらでいいんだけどーー手伝って貰ってもいいかしら? 実は、男手があると、とても助かるのよね~」



 などと、まさかのウィンクをしつつ言ってくるマイさん。

 うわっ。

 美人のウィンクって、けっこう恥ずかしいな。 



「ちょっ! お母さん! 泊めるつもりもないのに、そんなの」 

「あぁ。自分でよければ、もちろんいいですよ」

「でも、それじゃ遠藤さんがーー」

「気にしないでサクラちゃん。それじゃ、行ってくるよ」



 と、頬を膨らませているサクラちゃんへと気にしないように伝えた俺は、すぐさま、助手席へと座り、シートベルトを締める。



「じゃ。行ってきま~す」

「もう! お母さん!!」



 ははっ。仲良しだな。







 サクラ家の微笑ましい光景から、少し車を走らせた。

 かと思えば、マイさんが、おもむろに口を開く。



「そういえばーー遠藤くんは、用務員さん? なんだっけ?」

「え、えぇ。そうです」



 ふーん。

 と言いつつ、何やら、聞こうかどうしょうかという顔をしたマイさんは、やがて大きなため息を一度つくとーー。



「その……家の子、学校だとどういう感じ? 友達とか、きちんといるのかしら?」



 と、予想外のことをきいてきた。

 へっ?



「あっ、いやほら。あの子、なかなか本音を言わないからさ。学校のこときいても、いつも『楽しいよ』しか言わなくてーー」



 ……あー。

 そういうことか。

 たしかに、サクラちゃんの性格からして、現状の学校生活をそのままマイさんに話したりは、しないだろう。


 心配をかけたくない。とかの理由でな。

 で、そこはやはり、母親。何となく、学校生活がうまくできていないことを察しては、いるもののーー面と向かってサクラちゃんに追求することができず、用務員として働いている俺と会ったことで、幸運にも知れる機会がきた……と。


 だが。悲しいことに俺は、まだ一日しか勤務をしていない。

 いや。こっちの世界の人から見れば、一週間以上働いた男なのだろうがーーあいにくと、俺の記憶は、一日分しかないのだ。

 

 なので……嘘をつく訳にもいかないから、ここは、あたり触りのない部分で話すしかないな。



「なるほど。ですけど、すいません。実は、自分も今月から働き始めたのでーーあまり、詳しくは、知らないんですよ」

「あっ……そう。なんだ……」



 うわぁ。すごい落胆の顔!



「でっ、ですが! サクラちゃんが、とても優しい子なのは、短い期間でもわかりましたよ! 色々な人を助けていますし、何より、自分も助けてもらった一人ですから。それで……」



 と、何とかサクラちゃんが良い子だということを、真実を交えつつ(魔法少女として、多くの人を助けていることは、事実だからな)伝えていたのだが、途中で、少し躊躇ってしまう。


 本当に、学校生活のことを教えなくてよいのか? 

 という躊躇いからだ。

 そんな迷いで、言葉を不自然に止めたこともあってーー不思議そうに首を傾げるマイさん。



「それで?」



 ……やはり、言うべきか。

 深く突っ込まれない程度に、サクラちゃんの今置かれている状況を、きちんと伝える方がいいな。

 それで、どうするかを決めるのは、母親であるマイさんだ。



「それで、どうにかサクラちゃんの優しさに答えようと思い、友達になったんです。自分自身もあまり人付き合いがうまい方ではなかったので、サクラちゃんが友達になってくれて、本当に心強かったですし、嬉しかったんですけど……どうも、あまり同学年の子達と馴染めていないようでーーそれで、その……お互い初めて同士の友人になりました」



 と、緊張で汗ばむ手を握りつつ、包み隠さずマイさんへとそう伝える。

 うっ。

 やっ、やっぱり言わない方がよかったか?



「そっか……」



 表情を確かめる為に、横目で伺うと、前を見つつ一言そう呟いたマイさんは、それっきり口を閉ざしてしまった。


 それ以上は、俺も何も言えなくなってしまい、口を閉ざしてしまった為、車内には、悲しいくらいエンジン音だけが響くだけの空間となってしまった。


 ……まずい。

 失敗したか?

 くっ! だが。もしここで、「変態!」とか何とか言われて殴られても、文句は決して言わないことにしよう。


 普通に考えて、絶対におかしいもんな。

 女子中学生と友達になる成人男性なんて。

 友達になるくらいなら、相談相手くらいにしとけって話だ。


 ……やばい。

 そう考えると、ここから、飛び降りたくなってきたわ。

 と、だんだん変な想像ばかりしてしまい、いっそうのこと赤信号のタイミングで、車から降りようかと、割りと本気で考え出していると、やっとマイさんが口を開いてくれた。



「……サクラの父親ーーつまりは、私の旦那なんだけどさ。これが、探検家と言えば聞こえがいいけど、風来坊ふうらいぼうみたいな奴でね」

「えっ?」


「惚れた弱みっていうのか……まぁ、そんな変わった男だったからさ。こう見えて、数年前までは、バリバリのキャリアウーマンだったわけよ。私」



 フッ。

 と、自嘲気味な笑みをもらしたマイさんは、赤信号になると、ハンドルへと両腕を乗せ、その上へと更に顎を乗せる。



「そんなこともあって、ほとんど育児は、両親任せだったのよ。で、一年に一度帰ってきたかと思えば、旦那は、サクラに見てきた物事を話まくって、次の日には、またどこかに行くっていう、ふざけた生活をしていたんだけど……それでも、あの子にとっては、楽しい時間だったみたいで、いつもニコニコして、あの人の冒険話を聞いていたわ」


 

 その言葉と同時に、信号が青へと変わると、きちんと両手でハンドルを握ったマイさんは「でも、サクラが六歳の時に、全てが変わっちゃったのよ」と、ため息をつく。



「ある日、旦那の身につけていたアクセサリーだけが、自宅に戻ってきてーー結局、それっきり帰ってこなくなったわ。それから、サクラもあまり笑わなくなっちゃってね。でも、だからといって、私が仕事を辞めてしまえば、サクラを育てることも、守ってあげることも出来なくなっちゃうから……しばらく同じ会社で勤め続けていたのよ。で、ある時気がついたわけ」

「気がついたーーですか?」

「そう」



 と、はにかむような笑みを浮かべたマイさんは、俺へと視線を一度向けてくるとーー。



 てね。で、サクラが高学年になった時に、長年勤めていた会社を辞めて、花屋を開業したの。あの子と、なるべく一緒に居てあげられる時間を作るためにね」


「……すっ、すごいですね。いや、とても素敵だと思います」



 ーー仕事よりも、サクラちゃんの近くにいることにした。

 それは、きっと想像も出来ないほど、すごい決断なんだと思う。


 二桁も面接で落とされた俺だからこそわかるが、一つの会社に勤めることすら、実は、大変なのだ。

 なのに、そこから一気に違う職種にいくだなんてーー。


 とてもじゃないが、俺には、無理だ。

 と、内心感動をしつつそう伝えると、何故か高笑いをしだしたマイさんが、ハンドルを叩きだす。



「あははは! いや、ありがとう。そう言ってくれて。でもさ! これが、全然うまくいかないのよ!」

「えっ!? そっ、そうなんですか?」



 まさかの発言に、俺がそうきけば、頷きつつ答えるマイさん。



「初めの頃なんて、デスクワークしてきた者だったからさ! 花の名前もわからなければ、育て方もわからないじゃない? だから、お客さんに質問されてもわからなくてさぁ!」

「あー。なるほど」

「で、色々失敗して、あちこち転々としてーー結局、あの子から友達すらも奪っていってさ……いやー。もう、その事に気づいた時は、自分のバカさ加減に、涙したよねぇ~」



 と、涙が出るほど笑ったらしいマイさんは「それでも、ここに来てよかったよ」と、俺の肩をポンポン叩いてくる。



「ーーありがとう。本当のことを教えてくれてさ。サクラがお願いしてくるのなんて、数える程しかないから……あなたのこと、本当に大切に思っているのね」

「いっ、いえ。俺は、そんなたいした人間じゃーー」

「ほい。ついたわよ」



 と、俺が首を横に振ると同時に、車を止めたマイさんは、俺の言葉も聞かずに、車から降りてしまう。

 うっ……なんか、わざと打ち切られた感があるな。

 これが、社会人の手法か。


 などと、勝手に解釈しつつ車から降りた俺は、次の瞬間には、言葉を失ってしまった。

 なぜなら……目の前には、バカデカイ門があったからだ。

 しかも、塀が左右見えないくらいまで続いている。


 はっきり言って、どこですかここは? 状態である。



「おうおう。初めてきた時の、私と同じ反応しているね」

「へっ?」

「すごいでしょ~。ここが、お得意さんの鳳凰院家だよ。なんでも、有名な財閥なんだとか。いやー、住んでいる世界が違うって、こういうこと言うのよね~」



 唖然としている俺に頷きつつそう言ったマイさんは、近くにあるインターホンを押すや、質問もする暇もなく、何やら家の中にいる人と話し始めてしまう。


 鳳凰院?

 あれ? 

 なんか、どこかで聞いた気がするぞ?



「オッケー。入っていいってさ。そしたら、荷台に積んである花を一通り持っていこうか」

「あっ、はい。わかりました」



 と、そう言ってきたマイさんの言葉で、思考を中断した俺は、荷台からすぐさま花を下ろし始めるのだった。








「おや。いつも申し訳ありませんね。サクラサク様には、頭が下がる思いですよ」

「こんにちは、相馬さん。こちらこそ、ひいきにしてくださって、助かっています」



 重い花を持つなか、豪華な扉を通り抜けた俺達を出迎えてくれたのは、黒いタキシードに身を包んだ、白い口髭が特徴的な執事さんだった。

 それに対して、軽いノリでマイさんが言葉を返したところを見るにーーどうやら、二人は、顔見知りらしいな。



「おや? そちらの男性は、初めて見られる方ですな。さては、新しく雇われた方ですかな?」

「あぁ。この子は、遠藤くん。あたしの娘の友達で、今日は、手伝ってくれているの」


「はっ、初めまして。遠藤六道です」


 と、マイさんの紹介があった為、慌てて頭を下げると、柔らかい笑みを浮かべつつ、笑う執事さん。



「ホッホホ。ようこそ、おいでくださいました。遠藤様。わたくし、鳳凰院家で、筆頭執事ひっとうしつじの勤めております、相馬そうまと言います」

「あっ、はい。よろしくお願いします」


「相馬さんは、ここの執事さんやメイドさんの中でも、一番偉くて長く勤めている人なのよ。だから、何かわからなかったら、相馬さんにきいてね?」


 と、ウィンクしつつ、何やら花束がたくさん入ったかごを手渡してくるマイさん。

 はて?

 なんだこれ?

 


「てなわけで、ここから手分けするわよ。私は、中庭の花や花壇を見てくるから、遠藤くんは、屋敷内にある花瓶の花を、全てこれに変えてきてちょうだい」

「えっ? てっ、手分けですか!?」

「そうよ。じゃ、お願いねぇ~」



 いや、お願いねぇ~て!

 などと言うと、俺が抗議する間もなく、玄関から出ていってしまったマイさんに、唖然としてしまう。

 かっ、軽すぎる!?

 何も教えてもらってないんだぞ!?

 


「ホッホホ。香林様は、面白くも、明るい方ですな。ではでは、遠藤様」

「はっ、はい」

「こちら、屋敷内の見取り図になっています」



 俺の様子に、もう一度笑った相馬さんは、そう告げると慣れた手つきで、B5程の紙を渡してくる。

 がーー。

 デッ、デカッ!? 

 ここに書かれている全て、この屋敷の中かよ!!



「赤い丸印がされているところが、花瓶のある場所になっております。慣れるまで、迷われると思いますがーーその辺を歩いている執事やメイドに、気軽にお尋ねください。さすれば、教えてくれると思いますので」

「いっ、いや! あの……はぁ~」



 こんな大きな屋敷の中で、二十近くの花瓶を変えないといけないのかよ!

 広さ的には、海原中学とほとんど変わらないんだが!?



「ホッホホ。しかし、サクラサク様には、本当に感謝しておりますぞ。仕事の正確さもさることながらーーこの町には、サクラサク様が来られるまで、花屋がなかったもので。わざわざ、隣町まで買いに行かなければならず、大変でしたがーー今では、直接花を持ってきてくださるだけでなく、花壇の手入れまでしてくださるという仕事ぶり。おかげさまで、我々も諦めていた他の仕事をする時間が作れましたよ」

「そっ、それは、とてもよかったです。はい」



 いや、ある意味プレッシャーなんだが?

 つまりは、きちんとやってくれってことだろう?

 という思いは、心の奥深くに仕舞いつつーー愛想笑いで、一応誤魔化しておく。

 しかし、マイさんもマイさんだが、相馬さんも相馬さんだぞ。

 初めての人間に、見取り図を普通に渡してくるなよな!







「ふぅ~。これで、あと何個だ?」



 そう言いつつ、自然と漏れたため息と同時に見取り図へと視線を落とすと、ちょうど前からメイドさんが歩いてきた為、軽めに頭を下げておく。


 しかしーー本当に広いな。

 見取り図がなかったら、完全に迷子になっているレベルだぞ。



「いや。実際、何回かメイドさんやら執事さんに聞いたから、既に迷っているまであるかもな」



 こんなに広くて、住んでいる人は、迷わないのかね?

 と、渡された見取り図を丸めてポッケへと入れた俺は、変えた花束のバケツを持ちつつ、最後の場所へと向かう。


 やれやれ。

 これで、やっと終われるよ。

 かれこれ、二十分以上は歩いているからな……さすがに、疲れてきた。


 などと思いつつ、軽く息を整え最後の部屋へとたどり着いた俺は、扉をノックした後、中から女の子の声がで許しが出た為、もはや慣れつつある口上と共にすんなり中へと入らせてもらう。



「失礼しまーす。サクラサクです。お部屋のお花を変えさせてください」

「あぁ。いつもお世話になっています。よろしくお願いーー」



 と言いつつ、フワリとしたドレスを着た、栗色の髪の女の子が振り返る。

 ーーその瞬間。まるで、糸が引っ張られたかのような音が、俺と彼女の間に流れる。


 にこやかに笑ったまま、まるで動かない女の子。

 対する俺は、目の前の状況が理解できず何度かまばたきをした後、脳内の人物の顔と目の前にいる彼女の笑顔が、面白いくらい音をたてて合致する。


 そのこともあり、彼女よりも早めに動くことができた俺は、さっそく脳内の人物の名前を告げる。



「あれ? 生徒会長ーーくん?」



 あれ? マコトくんだよな?

 だが。着ている服といい、自分の性別を主張するかのように膨らんでいる胸といい……俺の知っているマコトくんには、無いものがあるのだが?


 はて? どういうことだ?

 と俺が首を傾げていると、徐々に笑顔から真っ青な顔つきへと変わっていくマコト? くん。



「えっと……あれ? もしかして、双子の妹さんとか」

「キャー!!」



 ギィヤー!!

 

 キーンと、耳に響くほどの甲高い悲鳴をあげたマコト? くんは、まるで着替えを覗かれたかのように、自身の身体を両手で抱きしめると、その場へと座りこんでしまう。


 なっ、なんだその反応は!?

 まるで、俺が変態みたいなーー。

 と、あまりの行動に俺が手にしていたバケツを床へと落としてしまうと、何やら廊下の方から慌ただしい足音が響いてくる。


 まっ、まさか!?

 ハッと、俺と同時に何かに気がついた顔をしたマコト? くんは、まったく同じタイミングで扉の前へと向かうと、これまた息の合ったように、左右の取っ手を掴む。


 そして、ほとんどタイムラグなしに開かれようとする扉。

 あっ、あぶねぇー!!



「お嬢様! どうかなさいましたか!!」

「なっ、なんでもありません! ちょっ、ちょっと虫が入ってきてしまって!」


「虫ですか? それなら、私達が取ってさしあげます!」

「いっ、いえ。大丈夫です! これくらい自分でやらなければ、鳳凰院家の恥ですので!」



 ガタガタ!

 と、扉の向こうとこちらで押し引きをしつつ、俺の顔を何度か見て、何とか部屋への侵入を食い止めてくれるマコト? くん。


 がっ、頑張ってくれマコトくん? かわからないけど! 

 このままだと、警察沙汰になっちまうよ!!



「お嬢様! どうしてお開けにならないのですか!?」

「いっ、いえ。ちょっと、着替えているもので!」


「それでしたら、私達もお手伝いしますわ」

「だっ、大丈夫ですから! 本当に大丈夫ですから!!」



 などと、使用人さん達との扉前の攻防が続いたが、必死なマコト? くんの言葉に、やっと納得してくれたらしく、何かあったら呼ぶように伝えてくると、やっと扉の前から立ち去ってくれる使用人さん達。


 あっ、焦った~!

 ただでさえ、学校で変態みたいな扱いを受けているんだ。

 ここで、さらに変な噂が広がったりしてみろ。

 マイさんやサクラちゃんに、本当に白い目を向けられるぞ。



「たっ、助かったよ。えっと……マコトくん? なんだよね? 生徒会長の鳳凰院マコトくん」



 安心したこともあり、扉を背にして座りこんだ俺は、とりあえず、床にドレスのスカートを広がらせつつ、肩で息をして座りこんでいる女の子へと、おそるおそるそう声をかける。



「えっ、えぇ……まさか、遠藤さんがここに来られるなんて、思いもしませんでした。そうです……僕は、鳳凰院マコトです」



 やっぱり……。

 しかし……どうして男装なんてしているんだ?



「きっ、きいてもいいかな?」

「ふふっ。どうして、学校で男装していたのか? ですか? 当然の疑問ですね」



 と、何故か自嘲的な笑みを浮かべたマコトくん……なんだがーー。

 どうにも、らしいからな。

 なんと呼べばよいか……。



「とりあえず、椅子に座りましょう。床では、お尻も痛くなりますし、何より行儀がよくありませんから」

「あっ、ありがとう。鳳凰院……くん。ちゃん? えっと、くんちゃん」



 促されたこともあり、俺が立ち上がりつつ椅子の背もたれをマコトくんちゃんから受けとると、ムスッとした顔つきくんちゃん。



「くんちゃんは、やめてください。今まで通り、くんでお願いします」

「あっ、そっ、そう? なら、鳳凰院くんで」

「……いえ。できれば、学校以外では、下の名前でお願いします。いろいろと混乱するので」



 主に僕が。

 と、壊れたような笑い声を漏らしつつ、椅子へと力なく腰を下ろすマコトくん。

 ……なんか、聞かない方が良い気がしてきたぞ?



「マコトくん。もしあれなら……無理に説明しなくてもいいよ?」

「いえ。バレてしまった以上、きちんと納得していただく必要があります」


 おぉう!? 

 ビックリした……急に、メチャクチャ真剣な目つきになったな。


 着ている服さえ違ければ、本当に男の子と勘違いしそうだぞ。



「まず、これから話す内容についてなのですが……できれば、気持ち悪がらないでもらいたいです。といっても、おそらく難しいと思いますが」

「あっ、うん。わかった」



 開口そうそうマコトくんがそう言ってきた為、覚悟を決めつつ俺が頷くと、オホン。と、一度咳払いをしたマコトくんは、俺の目をしっかり見つめつつーー。



「実は、僕は、女の子が好きなんです」



 と、宣言してきた。

 ……へっ?



「性格には、可愛い女の子です。愛玩あいがんではなく、恋愛対象として好きなのです」



 おっ、おう……。

 なるほどね。

 突然のことで、理解が遅れてしまったがーーそういうことか。


 本人にとっては、重要なことだと思うがーー別に気持ち悪く思うほどのことでもないぞ。

 この広い世の中には、そういう人も、一定数いるのだろうからな。



「そうだったんだ。それで?」

「えっ!? そっ、それで!?」

「おぉう!? どっ、どうしたの?」



 と、思いがけない事実だったが、すんなりと受け入れた俺に対して、何故か身を乗り出してくるマコトくん。


 あまりの勢いに、俺が少し身体を後ろへとさがらせると、自分が乗り出していたことに気がついたのか「すっ、すいません!」と、慌てて元の位置へと戻ってくれる。



「きっ、気持ち悪くないんですか? 僕は、女の子なのにーーそれなのに、女の子が好きなんですよ?」



 と、嬉しさ半分。緊張半分といったような顔で再度きいてくるマコトくん。

 ふむ……どうやら、同性が恋愛対象として見ていることを、おかしいと否定されると思っていたのか。



「いや、別に気持ち悪くないよ。女の子に産まれたからといって、男の子を好きにならないといけないなんてことないでしょう? 世の中には、マコトくんみたいな子も多くいるだろうし、そんな緊張して言うことじゃないよ」



 と、俺の中での結論をそうして伝えると、実に嬉しそうな顔をするマコトくん。


 その様子を見て、言葉の選択が間違ってなかったと、安堵あんどする思う反面ーーミスをしてしまったか? という考えが一瞬頭をよぎる。

 いや。俺の世界であったならば、そういう人達を受け入れることなど、あたり前のことであり、批判する人達こそ、どうかと思うのだがーー。

 何せここは、似ているようで違う世界だ。


 もしかしたら、俺の考えは、この世界では、あってはならないものなのかもしれない。

 もし、そうであるならば、ここで軽はずみに肯定をしてしまった事は、後々マコトくんの心に、酷い傷を残してしまう結果になるかもしれない。


 ……やっちまったな。この年頃は、いろいろと世間の言葉や行動を吸収する年頃だからな。

 もっと、よく考えてから言えばよかったか?



「そっ、そうですよね! 僕だけが、おかしい訳ではないですよね!」

「うん? もちろん、そうだよ。でもーー」



 と、嬉しそうにクネクネしているマコトくんへと、俺がなるべく真剣な顔つきを意識しつつーー。



「マコトくんの好きになる感情は、間違っていないけれど、相手もマコトくんと同じとは、限らないからね。好きという感情を伝える時は、きちんと相手の気持ちも考えてあげることを忘れちゃダメだよ」



 と、伝えるべきことを伝えておく。

 うん。

 言ってしまったものは、もう引っ込めないし、巻き戻すこともできないんだ。


 ならば、なるべくマコトくんが心に傷をおわないような助言を俺が、してあげれば、いいだけのこと。

 そう考えれば、学校でも気軽に会えるのだし、別に焦る必要もないだろう。


 ……いつ元の世界に帰れるかも、わからないしな。

 と、サクラちゃんに続いて、また気軽に帰ることのできない問題を抱えてしまった俺が、軽く頭を悩ませていると、マコトくんは、一度咳払いをし「もちろんです」と、とても凛々しい顔つきで答えてくれた。



「可愛い女の子が泣くのは、僕も本意ではありません。そこは、何としても気をつけます」

「そっ、そう。なんか気合い十分で、逆に心配だけど……まぁ、いいか。で、どうして学校では、男装しているのかな?」



 そう、そこだよ。

 マコトくんの恋愛対象も驚いたが、そこが一番気になるところだ。



「そうでした。そのことを話すためには、どうしても、僕の秘密を教えなくてはならなかったので、ついつい先送りにしてしまいましたね。では、聞いていただきます……」



 と、緊張でか、スカートを握りしめたマコトくんは、一度深呼吸すると、真剣な目つきでーー。



「僕のーーこの鳳凰院家のことについて」



 と、言ってくるのであった。

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