第4話 新人類


「えっと……つまり、どこから質問すればいいんだ?」

「当然の反応ですね。なので、わたしから順に説明しましょう」



 カツンーーカツン。

 という足音をたてつつ、俺の周囲を歩き始めるアース。



「先ほど、ここが地球本来の姿と言いましたね? それは、言葉の通りであり、あなた達が普段生活している場所は、地球の表面にすぎないのですよ。そうですね……リンゴで例えれば、わかりやすいでしょうか? リンゴの本質は、皮の中にある果実です。その中身を覆っている皮には、さほど重要視をしないでしょう? それと同じで、地球という星の本質ーーつまりは、真の世界は、ここということです」


「……つまり、俺らの世界には、価値がないってことか?」


「とんでもない! 言葉足らずでしたね。先ほどのリンゴの例でいいますとーー皮の削れたリンゴを見せたところで、それがリンゴである! と断言できる人は、なかなかいないでしょう? それと同じで、あなた達の過ごしている世界は、地球という星の証明に必要なのですよ。ですから、価値がないどころか、むしろ価値しかありません」



 そう言いつつ立ち止まったアースは、自身の胸へと手を触れると、微笑みを浮かべてくる。



「地球本来の姿。という説明は、これでいいでしょうか? では、次にわたしが自己紹介をした。という発言についての説明をしますね。まず手始めに、今あなたと対話しているわたしは、本来の姿では、ありません」

「へっ?」



 これには、俺も間抜けな声をあげてしまう。

 本来の姿じゃないって、どういうことだよ。

 目の前にいるのに……。


 という俺の反応を予測していたのか、アースは、すぐさまその事について説明をしてくれる。



「これは、あなたが不審に思わないように、あなた方人類をベースに作り出した人形のようなものです。本来のわたしは、もっと大きく、偉大なので……変な圧力を与えてしまうと思いますから。それに、この方が親しみやすいでしょう? 一応、地球そのものとわかりやすいように、青髪碧眼にしているんですよ。ほら」



 見てください。

 と言わんばかりに、自分の目を指しつつ、パチクリして強調してくるアース。

 たしかに、水面のように澄んだ瞳だがーー。



「大きくて偉大……ねぇ」

「ふふっ。『自分で偉大とか言うのかよ』というツッコミは、ありがたくいただいておきます」



 うっ!

 バレてる……。



「さて、話を戻しますね。わたしが、地球の意思そのもの。というのは、私自身が地球という星ーーあなた方に合わせるならば、人格だからです。生を受け、育つ環境であなた方が個々の人格を確立させるように、わたしは、地球の人格そのものなのです。ですから、地球の意思そのもの。という説明になります」


「……そっ、そうか」


「今すぐに理解するのは、もちろん難しいでしょう。なので、ゆっくり理解してください。では、何故いままで、わたしが、あなたの前に現れなかったのか? について、今度は、説明しましょう」



 ゆっくり理解って言われても……。

 スケールがデカすぎて、理解できるかわからないのだが?


 という俺の心の言葉が通じているのか、いないのかーーアースは、またもや歩き出す。

 すると、どうやらこの青い世界にも透明な壁があったようで、そこへと手を触れると、振り返ってくる。



「ここは、楽園境らくえんきょう。あなた達の世界で、よく童話や昔話などに出てくる妖精達が住む世界です。そして、わたしの住み家でもあります。本来ならば、草木が生い茂り、天には、澄みわたるほどの青空が広がっているのですが……今は、ご覧のありさまです。一面を氷結され、愛しきわたしの子達も、目覚めない眠りについてしまっています」


「えっ? 氷結?」


「はい。こちらへ来てください。よく目を凝らせば、見えるはずです」



 と、俺に手を差しのべつつ言ってくるのでーーさすがに手を取ることはしなかったがーー近づき、目を凝らしてみるとーー。



「っ!?」

「酷いものでしょう? わたしの力不足が、引き寄せた結果です」



 ……正直、言葉を失ってしまった。

 アースの言っていたことは、比喩ひゆなどではなく、まるで時が止まったかのような様子で、カスタードに似た者達が固まっていたのだ。


 しかも、遠くには、家のような物も見えるので、本当にここで生活していた生物が、一瞬にして氷結してしまったことが、嫌でも理解できてしまう。


 ある者は、うたた寝したまま。

 ある者は、走り回った様子のままなど。見ているだけでも、心が締めつけられる。

 こんなことってーー。

 まるで、終わった世界みたいじゃないか!!



「ある者達が突然現れると、一瞬にしてこの現象をおこしました。彼らの力は、とても強く、わたしの力をもってしても、この空間だけしか守ることができなかったのです。それでも、なんとか彼らの親玉を封じ込めることには、成功したのですが……その影響で、わたしは、力のほとんどを消耗してしまい、今やカスタードの力を借りなければ、こうしてあなたを招くことすらできない。それどころか、話しかけることすら、数分間しかできないのです。これが、わたしがあなたの元へといけなかった原因です」


「いっ、いったい誰がこんな酷いことを?」



 説明をしつつ、申し訳なさそうに目を伏せていたアースへと、俺がそう質問すれば、まるで、名前すらも口にしたくないというように、顔を苦痛に歪める。



「……暗黒界の住人達です。あなたも一度目にしたと思いますが、ホシガリーを作り出したワルビー達ですよ」

「あいつが!?」



 俺の胸を貫いた少年ーーワルビーというあの少年の顔を思い浮かべつつ俺が口にすると、頷くアース。



「彼らは、元々別の世界の住人達です。それが、次元境界線の破壊によって、こちらに流れこんできてしまった。その結果、我々の世界を破壊しつくし、今度は、そちらの世界ーー地球の表面へと進行を始めたのです」

「じっ、次元? て! ちょっと待ってくれ!! 別の世界の住人!?」



 おいおい!

 ていうことは、俺と同じ境遇ってことかよ!



「そういえば、あなたもそうでしたね。ですが、勘違いをなさらないでください。彼らとあなたは、別の世界の住人といっても、全くの別物です。これを見てください」



 と、アースの言葉に俺が驚愕していると、冷静に首を横に一度振ったアースは、錫杖を一度地面へと強く打ちつけると、小さな地球を目の前に一つ作り出す。



「先ほど説明した通り、あなた達人類の生活している場所は、地球の表面。そして、わたし達が住んでいる世界が、地球の裏側になっています。この二つの世界は、一つの星の上に成り立っていますが、別世界と言ってしまえば、別世界であり、本来は、互いに干渉することができません。そして、彼らーー暗黒界の住人達も、わたし達と同じ星の上に成り立っています」



 と、地球の表面と思われる薄皮。地球の大半の部分。そして、地球の中心と思われる小さな球体の三つに別れる映像と共に、アースが、そう淡々と説明する。


 おそらく、説明からして、地球の中身で大半を占めているのがアース達の世界。そして、小さな地球の中心部分の塊が、暗黒界の世界ってことだろう。



「この三つは、ご覧の通り一つの地球という枠組みによって存在していますが……あなたの場合は、そうではありません。突然ですが、平行世界へいこうせかいという言葉は、ご存知ですか?」


「平行世界? えーと。聞いたことあるな……たしか、可能性の世界ってやつ?」

「おおよそ合っていますね。英語では、IFいふといい、つまりは、もしもの可能性の数だけ存在する世界のことをいいます」



 と、俺の答えに頷きつつ口にしたアースは、もう一度錫杖を床へと打ちつけると、新たに三つの地球を作り出す。



「あなたの場合は、これが関係してきます。次元境界線の歪みによって、ある一瞬。ある場所でのみ、この平行世界を隔てている境界線がなくなってしまい、お互いが繋がってしまう。そうすることによって、Aの地球にいた人物が、突然Bという地球に移動してしまう。というような、現象が起きてしまいます。これが、あなたです。ですので、暗黒界の住人とあなたでは、別物ということになります」



 ヒュン。



 と、一つの地球から別の地球へと小さな光が移動する現象と共に、アースが、理解しましたか? というような顔で俺を見てくる。


 嘘だろ……。

 つまり、俺は、平行世界に移動しちまったってことかよ!?



「ある一瞬って、いったい何時だよ! てか、俺は、どうやったら戻れるんだ!?」

「落ち着いてください六道。説明は、まだ終わっていません」

「終わっていない!? まだ何かあるのかよ!!」


「あなたにとって嫌な内容もあれば、得をする内容もあります。ですから、まずは、落ち着いてください」

「おっ、落ち着くっていってもーー」



 ガツン!



 錫杖強い打ちつけによって、一際大きな音が響いたことで、反射的に身体が震えてしまう。

 なので、何事かとアースを見れば、まばたきすらせずに、無言でただ俺を見てくるだけで、何も言葉を発してくれない。

 なっ、なんだよ? 



「落ち着かれましたか? 驚き、受け入れられない事実を前にすれば、誰しも混乱するものです。そうして、正確な情報を得ずに走り出してしまえば、いずれ取り返しのつかないことになる……あなた達人類の歴史からみても、それは、紛れもない事実だ。だからこそ、まずは、わたしの話を聞きなさい。そして、それから思考しなさい……わかりましたね?」



 うっ。



「はっ、はい」

「よろしい。では、説明に戻ります」



 と、まるで教師に叱りつけられたかのように、俺が小声で返事をすると、満足そうに頷くアース。



「先ほど、わたし達の世界と暗黒界の世界。そして、あなた達人類の世界は、お互いに干渉できないと言いましたね? それは、平行世界間にとっても同じことで、むしろそちらは、強固に作られています。その干渉を防ぐ空間のことを、次元境界線といいます」



 と言いつつ、三つの地球の間に黒い物体を作り出すアース。



「えっと……つまり、今の地球と俺が元いた地球の間には、ここと暗黒界との間にある次元境界線ってやつよりも、頑丈な作りになっているってことか?」


「その通り。わたし達の場合は、仮に何かがおきたとしても、一つの星の出来事になりますがーー他の星との干渉となると、大問題ですからね」



 なるほどな。

 で、その大問題が俺と?



「続けますね? この次元境界線というのは、簡単には、壊したり、通り抜けたりすることなどは、できません。なので、本来は、別の地球と交わることなどないのですが……ここ数ヶ月前。ある人物が、次元境界線を破壊し、別世界へと転移してしまった。それによって、全ての境界線が歪み。あるいは、壊されてしまったことで、他の世界との隔たりがなくなってしまったのです」



 パッ。



 と、今度は、黒い光が次元境界線へと当たると、全ての次元境界線が消え、変わりに、三つの地球の間に太いパイプのようなものが現れ、一つの輪っかのように繋がってしまう。



「これによって、わたしの世界も暗黒界から進行を受け、今のような惨劇を迎えてしまいました。そして、あなたもその犠牲者の一人……まったくの別世界へと、転移をしてしまったのです」

「……いったい、誰がそんなことをしたんだよ」



 まったくもって、ハタ迷惑な奴だ。

 つまるところ、そいつが別の世界へと転移しなければ、この世界は、こんな氷づけの世界にならずに、俺も普通の生活を送れていたということだろう?


 目の前にいたら、殴りつけたいくらいだぞ。



「おや? 次元境界線を破壊した人物なら、あなたは、既に一度会っているはずですよ?」

「えっ? はぁ!?」



 会っている!?

 まさか! そんなとんでも迷惑野郎となんて、会った覚えがないぞ!?



「気がつかなかったのですか……まぁ、無理もありませんかね。奴は、人間に擬態ーーというよりも、パッと見は、人間と変わりませんから」

「いいいっ、いったい誰だよ! その次元境界線を破壊した奴ってのは!?」


「そうですね……知っていて損はありませんし、教えましょう。次元境界線を破壊した人物は、紅い髪に幼い少女の外見をしたーー」

「えっ?」



 なめらかに動くアースの口元が、一気にスローモーションのようになる。


 それは、外見的な特徴を教えられただけで、俺の頭の中に、一人の少女の姿が現れたからでーーそれを認めたくないと、まるで、俺の脳が訴えているかのようだった。


 だってーー。

 彼女は、とてもそんな子にはーー。



新人類パーフェクトオートマタ。名を、三島美久と言います」

「そっ! ……」



 そんなバカな!

 と、喉まででかかったが、慌ててそれを飲みこむ。

 そうだ。


 今にして思えば、彼女には、おかしなところがあった。

 偽札の件や、まるで大人びたかのような忠告だってそう……。

 事実……なのか。



「あの容姿からして、受け入れにくいでしょうが、事実です。ですが、間違っても復讐などということは、考えてはいけませんよ? むしろ、彼女と出会っていながら生きていたことを、幸運に思った方がよいくらいです」

「どっ、どういうことだよ!」


「そのままの意味ですよ。彼女が次元境界線を破壊したのは、自身が生きるため……知らないでしょうからお教えしますが、彼女の元いた世界では、既に人類が、半数以下になっています。その理由は、他でもない彼女が災厄をバラ蒔いたからです」



 だから、二度と彼女には、会ってはいけない。それほど、危険な人物なのだから。

 とでも言うかのように、力強い目つきで俺を見てくるアース。


 はっ、半数以下ってーー。

 それに、彼女が災厄をバラ蒔いた?



「とっ、とてもじゃないが、信じられないな……」

「でしょうね。わたしも、直接この目で見ていなければ、信じられませんでしたから」

「直接?」


「先ほど説明したように、わたしは、地球の意思そのものです。なので、平行世界を覗き見ることくらいは、許されているのですよ。さてーーここまでは、こちらの話ばかりをしてきたので、そろそろ、あなたのこれからのことについて話しましょうか」



 と、軽く錫杖を地面に打ちつけたアースは、笑顔を浮かべつつそう言ってくる。



「本題から入りますと、あなたを元の世界へと返す方法は、すでに存在しています」

「えっ!? 本当かよ!!」



 マジか!?

 絶対に、すぐ帰れないと思っていたから、これは、最高の情報だぞ!



「えぇ。本当です。ただし、わたしという条件付きですがね」

「……へっ?」



 本来の力を?



「今のわたしの力は、非常に弱まっています。それこそ、先ほど見ていただいた氷の世界のように、自分の星すらも守れないほど……。ですが、暗黒界の奴らが消えれば、話は変わってきます」

「暗黒界を消す?」


「そうです。奴らは、君たち人類の欲望を増幅させ、ホシガリーを出現させることによって、負のエネルギーを集めています」

「負のエネルギー……ていうか、それを集めて何をするつもりなんだよ」


「ご覧のように、この世界と同じくするつもりなのです。奴らの狙いは、ただ一つ……自分達以外の生物を、死滅させることなのです」



 自分達以外の生物を?

 おいおい。なんだその、極端な発想。

 知らない世界に移動しただけでも、けっこうキツイのに……勘弁してほしい。



「なるほど。だいたい理解したけどーーいつになったら、力は戻るんだ?」

「現状、わたしの力で、奴らがおこなっている負のエネルギーの回収を、可能な限り邪魔をしています。ですが、ホシガリーが出現する限り、完全なるいたちごっこになっていましてね。それでは、わたしは、回復に専念することができない」



 ……嫌な予感がする。

 つまり、ホシガリーがいる限り、アースに力が戻ることはなく、俺も元の世界に帰ることができないということだろ?


 だから、アースが力を取り戻してもらうためにはーー。



「言っておくが、俺には、ホシガリーなんていう化け物と闘うことなんて、絶対にできないからな?」

「ふふっ。先手を打たれましたね。ですが、安心してください。何も、あなた一人で何とかしてほしいなどと、酷いことは言いません」



 と、おかしそうに笑みをこぼしたアースは、何やら錫杖を地面へと一度打ちつけると、地面から黒い手袋を引き上げてくる。



「これをあなたに差し上げます。お守りのようなものですかね? どうか、これでガイアを手助けしてあげてください」

「手袋? しかも、右手用しかないってどいうことだよ。てか、ガイアを手助け?」


「えぇ、魔法少女ガイア。カスタードと共にいた香林サクラという人物のことです。彼女一人では、これからの戦いは、厳しいでしょうからね」



 などと勝手に言うと、俺の手に黒い手袋を握らせてくるアース。



「まてまて! まだ手伝うなんて言ってないぞ!? しかも、こんな手袋で何をしろって」


「申し訳ありませんが、そろそろわたしも限界です。なので、彼女のこともよろしくお願いしますね? あぁ。それと、彼女には、ある程度あなたの身の上を話していますので、気楽に接してあげてください」



 いや、よろしくって!?

 と俺が言おうとしたが、眩い光と共に、意識が遠退いてしまうのだった。

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