第4話 新人類
「えっと……つまり、どこから質問すればいいんだ?」
「当然の反応ですね。なので、
カツンーーカツン。
という足音をたてつつ、俺の周囲を歩き始めるアース。
「先ほど、ここが地球本来の姿と言いましたね? それは、言葉の通りであり、あなた達が普段生活している場所は、地球の表面にすぎないのですよ。そうですね……リンゴで例えれば、わかりやすいでしょうか? リンゴの本質は、皮の中にある果実です。その中身を覆っている皮には、さほど重要視をしないでしょう? それと同じで、地球という星の本質ーーつまりは、真の世界は、ここということです」
「……つまり、俺らの世界には、価値がないってことか?」
「とんでもない! 言葉足らずでしたね。先ほどのリンゴの例でいいますとーー皮の削れたリンゴを見せたところで、それがリンゴである! と断言できる人は、なかなかいないでしょう? それと同じで、あなた達の過ごしている世界は、地球という星の証明に必要なのですよ。ですから、価値がないどころか、むしろ価値しかありません」
そう言いつつ立ち止まったアースは、自身の胸へと手を触れると、微笑みを浮かべてくる。
「地球本来の姿。という説明は、これでいいでしょうか? では、次に
「へっ?」
これには、俺も間抜けな声をあげてしまう。
本来の姿じゃないって、どういうことだよ。
目の前にいるのに……。
という俺の反応を予測していたのか、アースは、すぐさまその事について説明をしてくれる。
「これは、あなたが不審に思わないように、あなた方人類をベースに作り出した人形のようなものです。本来の
見てください。
と言わんばかりに、自分の目を指しつつ、パチクリして強調してくるアース。
たしかに、水面のように澄んだ瞳だがーー。
「大きくて偉大……ねぇ」
「ふふっ。『自分で偉大とか言うのかよ』というツッコミは、ありがたくいただいておきます」
うっ!
バレてる……。
「さて、話を戻しますね。
「……そっ、そうか」
「今すぐに理解するのは、もちろん難しいでしょう。なので、ゆっくり理解してください。では、何故いままで、
ゆっくり理解って言われても……。
スケールがデカすぎて、理解できるかわからないのだが?
という俺の心の言葉が通じているのか、いないのかーーアースは、またもや歩き出す。
すると、どうやらこの青い世界にも透明な壁があったようで、そこへと手を触れると、振り返ってくる。
「ここは、
「えっ? 氷結?」
「はい。こちらへ来てください。よく目を凝らせば、見えるはずです」
と、俺に手を差しのべつつ言ってくるのでーーさすがに手を取ることはしなかったがーー近づき、目を凝らしてみるとーー。
「っ!?」
「酷いものでしょう?
……正直、言葉を失ってしまった。
アースの言っていたことは、
しかも、遠くには、家のような物も見えるので、本当にここで生活していた生物が、一瞬にして氷結してしまったことが、嫌でも理解できてしまう。
ある者は、うたた寝したまま。
ある者は、走り回った様子のままなど。見ているだけでも、心が締めつけられる。
こんなことってーー。
まるで、終わった世界みたいじゃないか!!
「ある者達が突然現れると、一瞬にしてこの現象をおこしました。彼らの力は、とても強く、
「いっ、いったい誰がこんな酷いことを?」
説明をしつつ、申し訳なさそうに目を伏せていたアースへと、俺がそう質問すれば、まるで、名前すらも口にしたくないというように、顔を苦痛に歪める。
「……暗黒界の住人達です。あなたも一度目にしたと思いますが、ホシガリーを作り出したワルビー達ですよ」
「あいつが!?」
俺の胸を貫いた少年ーーワルビーというあの少年の顔を思い浮かべつつ俺が口にすると、頷くアース。
「彼らは、元々別の世界の住人達です。それが、次元境界線の破壊によって、こちらに流れこんできてしまった。その結果、我々の世界を破壊しつくし、今度は、そちらの世界ーー地球の表面へと進行を始めたのです」
「じっ、次元? て! ちょっと待ってくれ!! 別の世界の住人!?」
おいおい!
ていうことは、俺と同じ境遇ってことかよ!
「そういえば、あなたもそうでしたね。ですが、勘違いをなさらないでください。彼らとあなたは、別の世界の住人といっても、全くの別物です。これを見てください」
と、アースの言葉に俺が驚愕していると、冷静に首を横に一度振ったアースは、錫杖を一度地面へと強く打ちつけると、小さな地球を目の前に一つ作り出す。
「先ほど説明した通り、あなた達人類の生活している場所は、地球の表面。そして、
と、地球の表面と思われる薄皮。地球の大半の部分。そして、地球の中心と思われる小さな球体の三つに別れる映像と共に、アースが、そう淡々と説明する。
おそらく、説明からして、地球の中身で大半を占めているのがアース達の世界。そして、小さな地球の中心部分の塊が、暗黒界の世界ってことだろう。
「この三つは、ご覧の通り一つの地球という枠組みによって存在していますが……あなたの場合は、そうではありません。突然ですが、
「平行世界? えーと。聞いたことあるな……たしか、可能性の世界ってやつ?」
「おおよそ合っていますね。英語では、
と、俺の答えに頷きつつ口にしたアースは、もう一度錫杖を床へと打ちつけると、新たに三つの地球を作り出す。
「あなたの場合は、これが関係してきます。次元境界線の歪みによって、ある一瞬。ある場所でのみ、この平行世界を隔てている境界線がなくなってしまい、お互いが繋がってしまう。そうすることによって、Aの地球にいた人物が、突然Bという地球に移動してしまう。というような、現象が起きてしまいます。これが、あなたです。ですので、暗黒界の住人とあなたでは、別物ということになります」
ヒュン。
と、一つの地球から別の地球へと小さな光が移動する現象と共に、アースが、理解しましたか? というような顔で俺を見てくる。
嘘だろ……。
つまり、俺は、平行世界に移動しちまったってことかよ!?
「ある一瞬って、いったい何時だよ! てか、俺は、どうやったら戻れるんだ!?」
「落ち着いてください六道。説明は、まだ終わっていません」
「終わっていない!? まだ何かあるのかよ!!」
「あなたにとって嫌な内容もあれば、得をする内容もあります。ですから、まずは、落ち着いてください」
「おっ、落ち着くっていってもーー」
ガツン!
錫杖強い打ちつけによって、一際大きな音が響いたことで、反射的に身体が震えてしまう。
なので、何事かとアースを見れば、まばたきすらせずに、無言でただ俺を見てくるだけで、何も言葉を発してくれない。
なっ、なんだよ?
「落ち着かれましたか? 驚き、受け入れられない事実を前にすれば、誰しも混乱するものです。そうして、正確な情報を得ずに走り出してしまえば、いずれ取り返しのつかないことになる……あなた達人類の歴史からみても、それは、紛れもない事実だ。だからこそ、まずは、
うっ。
「はっ、はい」
「よろしい。では、説明に戻ります」
と、まるで教師に叱りつけられたかのように、俺が小声で返事をすると、満足そうに頷くアース。
「先ほど、
と言いつつ、三つの地球の間に黒い物体を作り出すアース。
「えっと……つまり、今の地球と俺が元いた地球の間には、ここと暗黒界との間にある次元境界線ってやつよりも、頑丈な作りになっているってことか?」
「その通り。
なるほどな。
で、その大問題が俺と?
「続けますね? この次元境界線というのは、簡単には、壊したり、通り抜けたりすることなどは、できません。なので、本来は、別の地球と交わることなどないのですが……ここ数ヶ月前。ある人物が、次元境界線を破壊し、別世界へと転移してしまった。それによって、全ての境界線が歪み。あるいは、壊されてしまったことで、他の世界との隔たりがなくなってしまったのです」
パッ。
と、今度は、黒い光が次元境界線へと当たると、全ての次元境界線が消え、変わりに、三つの地球の間に太いパイプのようなものが現れ、一つの輪っかのように繋がってしまう。
「これによって、
「……いったい、誰がそんなことをしたんだよ」
まったくもって、ハタ迷惑な奴だ。
つまるところ、そいつが別の世界へと転移しなければ、この世界は、こんな氷づけの世界にならずに、俺も普通の生活を送れていたということだろう?
目の前にいたら、殴りつけたいくらいだぞ。
「おや? 次元境界線を破壊した人物なら、あなたは、既に一度会っているはずですよ?」
「えっ? はぁ!?」
会っている!?
まさか! そんなとんでも迷惑野郎となんて、会った覚えがないぞ!?
「気がつかなかったのですか……まぁ、無理もありませんかね。奴は、人間に擬態ーーというよりも、パッと見は、人間と変わりませんから」
「いいいっ、いったい誰だよ! その次元境界線を破壊した奴ってのは!?」
「そうですね……知っていて損はありませんし、教えましょう。次元境界線を破壊した人物は、紅い髪に幼い少女の外見をしたーー」
「えっ?」
なめらかに動くアースの口元が、一気にスローモーションのようになる。
それは、外見的な特徴を教えられただけで、俺の頭の中に、一人の少女の姿が現れたからでーーそれを認めたくないと、まるで、俺の脳が訴えているかのようだった。
だってーー。
彼女は、とてもそんな子にはーー。
「
「そっ! ……」
そんなバカな!
と、喉まででかかったが、慌ててそれを飲みこむ。
そうだ。
今にして思えば、彼女には、おかしなところがあった。
偽札の件や、まるで大人びたかのような忠告だってそう……。
事実……なのか。
「あの容姿からして、受け入れにくいでしょうが、事実です。ですが、間違っても復讐などということは、考えてはいけませんよ? むしろ、彼女と出会っていながら生きていたことを、幸運に思った方がよいくらいです」
「どっ、どういうことだよ!」
「そのままの意味ですよ。彼女が次元境界線を破壊したのは、自身が生きるため……知らないでしょうからお教えしますが、彼女の元いた世界では、既に人類が、半数以下になっています。その理由は、他でもない彼女が災厄をバラ蒔いたからです」
だから、二度と彼女には、会ってはいけない。それほど、危険な人物なのだから。
とでも言うかのように、力強い目つきで俺を見てくるアース。
はっ、半数以下ってーー。
それに、彼女が災厄をバラ蒔いた?
「とっ、とてもじゃないが、信じられないな……」
「でしょうね。
「直接?」
「先ほど説明したように、
と、軽く錫杖を地面に打ちつけたアースは、笑顔を浮かべつつそう言ってくる。
「本題から入りますと、あなたを元の世界へと返す方法は、すでに存在しています」
「えっ!? 本当かよ!!」
マジか!?
絶対に、すぐ帰れないと思っていたから、これは、最高の情報だぞ!
「えぇ。本当です。ただし、
「……へっ?」
本来の力を?
「今の
「暗黒界を消す?」
「そうです。奴らは、君たち人類の欲望を増幅させ、ホシガリーを出現させることによって、負のエネルギーを集めています」
「負のエネルギー……ていうか、それを集めて何をするつもりなんだよ」
「ご覧のように、この世界と同じくするつもりなのです。奴らの狙いは、ただ一つ……自分達以外の生物を、死滅させることなのです」
自分達以外の生物を?
おいおい。なんだその、極端な発想。
知らない世界に移動しただけでも、けっこうキツイのに……勘弁してほしい。
「なるほど。だいたい理解したけどーーいつになったら、力は戻るんだ?」
「現状、
……嫌な予感がする。
つまり、ホシガリーがいる限り、アースに力が戻ることはなく、俺も元の世界に帰ることができないということだろ?
だから、アースが力を取り戻してもらうためにはーー。
「言っておくが、俺には、ホシガリーなんていう化け物と闘うことなんて、絶対にできないからな?」
「ふふっ。先手を打たれましたね。ですが、安心してください。何も、あなた一人で何とかしてほしいなどと、酷いことは言いません」
と、おかしそうに笑みをこぼしたアースは、何やら錫杖を地面へと一度打ちつけると、地面から黒い手袋を引き上げてくる。
「これをあなたに差し上げます。お守りのようなものですかね? どうか、これでガイアを手助けしてあげてください」
「手袋? しかも、右手用しかないってどいうことだよ。てか、ガイアを手助け?」
「えぇ、魔法少女ガイア。カスタードと共にいた香林サクラという人物のことです。彼女一人では、これからの戦いは、厳しいでしょうからね」
などと勝手に言うと、俺の手に黒い手袋を握らせてくるアース。
「まてまて! まだ手伝うなんて言ってないぞ!? しかも、こんな手袋で何をしろって」
「申し訳ありませんが、そろそろ
いや、よろしくって!?
と俺が言おうとしたが、眩い光と共に、意識が遠退いてしまうのだった。
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