第5話 わからない理由



「はぁ~」



 まったく、嫌になるわ。

 ーー嫌になるっていうのは、たぶん、今の自分がおかしいからだと思う。


 サッカーなんて、もう楽しまないようにしよう。

 そう、心に決めていたのにーー。



「あいつのせいよ」



 そう。

 あの、ゆるふわ頭のアホ男。

 何が、楽しくやった方がいいーーよ。あたしは、別にサッカーなんて……。


 てか。そもそも、あいつは何なの?


 


 初めて会ったのは、たしか、部室の更衣室だった。

 先生に頼まれ事をされて、サッカー部の練習に少し遅れてしまったあたしは、急いでYシャツのボタンをはずして、ユニフォームに着替えようとしていた。


 そんな時、突然勢いよく更衣室の扉が開かれたから、何事かと視線を向けてみれば、あいつがホウキを持ちながら、その場に立たずんでいたのよね。



「あっ? んだよ。ここも更衣室か? たく、無駄に数が多いんだよこの学校。邪魔して悪かったな」




 と、実にめんどくさそうに頭を掻いたあいつは、それだけ言うと扉を閉めようとした。


 もちろん。第三ボタンまでだったから、下着は見られていないと思うけどーー今まさに着替えるところだったこともあって、すぐに閉めて欲しかった気持ちも強かった。


 だけど、あいつの反応がーーあまりにも冷たすぎる印象が気になって、つい条件反射で引き止めてしまった。



「ちょ! ちょっと、あんーー」

「あっ? なんだよ」



 そう。

 たったその一言だけで、あたしは、足だけでなく口も止めてしまった。


 なぜなら……今でも思い返すと、ゾッとするほどの冷たい瞳を、そいつはしていたからだ。

 

 あたしを見ているはずなのに、その瞳には、まったくあたしがうつっておらず、別の物が見えているようだった。

 一言で言えば、恐ろしい人……。

 それが、あたしの第一印象だった。


 なのに……。

 数日して会ったあいつは、よりにもよって、花屋なんて似合わない場所で働いており、あろうことか、あたしを恐れさせた瞳には、どこか優しさすら感じられた。


 げんに、ムカつくことだけどーーまるで、あたしを子どものように扱って、優しく教えてくれたりもした。


 しかも、何故か最近転校してきた香林さんと、仲良く話をしていたりもしている。

 正直、わけがわからない。



「何者なの……あいつ」



 道端に落ちていた小石を蹴りつつ、そんなことを考えていると、あいつの今日の言葉が、ふと頭をよぎる。



『自分の思い描くように、楽しくやったらいいんじゃないかな? その方が、きっとみんな楽しいと思うよ』



 そんなこと……言われなくても、わかっているっての。

 でもーー。



「楽しめるわけ……ないでしょう」



 そうよ。

 あたしは、サッカーを楽しんじゃ……。

 と、少し気落ちしつつ歩いていると、何やら目の前にまっ白な犬が現れ、疲れたような様子で、突然道端に座り込んでしまう。



「ミル……」



 みる?

 変わった鳴き声ね。

 あの犬種けんしゅ……なんだったけ?

 

 

「トイ・プードル? だったけ?」

「ミル?」



 えっ!?

 今、あたしの声に反応した?

 そんなバカな。と、思ったけれど、まるであたしを見つめてくる瞳が、言っている言葉が理解できるというように、訴えている気がする。



「もしかして……あんた、言葉がわかるの?」

「ミ!? ……わっ、わん」



 ……急にミルから、わんになった。

 というかーー犬にしては、下手くそな吠えかたね。



「もしかして、あんたも一人なの?」

「わ……ミル?」



 ……首を傾げた。

 てことは、やっぱり言葉が通じている?



「ふっ。まぁ、どっちでもいいか。あんた、一人ぼっちなら家にきなよ」

「ミル?」

「あたしも、一人なんだよね。だから、一人者同士仲良くしようって話よ」



 どのみち家族は、誰も家にいないし、迷子の犬くらい大丈夫でしょう。


 そう考えながら手を差しのべてみると、何やら嬉しそうにペロペロと舐めてくる。

 ふふっ。



「そうね~。白いから、雪だるまとか?」

「ホイップでミル! あっ……」



 あっ、喋った。

 ……ぷっ。



「あははっ! 悪い感じしないし、まぁ、いいか。あたしの勘って、意外と当たるからさ」

「ミル?」

「さぁ。行くわよ」



 今日は、とことん変な日ね。

 変なあいつは、うるさいくらい話しかけてくるし、変な所で居眠りしちゃうし、変な犬とは、会話しちゃうし……。


 でも。ひょっとしたら、こんな調子で、明日も変な日になるかもしれない。


 だって、あたしの勘はーー当たるもの。

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