加護と心
温泉から宿までミケとシロが案内してくれたおかげで不安も不満もなにもなく、ノームと別の部屋で一晩過ごした。
コロッセオ外壁の上に用意されていたドーム状のテントが宿だった。
夜空を見上げることができる上に、普通の窓までついていて本当にテントの中と思えないくらいしっかりした内装をしていた。
窓際にあるふかふかのベッド、丸いテーブルというシンプルな家具。
ハンモックに揺られながらお昼寝したからか、寝つきがあまり良くなかったけれど、ふかふかのベッドで寝転んでいるといつの間にか意識がなくなっていた。
今回は夢を見ることもなく朝を迎えた。
向こうの様子を見たかったので少し残念に思いながら朝日の中でうんと伸びをする。
なんだかベッドが少し狭くなったかな?
違和感を覚え、掛け布団をめくってみると、いつの間にかノームがベッドに潜り込んできていた。
「え!? ノーム?」
思わず大きな声を出してしまい、口を両手で押さえると、ノームは眠たそうに眼をこすった。
「おはようーヒロくん。えへへ、ドライアドのこと考えてたら眠れなくって。ヒロくんの持ってる枝の傍にいたら寝れるかなーって思って潜り込みにきちゃった! 思った通りぐっすり寝れたよ」
ノームは満面の笑みを浮かべている。
「ドライアドのことそんなに好きだったの?」
聞いてみるとノームは顔を少し赤くしながら頷いた。
「大好きだったよ。優しくて、穏やかで、でも私はなにもできなかった。切り倒されていく木々を見て見ぬふりして、哀しむドライアドのことほったらかしちゃったから、もうそんなこと言う資格なんてないんだけど」
最後は寂しそうな表情で呟いていた。
「大好きな気持ちに嘘なんてないんだよ、きっと。上手く伝わらない、伝えられない、受け取ってもらえないことがあるだけで……」
言っていて胸がずきずきと痛んでくる。
僕はちゃんと真くんに気持ちを伝えられていたのだろうか、勘違いされてやしなかっただろうか。
自分と姿を重ねて不安になってしまっているんだ、きっと。
今気になっていることは確認しようがない。不安に思っても、あっちに帰るまで確認できないことだ。今気にしないといけないのはノームとドライアドの問題。
すうっと心が穏やかになってくる。自分と他人を重ねないように……。
「そう……かな?」
「思うのは自由だよ。口に出すのと行動にするのは慎重にしないといけないかもしれないだけ。ついつい口にしたり行動しちゃうんだけどね。失敗したら後で反省して改めていけばいいんだ。すぐにはできなくっても、ちょっとずつ気をつけて支えあいながら」
言われたらきっと心が楽になれるようなことをノームに投げかけてみる。
もらえたら嬉しいだろうと思える言葉って、きっと、自分が欲しいと思っている言葉なんだ。
「ありがとう、ヒロくん! やっぱヒロくんは私にとってのヒーロー!」
ノームが嬉しそうに抱きついてきたのが気まずくて思わず固まってしまった。
「ち、近い近い近い」
やっとのことで小さな声を絞り出せた。
聞き取ってもらえたかわからず、もう一度頑張って声を出そうとしたけれど、ノームは耳聡く聞き取ってくれていたらしい。
「ごめん、つい、嬉しくて!」
ノームは花が咲いたような笑みを浮かべて離れてくれた。
テントの外ではゴオオ! ピュウウウ! と荒れ狂う風の音が聞こえる。
なんとなく、モモが怒っている様子が頭に浮かんできた。
「ううん、大丈夫、嬉しくて衝動的に跳ねあがっちゃったりすることが僕にもあるからわかるよ」
にっこり微笑み返すと、窓ががたがたと風で揺れ始める。
本格的に怒ってる気がしたけれど、どうすればいいのかがまったくわからない。
気のせいだと思いたいけれど、確実に怒ってるぞ……。
微笑んですぐ頭を抱え始めた僕を見て、ノームは少し不思議そうな表情になっている。
「どうしたのー?」
「多分気のせいなんだけど、やきもちをやかれてるみたい……」
「ヤキモチ?」
「そう、ごめんなさい」
モモに届けばいいと思いながら謝ると、荒れ狂う風の音が少しずつ弱くなっていった。
気持ちが届いたのかな?
「なんか、風がやんだね? もしかして、シルフと知り合い? あ、やきもちってまさかシルフとできてたとか? シルフは確か男だったような……」
ノームが両手で口を押えている。
「会ったことないから! できてないから!」
シルフって男だったんだという驚きのあとにきた唐突な勘違いに対して慌てて否定した。
否定はしたけれど……。
「でも、風がやんだし……」
ノームは事情がわからず戸惑っている。
「風の妖精と仲が良かったんだ。多分、その子が怒っちゃったのかなって思って」
照れながら頬をかくと、ノームは吹き出した。
「仲良くなっただけでそんなに嫉妬されてたら生きづらいよー。付き合ってたわけじゃないんでしょう?」
ノームの言い分はもっともだけど、傷つけてないかが気がかりだった。
項垂れていると、ノームは柔らかな笑みを浮かべて続けた。
「そうやって気にかけるなんて、優しいね。でも、そんなんじゃいつか痛い目みちゃうぞ。誰とも話せないし仲良くなれなくなっちゃうぞー?」
言い分はもっともだけれど……。
それでもやはり、傷つけたんじゃないかと心配だった。
「もしかしたら、他の子と仲良くする罪悪感から加護が暴走してただけかもよ? それで、自分なりに償う方法が謝罪しかなかったから風がおさまったのかも。今のはヒロくんの心模様だよきっと」
そう言い終えると、ノームはもう一度抱きついてきた。
「なっ」
先ほどと同じように動揺したけれど、風が強く吹き荒れることはなかった。
「ほらね?」
上目遣いに見つめてくるノームがとても可愛らしくて心がぐらぐらと揺れてしまった。
「ち、近いよ……」
照れながら目を逸らすと、ノームはケラケラ笑いながら離れてくれた。
「ヒロくんからかうのたのしーなー!」
天使のような見た目をしているのにやっていることが小悪魔で思わず横目で見てしまった。
そんな僕の様子を見ながらノームはいたずらっぽく笑っている。
「いこっか! 今日はクロウとイフリートがコロッセオを案内してくれるらしいよ!」
身支度を終えて外へ出ると、イフリートとクロウが仲良さそうにおしゃべりしながら待ってくれていた。
なんとなくそうなるだろうと予想していたが、イフリートはショベルを片手に持っている。
「おう、俺らのヒーロー! 簡単にコロッセオを案内させてもらうぜ」
イフリートは初対面の時と印象がガラリと変わり、明るい好青年な振る舞いを見せてくれた。
「本当にありがとうな、裕樹。せめてものお礼にうめえ飯でも食ってってくれ。そうだ! 新しいショベルも作っていきな」
クロウは優しい微笑みを浮かべてくれていた。
「ショベルは……金ピカのやつをお願いします」
ノームとの会話を思い出しながら冗談交じりにお願いしてみることにした。
本当に作ってくれるなんて思ってはないけれど。
「わかった! じゃあまずこの領地一番の鍛冶屋へ行こうか」
イフリートとクロウの後をノームと並んでついていった。
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