コロッセオへ
夢の余韻に浸りながら木漏れ日に目を細めていると、鳥の人と蝶の人が顔を覗き込んできたので思わず目を見開いた。
「あっ! 驚いた! あはは!」
蝶の人が無邪気に笑うと、鳥の人がやんわりとたしなめた。
「こらこら、またそんなこと言って!」
そんな二人のおかげなのか、温かい夢を見たおかげか、自然と笑みがこぼれる。
「ちょっとびっくりしただけだから大丈夫です」
自分から微笑みかけられるのが不思議だった。
変な顔になっていないか気になりもしたけれど、二人とも微笑み返してくれたのできっと自然な笑みだ。
「それならよかったよ!」
鳥の人はガハハと豪快に笑った。
なんだか聞いているこちらの心がすっと軽くなる笑い方で好きだなと思えた。
今まで好きだと思える笑い方を感じ取れる余裕なんてなかったからか、人に無関心だったからか、こうした考えが浮かんでくるのが新鮮で心が涼やかだ。
心地よい風が湖から流れてくる。
心で感じる風がそのまま出てきたよう。
「そういや自己紹介がまだだったね! あたしはメリッサだ。蜜蜂って意味の名前さ。ハチドリの特徴をもってるから似合ってるだろ? 性格がイメージと程遠いってよく言われるんだが、あたしは自分のそういうギャップ含めてこの名前が気に入ってんのさ」
メリッサの自己紹介を聞いて蝶の人がクスクス笑っている。
笑い上戸なのかな?
人に関心を持つのが少しずつ楽しくなってくるのがちょっとだけ不思議だった。
メリッサは腰に手ならぬ羽をあてて蝶の人に微笑みながらメッと言っていた。
「あっ私はね、アルセニー。男らしいって意味があるの。セーニャって読んでね」
「えっ」
思わず出てきてしまった言葉を後悔し、両手で口を押さえたのを見て、セーニャはケタケタ笑った。
「あはは! そういう顔見るのがたまらなく楽しくって! こんな見た目に生まれて本当に良かった! 最初はね、なんか嫌だなーって思ってたんだけどさ、反応見てたらなんか好きかもって!」
心底楽しそうに笑っているので一緒になって笑ってみると、メリッサも一緒にガハハと笑ったので笑いの合唱が巻き起こった。
「ちなみに、本当に男なんだぞ? ほら見せたげるよ」
「ええっ!?」
男同士とはいえそれはいけないことだ、冗談に違いないと思っていると、セーニャが本当に下半身を見せようとしていて余計に戸惑わされる。
あたふたしていると、メリッサが止めに入った。
「まーたあんたは! 露出狂なところもあるんだよ―この子ってば」
露出狂と面倒見の良いオカンというフレーズが頭に浮かんできて思わず笑ってしまうと、二人とも一緒になって笑ってくれて明るい気持ちになれた。
なんだか気が楽でいいな。
三人でそうして談笑していると、ウンディーネとノームが空から降りてきた。
「あら、ヒロくん! お友達出来たみたいで安心した! 見て! このショベル! どう? 強そうでしょ!」
ノームが見たことないくらいはしゃいでいるのを、ウンディーネが柔らかい笑みで見つめていた。
「この子ったらずっとショベルの話してるのよ。土の精霊だから余計に気に入っちゃったのかもしれないわね」
そんなこと言いつつ、ウンディーネもショベルを大事そうに抱きかかえている。
二人ともそんなにショベルが気に入ったのか……。
ただ鎖を壊せただけなのに、そこまで好きになる理由がわからなくて困惑していると、メリッサとセーニャが驚きつつも興味津々な顔で精霊ノームを見つめていた。
「ノーム様!? あの空中庭園のやつらがノーム様を解放するために祈りを捧げたというのですか?」
「うそー。しんじらんなーい」
ノームはショベルを片手に胸を張って口を開いた。
「解放の祈りで自由を得たわけじゃないの! 聞いて! そこにいるヒロくんこそが私を解放した救世主、ショベルの英雄なの! ショベルで鎖を壊してくれたの!」
ノームからの紹介に顔を耳まで真っ赤にし、下を向きながら片手で頭の後ろをかいた。
「へえ! あんたすごいじゃないか! 大人しそうな顔して大胆な真似するんだねえ! そういやあんたの名前まだ聞いてなかったよ! ヒロって名前なのかい? ヒーローってことかい?」
メリッサが背中を軽くバシバシと叩きながら言うものだから少しだけむせてしまった。
「僕の名前は裕樹、悠木裕樹です。ヒーローなんて柄じゃないですよ」
メリッサとセーニャが満面の笑みを浮かべながら名前を聞いてくれたけれど、自己紹介をそこで終えてしまったためなのだろう、二人とも首を傾げた。
「あれ? 名前に込められた願いは?」
セーニャはいつものように無邪気で無垢な顔をしながら気になったことをそのまま口にした。
少し困る質問だなあ。嫌ではないから大丈夫だけれど。
「僕は親に名前をつけてもらったんだ。由来とか願いとか聞いたことなかったなあ……」
「じゃあ作っちまいな! あとで聞くまでに自分で意味を作って待っときな! 聞いてから名前に意味を追加すりゃいいのさ! たくさんあって困るもんでもないんだから!」
メリッサが豪快に笑いながら提案してくれて、なんだかそれもいいなと思えてきた。
「生い茂った木々のように豊かな心になれますように……なんてどうかな」
「いいんじゃない? 素敵だよ」
精霊も含んだみんなで、たった今作った意味を褒めてくれたものだから照れくさくて顔が真っ赤になってしまった。
それをみてみんな優しい言葉をかけてくれて本当に居心地の良い場所だと思えた。
ほのぼのしていた時間に終わりが訪れる。
「じゃあ、そろそろイフリートのいるコロッセオにいこうか」
ついにアトランティスを旅立つときがきてしまった。
もうしばらくここにいたい、島のことや水中にあるドアのこと、知りたいものがまだまだたくさんある。
好奇心と優しさに甘えたい気持ちがあるけれど、元の世界に戻りたい気持ちの方がずっと強い。
「さあ、ショベルもって! 君のはこれ! 私のはこれ!」
ノームの渡してきたショベルは鉄製でピカピカした新品だった。
空中庭園で触ったものは使い古されていて少し錆びていたためか比較的軽く感じたけれど、新品のショベルはずっしりと重かった。
ちらりとノームを見てみると、軽々しく振り回して大はしゃぎをしていたものだから目を剥いた。
「重くないの?」
思わず聞いてみると、ノームはニコニコしながらショベルを投げてよこしたので慌ててキャッチした。
軽い!
アルミ製だろうか? 軽くて扱いやすくて良いなと思っていると、支えを失った重たいショベルがガタンと音を立てて倒れた。
「どう? いいでしょ!」
ノームは相変わらず大はしゃぎだ。
「軽くて扱いやすくて良さそうだね。ところで、どうして僕には重たいものを?」
正直に聞いてみると、ノームはニコニコしながら口を開いた。
「ユグドラシル登るための特訓を兼ねてかな? 私には重すぎて扱えなかったからっていうのもあるよ」
うーん、やっぱり腕力がいるのか。頑張らないと。
ノームの話を聞いて強い不安に見舞われながら軽いショベルを返し、重たいショベルを持ち上げた。
こんな重さで音をあげちゃいられないなあ。軽々振れるようになってみたい。
目標を見据えながらショベルを構えていると、ウンディーネがノームにショベルを預けて抱きかかえた。
体がふわっと宙に浮く。
ああ、もうお別れなんだな。
「なんだか事情がよくわからないまんまだけどさ、うまくいくといいね! 裕樹!」
「応援してるよー。またいつか遊ぼうね。いつの日かね」
メリッサとセーニャが手を振りながら見送ってくれている。
「またいつか! 本当にこっちへ来た時に」
微笑みながら手を振ると、二人がにっこりと微笑み返してくれたのがたまらなくうれしかった。
豆粒のように小さくなってもずっと手を振った。
見えなくなるまでお互いずっと手を振りあってお別れをしたんだ。
不思議と寂しさを感じない別れだった。
きっといつかまた会えるから。
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