アルカディアへ
パンゴリンと首飾りについた瓶を手に談笑していると、イフリートがウンディーネとの口論をクロウへ預けてこちらにひょっこりと顔を出した。
今度はクロウがウンディーネに何か言い聞かせている声をBGM代わりに、三人での会話が始まった。
「……どう? 俺が作ったマナの結晶なんだけど」
急に少年が親に作品の出来を褒めてもらいたがっているような振る舞いを始めたので、じんわりと心の奥底から温かい何かが広がってきた。
「ありがとう。こんなに綺麗な結晶初めて見た」
怒られるかなと思いつつも正直に、少年に言い聞かせるような調子で優しく語りかけてみると、イフリートが無邪気な笑みを見せてくれた。
「そっか! やった!」
ノームやウンディーネと話していてもそうだったけれど、どこか子どものような幼さを残したまま長い年月を過ごしてきたんだと感じ取れてしまい、温かい心のどこかでずきずきとした痛みが走った。
ふとパンゴリンを見てみると、イフリートの無邪気な振る舞いを見て温かい笑みを崩さなかった。
イフリートはそんなパンゴリンの笑みに温かく微笑み返している。
ああ、哀れむのはきっと失礼なことなんだ。
二人の、言葉を用いないコミュニケーションに感銘を受けていると、説教を終えたクロウとしょぼくれているウンディーネ、どこかよそよそしいノームがこちらに混ざってきた。
「さて、闘技場でも見ていくか? なんなら俺とイフリートの試合でも見ていくか?」
クロウの提案は嬉しかったけれど、あんまり乱暴なものは見たくなかったので断ることにした。
「ありがたいのですが、僕はちょっと乱暴なものが好きじゃなくて。ごめんなさい」
正直に言うと、クロウはにっこりと笑ってくれた。
「いいんだ、人それぞれ好みってのがあるからな!」
クロウのことをプレッシャーの達人だと思っていたけれど、どこか教師や親のような包容力も持ち合わせているだけでなく、どこか愛情に満ち溢れている印象を受けた。
イフリートはというと、闘技場でかっこいいところを見せたかったのか、少しだけつまらなさそうな顔になっている。
「ちぇっ。クロウのやつをぼっこぼこにしてかっこいいとこ見せたかったな」
「ただぼこられるだけなわけねえだろ」
そんなことを言いながらイフリートとクロウは笑いあい、拳を軽くぶつけ合ってじゃれていた。
二人は兄弟のような、親友同士のような距離感があり、見ているこちらも微笑ましくなれて好きだと思える関係性だった。
「今日ここでゆっくりしたら明日はアルカディアに行くのかな? 出入口はどこか知ってるのか?」
イフリートとじゃれながらクロウが尋ねてきた。
「僕はわからないです」
素直に答えると、クロウはノームとウンディーネの方へ視線を投げた。
「あっ私知ってる!」
ノームは目を伏せたが、ウンディーネは元気よく手を上げて返事をした。
「意外だな」
「どうせ勘違いかなんかだろ」
目を丸くしながら言うクロウと、信じられないという顔をしたイフリートがほぼ同時に口を開いた。
ウンディーネは軽く頬を膨らませ、ぷんすかと怒っている。
「ほんとだもん! アルカディアの使者が取引しにうちきたときに見送ったもん! ユグドラシルの根元に一か所だけ穴があってそこから出入りできるんだよ!」
むきになっているウンディーネに対してある疑問が浮かんだ。
今聞けばウンディーネはイフリートに何か言われるだろうから聞くべきではないと思うけれど、好奇心に負けてつい聞いてしまった。
「アトランティスでは『どこからいくんだろう』って言ってた気がしたけどあれって……?」
ウンディーネは一瞬だけきょとんとした顔になり、思い出すかのように上を見上げながら口をぽかんと開けた。
そんなウンディーネの顔を見てイフリートがお腹を抱えながら大笑いした。
「おーい、顔が馬鹿になってんぞ!」
ウンディーネはまたイフリートと口喧嘩しそうになったけれど、クロウが間に割って入って止め、二人を落ち着かせていた。
喧嘩せずにすんだウンディーネは照れながら返事をしてくれた。
「確かに言ったような。ごめん! よく聞かずに適当に言っちゃったみたい!」
テヘっと笑いながら舌をちろっとだしていて、こちらも自然と笑顔になってしまった。
「ウンディーネ本当に能天気になったというか、頭お花畑というか、平和ボケしすぎてぼーっとしすぎてるんじゃない?」
ノームが呆れたようにウンディーネに突っ込んでいる。
今こんな風に話す前のウンディーネってどんな人だったのかが気になってくる。
「えへへ。返す言葉もないや」
昔のことが気になりつつも、精霊の三人に会った時と打ち解けてからの印象が全く異なっていて心が温かくなってきた。
最初の印象を思い浮かべていくと、ノームは大人しくて少し暗いけどしっかりした子、ウンディーネは丁寧でおおらかなお姉さん、イフリートは怒りっぽくて近寄りがたいお兄さん。
今では天真爛漫だけどちょっと難しいところのあるノーム、お気楽で天然で元気いっぱいなウンディーネ、おじいちゃんっこで好青年な面もあるけれど少年の心を持つイフリートだ。
そんなことを考えながらクスッと笑うと、ノームがこちらを見ているのが目に入った。
どんな顔をしたらいいのかわからないながら、なんとなく微笑みかけてみた。
こちらにきてから、空中庭園を出てから特に笑いかければ何とかなることが多かったから自然とできたことだった。
きっとうまくいく。そんなことを思っていたけれど……。
ノームは頬を赤らめ、目をそらしてしまった。
あれ? どうしたんだろう?
不安になりそうになっていると、ノームはしばらく顔を伏せた後顔を上げてにこっと微笑み返してくれた。
ああ、良かった。
ほっと安心していると、ウンディーネとイフリートの喧嘩が勃発していた。
「やれやれ、あの二人は属性も真逆、相反しているから喧嘩しやすいんだ」
ノームが呆れたような笑みを浮かべながらこちらへ歩み寄り、隣に並んだ。
「属性と性格って関係するの?」
ほんの興味本位で聞いてみただけだったが、ノームは少し顔を赤らめながら頷いた。
「そう。惹かれあうこともあれば、反発しあうこともあるんだ。土と木は助け合う関係だからほとんどの場合仲良しなんだけど、土質と植物の相性が存在するように、お互いダメにしあっちゃう関係もある。水と火はだいたい仲が悪いんだけど、助け合える関係になれたらめちゃくちゃ強い。いろいろな意味でね。土と風は……」
言いかけて黙ってしまった。
続きが気になるけれど、どうして黙ってしまったのかをまず気にかけなければならないかな。
「言いづらかったら、言わなくてもいいんだよ」
言いづらい時、きっとこう言ってもらえたら気が楽になれる。
そう思って口にしたけれど、ノームは首をゆっくりと横に振った。
「風と土はね、どちらか片方が相手に恋い焦がれることが多いの。土が風に恋をしたら風は避けて通ってしまうし、風が土に恋をすれば突っぱねられる。もし両想いになれたなら砂嵐のように激しい恋になるんだって……」
切なそうな、照れくさそうな笑みを浮かべながら俯き、語尾をすぼめてそういったノームは目が潤んでいた。
思わず目を背けてしまった。
理由はわからないけれど、なにかがずっしりと重くのしかかったような感覚を覚える。
「他にもね、いろいろな相性があるんだ。木と風はすっごく仲良しなの。でもね、それがすべてじゃないんだ。結局、仲良くできる子どうしは仲良くできるし、反発する子は反発する。属性がすべてじゃないの」
ノームは明るく笑いながらそう付け足していた。
黙ったまま返事をできないで考え込んでいると、いつの間にかテントへもう一度案内してくれる流れになっていた。
ああ、あっという間だった。
案内されてから一晩過ごし、もう朝になっていた。
今回も夢は見れなかった。
あちらはどうなっているのだろうか、真くんはまだお見舞いに来続けているのだろうか。
気になることは尽きないけれど、今考えねばならないのは精霊の解放、ユグドラシル登りのことだけだ。
呆けた自分を叩き起こす意味も兼ねて、両手で顔をパンパンと叩く。
ちょうどよくユグドラシルの根元が出入口になっているアルカディア。
一体どんな場所なんだろう。
ふと思い立ち、そっと掛け布団をめくってみる。
前回と違ってノームは忍び込んでいなかった。
安堵なのか寂しさなのかわからぬ気持ちに覆われそうになったけれど、頭を横に振ってリセットをかけてベッドを出た。
身支度を終えてテントの外に出てみると、クロウとイフリートがやってくるのが見えた。
「おう! ヒーローの朝は早いんだな」
「おはようさん、裕樹」
「おはようございます!」
挨拶を終えるとイフリートが子犬のように駆け寄ってきて肩を組んできた。
「俺たちずっと友達だからな! アルカディアでレヴィンを解放して、あっちに戻るって時は教えてくれよな! 見送りにいくから!」
口角を上げて微笑みかけてくれたイフリートに満面の笑みで頷く。
「忘れてた時のために他の人にも言ってくれたら嬉しいな」
「ああ、わかった! 結晶に祈るだけで俺に伝わるから頼んだぜ!」
イフリートは軽くウィンクをしてそっと離れていった。
クロウはその様子をただ微笑みながら見守っていた。
なんだか親のようで温かい人だな。
和やかな朝を穏やかな気持ちで満喫していると、ウンディーネとノームが騒ぎながらテントの外へ出てきた。
こちらに気が付くとおしゃべりをやめ、ウンディーネは明るく元気に、ノームはまだ少し眠たげに挨拶をしてくれた。
「おっはよー!」
「おはよう」
挨拶をみんなでし終えると、クロウが手をパンと打ち、今後の方針の確認と見送りの挨拶を始めた。
「無事にアルカディアへ旅立てるよう、無事にあちらへ帰れるよう、心から祈っているぜ、裕樹。お前の旅路に溢れんばかりの祝福を」
クロウが言い終えると、イフリートから加護の光が流れ込んできた。
体全体が熱くなってくる。
「加護は与えすぎると危ねえんだ。でもな、ぎりぎりまで与えさせてくれ。月へ行くのならそれくらい俺の加護が必要になると思う。これでも足りないくらいだろうから結晶を持たせたんだ。加護が暴走して危なくなったらウンディーネがなんとかしてくれるだろ」
「えー! 丸投げ?! 無責任ー!」
また喧嘩しそうになったので、クロウが間に割って入って二人を制していた。
「お前ら本当に仲良しだな! さあさあ、言い合いになる前に行ってこい! 本当に冥界の住人になった時は遊びに来てくれよな」
クロウに笑顔で頷いているほんの少しの間に、ウンディーネとイフリートはお互いあっかんべをしてからいーっとし、相手の目の前でお尻をぺんぺんと叩いてお別れしていた。
なんだか子供同士の喧嘩だなあ。
喧嘩するほど仲が良いというフレーズが頭に浮かび、思わず笑ってしまったけれど、そこには馬鹿にする意味は一つもなかった。
ただただ微笑ましくて、きっとこれは愛おしい気持ち。
心が温まっていると、ノームが真剣な顔で口を開いた。
「順番的にウンディーネがヒロくんを抱えて。私はショベル持つから」
ノームの提案にウンディーネが笑顔で頷き、いつものように抱っこされながら宙へと舞い上がった。
しばらく抱えてもらって空を飛んでいると、天上の園以外は暗闇に覆われているユグドラシルが視界に入り、ジニアの安否が気にかかった。
「大丈夫だよ。ジニアならね」
ノームが察したのかこちらを見向きもしないで呟いた。
そうであってほしいと願いながら頷きはしたけれど、不安はぬぐい切れなかった。
そっと、ドライアドの枝に手を添えると、砂浜で箇条書きにしながら解決した時を思い浮かべることができた。
考えてもどうにもならないことよりも、なんとかできる目の前の問題に気を揉まないと。
あまりにおぞましく思えるほど真っ暗なユグドラシルの根元をしっかりと見据え、精霊を解放してユグドラシルを登るためのイメージを浮かべた。
「確かこのあたりだよ。ゴオってすんごい風の音が流れ出てたからわかりやすいはず!」
ウンディーネの言葉に一抹の不安を感じつつも、どこかおかしさを感じて吹き出してしまった。
ああ、とても楽しいな。
馬鹿にしたわけではない。
不安を拭い去ってくれるような、押し流してくれるようなウンディーネのあり方に、存在に、ただ感謝した。
しばらくすると、言葉通りにすごい風の音を耳でとらえることができ、聞こえてきた方へ顔を向けてみれば、真っ暗闇の中ほんの少しだけ光ったように見えた。
目を凝らしてみると、大きな穴がぽっかりと開いてこちらへ手招きしているような不気味さを感じる。
気のせいかな?
考えているうちに、コロッセオでの反省を活かさなかったのか、ウンディーネは勢いよく穴へ飛び込んでいってしまった。
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