アルカディア

アルカディア入り

 ユグドラシルの根元に見えた穴へダイブした僕たちはコロッセオのときと同様にお縄を頂戴し、周りを取り囲まれていた。


「ひどい! ひどいよー! 取引先でしょ!? なんで捕まえるの!?」


 ウンディーネはコロッセオのときのように泣きわめいている。


 言わんとすることはわからなくもないけれど……。


「クロウさんからの説教、忘れちゃったの?」


 呆れながらもなんだが心のどこかに温かさを感じながらやんわりと聞いてみると、ウンディーネは目をうるませながら反論した。


「だって! コロッセオのときと違ってマナを分け与えて取引してる間柄なんだよ? なんで捕まんないといけないの?!」


 ああ、きっとウンディーネにとってはそもそも認識している問題点が違っていて、話がすれ違っていたのだろう。


「うまく例え話にできるかわからないけれど、自分の家があるとするでしょ? 自分一人だけの部屋に家族ならまだしも、いきなり知らない人が飛び込んできたらウンディーネならどうする?」


 ウンディーネは少し考え、嫌そうな表情を浮かべながらこう答えた。


「捕まえて追い出す! あっ!」


 どうやら口に出してから自分で気づくことができたらしい。


「そう。ここの人たちも、コロッセオの人たちも同じように思ったんじゃないかな?」


 ウンディーネはカアッと顔を赤くしながら俯いたけれど、ぼそっと小声でお礼を言ってくれた。


「ヒロくん上手だね、教えるの。クロウは話が長いしなんか難しくてよくわかんなかったけど、ヒロくんは私に相手の立場を想像させて、気持ちがわかるようにしてくれてすごく良いなあって」


 目を潤ませながらこちらを見たウンディーネはノームと同じ顔をしていた。


 言葉がでてこなくなって黙っていると、ノームが舞い降りて周りの人たちに説明をしていた。


「このウンディーネは平和ボケしてて警戒されるって思ってなかったの。取引先だから大丈夫だって飛び込んでっちゃったおバカさんなの」


 言い終わると、いつもと違った冷たい目をウンディーネに向けていて背筋が寒くなってしまった。


「ふーんだ」


 しょぼくれたようにウンディーネが唇を尖らせている。


 なんだかいつもと違って嫌悪な雰囲気に居心地の悪さを感じていると、漆黒の翼に赤い輪を頭上に浮かべた金髪ショートヘアの美人が現れた。なんだか悪魔のよう。


「あっ! レヴィン! レヴィンー! 助けてよう」


 ウンディーネが泣きつくが、レヴィンは無視してこちらに歩み寄ってきた。


「君、特徴がないね。こっちにきてもらおうか」


 中世的な声に女性のような派手な顔をしているその精霊は、縄をとかずに立たせたかと思えば、肩を掴んで引っ張ってくるのだから痛くてたまらなかった。


「ヒロくんに乱暴しないで!」


「どこ連れてくつもり?」


 ノームが駆け寄りながら、ウンディーネは攻撃的な口調でレヴィンに話しかけている。


「実験場」


 二人に対して淡々とした口調で言い放ったレヴィンは無表情だった。


 実験場という単語に背筋がぞっとしてくる。


「何するつもりなの?!」


「変なことしたら許さないんだから! イフリートにだって言いつけてやる!」


 イフリートという単語に一瞬だけ目を見開いて反応していたけれど、本当に一瞬だけでそれ以降は冷たい目を僕たちに向けていた。


「好きにしなよ」


 ノームはその言葉を聞くや顔を真っ赤にして真上へと飛び立った。


 本当にイフリートへ告げ口に言ってしまったのだろう。


 レヴィンはノームの羽音を聞くと肩が少しはね、少しだけまばたきが増えたように見えた。


「あの……イフリートさんとはどういうご関係ですか?」


 おそるおそる尋ねてみても、激しく動揺した様子のまま黙ってどこかへと引っ張って連れていかれた。




 みるからに手術台だと遠くからでもわかるものがぽつんと置かれた広間に着くと、肩から手が離れていった。


 本当にこれからなにをされるのか、考えただけで全身が震えてくる。


「連れてきた」


 レヴィンが声を掛けると、どこからともなくひょっこりと頭がぼさぼさの少年が顔を出した。


「おかえりレヴィン! わあ! やっと特徴のない人が見つかったんだね! 楽しみだなあ」


 無邪気に笑いながら駆け寄り、周りを一周したかと思えば顔や手、頭の上を覗き込んだり跳ねて見ようとしたり好奇心旺盛な様子丸出しだった。


「試しに宝石を持ってくるよ!」


 パタパタと走り去ったかと思えば、手術台の横におかれているカートの上から布にくるんだサファイアらしきものを持って帰ってきた。


「おでこにも胸にもつけるの大変だから手の甲に失礼するよ」


 言い終わるまでに宝石片手に手の甲へと近づけていたその時だ。


「待ってもらおうか。そいつは俺たちのヒーローなんでな」


 不安に体を震わせていると、イフリートとノームが並んで立っていた。


「ヒロくん、なにもされてない?」


 駆け寄ってきたノームは今にも泣いてしまいそうだった。


「……イフリート。なにもしてないよ」


 レヴィンは目を逸らしながらぼそぼそと呟き、少年は目を輝かせている。


「かっこいい! あのね、今お兄ちゃんの手の甲に宝石取り付けてみようとしてたとこだったんだ! どうなるか気にならない?」


 無邪気そうな少年に対してイフリートは真っ青な炎を手の上に灯して構えていた。


「お前ら二人とも俺らのヒーローから離れろ。いいか? 三つ数えるまでに下がらないなら跡形なく焼き尽くしてやる」


 レヴィンはさっと少年を抱えて大袈裟なくらい距離をとった。


 ノームに縄を解いてもらいながらイフリートへお礼を言った。


「ありがとう、イフリート」


 お礼を言っている間にノームがイフリートの方へ僕を抱えて軽く飛んだ。


 イフリートは構えたままじっとレヴィンと少年を見つめている。


「戦意なんてないよ。あんたとは戦いたくない」


 レヴィンは少し頬を赤らめながら少年から離れた。


「お前もヒーローに解放してもらえよ。そんなやつの言うこときかなくったっていいんだぜ?」


 イフリートの提案にレヴィンはキョトンとした顔で首を傾げた。


「この領地の人間はこの子以外私を解放する気がないんだ。いったいどうやって解放するって?」


 諦めたような表情を浮かべながら力なく笑うレヴィンを見て、イフリートは不敵な笑みを浮かべたかと思えばこちらを見た。


「見せつけてやれ。お前のすごさを思い知らせるんだ」


 ノームからもキラキラした視線を投げかけられつつ、ショベルを手渡された。


 プレッシャーを感じながら鎖へとショベルを突き立てると、レヴィンの足についていた鎖は粉々になって消え去った。


 イフリートのときも、ノームのときも断ち切るだけだったのに、こんな鎖の壊れ方は初めてだった。


 力が強くなってきてるのかな? それとも、加護が増えてきたからだろうか?


 目を丸くしながら顔を上げると、レヴィンも同じように目を丸くし、両手で口元を抑えていた。


「信じらんない……自由になれた……?」


 レヴィンの嬉しそうな表情に注目していたけれど、その傍らでやけに冷たい表情になった少年に気づいた。


 離れた方が……!


 自信も確信もなく、声に出して注意できない間に、少年がスイッチらしきものを手に握りしめているのが見えた瞬間、激しい光で目の前が真っ白になった。

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