話し合い
目の前が真っ白になってからどれくらい経っただろうか。
いつの間にか気絶してしまっていたらしい。
パッと目を開けてみると、少年が無邪気そうな笑顔で覗き込んでいた。
「うわっ」
思わず驚いて声を上げてしまったけれど、少年は驚くでもなくニコニコと楽しそうに笑っている。
「実験は失敗したよ! うーん。特徴のない人に領民の特徴を移植すれば思想も性格も名前に関する意識も何もかも、元の持ち主のものに塗り替わるのかな? って思ったんだけどなあ。元の世界へのパスも途切れちゃうのかなー? とかさ! うーん。領民の特徴ってなんのためにあるんだろうね? 僕にもあるんだよ! 見て!」
少年は服の襟を思いっきり掴んで広げ、胸元を露出させた。
セーニャの顔が頭に浮かんだけれど、彼と違ってただ露出させるのが目的だったわけではないらしい。
少年の胸には大きなトパーズが埋め込まれていた。
「綺麗でしょ? 真の友人もしくは愛する人を手にするとか、知性とかいろいろな意味が込められてるんだってさ。僕と合ってるのかわからないけど、ものすごく気にいってるんだ。でもさ、他のみんなはこんな素敵な願いや意味が込められた石を何とも思ってないんだよ。こんなに素敵なのに。名前が宝石と同じなのは別にいいやって思うけどね! 僕はトパーズって名前だよ」
目をキラキラ輝かせているトパーズはさらに続けた。
「この宝石はね、僕をここで世話してくれた人の形見なんだ。もしかしたらさ、誰かの体に埋め込んだらさ、戻ってくれるかなって、思ってたのに……」
トパーズの目はもう輝いてはいなかった。暗く陰り、こちらを見ているようで見ていない。
「宝石があるから、特徴があるから会えないって思ってたんだ。でもそうじゃなかった。会いたかったなあ、もう一度。この世界で死んじゃったらさ、次はどこへ行くんだろう?」
確かに、この世界で死んだら次はどこへいくのかが気になったけれど、それ以前に抜け殻のようになってしまっているトパーズのことが心配でならなかった。
なんだか昔の自分や、縁側に座りながら星空を眺めていた真を見ているようだった。
死んでしまった友人を心に浮かべながら、目の前にいる少年の心の虚ろさにそっと寄り添う。
こういう時、なんて声を掛ければいいのだろう。
わからない。
僕と彼は違う人で、痛みも悲しみも苦しみも、言葉にしてしまえば同じようでいて全く違うものなんだ。
どうすればよいかわからないまま、トパーズをそっと抱きしめ、優しく頭を撫でてみた。
言葉は誤解を生む。
行動だって誤解まみれで誰にも伝わらないことだってある。
それでも、真心こめて、素直に表現して、伝わってほしい気持ちを精一杯込めてみた。
気持ちのこもっていない行動に意味なんてない。
言葉も行動も、深読みするのもされるのも苦しい。
本心を知っているのはその人だけ。
心を込めた言葉も行動も、きっと相手に伝えられる、伝わってくれる。そう信じていたい。
伝わらないことだってあるけれど、根気強く態度で示し続けないと伝わらないんだ。
「……あったかいなあ」
トパーズがぼそっと呟き、だんだん体から力が抜けていくのが伝わってきた。
そのうちぐったりと寄りかかるように頬ずりをしてきたのでびっくりしてしまったけれど、恐怖に負けて抱きしめる手を離さぬように、ほんの少し強めに抱きしめた。
「怖くないの? 人体実験したこの僕が。君は僕から見ればモルモットなんだよ?」
トパーズの目にほんの少し明るさが戻ったけれど、ひどく冷たい目で見られて心臓が掴まれたような恐怖を感じる。
「正直に言うと怖いよ。でもね、僕も昔、友達を亡くして、また会いたいけど会えない寂しさを抱えて生きてきたから。きっと君とは似ているけど違う気持ちなんだけど、それでも、放っておけないなって思って」
トパーズは力なく笑い、頬ずりも、もたれかかるのもやめた。
「普通は怖がってみんな離れてっちゃうもんだけどな。この領地で僕に寄り添い続けてくれたの、レヴィンだけだったんだ」
ほんの少しトパーズの表情が緩んだその時だった。
「やっと見つけた! 生きてるよな?! なんかされてねえか?!」
イフリートとノーム、ウンディーネの順に姿を現し、最後は水浸しになっているレヴィンが現れた。
「生きてる? 良かった……」
「わーん、ヒロくーん!」
イフリートはトパーズを僕から引きはがし、突き飛ばしたが、素早くレヴィンが受け止めて事なきを得ていた。
「レヴィン、どういうつもりだ?」
「……」
「答えないならお前とはここで縁を切る」
「それは……」
レヴィンは俯いて黙ってしまった。
イフリートは炎を出して戦闘準備をしている。
「イフリート、僕は何もされてないよ。だから安心して。ちょっと昔話してただけなんだ」
半分嘘だった。
実験台にされたなんて言ったら、きっとこのままじゃ二人とも無事で済まないと思ったから出た嘘だった。
「本当か?」
「うん。だからお願い、傷つけないで」
「わかった……」
イフリートは大人しく臨戦態勢を解いた。
トパーズは黙ってこちらを見つめ、レヴィンは大事そうにトパーズを抱きしめている。
「ところで、レヴィンはどうしてびしょ濡れなの?」
気になったことを素直に口にしてみたのだが、ばつが悪そうにイフリートが目を逸らし、ウンディーネもノームも顔を伏せた。
レヴィンはだんまりをしている。
「濡れた状態で抱きしめられたら僕も濡れちゃうから離して」
トパーズは突き放すようなことを言ったけれど、目だけは心配そうにしている。
レヴィンは黙ってトパーズを離した。
なんだか見ていてもやもやする。
「話してくれないなら祈りを使うよ。何が起きるか……」
急に顔色を変えてノームとイフリート、ウンディーネは口々に話し始めた。
「ごめん! てっきりひどい目に遭ってると思って! レヴィンに水かけてショートさせようと思って……」
「ヒロくんごめんね。本当に心配だっただけなの」
「すまねえ……」
口々に謝るのを見てこちらが申し訳なくなってきた。
「謝ってほしいわけじゃないんだよ。みんな自分なりに心配で一生懸命だったんでしょ? それに、僕じゃなくてレヴィンとトパーズに謝るべきじゃないかな」
三人とも渋々ではあったけれど、レヴィンに頭を下げた。
「別に……いいのに」
「……」
レヴィンはむすっとしながら呟き、トパーズはだんまりをしている。
「仲良くしてほしい。喧嘩をしないでほしい。お願いだから話し合おう? 素直に話すとのけ者にされる怖さがあると思う。間違ってたら責められる不安もあると思う。みんなと認識が違ってたら否定されるって思っちゃうけど、そんなことしないってみんなで約束して話し合わない? 順番に」
気まずそうな雰囲気が漂ったけれど、口を開いたのはトパーズだった。
「僕が発端だからさ、僕から先に話していい? まず最初にごめんなさい」
最初に会った時のような無邪気な笑顔で頭を下げたのでみんな目を丸くしていた。
「次に、レヴィンを解放してくれてありがとう。でもね、僕にはレヴィンとこの人しかいなかったから、一人になるのが怖くって、この特徴のない人を連れ去っちゃった。ごめんなさい」
話しながら先ほど手にしていた宝石を取り出した。
「それはアイオライトかな?」
ノームが尋ねると、トパーズはゆっくり頷いた。
「『初めての愛』って石言葉があるらしい。石に込められた意味は誠実とかいろいろあるんだってさ」
先ほどのような空虚な表情ではなく、ほんのりと寂しさと悲しさが入り混じった表情を浮かべている。
空気が一気に落ち着いてくるのを感じた。
これならゆっくり話し合いができそうな予感がした。
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