助け舟
ノームとトパーズは宝石を共通の話題にして打ち解けつつあった。
土の精霊だから石にも詳しいということなのだろうか。
しばらく耳を傾けていたけれど、二人とも石に詳しくて感心させられる。
微笑ましく思いながら見ている傍らで、イフリートとウンディーネはまだトパーズを怪しんでいるようだった。
レヴィンはまだずっと黙り込んでいる。
話すのが苦手な気持ちがわかるので無理に話せとは言わない。
ただ、ノームとトパーズの会話を皮切りにどんどん打ち解けると思っていた自分の浅はかさに苦笑した。
どうしたらみんなでの話し合いに持っていけるだろうか。その人らしさとペースを崩さないままで。
考え込んでいると、ウンディーネがノームの会話に混ざり始めた。
「うちの神殿にもね、アルカディアの宝石もらって使ってるんだけど、あれってどういう風に採ってるの?」
どうやら気を遣う必要なんてどこにもなかったらしい。
しかし、考えただけでも無駄じゃなかった。考えていて良かったなとも思うのだ。
もしもの時に備えておくのは決して悪いことではないし、今回のように歩み寄れる人ばかりとは限らないから。
ほっとしながら様子を見ていると、トパーズは無邪気に返事をしていた。
「あれはね、アルカディアが地下にあるおかげであちこちのマナの恩恵にただ乗りしてる副産物。アトランティス以外のね。アトランティスの下まで領地を広げたいんだけど、どうしても海を掘り当ててしまったり、地下トンネル水没の危険があって上手くできなかった。あの宝石はノームのマナとイフリートのマナを利用して量産したものなんだ」
トパーズの無邪気な返事に反応したのはウンディーネでもノームでもなくイフリートだった。
「俺のマナを無断で使ってるって?」
少し怒った様子だったので止めに入ろうとしたけれど、先にレヴィンが止めに入った。
「これには理由があるんだ。私が入れ知恵をした。この子は悪くない」
しばらくイフリートとレヴィンは睨みあっていたが、そこにウンディーネが横から入っていった。
「まあまあ落ち着いて。事情くらい聞いた方がいいよ! うちで取引するときに理由聞いてるから私はレヴィンの味方するよー!」
ウンディーネはにこにこしながらレヴィンの隣に並んで立っている。
イフリートは眉間にしわを寄せながらウンディーネを数秒見つめてからレヴィンに目を向けた。
「ウンディーネの言うことは天然ボケの馬鹿という意味で信用ならないが、馬鹿正直という意味では信用できる。……レヴィン、お前の言うことなら耳を貸せる。お前は知略に優れているからある意味では信用ならないが、頭が良いという意味では信用できるからな」
イフリートから下された評価に不服なウンディーネは頬を膨らませ、レヴィンは仄かに顔を赤らめ俯いて黙り込んでしまった。
「……」
会話が得意じゃないのかな?
話せるか心配で見ていると、ノームとトパーズが話に混ざった。
「レヴィンはねえ、頭が良いけど会話が苦手なんだ。黙って考えるのが得意なの。イフリートに勝てるくらい知略に優れていてとってもすごいんだ! とびきり賢いの! イフリートは戦闘狂の武人で、レヴィンと差しでやりあったら勝てるけど、知能戦では負けちゃうんだ。それでお互い認め合ってて本当は仲良しなの! だからね、ゆっくり時間与えるといいんだよ」
「ノームさん、よくわかってるね。じっと見てるとあがっちゃうから見つめすぎないで周りが小声でやりとりしてのんびり待つといいんだよ。イフリートさんのことはよく聞いてたから本当に良いライバルなんだなあって!」
解説する二人組のおかげで、レヴィンにとって考えやすく話しやすい環境が整った……らしい。
僕だったらこんなの嫌だな。
そんなことを思っていると、レヴィンは非常に我慢ならなかったようで不服そうな顔をしていた。
「……やだ。居心地悪すぎ。ちょっと一人にさせて」
あたりはしんと静まり返り、背を向けてとぼとぼとどこかへ行くレヴィンをみんなで見送った。
僕と感性が似ていたのだろうか。
どことなく親近感を覚えながら心配していると、ノームがしょんぼりとしながら呟いた。
「……なんかごめん、余計なことしちゃったみたい。レヴィンみたいな子に寄り添って話しやすくするの、ドライアドとシルフが得意なんだけどなあ。ドライアドもシルフもレヴィンと面識はないんだけど、なんとなくうまくやれそうって感じがするんだ」
イフリートもウンディーネも静かに頷いた。
「なんか上手だったよねえあの二人。いるのにいないような存在感のなさなのに、なんかずっと傍にいて寄り添ってくれてるような」
ウンディーネがあどけなく言うと、イフリートが少し呆れたようにため息をついてやんわりとたしなめた。なんだか慣れている様子だ。
「お前、あの二人のこと嫌いなのか? って思っちまうような言い方するよな。実際そこのとこどうなんだ? もし嫌いじゃないなら言い方変えた方が良いぞ」
ウンディーネは難しそうな顔をして考えたかと思えば、舌をちろっとだした。
「えへへ。嫌いじゃないってのは確かだよ! うーん。傍にいてくれてるのに一人でいるかのような、気遣いのいらないような、心が軽くなるような……?」
うまく言えないや! と付け加えてまた舌を出して笑うのだった。
「まあ、だいたいあってる。俺もそんな感じにあの二人のこと思ってるが、こういうこと言うとシルフは興味なさそうにふらふらどっかいく一方で、ドライアドはむっとした顔してどっかいくんだよなあ。二人ともどっかいっちまうんだ。シルフは本当にあらゆるものに興味なさそうで、ドライアドは人嫌いなんだよな。俺らのこと含めて。同じ精霊でも、ドライアドと違ってモチーフが人だからなあ俺ら」
イフリートは話し終えると軽くため息をついた。
苦労人なんだな……。
そんなことを思うと同時に、あることが気になってたまらないのだった。
モチーフが天使ではなく人だという点ももちろん気になるけどそこではなく……。
「ドライアドさんってどんな精霊さんなの? モチーフが一人だけ違うようだけど」
見た目で人を判断してはならないように、精霊のことも見た目で判断するつもりはないのだけれど、今まで天使や悪魔のような見た目の精霊ばかりだったのでつい気になってしまうのだった。
「ああ……あいつは動物の狐がモチーフなんだ。人間も広義では動物だというが、親から見たら別物らしくてな。そうだ、ドライアドに会えても見た目のことと人の話はあんまりするなよ? あいつはとにかく気難しいんだ。心の傷が深いって方が正しいか?」
イフリートは眉間に深くしわを刻みながらこめかみを押さえた。
今までの話を傍観していてふと思ったことだが、兄弟姉妹でうまく助け合って支えあってバランスを保てていたんだ。
精霊たちのやりとりを見聞きしていると素直に湧き上がってきた感想だった。
何か助けが必要なんじゃないかって、気遣って何か気の利いたことを言おうとしていたけれど、結局助けなんてひとつもいらなかった。
いや、なにもできなかったんだ。ドライアドやシルフの穴を埋めることすらできなかった。
もしも代わりになれていたならレヴィンは今ここで自分の思いを言えていたんだろうか。
そんなことを思っていると、レヴィンが戻ってくるのが見えた。
ああ、代わりすら必要なかったんだ。
僕はどうしてここにいるんだろう? いてもいなくても良さそうなのに。
俯いていると、どういうわけか誰もレヴィンに気づいていなかった。
知らせるべきか考えていると視線を感じ、レヴィンに顔を向けると視線がぶつかった。
思わず逸らしたけれど、レヴィンはこちらへずいと顔を寄せ、耳元でそっと呟いた。
「……君がいてくれたからトパーズは話すきっかけを掴めたんだ。ありがとうね。私も頑張って話してみせるよ」
目を丸くしているとそっとレヴィンが離れてみんなの会話に戻っていった。
「さっきの話なんだけど……イフリートのマナもノームのマナも地下からちょっとずつもらう代わりに雷のマナもわけてたんだ。……こっそりと。誰もいないところに雷が落ちるよう誘導したり、『雷が多い年は豊作』という諺……いや、迷信を『言葉』のマナも利用して豊作になるように助力したり、いろいろと。ただでもらうのは悪いからね。妖精にはこっそり行って交渉してもらうようお願いしてた」
静かにゆっくりと口を開いたレヴィンにみんなで耳を傾けていた。
じっと見すぎず、静かに、横から口を挟まず、最後まで聞き終えてからイフリートがゆっくりと口を開く。
「そうか、それなら別にいいんだ。ただな、一言くらい言ってくれよ。妖精を介してならできただろう? どうして黙ってたんだ?」
イフリートの質問にレヴィンはまた俯いて黙ってしまった。
言い方がきついんじゃないかな?
そんなことをぼんやりと思ったけれど、一部の感性が似ているからと言って、思うことがすべて同じとは限らない。
しばらく静かな時間が過ぎたけれど、誰も一言も発さず、視線を一か所に集めないように分散して根気強く待っていた。
レヴィンは考えがまとまったのか、ゆっくりと口を開いた。
なんだか見ているこちらがほっとできる。
「みんなとあんまり交流したことがなかったし……生まれてすぐに拘束されて、みんなとは妖精を通してやりとりしてきたから……怒られるかなって。直接話さず、妖精越しだったからみんなのことがはっきりわからなくて」
暗い表情で俯いてしまい、またしても見ていて心配になってしまったが、今までのことがあるから僕が余計な心配をする必要なんてないんだと自分に言い聞かせる。
彼らは上手に支えあっているのだから。
自分に言い聞かせていると、イフリートがふっと笑ったのを視界にとらえた。
「お前なあ。俺らは家族で兄弟だろ? 可愛い弟の考えをちゃんと聞いてやれなくて兄ちゃんやれねえって」
え? 弟? 男? レヴィンが?
動揺していると、ウンディーネもノームもトパーズまでもが平然としていた。
とても華やかな顔立ちをしていて線が細い上、中世的な声で透き通って綺麗だったからてっきり女性かと思っていた。
お見通しだったのか、レヴィンがこちらをちらりと見て優しく微笑んだので、目を逸らして顔を赤くしてしまった。
様子を見て判断していただけだが、イフリートのことが大好きな妹かと思い込んでいた自分が恥ずかしい。
そうか……弟だったのか。
見た目と声だけで判断していた自分を恥ずかしく思いながら戒めた。
人は見た目じゃない。良くも悪くも。
一人で勝手に反省していると、レヴィンがそっと口を開いた。
「ここでみんなと会えて、直接コミュニケーションとれてよかった。ありがとう、ヒロくん……でいいのかな? 本当にありがとう。みんなを、私を解放してくれてありがとう」
はっとした顔をしながらレヴィンを見ると、目元だけで温かく微笑みかけてくれていた。
心が温まり、つーっと涙が頬を伝う前に、レヴィンが僕のすぐ目の前に立っていた。
ああ、みんなにみられないように隠してくれたんだな。レヴィンは頭だけじゃなく気も回るらしい。
感心していると、人差し指でそっと頬から目にかけて拭ってくれて思わずドキッとしてしまった。
そっとレヴィンの顔を見ると、今度は口元だけで笑ってこういうのだ。
「人たらし」
人たらしはどっちなのか、思わず言ってしまいたくなったけれど、レヴィン越しに見えたノームとウンディーネの怖い顔を見ていろいろと察してしまった。
「好きで好かれてるわけじゃないんだ……」
本音をこぼすと、レヴィンは悲しそうな眼をしてこちらを見つめた。
「大変そうだね。まだ二人とも子供みたいなものだから、ちゃんと話せばわかってくれるはず。そうだ、私からも加護をあなたに」
ウンディーネとノームの方を少しだけ見たかと思えば、レヴィンが僕の前髪をそっと払いのけ、これみよがしに額に口づけしたので驚かされた。
額を中心に全身がピリピリとし、物事を冷静に見通す知性をそこはかとなく感じ取れた。
「ああああああああああああ!」
「何やってんのこの泥棒猫!!!!!」
レヴィンが表情も変えないでその様子を見て笑っているのがわかった。
「二人とも、ヒロくんとは付き合ってるの?」
レヴィンが静かに問いかけると、二人は顔を赤らめながら黙ってしまった。
「一番大事なのは彼の気持ちだと思うし、彼を困らせることしといて好きになってもらえると思えないかな」
ノームははっとした表情になると俯き、ウンディーネはわがままな子どものように駄々をこねだした。
「こんなに好きなのに、どうして迷惑なの? どうして? 好きでいちゃだめなの? やだやだやだやだ! ヒロくんは私のものなんだから!」
ノームはウンディーネの様子から目を逸らし、イフリートとレヴィンがなだめに入った。
「トパーズ。彼を案内してあげて」
レヴィンが静かにそうお願いすると、トパーズはあっけにとられた顔からニコニコとした笑みになって快くうなずいた。
「いこう! あの精霊は二人に任せてさ。話したいこといっぱいあるし!」
トパーズが元気に跳ねながら手を引っ張ってくれるおかげか、こちらまで跳ねたくなる気分になりつつ領地を案内してもらうことになった。
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