トパーズの部屋

 アルカディアの案内をしてくれているトパーズはとてもはしゃいでいた。


「レヴィンがあんなことするの初めて見たよ! 賢いから他人のためにそんなことしてこなかったのに。人だけじゃなくて精霊にもわからない部分があるもんだね! いや、精霊も人も同じってことだね」


 スキップしながらウキウキ話しているトパーズをめったに見たことなかったので、見ているこちらもとても嬉しくなる。


 そんなことを思いながら、レヴィンが「人たらし」と耳元で囁いたことを思い返していると、顔が赤くなってしまった。


 どうしてこんなに妖精や精霊たちから好意的に接してもらえるんだろう? あっちではそんなことされたことなかったのに。


 空中庭園の外に出てからジニア以外にも優しくしてくれる人が多かったのも不思議でならない。


 本当にどうして?


 理由がわからず考え込みそうになっていると、トパーズが嬉しそうに話しかけてくれた。


「ここが僕の部屋! ほとんど研究室!」


 無垢な笑顔ではしゃぎながら案内してくれるトパーズは一人の幼い子供だった。


 僕の左手を両手で引っ張りながら笑顔を向けてくれる様子がほんのり心を温めてくれて、思わず頭を撫でてしまいそうだ。


 案内された先はSF世界によくありそうな研究室の出入り口だった。


 カードリーダーのようなものが設置されており、そこへトパーズの体に埋まっている宝石をかざすと扉が開いた。


「僕たち石人ジェムの生態認証キーだよ! すごいでしょ。僕が開発したんだ!」


 誇らしそうに言うトパーズを見て心底驚いてしまった自分が少しだけ嫌になった。


 レヴィンのときに人は見た目じゃないって思ったじゃないか。


 自己嫌悪に陥りながらも、トパーズの話を聞いて素直にすごいと思える自分がいた。


「すごい。どうやって作ったの?」


 トパーズが目をキラキラさせながら説明をしてくれたが、あまりに難しくて頭に入ってこなかった。


 話してくれてるのに申し訳ないなあ。


 そんなことを思っていると、トパーズが口元に手を当てて笑った。


「いつも理解できる人がいないからさ、聞き流してくれて大丈夫だよ!」


 理解できていないことがばれて恥ずかしくなってしまっただけでなく、寂しくないのかが気になってしまったが、そんな心配は必要なかった。


「レヴィンだけは理解してくれるから平気なんだ。理解してくれる人が一人いればあとはなんか寂しくないんだよ。もし興味があるなら聞いてくれれば、知っていってくれれば嬉しいなって思ってる程度」


 ニコニコ笑いながら楽しそうに、さきほどの難しい話を続けて話すトパーズを見ていると胸が温かくなってきた。


 トパーズとレヴィンのように、真くんとそういう関係になれたらいいな。




 トパーズの部屋は狭くて薄暗く、キッチン、トイレ、お風呂がある廊下の先には大きな机一つ、ベッド一つにあとは棚がたくさん並んだ空間があった。


 なんだか一人用の理科室のよう。


 パッと見た印象がそれ以外に浮かばなかったくらいの理科室っぷりだった。


 棚の中には本だけでなくフラスコのようなものや試験管、顕微鏡等の学校で見かけるような道具がたくさん置かれていた。


 机は黒くてでかい天板に、流しと蛇口もついている。


 だから余計に理科室だと思ってしまったのかもしれない。


「いろいろ調べ事したり試したりするのに便利でいいでしょ! 気になったら試したくなっちゃうんだ」


 アイオライトを取り付けられそうになったときも、こんな無邪気な調子だったのだろうか。いや、淡い希望と期待もそこには加わっていたんだろうなあ。


 胸が少しだけ痛んだ。


 誰かを亡くした後それを乗り越えるのはなかなか簡単なことではない。


 僕だってまだ乗り越えられたように思えていないし、同じ想いを真くんにさせようとしている。


 もし実験が成功していたら、少なくともトパーズを喜ばせることができたのだろうか、と思いかけていたその時だ。


「試してうまくいかないとちょっとだけへこんじゃうんだけどさ、うまくいかなくって良かったって思うよ、さっきの実験。ヒロキっていう新しい友達ができたからね!」


 子供らしい人懐っこさ全開の笑顔で腕にしがみついてくるので、思わずこちらも笑顔になってそっと頭を撫でてしまった。


「えへへ。アイオライトもよく撫でてくれたんだ。君はアイオライトと違うけど、違うからこそいいって思える。君の撫で方も好き! 撫でてくれて嬉しいよ。ありがとう!」


 なんだか照れくさくて顔が熱くなってしまう。


 弟や妹がいたらこんな風になれたのかな。それとも、他人だからこういう風にじゃれあえているのだろうか。


 もしもなんて考えても、どうなっていたかなんてわからないのだけれど。


「抱っこして!」


 ベッドの上に勢いよくお尻から飛び込み、甘えん坊さん全開な様子で両手を伸ばしているトパーズがたまらなく愛らしかった。


 思わず甘やかしてしまう。


「抱っこ仕方がわからないから、ちゃんとできるか自信ないけど」


 そう口にしながらも、トパーズの隣にそっと腰かけて積極的に手を伸ばしている自分に驚いてしまった。


 こんなに積極的なところが自分にもあったんだ。


 トパーズは嬉しそうに膝にちょこんと乗ってはしゃいでいた。


 大きめの宝石がついているから重たいのかと思っていたけれど、案外軽いものだった。


「なんだか落ち着く! ヒロキって妹とか弟いるの?」


 無邪気な笑みを向けられながら、そっと首を横に振った。


「へー。なんか意外だなあ。一人っ子なの? 上か下どっちかに兄弟いそうじゃない?」


 トパーズが純粋無垢な顔で見上げてくるのが、どういうわけか胸に刺さった。


 言われた通り、自分には本当に他に兄弟がいるような、そんな気がしてくるのが少しだけ恐ろしい。


 そんな気持ちをよそに、子猫のように甘えてくるトパーズを見ていると心が和んだ。


「レヴィンとアイオライトだけが僕みたいな変わり者に優しくしてくれてたんだ。アイオライトが死んだとき、後を追おうとしたら止めてくれたのがレヴィンだった。そのときにね、僕はまだ一人じゃなかったんだなって思えたんだ」


 ニコニコしながら胸に頬ずりをしてくるトパーズは本当に嬉しそうで、こちらまで温かい気持ちになってくる。


 聞いているのは切ない気持ちになる話なのに。


「レヴィンがいうにはね、アイオライトの魂と体はマナになって宝石という形としてこの世界に還元されたんだって。花人も獣人ケモナーも石人も、この世界の住人はみんな死んだあとこの世界に還るんだって。でもね、僕はそんな御伽噺、なんかしっくりこなくて。死んだ後の世界なんてないんじゃないかなって思ってる。……思い込もうとした。こんな世界にたどり着いたら信じちゃうしかないんだよね。だからさ、ここで終わった後の世界ももしかしたらあるんじゃないかって思っちゃうんだ。マナになったあとはどこへいくんだろうね」


 目をキラキラさせながら話しているトパーズの頭をそっと撫でる。


 どこか違う世界があったらいいけどな。


 違う世界に思いを馳せていると、元の世界へ戻りたいと思えなくなってきてしまうのが怖かった。


 僕が今こうしていられるのは、もう一度頑張ろうって思えているのは、この世界があったからだ。


 今までずっと手に入れることのできなかった温かいつながりをこの世界で持つことができた。


 去るのが惜しくてたまらないくらい優しくて温かい世界だけれど、この世界で温かさに触れたからこそ、真くんを一人にしていたくないから。


 冥界へ焦がれる思いを振り払い、トパーズをそっと抱きしめた。


「思いを馳せてしまう気持ちは僕にもよくわかるよ。もし仮にここで死んで、またどこか違う世界が待っているとしても、過去の上に立って今とこれから先を精一杯生きていくべきだって今では思う。例え、今が一人ぼっちでも、これから先、誰かが君を必要として待ってくれている。そんな気がするんだ。僕がそうだったから」


 抱きしめる腕に力が入ってしまう。


 真のことを頭に浮かべたからだ。


「もし誰も待っていなくたって、きっと楽しい未来があるって信じてないと、辛くて苦しくて潰れてしまいそうだから」


 真に会う前の、辛い日々を送っていた自分を思い浮かべた。


 毎日がずっと苦しくて寂しくて、一生このまま一人きりだと思っていた。


 もう二度と誰とも仲良くなんてなれないと思っていたあの日々を。


 友達が死んでしまってから孤独だった、空っぽの心を。


「無責任に希望を持たせるのは良くないって思う。希望をもって頑張っていると、絶望的なことに直面した時に折れてしまいそうになる。それでも、希望がないとずっと塞ぎこんでしまって、前に行けないと思うんだ」


 ほとんど自分に言い聞かせていた。


 精霊たちと出会うまで、ずっとくよくよしていた自分を思い返す。


 今では目標があって、やりたいことがあって、たくさんの人と出会って、支えてもらって、ちょっとだけ顔を上げられるようになった。


「ほとんど、自分に言い聞かせてるんだけどね。あはは」


 なんだか説教臭くなってしまったのを誤魔化すかのように、正直に思ったことを言ってみたら、思いがけず照れ笑いまでしてしまった。


 頭をがしがしとしながら笑っていると、トパーズが無邪気さの消えた、真剣そうな顔でこちらを見ていた。


「レヴィンは無口だからさ、ずっと黙って見守ってくれてたんだ。でも、僕みたいに大事な誰かを亡くした他の誰かがそうやってお話してくれるの初めてだから参考になるよ。レヴィンは良くも悪くも無口なんだもん」


 唇を尖らせながらそう言い終えると、また先ほどとは違った静かな笑みを浮かべて甘えん坊さんの続きが始まった。


 似た傷を心にもつもの同士の、平穏で心安らぐ空間がそこにはあった。

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