謁見

 ジニアにいろいろな場所――夜でも綺麗に見えたチューリップの花畑、カグヤの明かりで幻想的な雰囲気をだしたラベンダー畑、季節を超え、四季の花々が咲き乱れる庭園等――へ連れていってもらいながら、これらの花畑は花人たちが作ったこと、今後自分がジニアと暮らすことや、他の花人たちのこと、これからこの国の王女に会うことを伝えられた。


 王女様か……どんな人なんだろう。


 高圧的な人なのだろうか、それとも物腰が柔らかい人かな、はたまた大人しくて引っ込み思案だったりするのだろうか。


 想像ばかりが先行し、偏見が混ざりながらも、頭にどんな花を咲かせているのかまで考えていると、目的地にいつの間にかついていた。


 想像に花を咲かせたまま歩いていたので、ジニアが足を止めたのに気づかないまま軽く体当たりしてしまう形となった。


「わっ。ごめんなさい! 考え事をしていました……」


 素直に詫び、ジニアが怪我をしてしまっていないかどうか気にしていると、柔らかく微笑んでくれた。


「気にしすぎですよ」


 微笑んでくれた後、どこか遠くを見るような目で大きな池を指して言うのだった。


「ここが王女様のおられる場所です」


 池にはたくさんの蓮――現実にはないくらい大きなもの――が浮かび、大きな花をあちらこちらで咲かせている。


 極楽浄土に関する話や挿し絵でよくみたものを思い出す。


 ここは夢の中ではなくあの世なんだと感じるほど美しかった。


 その中でも一際大きく綺麗な花が咲いている蓮の茎に小さなドアがついていた。


 ひょっとするとあそこが出口で、花の上に家でもあるのだろうかという想像を膨らませる。


 確認をとるとジニアはにっこり微笑んだ。


「それは後のお楽しみですよ」


 そう言ってもらえると本の続きが楽しみのような気持ちになれた。


 蓮の葉は思っていたよりもしっかり踏みしめることができ、それぞれの葉をつなぐ橋がかかっていた。


 ドアがついている茎の一番近くにある葉に着くと、ジニアが意味ありげな微笑みを浮かべた。


 想像に花を咲かせそうになる前に、ドアの下にある切り込みを指でさしながら説明と諸注意をしてくれた。


「この切込みは梯子の代わりになっています。滑りやすいときがあるのでしっかり切り込みに手足をかけて登ってくださいね。大きな音が中から聞こえることがあるので驚いて手を離さないように。さほど高くはないけれども落ちたら怪我をするから注意してね」


 ジニアは心配なのか、自分が頼りないためなのか、最後に念を押してきた。


 少しだけ心が温かくなるのを感じる。


 ゆっくりうなずき、頭の中で一つずつ反芻した。


 ジニアがドア手前にある切り口に手をかけると、何かを押したような音が聞こえてきた。


 その音は茎の中で風が吹き荒れているように感じた。


 ビュオオオという音とともに、何かが茎の中を突き進んでいるような振動も感じ取れる。


 諸注意を聞いていなければ驚いて手を離していたかもしれない。


 冷や汗が背を伝う。


 ドアの開く音が聞こえ、顔を上げてみると、ジニアが中に入っていく姿が見えた。


 中が気になり、はやる気持ちを抑えつつ慎重に登ると、ドアの向こうはエレベーターのようになっているではないか。


「びっくりしましたか。蓮の茎は空洞になっているので、エレベーターとして利用しています。エレベーターといっても、中を通る風で変形してしまわないほど丈夫で軽い木の板を床として敷いているだけなのです。他にある空洞は通気用に残しておく必要があるので、この一本だけがエレベーターとなっています。元々は全部通気用だったんですよ」


 わかりやすく丁寧に説明をしてくれたので、なんとなくイメージすることができた。


 天然の空洞をエレベーターとして改装し、蓮の中で暮らしているということなのだろう。


 通気用の空洞をすべてエレベーターにしてしまうと、根に必要な酸素が不足してしまうということだろうか。ということは、花の上ではなく、根の中で暮らしているということもありうる。


 最後にした予想通り、エレベーターは下へ降りていった。


 稼働音にモーター音はなく、外で聞いたのと同じように、風の音が鳴り響いている。


 吹きあがる風の音を聞いていると、初めてこの世界に来た時も風が吹き上がっていたことを思い出す。


 ひょっとすると、この蓮もユグドラシルの中と同じなのではないだろうか。


 元は通気用として空いている穴らしいが、通気時にエレベーターを吹き上げるほどの風力がはたして確保できるのだろうか。


 登りたいとき、降りたいときに必要な風量をコントロールするとなると、どういう原理かとても気になってくる。


「ユグドラシルの中でも風が吹いていたのですが、ここだといつでも風を吹かせることができるのですか?」


 好奇心を抑えることができず、質問を投げかけてみると、ジニアはしばらく考えこんでしまった。


「王女様にお会いして、この世界に関するお話を聞いてからの方が、僕としてはとても説明しやすいのでそれまでお待ちいただいてもよろしいですか?」


「ジニアさんからは、この世界について説明していただけないのですか」


 質問してからしまったと思った。


 これまでジニアは道に迷わないよう、領地の案内をしてくれたが、この世界のルールや仕組みについてはひとつも教えてくれていない。


 夢だから説明の手間がいらないのではないかという考えも浮かんだが、きっとそれはないだろう。


 恐らく、説明してはいけないルールがあるのではないか。


 王女様の話を聞いてからと言っていたから、一番手として僕に説明するルールがあるのかもしれない。


「まだ僕が話してもいい時ではないのです。説明してもらわないと、わからないことがたくさんあって困りますよね」


 とても申し訳なさそうにいうので、なぜもう少し早く頭が回らなかったのか、自分を責める言葉が心に浮かんでくる。


 表情に出ていたのかジニアが肩に手を置き、にっこり微笑んでくれた。


 そのためいつものように後ろ暗い気持ちが浮かび続けることなく、心にかかりかけていた雲がすっと消えていくのを感じる。


 微笑み返そうとしたその時、風の音は止み、エレベーターが止まった。


「着きましたね」


 ドアが開くと、カグヤアオキノコがたくさん生えているのが目に飛び込んできた。


 壁や床、天井がカーブしているのが見えるほど明るい。


 一目で大きな土管の中にいる気分にさせられると同時に、ここは『蓮の根』の中だなとすぐに理解することができた。


 根の中にある広い空間は水底だからか涼やかで少し湿っている。


 泥の臭いが漂っているがカビ臭さのような臭いは微塵もなく、不思議と不快感はなかった。


 泥の臭い以外でなにやら爽やかな香りがあたりに立ち込めている。湿っぽさも泥臭さも隠そうとせず、気分がさっぱりするような匂いだ。


 もしその匂いがなくとも、あまり不快感はないのだろうといえるくらい快適だったが、この匂いのおかげで天にも登るような気分になれているのは確かだった。


 一体なんの匂いだろう。


 首を傾げ、あたりを見ようと顔を上げると、いつの間にか遠くまで歩いていったジニアがこちらを振り返り、手招きをしている姿が目に映る。


 どうやら結構長い間考えごとと観察をしていたようだ。


 いけない!


 慌てて傍まで駆け寄る。


「何を考えていらっしゃったんです?」


 怒るでもなく、興味津々といった様子で聞いてくれたので、ちょうど質問をするきっかけができて嬉しかった。


 質問する前に、この空間の快適さを素直に褒めた。


「ここはひんやりしていて過ごしやすいですね。泥の臭いも不快感がなくて、爽やかな香りがあたりに満ちていて」


 続いて、泥の臭いに紛れている爽やかな香りについて聞いてみると、ジニアはいつものようににっこり微笑みながら匂いの正体について教えてくれた。


「この世界では蓮根の中にレモンの木が育っているんですよ」


 驚いている僕の様子を見ながら、ここでは蓮の中でしかレモンが育たないのだと、またも驚かされる話を聞かせてくれたのだ。


 やっぱりここは夢なんだ。夢に違いない。こんなトンデモ設定ありえない。


 でも、自分の知っていることがいつも正しいと言い切れるのだろうか。


 僕が知らなかっただけで、現実の世界でも特殊な場所でレモンの木が育っていたのではないか。


 自信が持てないのか、あらゆる可能性を考えているからなのか、あらぬことを考え始めそうになったとき、ジニアが奥にいる王女様のところへ再び案内しようとしてくれた。


 先ほどのように、ジニアだけを先に歩かせて考えごとをしてしまうところだったが、今回はしっかり後についていくことができた。


 王女様の元へ行く道中、話にでてきていたレモンの木を視界の端に捉えることができた。


 現実世界にあるレモンの木となんらかわりない、ただのレモンだ。


 目にした情報だけだと自生場所が違うだけらしい。


 中身はどうなのか、どんな味がするのか、現実と同じく酸っぱいのか、たくさんのことが気になるが、今はやるべきことがある。


 確認くらいなら後でも大丈夫だよね。


 エレベーターから降りてすぐの空間は蓮根の一節目と二節目の間にあるキュッとしまった部分のように見えた。


 その空間は幅がかなり細くなり、少し屈まなければ通り抜けることができないくらい狭い。


 通り抜けた先は背を伸ばして立つことができるくらい広く何もなかった。


 ここは次の節に行く連絡通路なのだろうか。


 蓮根の中を例えるなら窓のない電車で、連絡通路は車両と車両を連結している部分――貫通幌のようなイメージがぴったりとあてはまった。


 周りを見渡してから後ろを振り返ると、自分たちが通ってきた穴の周辺に九箇所穴が空いていた。


 正面にも同じように、真ん中に一つと周りを囲むように九箇所の穴が空いている。


 通路専用が中央の穴、その他の用途が周りの九箇所といったようにわかれているのではないかと想像する。


 よく見てみると、何もないと思っていた空間の横壁にも穴が空いていた。しかしそこにあるのは一つだけだ。


 蓮根の構造を頭に浮かべる。


 ジニアは後ろにある穴ではなく、連絡通路の横壁に空いている穴へ向かって歩みを進めていく。


 その横穴を見て、蓮根はまっすぐ伸びていくだけでなく、横向きにも伸びて増えているのではないかという推測が頭に浮かぶとともに、植物に関する豆知識が浮かび上がってきた。


 そういえばオニユリやナガイモはむかごを作って増えていた気がする。


 蓮根もむかごに似たような増殖方法をとっているのだろうか。


 みたところ、むかごとは違って離脱して増えていく訳ではないようだけれど。


 推測を頭の中で広げながらジニアの後に続いて穴へ入る。


 その先には、さっき後ろを振り返った時に見たのと同じ構造の穴が空いていた。


 通路用と目星をつけていた中央部の穴は、今回はカグヤアオキノコが生えている以外何もない空間のようだ。


 奥に通路があるかといえばそうでもなく、行き止まりになっているだけみたいだ。


 どの穴へ入るのか想像する間もないうちに、ジニアは中央の真上に開いている穴を目指し、周りに空いている穴を足場にして登っていってしまった。


 置いていかれまいと、裕樹も慌てて上にある穴を目指し、他の穴を足場に登ろうとするがうまく登れない。


 ジニアに置いて行かれたことがある訳ではないし、いつも気づいて気遣ってくれるから待ってくれるような気がしたが、焦る気持ちを抑えられなかった。


 まだ友達と友達の母親も生きていた時、親に置いて行かれてしまったことがあったのを急に思い出す。


 ずっと忘れていたけれど、今でも根強く記憶に残り心を蝕んでいたのだと気付かされ、頭の中が真っ白になっていった。


 何も考えられなくなるほどの恐怖が心を支配していく。


 ジニアは本当に僕を気遣ってくれているのか、本当に置いていかずに待ってくれるのだろうか。


 親でも見限って置いてけぼりにしてしまった、この僕を。


 しばらく震えが治まらず、必死になって登ろうとしても登れず、頭から血の気が引いてくる感覚に陥り、胸が酷く苦しく、痛く、息が詰まってきて、どうしようもない虚しさが心を蝕んでくる。


 置いて行かないで。


 絶望に打ちひしがれそうになった時、ジニアがひょっこりと顔を覗かせ、木で作られたはしごを上から下ろしてくれた。


「一言声をかけてから登ればよかったですね。煽っている訳ではないのですが、登れないことを考慮に入れていませんでした。登れるかどうかをお聞きすべきでしたね。私の配慮不足でした。はしごを取ってくる間、待たせてしまったこともお詫びします。寂しい思いをさせてしまったようで本当にごめんなさい。……失礼なことを承知で質問させていただきますが、はしごは登れますか?」


 いつものように微笑みかけてくれるジニアが天使や菩薩様のように見えた。


 昔読んだ『蜘蛛の糸』という本はまさにこんな状況だったのではないだろうか。


 地獄というには大袈裟だけれど、絶望的な気持ちの僕に木のはしご――作中だと金の糸にあたるもの――を垂らしてくれたジニア。


『蜘蛛の糸』に出てくる主人公は悪人で、後に続く人を蹴落とそうとして見放されてしまったけれど……。


 ジニアは僕を置いて行かないで、手を差し伸べてくれた。


 この人なら信頼できる。


 なんとなくそんな気がするだけだった信頼関係が少し強くなったが、やはりどこかに不安の影を落としているのだった。


 どうしてこの人はこんな僕にここまでしてくれるのだろう。


 そんな疑問が胸に引っかかり、どうしても完璧に信頼することができないままでいる。


 そんな自分に虫唾が走ると同時に苦しさも覚えるのだった。


「ひょっとしてはしごも苦手でしたか?」


 質問に答えるのも忘れ、見捨てないでいてくれたことへの感動と、完璧に信頼できない辛さを抱えたまま。


「はしごは大丈夫です! ……わざわざ持ってきてくださってありがとうございます」


 我に返って慌てながら返事をし、一段ずつ慎重に登っていった。




 ようやく登ることができた。


 梯子に慣れていないためか腕がちょっとだけ疲れた。


 ふうっと息をつきながら貧弱さを恥じていると、ジニアが心配そうな表情を浮かべていた。


「何を考えていたのですか?」


 答えに詰まってしまった。


 どう誤魔化そうか思考を巡らせていると、蓮根に関する知識を元に、この空間について自分なりに仮説を立てていたことを思い出した。


 仮説を述べてから、実際はどうなのか質問をする。


 自分の本心と傷を隠す身代わりでもある有意義なもの。


「まず、蓮根を蓮の根と思っていらっしゃるようですが、実は蓮根は蓮の地下茎にあたります。つまり、地中に埋まっている茎のことですね。よく間違えられるものなので、恥ずかしいことではないのですよ。他にも地下茎が蓮のように肥大化するものとして、ジャガイモやサトイモなどのイモ類があります。ただ、サツマイモは同じ芋でも根が養分を含んで膨らんだものなのですよ」


 知識がどんどん広がっていく喜びを噛みしめながら、ジニアの披露してくれた知識に思わず目を輝かせる。


 知らないことについて考えるのはもちろん、新しい知識を得ていくのはやっぱり楽しい。


「次は蓮の増え方についてですね。蓮根の増え方については悠木さんの予想通り、むかごとは違うけれど、分岐して増えていっています。栽培方法については、蓮の実から発芽させる方法と、種蓮根から育てる方法があります。悠木さんが想像していたのは、種蓮根による栽培が一番近いですね。芽がついていて腐敗病などがなく、特に肥大したものを選ぶそうです」


 蓮根にも種芋を植えるのに似た方法があったんだなあ。


「ちなみに、この蓮池すべては王女様の所有する庭で、これらの蓮は王女様自ら育てられたのですよ。ちょっとした迷宮みたいですよね」


 道を覚えるのが大変だったのだろう。


 ちょっと困ったように微笑みながら頭をかいているジニアと『迷宮』と形容していることから苦労がうかがえて、思わず苦笑いを浮かべる。


「最後に、蓮根にある穴の用途ですね。中央に空いている穴が通路用で間違いありません。他の穴は厨房、寝室、控室、王室、排水・排泥用、様々です。ちなみに、私たちが今いる場所は王室となっています」


 なるほどなるほどと頷いていたが、ジニアの放った最後の言葉に一つ間を置いてから目を丸くした。


「入り口から近すぎじゃない?」


 驚いた声を上げた後、質問や会話のすべて聞かれていたのではないかと思うと顔が紅潮してきてしまう。


 どぎまぎしながら改めて周りを見ると、衝立のようなものが目の前にあり、奥からはカグヤアオキノコの発する綺麗な光が差し込んでいる。


 そんな僕の様子を見てか、ジニアはクスリと笑った。


「ただいまもどりました王女様。客人も一緒に連れてまいりました」


 ジニアが奥に声をかけると、とても綺麗な声で返事が聞こえてきた。


「おかえりなさい。どうぞお入りなさい」


 ジニアが先頭に立ち、会釈をしてから衝立の奥へ入っていく。


 その後をぎこちない動き方で真似してついていく。


 手と足が同時に出そうなくらい緊張し、なんだか呼吸が苦しい。


 呼吸が荒くなったためなのか、とてつもなく良い香りが漂っている事に気がついた。


 母の日によく嗅いでいた匂いに似ている。


 さっきまで苦しいほど緊張していたことが嘘だったかのように、すらすらといつも通りに動くことができる。


 呼吸もかなり楽になっているのが不思議でならない。


 衝立の向こうに出て、その匂いの元がなんであるかがすぐにわかった。


 王女様だ。


 王女様の頭には薄桜色、躑躅色、竜胆色の三色の花々が咲き誇っているが、名前がなんであるかがわからない。とてもいい香りの花だ。


 濡れ羽色のロングヘアを後ろで一つに束ねている。花の生え方はジニアと同じだ。

 挨拶も忘れてぼーっと立っていると、王女様が口元に手を添えてふふふと笑い、ジニアもにっこり微笑んだ。


 我に返り、赤面しながら挨拶と自己紹介をし、腰を直角に曲げてお辞儀をした。


 王女様は堪えきれなくなったのか、うふふと声を上げながら笑っている。


 それが余計に恥ずかしくて、ますます顔が赤くなっていってしまい、鼻血でもでそうなくらいに頭がくらくらした。


 綺麗な人だな。


 素直な感想を頭に浮かべながら、真くんのことを思い出す。


 真くんは男性だけど、王女様に負けず劣らずの美形だから、二人が並んだらかなりお似合いなのだろう。


 勝手なことを考えているのに気が付き、慌てて頭を振って吹き飛ばした。


 その様子を見て、王女様は上品な笑みを浮かべながら自己紹介を始めてくれた。


「可愛らしいお方ですね。私はストックという名ですの。他の花人もそうなのだけれど、頭に咲いている花が名前の由来になっているのよ」


 とても綺麗な声だ。


 例えるなら、澄んだフルートの音色が言葉と抑揚を伴ってあたりに響いている。それでいて清々しく、聞いている人の心が晴れるような心地よさ。見た目だけでなく、声まで真といい勝負だった。


 持っている人は持っているんだなあ。


 声にうっとりしながら、ぼんやりと思いを馳せていると、王女様が真剣な表情で話を切り出した。


「今から話すことはとても大切なことです」


 その言葉でスイッチが入ったのか、自然と気が引き締まり、表情も引き締まるのを感じた。


 なぜ王室が入り口から近いのかについて、どういう訳かとても気になりながらも『大切なこと』と言われたのでしっかり聞かねばならないと思い、集中するために好奇心を抑えていく。


 その様子を見て、王女様はひとつ頷いた。


「入り口から王室がなぜここまで近いのか、そちらから話しましょう。入り口から近いと、王宮で働く者をむやみに傷つけずにすみ、逃げる時間を稼ぐこともできると踏んでのことですのよ」


 まさか、心の中を読まれたのではないか。


 雷に打たれたような衝撃と恐怖で体が震える。


『サトラレ』という作品が脳裏をよぎり、これまでジニアと一緒に歩いてくる間、やけに的確に気遣ってくれていたことが頭の中に蘇ってくる。


 いや、これは夢なのだから読まれても当然なのではないか? 現実で真くんが僕の考えを読んだことはあっただろうか?


 目を丸くし、考えを巡らせながらかたまっていると、王女様がふふふと笑い、ジニアと一緒にここへ来るまでの様子を見ていたのだと打ち明けてくれた。


 王女が観察した僕の話を聞いていると、好奇心旺盛で、気になることについて考えこむと周りが見えなくなってしまうところまで把握されているではないか。


 今までずっと見られていたと知らされ、穴があれば入りたいくらい恥ずかしい。


「これで気になることは解消できましたし、集中して話を聞いていただけますね」


 そう言って微笑みながら本題に入ろうとする王女様を見て少しだけ恐怖を感じた。


 言いたいこと、聞きたいことを我慢させずに済ませてくれるほど気遣いのできる人とも捉えられたが、何がどうあっても隠し事はさせない、隠し事をしても見通してしまう人、自分の話を集中して聞いてもらうにはどうすべきか工夫する知的な人という印象も受けた。


 少し怖いと感じたが、不思議と悪い人ではないとはっきり信用できてしまった。


 それに、僕が今まで気になって仕方なかったこの世界の話を聞けると思うとわくわくする気持ちが止まらず、信用できなくとも恐怖心なんてどこかへいっていただろうな。


 根拠のない確信を抱き、女王様を真っ直ぐ見つめると、柔らかな笑みを浮かべながらこの世界について順番にわかりやすく話してくれた。

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